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ゲームが終わった後の冒険譚 ~夢の世界の終焉と、リアルな生の体験記~  作者: 蝉の弟子
【第一部:ゆりかごの村】一章:恋人連れて冒険(イチかバチか)だなんて、正気の沙汰じゃねぇ

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光る森

 ゴブリンから身を隠す茂みの中で、俺は指先に魔力を集中し、光る指で空中をなぞり魔文字を描く。文字はすぐに光り輝く魔法の矢へと姿を変え、俺は魔導弓中央の宝玉を貫くように、矢をつがえる。デニムとルルは固唾を飲んでガードアローが形作られる様子を見守り、数十メートル先の眠そうなゴブリン達は未だこちらに気付く様子もない。

(次はルルの分だ)

 俺はもう一本の矢を宙に作り出すと、同じ様に魔導弓につがえた。至近距離の動かぬ的を狙うなら、二人同時にだって射れるのだ。

「合図をお願いします」

 デニムはうなずくと、掌だけをこちらに向け、指を一本ずつ折り畳み始めた。

(……4……3……2……1……今っ!)

 俺の放った魔矢はデニムとルルの左右の肩にそれぞれ命中して淡い加護の光を放ち、二人は迷いなくゴブリン達に突撃していく。俺も後から、距離が開き過ぎぬよう二人を追う。

 気づいたゴブリン達も振り向いたが、その内の二匹は、デニムとルルによって突き殺された。続いて、叫び狂って仲間を呼ぶゴブリンの首が、デニムによって切り裂かれる。

 俺は近くの茂みに隠れ、二人を見守った。   群れの中央に突貫したデニムに、周囲のゴブリン達が一斉に襲い掛かるも、剣を振り上げたゴブリンの腕が振り下ろされる前に切断され、脇を狙うゴブリンが一文字に薙ぎ払われ、仲間の死体を盾にしたゴブリンが、その死体ごと貫かれる。身長一メートル前後のゴブリンに長身のデニムがフル武装で襲いかかったのだ。数を頼んで逆襲しようにも、怯えた仲間から恐怖が伝染し、連携どろこではない。

 一方ルルは逃げ回っているように見えるが、一匹、また一匹と隙をつきゴブリンを刺していく。ルルは常に囲まれぬよう群れの外側へと逃げ、正面の一体だけを相手しているのだ。

(あ! 危ない!!)

 周囲を見回した俺の目は、太い木の枝の上でスリング(小型投石器)を構えたゴブリンをとらえていた。重装備のデニムはともかく、軽装のルルを狙われたなら、一大事だ。

 俺は慌ててサンダーアローの魔文字を宙に描くも、次の瞬間、ダガーによって木の上のゴブリンの目が刺し貫かれていた。殺気に気付いたルルが、ダガーを投擲したのだ。

(まだゴブリンが、頭上にいるかもしれない)

 俺は魔導弓にサンダーアローをつがえたまま、木の上を見回す。

 ガサ……ガサガサ……

 その音は俺の背後からだった。振り返るとそこに、飛びかかる寸前のゴブリンがいた。

「グゲゲゲェーッ!」

(くそっ! 魔矢の光で俺の居場所がバレた!)

 俺は咄嗟にサンダーアローを放つ。胸を狙った筈の雷の矢は脇腹に当たり、バチィっと高い音を立ててゴブリンを感電させる。

(俺の魔力では、致命傷にはならいない筈だ)

 俺はルルから貰ったショートソードを抜き放ち、倒れたゴブリンに近づこうとした。

「グギャーッ」

 どこに潜んでいたのか、もう一匹のゴブリンが突然俺に襲い掛かる。腹を狙って突き出されたゴブリンのやいばを、俺は咄嗟に剣で弾く。

(ここまで接近されたら、もう魔法は無理だ!)

 俺は左手の魔導弓を投げ捨て、両手で剣を構える。幸い、これ以上ゴブリンは現れず、感電したゴブリンも白目を剥いている。

(この一匹さえ倒せれば、俺は生き残れる)

 が、ゴブリンの持つ剣の色を見た俺は、思わずうめき声を上げ、半歩下がってしまった。

(……毒! 剣に毒が塗られている!)

 不気味な深緑に染まったゴブリンの剣。途端に抑え込んでいた何かが噴き出して、剣を持つ腕が、俺の意志とは関係なく震え出す。

(切られたら死ぬ。切られたら死ぬ。切ら……)

 俺はそんな声で頭が一杯になり、ゴブリンは醜悪な笑みと共にじりじりと距離を詰める。

(いや、違う! 怯えたら死ぬんだ。ここで怯えたら、俺は間違いなく殺される!)

 必死で息を整え、俺が腕の震えを抑えるのと、ゴブリンが剣を振るうのは同時だった。

 キィン

 襲い来る毒の刃を弾き、俺は反撃に移る。

「うおおおぉぉぉぉっっ!」

 が、斜めに振り下ろした俺の剣は空を切り、同時にももに鈍い痛みが走る……、低かった……。ゴブリンの体勢があまりに低く、毒の刃は地を這う軌道を描いてから、不用心に踏み込んだ俺の右足めがけ振り上げられていた。

(斬られた!? 毒の刃で!)

 再発した腕の震えを抑え込み、俺はゴブリンに剣を向ける。幸いももの傷は浅く、まだ手足に痺れもなければ意識が遠のく事もない。

(まだ暫くは動ける! 大丈夫だ!)

 が、歯を食いしばってゴブリンを睨み返した俺は、自分の読みの浅さを思い知る。奴は俺から距離を取って剣を構え、その緑の顔に余裕の笑みを浮かべていたのだ。

(この野郎っ! 毒が回るのを待ってやがる!)

「ふざけやがってぇぇぇっっ!」

 俺が斬りかかると、ゴブリンはひょいと逃げる。一息で斬りかかるには、遠すぎたのだ。

「ぐあぁっ」

 ももに稲妻のような痛みが走り、ゴブリンを追いかけようとする俺の足が止まる。

 傷は浅いのに、痛みはズシリと体の芯まで響き、絶えず虫に噛まれているように疼いた。

(くそっ! これでは余計に早く毒が回る)

 気持ち悪い脂汗が、全身から吹き出てくる。(どうすれば、どうすればこの窮地から逃れられる? 一体俺はどうすれば!?)

「ギャアァァッ」

 再び俺から距離を取ろうと動いたゴブリンの胸に、背後から血まみれの剣が突き刺さる。いつの間にか、デニムが戻って来ていたのだ。

 先ほどまでうるさかったゴブリン達の声が、今はまるで聞こえてこない。

「ふざけやがって、か。凄い気迫だなカイル」

「からかわないでくださいよ、デニムさん」

 助かった……その思いだけで胸が一杯になり、礼も忘れてその場にへたり込んでいた。

「からかってなどいないさ。今度チコに絡まれたら、その気迫をぶつけてやるといい」

「いいわねそれ。絶対ビビるわよ、あいつ」

 感電したゴブリンに、ルルが剣を突き刺す。

「カイル、怪我を治す魔力は、残ってるかい?」

 デニムは、俺の傷口を覗き込んでいる。

「ええ。でもまずは、毒消しからしないと。

 『ロドゥムエィガリル! 戻れ我が弓よ』」

 呪文の詠唱と共に、俺の手に先ほど手放した魔導弓が飛んで戻って来る。これは自分のマジックアイテムを手元に呼ぶ、初歩の魔法だ。俺は毒消しに使うキュアアローと傷を癒すヒールアローを生成し、傷口に撃ち込む。魔法の矢は、すぐに俺の傷を塞いでくれた。

「へー、傷が治っても光ったまんまなんだ」

 ルルが、俺のももで光る魔矢を覗き込む。

「ええ、効果時間が過ぎるまではずっとです」

 俺は指先を剣で傷つけて血をにじませると、ヒールアローにそれをかざして治してみせる。

「うわっ、すっごい」

 ルルも俺の真似をして、自分の指先につけた傷を、ヒールアローの光で治す。

「へぇ、光に近づいたものは、他の人の怪我でも治してくれるのか。面白いな」

 デニムが俺にナイフを手渡した。

「さぁ、最後の仕事を済ませてしまおうぜ」

 俺達は手分けしてそこら中に横たわるゴブリン達の鼻を削ぎ始めた。倒したモンスターの一部を持ち帰り、討伐の証とするためだ。

(クッサイな……なんだよこれ)

 ゴブリンの臭いに耐えかね、一息つこうと顔を上げると、ルルのしかめっ面が目に入る。

「これだけは、いつまで経っても慣れないの」

 テキパキと慣れた手つきで、デニムが鼻を削いでいくのとは、まるで対照的だった。

 俺はしかめっ面をしたまま舌を出し、表情だけでルルに賛同してみせる。

「さっきは、よく逃げなかったな……」

 その時、一人でもくもくと鼻削ぎを続けながら、不意にデニムが俺に話しかけてきた。 俺も慌てて、鼻削ぎを再開する。

「意外に多いんだよ、一人で逃げる奴がさ」

 そうか、逃げるって選択肢もあったんだ。

「ゴブリンに襲われた時、俺は頭に血がのぼってて……、思いつかなかっただけです。

 でも、それで良かった。俺だけ逃げ回ってるなんて、なんか違うんですよ」

 なぜかルルが、嬉しそうにこっちを見た。

「ほら、あたしが言ったとおりでしょ。カイルをパーティに加えて大正解じゃない」

(え?)

「カイルを仲間に入れようって言い出したのはルルなんだ。ルルの勘はよく当たるんだぜ」

「でも、俺って役に立ってないですよ」

 最初のガードアローを除けば、サンダーアローでゴブリン一匹感電させたのみ。後は何もできなかった。我ながら情けない。

「『こんな魔法が使える』『こんなモンスターを倒した』と自慢する奴より、イザという時ふんばってくれる奴に、俺は背中を預けたいんだよ。魔法の腕だってこれからさ」

「ち、ちょっと照れ臭いですよ、デニムさん」

 思いもよらぬ言葉に、俺は後ろ頭を掻いた。

「その『デニムさん』っていうのはそろそろ止めにしないか? デニムでいいよカイル」

「そうそう、あたしもルルでいいわ」

「……わかったよ。デニム、ルル」

 俺は最後のゴブリンの鼻を削ぎ落としながら、仲間に親しみを込めて呼びつけにした。

 しかし、俺を仲間と認めてくれるのなら尚の事、俺は二人に忠告しなければならない。もっと覚悟を決めてからとか、もっといいタイミングでとか、そんな考えも湧いたが、後回しにしてもロクな事はない。逃げるための言い訳が尽きる事など、永遠にないのだから。

「なぁ、俺を仲間として認めてくれるのなら、仲間としてその……ちょっと言いにくいんだけど、意見があるんだ。いいかな?」

「変な遠慮しないで、なんでも言ってみなよ」

 上機嫌のデニムが、にこやかに答える。

「デニムとルルが仲のいいのはわかるんだ。

 でもそれを人に見せつけるっていうか、その……嫉妬する奴もいるだろうし、反感を買って損をするだけというか……」

 俺はもっとハッキリ言ってやるつもりだったが、いざ口にしてみると、このザマだ。とはいえ、一応忠告はできた。二人が優秀なのは間違いない。色ボケさえ治れば、俺の理想通りの冒険者生活だって、夢ではない筈なのだ。

「もしかしてカイルも嫉妬してたの?」

「え、ええまぁ。少し……」

 俺は自分でも意外なほど、素直な本音をルルに漏らしてしまった。

「やっぱウブでかわいいなぁ、カイルって」

「ハハハッ。ならカイルも恋人を見つけなよ」

「あたしの友達に、カイルみたいに可愛い子が好きな人いるから、紹介してあげようか?」

「え! あ……、是非お願いします!」

 ついつい二つ返事してしまったが、見事に話がすり替わっている。忠告の意味がない。

(そうかこいつ等、俺の言った事を、自分達の都合のいいように解釈してやがるんだ)

 これではいくら言い聞かせても無駄だろう。「十七匹か~。普通なら追加報酬を期待できる数だけど、無理な相談よね」

 鼻を袋に詰めながらルルがぼやく。

「そうだな、今の村の状況では、報酬が貰えるだけでもありがたいと……」

 ドッッオオオオオォォォッ!

 その時、デニムの言葉を遮るように轟音が森に響き渡り、俺達は一斉に振り返った。

「森が……光っている?」

 遠くの方で森が白い光に包まれていた。恐らく攻撃魔法ではないだろう。爆風も衝撃による揺れもなく、炎が燃え広がる様子もない。

「なんなのかしら……あれ」

「まずいな、あそこは大猿の縄張だ」

 俺は血の気がひくのを感じた。光ったのは西の森、光があれだけ広範囲なら、縄張りから外れていても大猿を刺激したに違いない。

「急いで帰りましょう」

 ルルが駆け出し、デニムと俺が続く。

 現状勝ち目のない大猿の森に向かうより、まずは戻って村を守る策を立てねばならない。

「済まないカイル、もう報酬は度外視だ」

「気にしないで大丈夫ですよ、俺の事なら」

 チコや親父の様に、なりふり構わず金にすがって生きるなら、俺は冒険者など目指さなかった。人を助け、憧れた龍殺しの英雄に近づけるのなら、むしろ本望というものだ!


「鎧は完成しているかゼペック!?」

 村に戻ってすぐ、鍛冶場に駆け込んだデニムが大声で叫んだ。

「ああ」

 ゼペックが新品の鎧を指さすと、デニムは革袋を差し出した。恐らくあれは全財産だ。

「後金だ。足りない分は村長に言って、ゴブリン退治の報酬から、差っ引いてくれ」

「大猿とやる気なのかデニム?」

「場合によってはな。こういう時のために注文した、大型モンスター用の剣と鎧だ」

「後金はいらねぇ。前金だけで我慢してやる」

 ゼペックから剣と鎧を受け取り、デニムはそれを大急ぎで身につける。

「デニム! その鎧は装甲が厚い分、重さが半端じゃない。慣れないうちは気を付けろ!」

 村長の道具屋に走る俺達の背に向かって、ゼペックの叫ぶ声が聞こえた。


 俺達は、大猿対策の寄合よりあいをひらいていた村長に、ゴブリン退治の報告を簡単に済ませた。

狭い部屋で一緒にテーブルを囲む村人達も、机の上のゴブリンの鼻に息を呑んでいる。

「ゴブリンがこんなに居たとは……これでは少し足らんかもしれんが……」

 ブライ村長は、ジャラリと硬貨の音が漏れる袋を差し出すが、デニムはそれを掌で拒む。

「今報酬を受け取って、少しでも緊張の糸を緩めたくない。全て終わってからにしましょう。これは、仲間達も納得している事です」

 黙って頷く俺とルル。村長は深く頭を下げ、村人達はからは、感嘆の声が漏れる。

 こうして俺達も寄合に加わったが、議論はまるで進展しなかった。それは西の森の状況もわからず、判断材料が枯渇したためだった。

「も、もももう駄目だ……す、すぐ逃げよう!」

 皆が苛立つばかりの空気に耐えかねてか、一人の男が喚き出す。男はそのゴツい身体に似合わぬ甲高い声を発していた。同席する老婆も、短髪の美女すら平静を保っていたのに。

 そして、その男の醜態は、俺が最も思い出したくない人間の姿を連想させるものだった。

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