クランSSSR(トリプルエスアール)
「イザ姐、この人はたぶん初心者ですよ。
先ほど私が話しかけたのに反応しなかったのは、チャット機能に不慣れだったのですね」
大男の東風が、軽く頭をさげた。
「先ほどは勘違いしてすいませんでした。
なにしろ今は、頭上にプレイヤーネームも表示されませんし、ステータス画面もなぜか開かないものですから、プロフィールも確認できなかったんですよ」
失礼を詫びている事以外、俺にはなに一つ理解できない……目の前の二人の正体さえも。
「明らかに不具合だよな。そもそもマスター達がログインしてないのに、俺達が自由に動けるのがおかしいんだ。この分だとすぐにメンテ入るぜ。こいつも、いつまで経ってもドロップアイテムに変わらないしよっ!」
イザ姐は大猿の死体を軽く蹴り上げる。
「まぁまぁ、シーズン5でサービス終了って噂もあったんですし、シーズン6が来ただけ でも良かったじゃないですか……」
イザ姐をなだめながら東風が、目だけをこちらに向けた。
「ところで我々のクラン拠点に来たのは、もしかしてクランへの入団希望ですか?」
「この建物はクラン拠点というのですか?」
まずは、この建物の正体を突き止めたい。
「ああ、クランのチュートリアルをスキップしたのですね。ここは『クランSSSR』のクラン拠点ですよ」
「クラン、トリプルエスアールですか?」
この時の俺は、いったいどんな顔をしていたのだろう? あれほどまでに恐れていた大猿はあっさりと息絶え、そのうえ助けてくれた人達とはまるで話が通じない。ここで起こった事のなにもかもが、まだ俺には信じられず、半ば寝ぼけているような感覚だった。
「ああ、つまりクランというのはですね、冒険者が集まって作る団体の事です」
東風は、どうやら俺を気遣ってくれているらしく、わざわざ身を屈めて話してくれる。
「それって、パーティとは違うのですか?」
ギルド以外に冒険者の組織はないし、『クラン』という言葉も聞いた覚えがない。
「う~~ん、パーティより大きな単位の冒険者集団って感じかな。
例えばパーティを組むにしても、クエストに応じてクランメンバーから集めるのがやりやすいんだ。クランメンバー同士なら都合も合わせやすいし、お互いの実力も把握してるからな。それにみんなでクラン拠点も利用できるし、拠点の倉庫にみんなが預けたアイテムを共有して利用できるんだ」
東風の横からイザ姐が会話に割って入った。より丁寧に説明してくれるのはありがたいのだが、布を巻きつけただけの大きなバストが揺れる度に気が散り、頭に話が入ってこない。
「あ……あのイザ姐さん……」
「イザ姐さん? あ、そうか。名前が表示されてないからわかんないのか。イザネでいいぜ」
「あ、じゃあイザネさん、目のやり場に困るので、その恰好はどうにかなりませんか?」
「ん?」
「いえ、胸とか……その、はみ出そうですし」
俺は彼女の身体をなるべく見ないよう、少しうつむいた。
「そうかぁ? 俺の恰好なんて、まだおとなしい方だと思うけどな」
「最近は、露出の激しい水着系コスチュームのガチャが多くなりましたからね。こないだ野良でご一緒した方は、ふんどし一丁で戦ってましたよ。男でしたけど」
「ふんどしって、どんな防具なんですか?」
「いえいえ、ふんどしというのは下着です。腰布みたいなものですね。一年ほど前から、ガチャのにハズレ枠に追加されたんです」
(下着一枚でモンスターと戦うだって!? そんなバカな冒険者がいてたまるかっ!)
……と、心の中で叫んでみたものの、それをそのまま口にしても、彼等に通用するとは到底思えない。現にイザネは、下着同然の姿で大猿と戦い、しかも勝利してみせたのだ。
ここは少し話を逸すのが、賢いだろう。
「あ、でも寒くないですか?」
夏が近いとはいえ季節はまだ春、日も既に傾いてるし、そんな恰好で寒くない訳がない。
「いえ、ぜんぜん寒くないですよ」
なぜか東風が答えるが、あんたには聞いてない!
「そういえば、ちょっと寒いか? 氷魔法をかけられた訳でもないのに、妙だな」
右手に持った丸い盾で、イザネは体を隠す。
「だからっ! そんな薄着じゃ、寒くて当たり前でしょうよ!?」
俺は当たり前の事を当たり前に主張したつもりだったが、イザネは首をかしげている。
「え?……服装によってそんなペナルティが付くようになったのか?」
「もしかしたら、あまりに際どい恰好の冒険者が増えたので、運営が対応したのかもしれませんね」
東風はなぜかうなずき、納得してくれたようだが、俺は東風の言ってる事に納得ができない。理解もできない。
「ちぇっ、自由なコス《コスチューム》で冒険できるのがドラゴン・ザ・ドゥームのウリじゃなかったのかよ~。しょうがねぇ、ちょっと装備を変えてくる」
クラン拠点に、イザネは事もなげに入っていった。不思議な事に俺や大猿の侵入を阻んだ結界も、なぜか彼女には効果がない様子だ。
「さっき俺が入ろうとしても駄目だったのに、どうやったんですか、今の?」
イザネを見送る東風に、尋ねてみた。
「クラン拠点は、クランメンバーにならなければ入れないんですよ」
「?……そのクランメンバーっていうのには、どうすればなれるんですか?」
「おや、クランに興味が出てきたようですね」
「あ、え? えっええ、まぁ、そうです」
俺はこのクラン拠点とかいう、謎の建物の正体を知りたかっただけなのだが……。
「クランに入団するには、クランマスター、もしくはサブマスターの許可が必要です。
うちのクランは他の冒険者に迷惑をかけない常識のある人であれば、誰でも歓迎しております。簡単な面接はありますが、すぐにでも入れると思いますよ」
「は、はぁ……」
俺には、東風にもイザネにも、『常識』があるとは思えない。
「なんだお前か? イザネの言っていた入団希望者っていうのは」
不意にクラン拠点の門が開き、今度はソーサラー風の男が出てきた。
首からは丸い大きなアミュレットをぶら下げ、やたらとツバの大きい平らな帽子を目深に被って、四つの小さな輪っかのついた杖を持っている。ソーサラーの中には好んで怪しげな恰好をする奴もいると聞くが、丁度こんな感じなのだろう。背は高く、東風同様に筋肉モリモリのマッチョマンで、魔法を使うより殴り倒す方が早いんじゃないかと思えるその風貌も、男の怪しさに拍車をかけている。
それにしてもクランに入りたいなんて言った覚えはないのに、いつの間にか話に尾ひれが付いてしまったようだ。
(あれ、もう一人いる)
魔術師風の男が纏う黒い法衣の影から、小さな老人が前に進み出てきた。
金の鎧に赤いローブ、頭には王冠を模したような、見慣れぬアミュレットを付けている。貴族の様なカールのかかった白髪に髭を蓄えた口元、眉毛をあまりにも厚く蓄えてしまっているため目が隠れている。大きな顔を模した盾を背中に背負い、腰から小さな杖を下げているのだが、この人はこの装備でどう戦うつもりなのだろう?
老人は、俺の目の前までヒョコヒョコ歩いてくると、胸を張って叫んだ。
『王であるっっっ!!』
(は?……え? は?……なに? なんなの?
たしかに、王様の扮装してるっぽいけど?)
俺はどう反応していいかわからず、口を開けたまま、次の言葉にすら詰まっていた。万が一この人が本物の王様ならば、ひれ伏すのが正解なのだろうが、この爺さんからはパチモノ臭しかしないのだ。
「このクソジジイがバカやっても、相手にしない方がいいぜ」
ソーサラー風の筋肉男がニヤニヤしながら忠告する。気付くと老人は、俺を指さしてクスクスと笑っていた。
「あの……このジイさん何者なんですか? 意味がわからないんですけど」
「うちのクランマスターのべべ王です」
苦笑いで後ろ頭をかきながら、東風が教えてくれた。
「王?……え? やっぱりこの方は、王族なんですか?」
「ぎゃはははははっ!!」
俺の事が余程おかしかったのか、べべ王が腹をかかえて笑い出す。
「んな訳あるかよ! このジジイが勝手に名乗ってるだけだ」
魔術師風の男が、笑い転げるべべ王を押しのけて俺の前に立つ。
「俺様は大上・段ってんだ。お前は?」
「カイルといいます」
この男には苗字があるが、もしかして名のある家の出身なのだろうか? ダン家などという貴族は、この辺りでは聞いた事がないのだが? まさかべべ王と同様に、ただ名乗ってるだけなのだろうか?
「で、カイルよ。ここは一体どこなんだ?」
「リラルルの村の近くの森ですけど?」
んん? っと段は目を細める。
「べべ王さんが、クラン拠点の場所を移動させたんじゃないですか?」
「そんな訳ないじゃろう。拠点移動ができるほど、クランポイントは残っとらんかったよ」
どうやら東風とべべ王も状況を把握できてないようだ。だが、どういう方法かは知らないが、このクラン拠点が移動するというのなら、先ほど森が光ったのは、この建物がここに移動したのが原因なのであろうか……?
その時、バタンッという音と共にクラン拠点の門が勢いよく開き、イザネが顔を出した。
「おまたせ。なんかわかったか?」
イザネは赤いハチマキや革のブーツや手袋はそのままに、白いシャツとズボンの姿に変わっていた。先ほどと違い、普通に町中を歩いてても違和感ない服装だ。重そうなメイスが、小さな娘に不釣り合いな点を除いては。
「こいつの名前がカイルっていうのと、この近くに村がある事くらいだな」
段が俺を指さしてそっけなくイザネに答えると、べべ王は点呼を取るかのように集まった三人を見回してから、こちらに向き直った。
「さてカイル君、クランSSSRに入団希望だそうじゃな。うちのクランは、他の冒険者に迷惑を掛けるような真似をしないのであれば、それ以外は特に規則がない。なにか質問があるなら、今のうちに聞いとくれ」
べべ王がさっきとはうってかわり、真面目な口調で勧誘してくる。断るのは簡単だが、俺はこの人達の正体も、この建物についてもまだ殆どわかっていない。このまま手ぶらでデニム達の元に帰って、どうやってこの状況を説明したものか……。
「あの、仲間と相談して決めたいのですが」
今の状況を理解するためには、この四人の事をもっと知る必要がある。しかし、俺一人でいくら話をしても埒が明かない以上、うまく誘導してデニム達の所に連れていく他ない。それに大猿が死んだ事も、一刻も早く知らせたかった。きっと心配しているだろうから。
「ん? ああ、フレンドと一緒にログインしておったのか。構わんよ」
「じゃあ、仲間の所に案内するので、ついて来て下さい」
快諾したべべ王達を引き連れ、俺はデニム達と別れた方へと歩き出す。
「まいったな、周辺マップも表示されないぞ」
俺のすぐ後ろで、イザネがぼやいている。
(周辺マップってなんだ? こんな田舎の森の地図など、どこの物好きがわざわざ作る?)
『サービス終了』『運営』『ガチャ』『ドラゴン・ザ・ドゥーム』そして『周辺マップ』意味のわからない言葉があまりに多く、脳が理解する事をもう放棄している。
(ん?)
ふと気付くと、俺のかつぐ魔導弓を、イザネが珍しそうに眺めている。
「あの、なんですか?」
「なぁ、カイルのジョブって狩人なのか? 随分変わった弓を持ってるけど」
イザネは、俺の魔導弓を軽く指でつつく。
(ジョブ? クラスの事かな?)
「俺のクラスはマジックアーチャーですよ」
「マジックアーチャー? 新シーズンで追加されたジョブか? どういう事ができるのか、少しスキルを見せてくんない」
(スキル? 聞きなれない言葉だが、要は何かやってみせろって事か?)
大猿も既におらず、もう魔力を温存する意味もない。少しぐらい魔力を無駄遣いしても構わないだろう。
「じゃあ、少しだけ」
俺は魔文字を空中に描き、生成したサンダーアローを魔道弓につがえる。
「ほぉ、かっこいいのぉ。早くジョブを開放したいわい」
べべ王がまた訳の分からぬ事を言う。チャチャを入れられているようで、なんかやだ。
(標的は、あれでいいかな?)
俺は緑の実を付けた木の枝に狙いを定め、サンダーアローを放った。
ヒュンッ……バチバチィ
俺の手から飛び立った雷の矢は木の枝をへし折り、実を地面に落とす。
「おお、こいつはすげえな」
なぜか大きな声で騒ぎながら、段が落ちてきた枝を拾いあげた。
(たいした魔法じゃないのに、リアクションが大袈裟じゃないか? マジックアーチャーは、確かに珍しいクラスだけどさぁ)
「これは……、私もちょっと試してみますね」
東風は近くの大木の前に立つと、目にも止まらぬ速さで腰から下げていた二本のナイフを振るう。次の瞬間、シュッ……と、風を切る音が聞こえたような気がしたかと思うと、幹は真一文字に裂かれ、大きな鈍い音を響かせて巨木がスライドしながら傾いていく。
メキメキメキギギギギ……ズドォォ……ン
ゾッとする音が、辺りの森に響き渡った。
<ネットゲーム用語解説>
「プレイヤーネーム」……通常ゲーム開始時に設定する、ゲーム内でのプレイヤーの名前。オンラインゲームでは、プレイヤーの操作するアバターの頭上にこれが表示されるのが一般的。ウケ狙いで変な名前を付ける奴もチラホラいたよ。
「ステータス画面」……そのキャラクターの能力値などの基礎情報を表示する画面。ゲームによっては他のプレイヤーのステータス画面を覗く事も可能で、またその場合、プロフィールの項目も設けられていたりする。ただしプロフィールは、プレイヤー自身が設定するものだから、当てになんないけどね、ネカマ(ネットおかま)もいるし。他人のステータスが見れるのはパーティ組む時便利だから。
「メンテ」……メンテナンスの略。オンラインゲームの場合、週に一度定期メンテナンスがあるのが一般的だが、バグ修正のために緊急メンテナンスを行う事もある。当然メンテナンス中はゲームプレイ不能。なお、緊急メンテナンスの場合は、運営から金一封(ゲーム内の課金コイン等)が送られる。僕のように課金を渋ってゲームしているプレイヤーには、これが割とありがたかった。
「ドロップアイテム」……ゲームにおいてモンスターを倒した際に貰えるアイテム。ドラゴン・ザ・ドゥームではモンスターの死体が消えた後にアイテムが現れていたが、他のオンラインRPGでも似たようなものだ。
「ログイン」……ゲームのホストサーバーにアクセスして認証を済ませる事。理屈抜きに分かりやすく説明するなら、ゲームを開始する前にIDとパスワードを入力する事。
「シーズン」……ネットゲームにおいては、長期にわたる更新スケジュールをシーズンという単位で大まかに区切って管理している。定期的に発表されるシーズンスケジュールは、プレイヤーへのゲームアップデート予告でもある。ドラゴン・ザ・ドゥームをプレイしてる時は、新シーズン発表を、心待ちにしていたものだ。
「チュートリアル」……ゲームシステムをゲーム内で解説するための機能。この機能をスキップしてしまい、システムの使い方をよく知らずにゲームを続けているプレイヤーもそこそこいる。説明書でルールを解説していた時代に比べれば、随分と便利になったものだが、それでも完璧とはいかないものだ。




