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ゲームが終わった後の冒険譚 ~夢の世界の終焉と、リアルな生の体験記~  作者: 蝉の弟子


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限界集落

 手入れされず痛んだ家が目立ち、もう廃村寸前、それがリラルルの村の第一印象だった。

「前の村長と一緒に、住人の大半が逃げちまったからな。今は、俺の親父が村長してるよ」

 前髪を逆立てた門番の口ぶりから察するに、どうやら彼等はデニム達と顔見知りのようだ。

「何があったんだ? まさかゴブリンに怯えて住人が逃げ出した訳じゃないだろう」

 村を眺めたデニムの眉間にしわが寄る。

「大猿が村の近くの森に住みついたのよ」

 門番の娘がちらりと俺の方を見た。朱に染まり始めた日差しが、彼女の紫がかった髪をやや遠慮がちに照らし、浮かび上がらせる。

「ああ、こいつは新しくパーティに入った」

「カイルです」

 デニムに促され、名乗る。

「あたしはクリス、こっちはダニーよ。カイルさん、依頼を受けてくれてありがとう」

 ダニーはともかく、このクリスは門番としてどうだろうか? 腰の剣が重そうで、まともに振れるかさえ怪しく見えてしまうのだ。

「ねぇゴブリンより、その大猿退治を依頼した方がいいんじゃないの?」

「大猿は縄張りに入りさえしなければ襲われないから、それさえ知ってれば大丈夫だよ。

 ただ、ときおり夜になると吠えるもんだから、臆病な連中は逃げちまってこのザマさ」

「だから当面の問題はゴブリンの方なのよ。

 住人が半減しているとバレたら、今夜にでも襲ってくるかもしれないわ」

 交互にダニーとクリスが、ルルに答えた。

「すまないな、以前のパーティが解散してなければ、ついでに大猿も退治できたんだが」

「気にするなよデニム。どのみち今の村には、大猿退治まで依頼する金はないさ」

 ダニーに言われずとも、それは想像できる。

 馬車を村の宿に停めた俺達は、二人の案内で村長の元へと向かう。村に入った時はまだ明るかった日差しが西の空に沈みかけた頃、道の先にある、あの何の変哲もない道具屋が村長宅なのだと、二人に教えられた。

「冒険者が到着したぜ。俺は親父を呼んでくるから店の中で待たしておいてくれ」

 ダニーは道具屋の戸を開けてそう叫ぶと、店の裏の畑に向かって走り去り、その背中は生い茂る作物の中へと消えていった。

「やぁ、お久しぶり」

 道具屋の中を覗いたデニムが、そう笑顔を漏らすと、店番をしていたおばさんとその子供が、同時にこちらを見る。

「おや、デニムじゃないか。あんたが引き受けてくれたのかい?」

「どこ行ってたんだよデニム~」

 小走りに男の子が近づいて、デニムの脛を軽く蹴る。この子は十歳過ぎといったとこか。

「ゼペックが探してたぜ」

「あ、いけない。父さんにも知らせないと」

 クリスが慌てて踵を返した。

「デニムさん、約束はちゃんと守ってくださいね。こっちにも都合があるんですから」

 クリスはそのまま走り去り、入れ替わるようにダニーが村長らしきおじさんを連れて畑から戻ってくる。

「どうしたんだあいつ?」

 クリスを見送るダニーが、首をかしげる。

「ゼペックさんを呼びに行ったんだよ。

 おおかた支払いに困って、暫く顔を見せなかったんだろうけどさ、そういうのはあんまり感心しないよデニム」

 おばさんに叱られ、デニムが肩をすくめる。

「ゴブリン退治の金を貰ったら、ちゃんと支払うよ。ゼペックさんには謝らないとなぁ……。そういえば、ゴードンはどうしてる?」

「臆病風に吹かれて、とっくに逃げたよ。

 ところでダニー、村の門はどうなってる?」

 ダニーの顔が強張り、ため息を漏らす村長。

「また閉め忘れたのか……行ってこい」

 一目散にダニーは、門の方へと走り出した。

「お久しぶりですブライさん」

 ルルが、村長に会釈をする。

「お久しぶり。ルル嬢ちゃんは暫く見ないうちに、また美人になったんじゃないか?」

「やだもーっ、お上手なんだからぁ」

 頬に両手を当てて喜ぶルルだったが、その時、西の森から獣の咆哮が上がった。

 グルオオオオオオォォォッッッ!

 俺とルルは驚いて森を同時に振り返り、男の子もおばさんのスカートにしがみつく。

「やかましいねぇ。わざわざ吠えなくても、そこが縄張りだって事くらい知ってるよ」

 おばさんが毒づく。これが村の廃れる原因となった、大猿の声なのであろう。

「ご苦労なされているようですね」

 デニムが気遣うも、ブライ村長は涼しい顔で微笑をもらしている。

「最初にこの地に住み着いたのは、わずか六人だったと聞く。我々はまだ十人以上ここに残っているのだ、なんて事はないさ。

 お前の方こそ、いい噂を聞かないじゃないか。みんな心配していたんだぞ。新しい仲間も見つかったみたいだし、正直ホッとしたよ」

 村長の言葉は、今の俺を物語っていた。落ちぶれた親父に幻滅した俺が英雄を目指し、落ちぶれたパーティに拾われて、落ちぶれた村に辿り着く、本当に良くできた皮肉だ。

「マジックアーチャーのカイルといいます」

 村長の目がこちらに向いたのに気づき、俺は少し早口で自分から名乗った。

「ついてましたよ、彼がいてくれなかったらルルと二人だけで依頼を受けていましたから」

 デニムが俺の肩にポンッと手を置き、ブライ村長は軽くこちらに頭を下げる。

「早速だが、依頼について相談しよう」

 村長は、道具屋のカウンターに裏の畑で取れたであろう野菜をドサッと置くと、俺達に店の奥の一室に来るよう促した。


 ブライ村長によると、ゴブリンの数は十数匹で、変異種はいない。大猿の縄張りが西にあるためか、ゴブリン達は北から徐々に村に近づいているらしい。

「明朝、ゴブリン退治に向かいます」

「よろしく頼む」

 デニムとの握手を終え、村長が部屋の戸を押すと、そこで待ち構えていたのは、壁によりかかる気難しそうな中年の男だった。

「なんで、村の門を開けっ放しにするんだよ」

「あんただって、忘れてたんじゃない!」

 直後、ダニーとクリスの口喧嘩が耳に飛び込んでくる。が、こちらを睨む男に青ざめたデニムは、もうそれどころではない様子だ。

「久しぶりだな。『二か月待て』とは言ったが、まさか今日まで音沙汰なしとは恐れ入ったよ。どこをほっつき歩いてたんだ?」

「お久しぶりですゼペックさん。実は……」

「言い訳したければ後で聞いてやる! だがな、どんなにみっともなくても、俺の前に顔を出す事くらいはできた筈だ。違うか?」

 ゼペックと呼ばれた男は、デニムの言葉を遮るように大きな声を張り上げた。

「次は許さんからな。おまえの剣はとっくに完成しているが、鎧は今から仕上げてやる。体の寸法とズレがないか測るから、すぐに俺の鍛冶場に来い。いいな?」

 ゼペックはデニムの返事も待たず、まだダニーと言い争ってるクリスの方を振り返った。

「今すぐ鎧を仕上げる。お前も手伝え」

「えぇ~! 今からぁ?」

 だがゼペックに、彼女の声は届かぬ様子だ。

「デニムは明朝ゴブリン退治に向かうんだが、間に合いそうかゼぺック?」

 村長をチラリと見て、ゼペックが首をふる。

「無茶を言うな、徹夜したって無理だ。

 どのみち新しい鎧は、対大型モンスター用の重鎧だ。ゴブリン退治の役には立たねぇよ。

 で、剣もゴブリン相手には少々大ぶりだが、どうするねデニム?」

「明日、依頼料が入ってから、受け取ります」

「なら鎧も、明日の昼までに仕上げておく」

「ちょっと! それじゃ徹夜同然じゃない!」

 必死の形相でクリスが悲鳴を上げたのとは対照的に、デニムの返事で気を良くしたのか、ゼペックの顔はにわかに緩んでいだ。

「という訳だから、ちょっとこの男を借りるぜルルちゃん!」

 声高らかに宣言するゼペックとは対照的に、デニムは力なく苦笑いを浮かべていた。


 ゼペックに引っ立てられたデニムと別れ、俺達はランプ片手の村長の案内で宿へ向かう。

(あれ、どうしたんだろう?)

 ブライ村長とも言葉少なで、普段に比べルルのテンションが低いのが気になった。ひょっとして、デニムがいないせいだろうか……。

 到着した宿の看板をランプで照らすと『寝転ぶウサリン停』と文字が彫られ、そのすぐ脇には、先ほど停めた馬車が見える。

 俺達が宿に入ると同時に、幼い女の子が一人、ルルに向かって走って来た。

「ルルだー♪」

「あ、メルルだー♪」

 途端に明るい声をあげ、ルルは女の子を両手で持ち上げクルクル回ってから床に降ろす。二人共お揃いの金髪のツインテールのため、まるで歳の離れた姉妹のようだった。

「久しぶりだねルルちゃん。デニムは?」

 宿のおかみさんらしき人が、カウンター越しに声をかける。

「ゼペックさんに捕まっちゃった」

「あらまぁ、約束をすっぽかしてたからねぇ。

 それから、ええと、あなたがカイルさんね」

「はい」

 俺は軽く頭を下げる。

「ララよ。主人のバンカーはまだ帰ってないけど、あなた達の泊まる部屋は用意してあるから安心してね。四人部屋で大丈夫よね?」

 ララさんは、ブライ村長に目くばせする。

「ああ、助かるよ。バンカーにもよろしく」

 ブライ村長は、俺の背後から魔導弓にいたずらしようと手を伸ばしていたメルルを捕まえて、ララさんの元に運んで手渡した。

「明日はよろしく頼む」

 村長は最後にそう言うと、ルルと俺にそれぞれ握手を交わして去っていった。


 翌日、朝食を終えた俺達は、北の森に向かう。レンジャーとして経験豊かなルルを先頭に進み、およそ三十分たった頃だろうか。

「なにこれ、随分村から近いじゃない……」

 予想より早く、ルルがゴブリンを見つけた。

「もう一日遅れてたら、ヤバかったかもな」

 草むらに身を屈め、デニムが呟く。

 ボロボロの服に小ぶりな剣を携えた緑色の小鬼達は、数こそ多いものの皆一様に動きは鈍く、寝転んでいる者までいる。ゴブリン達は夜行性、だから朝が狙い目なのだ。

「十数匹って聞いたけど、二十匹近いわよ」

 ルルは顔をしかめたが、デニムは笑う。

「でも変異種はいない、ついてるよ俺達は。あの規模の群れなら、ゴブリンシャーマンくらい混ざってても、不思議じゃなかった」

 覚悟を決めて、俺も魔導弓を背から下ろす。

「今から二人にエンチャントをかけます」

 二人は黙って俺に頷くと、魔法の光がゴブリンに見えぬよう、前に移動して壁を作る。

「ガードアロー(防御・持久力上昇)とアタックアロー(攻撃・素早さ上昇)を両方同時にも使えますが、俺の魔力量を考えると……」

「じゃあガードアローを頼む。数が多いから、途中でへばりそうだ。魔法の効果時間は?」

「三百秒くらいです。あと、俺から五十メートル近く離れてしまっても、効果は消えます。

 援護射撃もした方がいいでしょうか? 俺の魔力じゃ、そう何発も撃てませんが」

「ポーションは節約したいし、いざという時に回復魔法が使えないのは勘弁だわ」

「そうだな、魔力は温存してくれ。

 けどなカイル、ヤバくなったら、魔力をケチるなよ。生き残るのが最優先だ」

 デニムが、ルルの言葉にそう付け加えた。

※※※

……勇者の召喚は成功したのかラーグ」

 スーツで身を固めた初老の男の声が、石壁で囲まれた広いホールに響く。このホールには窓すらないが、四方の壁に大量に備え付けられたマジックトーチ(魔法の明かり)に煌々と照らされ、真昼の様な明るさだ。

「はい、成功いたしました。ただ問題が一つ」

 ホールの中心にある魔法陣に向かい祈りを捧げていた召喚士ラーグは振り返り、スーツの男に、少し引きつった笑顔を向けた。

「んん?」

 男の表情が歪み、ラーグと共にに祈りを捧げていた弟子達は、にわかにざわめきだす。

 男の訝しげな瞳は一直線に空の魔法陣を捕らえ、ラーグは振るえる声を発し続ける。

「召喚する座標が大幅にズレてしまいました。

 ですが、お喜びください! この度、私が召喚した者は『ドラゴン・ザ・ドゥーム』という世界の住人、必ずや強大な戦力になります」

「無能なバカならまだ救いがあるが、有能なバカは手に負えぬな、ラーグよ!」

 ラーグは縮こまり、弟子達は震え上がる。

「どこに召喚したかも不明では、誰に利用されるか分かるものか! そもそも、この世界に馴染まぬ内に我々の思想を叩きこまずして、どうやって配下にせよというのだ!」

「お言葉ですがボイルド様、おおよその召喚位置は、時間はかかりますが調べられます」

 ラーグの弁明に、ボイルドの目が血走る。

「当たり前だっ! すぐにでも行方不明になった貴様の召喚者の捜索するとしよう。

 ズレた召喚地点は、貴様がいなくとも、弟子共に調べさせれば事足りるな!」

 ボイルドは、後ろに控えていた護衛の兵士達に手を振りかざして合図する。

「処刑しろ」

 武装した男達が金属音を響かせながら魔法陣へと向かい、それと共にラーグの悲鳴がホールに響き渡った。

「グラウムよ、捜索に当たる者を直ちに補充してくれ。今は召喚者の空きがない」

 ボイルドは、兵士と共に控えていた老召喚士を呼ぶ。

「ははぁっ。では人数はどういたしましょう? 場合によっては見つけ次第始末せねばなりません。ラーグめの召喚者が手練れというのが誠であれば、人数も考えねばなりませぬ」

 ボイルドは取り残され、途方に暮れるラーグの弟子達を睨む。

「何人だ? ラーグは何人召喚したのだ?」

「四人でございます。それに、彼等の居た建物まで一緒に召喚してしまいましたので……」

 その言葉が終わるのを待たず、ボイルドは舌打ちで応じていた。

「それがしくじった原因か、ヘボ召喚士め!」

 不快を辺りにまき散らすボイルドの声が、冷たいホールに響き渡った。     


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