異次元文化交流
メキメキメキギギギギ……ズドォォ……ン
大男の東風の眼にも止まらぬ斬撃により、大木は水平に滑り、そして傾き倒れていく。
「な!? なにやってんですか東風さん?」
大猿を一撃で倒したイザネも化け物だが、この東風という男もやはり見掛け倒しではない。出来上がったばかりの果てしなく平らな切り株は、俺の背筋を凍らせるに充分過ぎた。
今更気づく事でもないが、化け物じみた力を持つ人間達がすぐ隣にいて、そいつ等が次に何をするかわからない、何を考えているのか想像もできないというのは本当に恐ろしい。見るからに怪しげなソーサラーの大上・段は勿論、ちっこいべべ王の爺さんにだって油断はならない。
「ちょっと確認してみたんですよ!
凄いですね、地形や障害物にちゃんと破壊判定が追加されてますよ! 前シーズンまでは、樽とか木箱しか壊せなかったのに!!」
東風は切断した木の年輪を手で撫でながら、何に感動したのか、僅かに震えている。
「まさか新シーズンになってここまで進化しているとはっ! やり過ぎると地形が変わりそうで怖いですが、でもこれで冒険の幅が格段に広がりますよ!」
「そういえば、さっきジジイと二人で試してみたんだがFF判定も追加されてたぜ。不具合もかなり出てるみたいだが、気合は入ってるぜ、今シーズンは!」
段はもう飽きたのか、俺がサンダーアローで落とした枝を放り投げている。
「マジかよ!」
今度はイザネが目を輝かせた。
「FFありって事は、PvP《プレイヤーVSプレイヤー》もできるって事だよな! 一度やってみたかったんだ、あれ」
「PvPとか、そういう乱暴なのは嫌いなんですけどねぇ」
イザネとは対照的に、東風は肩を落とす。
『FF』も『PvP』も何のことかさっぱりわからないが、『乱暴なのは嫌い』とは意外だった。物は試しで大木を切り倒す化け物の言うセリフとは、到底思えない。
「カイル! どこ行ってたのよカイルっ!」
不意に名前を呼ばれ振り返ると、ルルがこっちに駆け寄って来た。ここはデニムと別れた場所からまだ距離がある筈だが、恐らくは先ほど東風が大木を倒した音を聞きつけて俺を発見したのだろう。が、ルルの様子は尋常ではなかった。手にしていたショートソードをその場に落とし、血まみれの手をぶんぶん振るって走り、顔には泣きはらした跡がある。
「デニムに何かあったんですか!?」
あのルルがこんなに取り乱すなんて、それ以外には考えられない。
「早く! 早く来てっ!」
俺が駆け寄ると、ルルはUターンをして走り出した。よほど必死なのだろう、俺が案内してきた怪しい四人組さえ眼中にないようだ。
俺はルルと共にデニムの元へ急いだ。
(!!!!!!ッ)
息を乱して森を走り抜け、再会を果たしたデニムは、すでに死にかけていた。
デニムの鎧は切り裂かれ、胸に付けられた大きな傷がら流れた血が池を作り、ヒュッ……ヒューとかすれるような息が聞こえて来る。また彼の左腕に目をやると、それはあらぬ方向へと折れ曲がっていた。
血だまりの上に降り注ぐピンクの花びらだけが、数刻前の美しい光景をどうにか保とうとあがいていたが、足元に転がるヒールポーションの空き瓶達は、むしろ夕日を反射して周囲を赤く染めるのに一役買っていた。
「ありったけのポーションで治療したのに、血がっ……血が止まらないの!
ここに……大猿がここに来て、デニムは戦ったんだけど……と、とにかく早くヒールアローを!」
もう完全に正気を失っているのだろう、ルルは両手で傷口を塞いでデニムから流れる血を止めようとしている。デニムが背を預ける大木の幹には大きな爪痕が刻まれ、大猿が彼女に与えた恐怖と絶望を、俺にまで訴えかけていた。俺はその光景からあえて目を逸らし、感情を押し殺す。今この瞬間だけは、俺が冷静であらねば話にならない。
震える指でヒールアローの魔文字を描く。
「うわっ、傷の表現までエグくなってる……」
後から来たイザネがデニムを見て喚き、神経に触る。今は黙っていて欲しい。俺はヒールアローをデニムの胸の傷めがけて放った。
「なによっ! 全然治らないじゃない!」
ルルの顔は、もう涙でグシャグシャだ。
「落ち着いて下さいっ! ヒールアローの効果は持続します。傷が深いと目に見えた効果が出るまで時間が掛かる事だってあるんです」
「本当だ傷が塞がって来た……」
安堵の笑みでルルは表情を緩めたが、俺の内心はまるで握りつぶされるかのようだった。
(傷の治りが遅すぎる……)
想像してたよりデニムの傷が深いのか? 生命力が弱り過ぎ、治療の効果が薄くなっているのか? とてもヒールアロー一本では足りやしない。いや、今の俺の魔力全てをヒールアローに変えて治療しても、デニムが一命をとりとめられるか、わからないのだ。
(くそっ、こうなると知っていれば!)
さっきサンダーアローを無駄撃ちした事を、俺は歯ぎしりして悔いていた。
俺が魔力を振り絞り、急いで二本目のヒールアローを作ろうとした、その時だった。横からひょいとべべ王が腕を伸ばし、手に持った瓶の中身を、無造作にデニムにかける。
チョロロロロ……
「うそ! 血が止まってる……デニムッ! デニム!」
強力なヒールポーションなのだろう、まるで時が戻るかのごとく傷が消えていく。べべ王はデニムの胸の穴が塞がる様を、さも当然のように表情一つ変えずに見やると、残った瓶の中身を、今度はデニムの左腕にかける。
シュウウウゥゥ……
湯気が上がり、折れ曲がっていた筈のデニムの腕がまっすぐに戻って行く。
(そんなバカな……夢でも見ているのか!)
俺は目を疑った。これほど回復力のあるポーションは、聞いた事がない。
……みるみるうちに青ざめていたデニムの頬に赤みが差し、うっすらと瞼が開く。
「デニムっ……あぁ、良かったぁ……」
泣き疲れたルルの声は、すっかり枯れてしまっていた。薄目を開けたデニムが、ゆっくりと指で彼女の涙を拭う。
「ありがとうございますべべ王さん! よくこんな高価なポーションを……」
が、礼を言おうとした俺を無視して、べべ王はデニムとルルの前に立ち胸を張る。
『王であるっ!!』
「は?」
あっけに取られポカンとしたデニム達を見たべべ王は、コソコソと俺の後ろに隠れて二人を指差した。
「ぷ~クックックックックッ」
このジジイは初対面の相手全員に、こんな下らない事をやっているのだろうか? もしそうだとしたら完全に病気じゃないか。
ふと見れば、段だけはべべ王のすぐそばで含み笑いを浮かべているものの、イザネと東風は二人からちょっと距離を開け、顔を背けている。やはり恥ずかしいのだろう。
「あ、ありがとうございます」
「あ、あの……ありがとうございます!!」
ややあって、我に返ったルルとデニムが頭を下げた。ルルはやっとこの四人の異様さに気づいたのか、今ごろ目をしばたかせている。
「……この人達は誰なのカイル?」
「その事で、ちょっと二人に相談が……」
俺はそこで言葉を区切ると、ひとまず四人の方を振り向いた。
「クラン入団について、相談したいのですが」
「ええよ。よく分からない事があるなら説明したげるから、聞いとくれ」
一通りやりたい事をやり通したべべ王は、なんだかスッキリした顔をしている。
「はいっ」
俺は大急ぎで、デニムとルルに駆け寄った。
「あ、あの『クラン』とか『PvP』とか『運営』とか、そんな言葉を聞いた事ありますか?
あの四人は信じられないくらい実力者……というかむしろ怪物じみた連中なんですが、言ってる事が、まるでわからなくて」
「ねぇ! そんな事よりまだ大猿がうろついてるのよ! い、今のあたしたちじゃ、どうやったって勝てないわ! 早く逃げましょう!」
「大猿なら死にましたよ……」
ルルをなだめるように、俺はそう告げた。
「あの四人の中の、白い服を着た女の戦士です。一撃で仕留めたのを確かに見ました」
「あの人が? あんなに小さいのに……。ほんとに……本当に殺したの?」
「死体は向こうに転がってますよ」
ルルはポカンとした表情で、言葉もない。
「俺の全力でも、あいつの顔に傷を付けるのがせいぜいだったのにな……凄いものだ」
デニムもまた、複雑な表情を浮かべる。
「で、さっきのはなんなんだ? 『クラン』とか『PvP』とか、俺も聞いた事がない」
「聞き返されても困りますよ。とにかくさっきから知らない言葉だらけで、全然話に着いて行けないんです。あと、クラン拠点という建物が、なぜか大猿の縄張りにあって……」
「それが、森が光った原因なの?」
ルルがデニムとの会話に割って入った。彼女の声からはいつもの張りがすっかり消え失せ、か細いその声のせいで儚げな女の子と話しているかのような錯覚に襲われる。
「わからないけど、普通の建物じゃないです」
「俺にもわからない事だらけだが、彼らが何者なのか、その見当だけはついたよ」
ようやくデニムは、大木に預けていた体を起こし、べべ王の前に立つ。
「相談は終わったのかの? で、どうじゃ? わしも無理に勧誘するつもりはないから、断りたければ断っても構わんよ」
「いえ、その前に確認したい事が……」
四人を見渡すように、デニムの視線が走る。
「あなた方は、異世界からこの地に召喚された勇者様なのでしょうか?」
「異世界から来た勇者様? もしかしてそれがシーズン6のシナリオなのかよ!? いくらなんでも、ちょっとぶっ飛び過ぎだろ」
段が呆れたように、口をあんぐりと開け放つが、俺も同じ気分だ。そもそも異世界の勇者は国の危機、あるいは世界災害規模の緊急事態に呼ばれるものだ。召喚の儀式には膨大な貢物と多くの召喚士が必要であり、大国でしか行われない。勇者の活躍の舞台は、華やかな王宮や激しい戦争の中心で、俺達庶民とは無縁だ。俺が憧れた英雄だって、この地方じゃ有名な物語だが、せいぜい一国に名が知れ渡る程度。召喚勇者の様に、国を跨いで活躍を称えられるほどではないというのに。
しかし、にも関わらず段の仲間達は、彼の言葉に全く賛同してはいなかった。
「いえ、本当かもしれません……。言われてみれば、マスター達がログインもしていないのに我々が動ける事自体がすでに異例の事です。バグと考えるにもあまりにおかしい。
それにシーズン5でサービスが終了するという告知は確かにありましたが、シーズン6については予告すらありませんでした。我々が見知らぬ世界に来たとするなら、確かに道理は通ります」
「いや、通らないって」
段は東風の言葉を軽く一笑に伏せてみせた。が、続いてイザネもまた、少しためらいがちに口を開く。
「だけどさ、あのやたら渋いうちの運営が、FFやら障害物への破壊判定なんて大きな追加要素を一度に出すなんてありえないぜ。新シーズンが到来したのに、使いまわしアイテムが大量に混ざった新ガチャの宣伝すらなしだ。
ここが異世界だなんて、俺も信じられない気分だけどさ、でも否定もできねーよ」
「確かに頭上に名前が表示されないのも、ステータス画面が開かないのも、周辺マップが機能しないのも、おかしな話じゃ。
やはり我々は、本当に異世界に来てしまったと考えるべきなのじゃろうなぁ…………………………マジかぁ~~、どうしよう」
べべ王が頭を抱えて悶えている。
段はその様子を横目で見ながら気分を落ち着かせるように、そして観念したかのようにフーッと大きく息を吐いた。
「わかった、わかった。まー考えてみれば、例えここが異世界だったとしても別に構わねーのか。シーズン5終了と共に暗闇に閉ざされてしまったからな、ドラゴン・ザ・ドゥームは。いつまで経ってもログインしないマスターをじっと待ってるより、この世界で冒険の続きをした方がよっぽどマシかもしれねーや」
段はそこで言葉を区切り、目深に被った帽子を夕日で染めながら俺達の方を向く。
「俺はまだ実感が湧いてこないんだけどよ、どうやらあんたの言う通り、俺達は異世界から来たらしい。だが、俺達は冒険者だ、勇者様なんかになった覚えはねぇよ」
「すまない、勇者の資格ない者を異界から召喚したなんて、聞いた事がなかったんだよ」 デニムが軽く謝るが、確かに一介の冒険者ふぜいが、召喚される訳がない。
「やれやれジョーダン(大上・段)の言う通り、わし等はこの世界で冒険を続けるしかなさそうじゃ」
立ち直ったべべ王が、デニムを見上げる。
「そうなると、尚更この世界の者をクランに入れたいのだが、どうじゃろう? 加入条件は『他の冒険者に迷惑をかけないこと』だけじゃよ。入って損はないと思うがの」
デニムはなぜか、べべ王に向かって自嘲するよな笑みを浮かべ、首を横に振った。
「命の恩人からのせっかくの申し出はありがたいのですが、その条件では俺とルルはクランに入れませんよ。俺達はかつて二人の……いや、三人の冒険者仲間に大変な迷惑を掛けて、今でも恨まれ続けている。これからだって迷惑をかけずにやっていけるとは思えない」
チコから聞いた話を、俺は思い出していた。
『デニムは女絡みの揉め事でパーティをバラバラにしたクズ野郎だぜ』
デニムをクズ野郎だなんて俺は思わないが、奴の言葉は少なくとも嘘じゃなかった。
「カイルはどうする? 俺とルルはもう冒険者を引退するつもりだから、俺達の事を気にする必要はないよ」
「なにを言ってるんだよ、デニム!?」
その言葉が信じられず、俺はデニムに向かって叫んでいた。
<ネットゲーム用語解説>
「FF」……多人数同時プレイが可能なゲームには、同士討ちによる余計なストレスを与えないよう、味方には攻撃が当たらないものが多い。これに対し、味方同士であっても攻撃が当たるようにして同士討ちが発生するようにあえてしているものを『FF判定あり』と言う。
「PvP(プレイヤーVSプレイヤー)」……プレイヤー同士で対戦できるゲームシステム。これに対してCPU相手に戦ったり対戦したりするゲームをPvC(プレイヤーVSコンピューター)と呼ぶ。オンラインRPGでPvPをするには、前述のFF判定が必須だろう。
「コスチューム」……オンラインゲームにおいて、プレイヤーキャラクターの見た目を着飾るための装備アイテムはコスチュームに区分されているのが常だ。『着飾り装備』などと呼ばれる事もある。大抵この種のアイテムは、特殊報酬や課金ガチャで配布される。これで着飾ったアバターを自慢するプレイヤーも多い。僕もその一人だったよ。
「ガチャ」……くじ引き販売システム。オンラインゲームにおいてガチャは有料のものが殆どであり、ゲーム会社が利ザヤを追求するあまり、当選率が極めて低いのが常である。古いガチャの当たりアイテムは、新規ガチャのハズレ枠に設定される事が多い。このシステムのせいで、毎月新作ゲームが数本買えるほどのお金を、オンラインゲームに継ぎ込むプレイヤーもいる。僕自身、欲しいコスチュームのために、ゲーム三本分の金でガチャを回したことがあるよ。




