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ゲームが終わった後の冒険譚 ~夢の世界の終焉と、リアルな生の体験記~  作者: 蝉の弟子
【第一部:ゆりかごの村】二章:生活そっちのけで冒険を楽しみたい? できるもんならやってみな

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御手洗い狂騒曲

 残念ながら、俺が手に取った鶏肉はすっかり冷めていたのだが、肉に振りかけられた香辛料の臭いは未だ健在で、鼻孔をくすぐっている。今まで嗅いだことのない芳醇な香りに誘われるまま、俺は四人の召喚者に見守られながら良く焼けた肉に噛り付いていた。

(美味い!)

 これほどまでに香辛料を贅沢に使った料理は初めてだが、その香辛料が下手に自己主張せずに肉のうまみを引き立て、後味に僅かな辛みと香りを残すのみに留まっている。これ程の料理は、貴族の邸宅にでも行かなければ味わえないのではないだろうか。

「すごく美味しいですね。これ誰が作ったんですか?」

 皆の方を見た俺は、料理への感動も忘れ、唖然とした。

 凄まじい形相で一心不乱に肉に食らいつき、骨をしゃぶる東風。一口食う度に涙を流して身もだえしているイザネ。机の上に片足を乗せ、一口食う度に足を踏み鳴らして雄たけびを上げるべべ王。そして……

「おい! なんだよこれ! 一口食う度に、口の中がとんでもないんだが!

 ルルタニアで食った時には何も感じなかったのに、この世界ではなんで一口食う度にこんなに舌が幸せになるんだよ!」

 ……口に物を含みながら大興奮でしゃべくる段。

「食うのかしゃべるのかどっちかにしろ! そういうのがマナー違反なんだよバカッ!!」

 容赦なく唾を飛ばす段を、俺は感情任せに怒鳴り散らしていた。

※      ※      ※

「スゲー部屋だな、どこもかしこも」

 そう言って、明るいシャンデリアを見上げたのは、どうやら高木俊らしかった。今は煌びやかな衣装に着替え、見るからにだらしなかった彼の面影はない。今となっては、ガタイのいい若貴族といった様相だ。似合わぬ点があるとすれば、その人相の悪さだろうか。

「個室もホテルみたいで、水道もシャワーも完備だなんて夢にも思わなかったです」

 このホールにある七つの扉の内の一つを開け、姿を現したのは桜井祥子だった。目元を隠していた前髪はまとめられ、ジャージからドレスの様な服に着替え、彼女もまた別人のようであるが、不幸を貼り付けたような暗い表情だけは元のままであった。彼女に続いて召使の美少年達も扉から後を追いかけてくる。

「どうやら、お気に入り頂けたようですな」

 ホールへと続く、広く長い絨毯の廊下をゆったりと歩き、グラウムを引き連れたボイルドが姿を現した。彼等の喉元には、相変わらず大きな宝玉の飾りが付いている。これは、高木、桜井の召使達の首元にも付いていた。

「ああ、えっと、ボイルドさんどうも」

 ボイルドの声に気付いたのか、続いて沢田浩二、新山高志、小島絵里、三矢菜々美が次々と自分の個室のドアを開け、召使の少年少女を引き連れて姿を現した。いずれも貴族の様な服に着替えて身だしなみを整えているのだが、やはりその表情には艶がない。負け組の苦悩が顔ににじみ出て、皮肉なことにそれが、召しかえた衣装と召使の美少年達と対比されてしまい、先ほどよりむしろ際立っていた。

「特殊スキルの計測準備ができたのでお呼びにあがったが、夕食は済んでおりますかな?」

「そのお食事についてですが……」

 おずおずと口を開いたのは、小島絵里だった。彼女がどことなく気後れしているのは、ドレスも化粧もあまりした事がなかったからだろう。ひょっとしたら、太っている自分には似合わないと諦めていたのかもしれない。

「なぜ、私達の世界の料理があるのですか? マヨネーズまでそのままだなんて……」

「答は簡単です、先に日本から来た方が、その製法を教えてくださったのです」

 なるほどと、小島がボイルドに向かい呟く。

「なぁ、スマフォとかないの?」

 その声は、うつ向いた新山高志のものだった。ボサボサ頭は油で整えられても、彼の眼鏡の奥の妬むような濁った瞳は相変わらずだ。

「生憎、我々の魔道具での再現は……」

「そうか、やっぱ無理か……うん、知ってた」

 新山の声は、イジケた子供の様ですらある。 

 ボイルドは宝石のブローチを取り出し、それを召使達の手から六人の召喚者に配らせた。

「なるべくその宝石を首に付けていて下さい。我々の言葉が喋れますし、理解もできます」

「これ、無くしちゃったら大変ですね」

 もし無くしたらどうしよう、そんな不安が透けて見えるような顔の三矢菜々美から、質問が漏れた。彼女のこけた頬は化粧によって誤魔化せても、その性格までは変わらない。

「ご心配なく、勇者様にお配りしたそれは、我々の付けてる簡易的な物と違い、学習機能もある魔道具です。数日も付けていれば、言葉を覚えられますよ…………、グラウム」

 六人がブローチを付けた事を確認し、ボイルドはローブ姿の老いた腹心を呼ぶ。

「では、特殊スキル測定場に案内します」

 グラウムは、廊下の方に視線を向けるが。

「ちょっと待って下さい、その前にあの七番目の扉について教えて頂けませんか?」

 分厚く大きな鍵の付いた、他の六つの扉とは明らかに様相の異なる扉を指したのは、沢田だった。見た目通りの真面目な性格が、正体不明の扉の放置を許さなかったのだろう。

「そこは、武器庫です」

 白いスーツから鍵を取り出したボイルドが扉を明けると、剣・槍・斧・そして各種鎧やマントがズラッと並ぶ広間が姿を現した。

「うひょーーっ、かっちょええっ!」

 大きな声を上げた高木だけでなく、他の五人も、その光景に目を見張っている。

「特殊スキル測定が終わり次第、その能力に合った武器をお渡ししますよ。その部屋にある武器は、どれも強い魔力の加護を付与した、特別あつらえの特注品でごさいます」

 グラウムは、再び特殊スキル計測所へ続く通路へと六人を誘い、広い廊下の奥へとそのまま彼等を引率して姿を消した。

「行ったか……」

 グラウム達の姿が見えなくなるのを待って、ボイルドは首の宝石を外す。召使達もまた宝石を外し、片膝付いてボイルドに頭を垂れた。

「これで、よろしいのでしょうか?」

 不意に聞こえた声を頼りにボイルドが召使達を見渡すと、一人の少年が顔を上げていた。

「早速、家畜共の思考汚染が始まったか?」

 ボイルドはそう呟き、少年に眉をひそめる。

「僕の父は元々平民で、努力してお金を貯め下級貴族の位を買いました。だから分るのです、こんな贅沢な暮らしができるようになるまで、どれだけの事をなさねばならないのか。いくら召喚者の世話をするためとはいえ、並みの貴族でも味わえぬ贅沢を、僕までしていいものか……、いえむしろ、あの召喚者達にここまでの贅沢をさせる意味があるのかと?」

 ボイルドは少年に、ふっと笑みを浮かべた。

「確かポールだったか? まず、出自が平民である事を気にしているのなら、それは大きな間違いだ。我々は低い身分の者が奮起し、才能を芽吹かせ、仲間に加わる事を歓迎している。君の父親がかつて乞食や奴隷であったとしても、それは変わらない。

 そしてポール、君の見立てどおり、本来ならばあの召喚者共に、こんな贅沢は似つかわしくない。特殊な力があるにせよ、彼等は君より遥かに劣る、いや比べるのも失礼なレベルの愚民だ。家畜として扱うのが適切だろう。

 だが、あれは単なる家畜ではない。奴等をこの世界に呼び寄せるのに掛かった費用と、その利用価値を考えるならば、なんとしても飼いならしておかねばならぬ魔獣であり、ここは奴等の飼育小屋なのだ。君は華美に過ぎるとこの飼育小屋を評したが、実を言うとこの施設は、我々の持つ魔道具を使って奴等の世界を可能な限り再現したものなのだよ」

「そ、そんな、冗談でございましょう。貴族でも一部の者しか味わえぬこんな贅沢を、異世界では一庶民が当たり前のようにしているなどと、とても信じられません」

 ポールの声は、僅かに震えていた。

「私も冗談だと思いたいのだが、事実だ。

 それにしても日本とやらの支配者は大したものだ、あんな贅沢を庶民にさせる一方で、卑屈で劣等感の塊のような、極めて扱い易い愚民の溢れる国を作り上げるのだからな。効率的に人を堕落させる方法をよく心得ている。

 そして更に信じ難い事だが、あの召喚者共は、我等の世界で彼等の故郷の日本と同じ水準の生活をする事を夢見ているのだ。彼等はそれを『ナーロッパ』と呼んでいるらしい」

 途端、少年少女達が騒めきだし、とても信じられぬといった風に互いを見つめている。

「しかし、彼等の求めるナーロッパはここにしかない。一歩外に出れば、彼等は庶民の生活に甘んじる事となる。それを知ってなお、我々を裏切ろうという奴は、まずおるまいよ」

「つまり、贅沢という名の首輪を魔獣の首にはめる、という事でしょうか?」

「ご明察の通りだよ、ポール。

 だが、魔獣を繋ぐ鎖はそれだけでは不十分だ。だから、さしあたり諸君らには、彼等の異性の好みを聞き出して貰いたい」

「もしハニートラップを仕掛けるおつもりでしたら、いっそ私めが垂らし込んでご覧に入れましょうか?」

 そう言い出したのは、高木に付いてた召使の少女だった。なるほど粗野な高木を垂らし込むのは、この少女なら容易いかもしれない。

「それはお勧めできないな、エリザ。

 我々と奴等を分かつものは、その思考の差にある。奴等を家畜たらしめてるものは、ネガティブで負け犬根性に染まった思考なのだ。そして厄介な事に、思考というものは、周囲にいる者の影響を受けてしまう。その人物が稼ぐ金は、その友人達の収入の平均値になるという話まであるほどだ。セレブと呼ばれる人々が、セレブ同士の付き合いを好み、貧乏人と付き合いたがらないのもそのためだ。

 だから私はその悪影響を最小限に抑えるため、君達に交代制を敷いてるし、毒抜きのため帝王学の講師もつけたのだ。

 召喚者共が自滅せぬよう、最低限思考を矯正する必要はあるだろうが、それ以上は望まぬ。家畜共とは、適切な距離を開けて世話をするのだ。これだけは心に留めておけ!」

『ははぁっ』

 召使達は一斉に頭を下げた。

※      ※      ※

「まだ食うのかよ?」

 食事の済んだ俺の目の前で、腰に手を当てたイザネが東風を見上げている。

「すいません。まだまだ足りないみたいで」

 東風は少し困った顔で、食事の手を止める。食事に大興奮し、奇行に走った四人だったが、一言注意しただけ大人しくなってくれた。見た目に反し素直なのは助かったのだけれど、東風の食欲だけは例外であるようだ。

「しかたないですよ。身体の大きな人は」

 ……と言いつつも、俺の視線は東風の出っ張ったお腹の方を向いてしまう。

 東風が喉に食べ物をつまらせないよう、俺は井戸水を汲んできた水筒を机に乗せた。

(コップがあれば、いいのだけれど)

 部屋を見回すと、吹き抜けの天井には大きなシャンデリアが吊るされ、並べられた長テーブルの奥には暖炉が据えられ、左手前にはドアがある。が、なぜか肝心な食器棚はない。

(おや? なんだか段が、下半身をモゾモゾさせているぞ)

「段さん、我慢してないで用を足してきたらどうですか?」

「用を足す? 一体何の事だ?」

(いかん! 緊急事態だ!)

 人は物を食ったら必ず出すものだが、まともに食う経験のなかったこいつ等が、出す経験だけをしている訳がない!

「ええっと、下半身に違和感があると思うけど、とりあえず力を入れて耐えててください」

 俺は段にそう言い含め、対策する時間を稼ごうとしたが、べべ王も少しモゾモゾと、なんだか落ち着かない様子を見せ始めている。

「この建物にトイレはあるんですか?」

 俺は傍にいたイザネの肩を叩く。振り向き様に、彼女の赤いハチマキが俺の手を撫でた。

「トイレ? 確か床に穴が空いてる部屋の事だっけ。なんに使うんだ、あんな部屋?」

(トイレがあるのかよ!?)

 これはダメ元(駄目で元々)の質問だった。俺の住んでいたゴータルートの町でも、家にトイレがあるのは稀だ。それなのに、なぜ排泄を必要としない異世界の建物にトイレが存在するのか、俺にはまるで見当もつかない。しかし今は、それすら気にする暇もない。

(どうやってトイレの仕方を教えたらいい? 実演してみせる訳にもいかないし……いや、べべ王、大上・段、東風にはギリギリいけるかもしれないが、イザネ相手には……無理だ。無理無理無理っ! 絶対に嫌だっ!)

 俺は急いで庭に飛び出すと、ショートソードの鞘で『トイレで踏ん張る人』の図を地面に描いた。絵心がある訳でもないし、慌てて描いたせいで随分と不格好な図になってしまったが、描き直してなどいられない。

「みんな大至急集まって下さい! 今からトイレの使用方法を教えます! これはとても重要な事です! 急いでください!」

 三人に少し遅れて段が内股で走ってくるのを見て、額に汗が伝う嫌な感覚に襲われた。

(タイムリミットが迫っている……)

 集まった四人の前で、地面の絵を指さす。

「みんなこの絵を見て下さい!」

「ギャハハハッ! カイル、それおまえが描いたのかよ?」

「それにしても下手な絵じゃのう。 ぷ~クックックックックッ」

 下半身が汚い意味で爆発寸前のハゲと、その一歩手前と目されるジジイが笑い転げた。

「真面目に聞けテメー等ッ! お漏らししても知らんぞぉぉーーっ!!」

 俺はなぜか半泣きになって叫んでいた。


 我々は今、縦列編隊にてクランSSSR拠点トイレ(個室)を目指し進行している。我ながら適切かつ無駄のない『トイレの正しい使用法』伝授の甲斐もあって、タイムリミットまで若干の余裕があるものと推測される。

 トイレの使用順は個々の緊急性を考慮し、大上・段、べべ王、東風、イザネの順とした。

 なお、トイレは皆これが初めての体験であるため、万が一の事態に備え、唯一の使用経験者である俺が個室前に待機し、状況に応じ適切なアドバイスを排便者に送る事とした.

 いざ、開戦である!

<ネットゲーム用語解説>


「トイレ」……生活感を出すために、マップ上にトイレが配置されているゲームは割とあるのだが、実際に用を足すシステムまで実装されてるゲームは滅多にない。

 僕の経験上、そんな無駄システムをあえて実装するゲームというのは、下品をウリにするような内容のものばかりだし、まともじゃないと思っといた方がいいだろう。

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