現実(ループ)
この作品は「 続・冒険譚 ~消えゆきし世界とそこに住まう数多のアバター達に捧ぐ~(https://ncode.syosetu.com/n7876gz/)」の修正版に当たります。
「ラーグ、何をしておるのだ?」
本を読みながらブツブツ何か呟いていた中年魔術師は、その一声で顔を上げた。廊下が覗く半開きのドアの前には、老魔術師が本を持ったまま立ち尽くす自分を見据え、いつもどおり床には所狭しと魔術書が散乱している。ランプの明かりが揺れる度、視界に映る全ての影が、目障りに伸び縮みを繰り返していた。
「新たな世界から、召喚者を呼び出す研究をしている。グラウム殿は『おんらいんげぇむ』という特殊な世界をご存知か? 私は……」
「これまで通り、日本から召喚すれば良かろう。ローズチャーチ家との決戦が迫る今、ボイルド様とて、そう長くは待ってくれまい」
グラウムは首を振って、その演説を遮った。
「……わかっている」
返事もせず、ため息を残し老魔術師は立ち去り、残されたラーグは歯ぎしりを一つした。
「『これまで通り』など、冗談ではない! 私が全てを変えてやる! 『サービス終了』とやらであの世界が消える前に、必ずだっ!」
ラーグは、手に持った本を壁に叩きつけた。
~消えゆきし世界とそこに住まう数多のアバター達に捧ぐ~
……カイルさん。十八才、マジックアーチャー……はい、これで登録完了です」
冒険者ギルド窓口のまだ若い女性が、羊皮紙にペンを走らせながら俺を見る。
マジックアーチャーとは、この世界に訪れた召喚勇者の作ったクラスで、魔導弓と呼ばれる弓状の魔道具にて魔法の矢を放つ冒険者クラスだ。炎や雷の矢を放つ事もできるし、回復や援護魔法の矢を使う事もできる。器用貧乏とも揶揄される一見変わったクラスだが、引く手数多の魔法職には変わりない。俺は胸を張って、自身が冒険者である事を示す鉄のプレートを首から下げた。
幼い頃に聞いた龍殺しの英雄の物語に憧れて冒険者を目指し、魔力という才能を必死で磨き、積み上げてきた。魔法が使える以上、新人といえど良いパーティを選べることだろう.『おまえに冒険者だけは無理だ』とぬかしたクソ親父だって黙らせられる……あれ?
「あの~新人の冒険者に、パーティの斡旋とかはないんですか?」
「はあ?」
受付のお姉さんは、なぜだか呆けた顔をする。なにか変だったろうか? 飾り職の組合では、新米に便宜を図ってくれるものだから、それが普通だと思っていたが……また俺はズレていたのか? いつものように積み上げたものを、ヘマで自ら崩そうとしていたのか?
「甘ったれたガキもいたもんだ。パーティってのはな、冒険者同士で勝手に組むものだぜ。
ギルドに、オムツまで替えてもらう気か?」
振り返ると、戦斧を背負った三十前後の大男が、ニヤニヤ笑いながら俺に近づいてきた。ギルド一階の酒場で昼間から飲んでいたのか、この男からは安酒の臭いが漂ってくる。
「魔法が使えるなら丁度いい。なんなら俺のパーティに入れてやろうか、青い頭の坊や?」
俺は少しムッとした。親父譲りの青髪は仕方ないが、『坊や』呼ばわりはいけ好かない。若いというだけで舐められたくはないし、身長だって伸びたから、それなりにある筈だ。
「えっと、他のパーティも見て決めたいので」
俺は首に巻いた空色のマフラーで口元と冒険者プレートを隠し、大男から目を逸らした。
が、俺の肩に、熊のような男の手が伸びる。今更逃げようにも、男は体格通りの怪力で、肩にその太い指を食い込ませんばかりだ。
「おいおい、折角誘ってやったのに贅沢言っちゃいけないな、この業界は甘くないんだぜ。 組む相手を選べるのは、実績を積んで名が売れてから……そうだろマリー?」
「え……ええ、ええそうですね。一般的には」
俺は助けを求めようと受付に向かって視線を走らせたが、マリーさんは顔を背けている。
「って事だからよ、悪い事は言わねえから、おとなしく俺のパーティに来なよ。
まぁ、新米のうちは、分け前をはずめねぇが、そいつは勘弁してくれよ。最初はみーんなそうなんだしよ」
(うわっ、絶対まともじゃないぞコイツ! すぐ断らなきゃ、いつもの泥沼……どうしよう)
「いい加減にしろよチコ。困ってるだろうが」
一人の男がこちらを睨んでいた。緑髪のこの男は、ベテランなのだろう、剣を携えた姿がやけに様になっている。だがそれよりも、強いパーマが掛かった彼の緑髪はまるで巨大なブロッコリーのようで、ひときわ目立ち、異彩を放っていた。
(それにしても、『チコ』っていうのはこの大男の名前か? 似合わねー)
「俺はチコリーノだ! 略すんじゃねぇっ!」
(似たようなもんじゃねーか……)
心中で毒づくも、声には出せない自分が情けない。このザマで、龍を倒し、姫を救い出すのはいつの日か?
「うわっ!」
次の瞬間、チコの隙をついて誰かが俺の腕を引いた。俺の体は油断したチコの手から勢いよく離れ、バランスを崩し、よろめく。
「災難だったね、君」
気付くとレンジャーらしき女冒険者が、片足浮かせた俺を支えていた。慌てて、寄りかかっていた彼女の胸から、俺は飛び退く。
(俺を助けたのは、間違いなくこの人だよな?)
俺よりも少し背の低い女性だ。隙をついたとはいえ、チコの怪力から俺を助け出したのが彼女だとは、にわかに信じられない。
(あわわっ!)
ついまじまじと見つめてしまった俺の目を、彼女が逆に覗き返して来た。
「あ、あありがとうございます!」
「おいっ!」
俺を取り返そうとチコも手を伸ばすが、ブロッコリー頭がそれを掴んで引き止める。
「まーた、新人からピンハネしようとしてたんだろ? いい加減にしとけよ」
「教育料を取るのは、この業界の慣わしだ!
だいたいロクな仕事もできない未熟者が、俺達と同じだけ稼げると思っている方がおかしいんだ! 現実の厳しさを教えるのも、先輩の務めってもんだろうが!」
ドスの利いた声でチコは屁理屈をまくし立てたが、ブロッコリーは動じない。
「なら本人に、直接聞いてみようぜ」
チコの腕を払いのけ、男がこちらへと振り返る。金属板で補強を加えた男の古びた皮鎧が、ガチャンと小さな音を立てた。
「俺はデニム。君の名前は?」
「カイルです」
俺は改めて、このデニムという男を見た。
(そうだよ、俺はこういうカッコイイ戦士に憧れて、冒険者になろうと思ったんだ! もし剣の才能があったなら、俺だって……いや、魔法使いだって英雄にはなれる筈だ)
「では、カイル君。君はチコのパーティに入りたいのかい?」
「いいえ」
何も考えず、条件反射的に答えてから、俺は思わず息を飲んだ。
(ああ……やっぱりチコが、凄い顔でこっち睨んでやがる。おっかねぇな)
「という訳だ。チコリーノさんには、お引き取りを願おう」
「ケッ」
チコはふて腐れてギルド左手奥の酒場に戻り、即テーブルのコップを傾ける。
(助かった!)
俺は二人に礼を言いたかったが、チコがまだ睨んでいるのが気がかりで動けなかった。
「ねーカイル君、あたしはルルっていうんだけど、良かったら一緒にパーティ組まない?」
まごまごしていた俺の腕を取り、助けてくれた女レンジャーがすり寄るように近づいて来た……いや、本業はシーフだろうか? ツインテールに結わえた金髪が特徴的だが幼い印象は受けないし、さほど似合ってもいない。歳はデニムと同様に二十過ぎってとこだろう。
「おいルル! 俺の邪魔をしたのは、そいつを横取りするためかよ! 汚ねーぞテメー!」
遠くからチコが吠える。
「は? 今カイル君はフリーなんだし、あたし達が誘っても別に問題ないでしょ! あんたみたいな強引な勧誘もしてないんだから」
ルルの反撃にチコの顔はますます険しくなるも一言も発さず、そのまま酒を煽る。ルルと口喧嘩しても、勝てる気がしないのだろう。
芝居の勇者パーティには、おしとやかな女冒険者が定番だが、現実にはルルさんみたいなタイプがその大半を占めるに違いない。
「で、どうかな? うちのパーティに入る?」
ルルさんが、再び俺の顔を覗き込む。
(よく見ると、胸が結構あるなこの人)
返事をする前に、ついついそこに目が行ってしまうのは、女性経験がない故だろうか。
「はい、俺でよければ喜んで」
「よし決まりだな。カイル、よろしく頼むよ」
微笑むデニムさんに肩をポンと叩かれ、思うように努力も実らず焦燥感に追い立てられたこれまでの日々が、俺の脳裏を駆け巡った。
(そうさ、俺ばかりが損をする、そんな今までの人生の方が、絶対におかしかったんだ!)
飾り職の親父に憧れれば、親父はクソ商人にへいこらするクズに成り下がる。英雄に憧れ剣を習えば、訓練所でボコボコにされ挫折。ならばとソーサラーを志せば月謝が高くて手が出ず、住み込みの手伝いを条件に、中途半端で大成しないと噂のマジックアーチャーに妥協して、ようやく冒険者だ。
チコに絡まれた時は『またか』と思ったが、もう万全だ! ようやく苦労が報われたのだ!
「実を言うと、この近くのリラルルって村からゴブリン退治の依頼があってね。二人だと、ちょっとキツイかなって思ってたとこなのよ」
「変異種がいない群れらしいから、俺達と一緒なら今の君でも問題ないだろう。討伐が遅れると大きな群れを呼び寄せかねないから、すぐ出発したいんだけど、いいかな?」
ゴブリンは邪悪な小鬼だ。その身体能力は、時に子供に負けるほど弱いが、その行動は信じられないほどに邪悪で、群れが大きくなればなるほど手に負えなくなる。変異種ともなれば熟練の冒険者でも手を焼くと聞くが、何の変哲もない群れならば雑魚もいいとこだ。
「ええ、大丈夫です」
初心者冒険者が受けられる依頼など限られている。都合よくこんな依頼にありつけるなんて、運も向いてきた。今までとは正反対の順風満帆な未来が、俺を待ってるに違いない。
「いい返事だ、君は冒険者に向いているよ。 村まではここから馬車で半日の道程だから、今から急いで出発すれば夕方には着ける。
細かい事は村に向かう途中で話すとして……え~っと……馬車のレンタル料と食費なんかはどんくらいかかるかなルル?」
デニムは顔を傾け、ルルにウィンクする。
「え~またぁ? 面倒な事は、いっつもあたし任せなんだからぁ~」
言葉とは裏腹に、ルルさんは楽しそうにデニムさんに駆け寄り、二人で相談を始めた。
費用の事など頭になかった俺は、蚊帳の外だ。仕方なく俺は、傍で二人の話に耳を傾け、そこから少しでも学ぼうと試みる。
「ぉぃ」
いつの間にか、すぐ後ろにチコが立っていた。デニムとルルは話に夢中で、チコには気づいていない。チコは大きな体を小さくかがめて、俺の耳元で話しはじめた。
「デニムは女絡みの揉め事でパーティをバラバラにしたクズだぜ。こないだまで俺も一緒に冒険してたから、嘘じゃねぇよ。
だから悪い事は言わねぇ、とっとと俺のとこへ来な。今ならおまえの分け前を、少しは考えてやってもいい」
それだけ伝え、チコは酒場に戻っていった。
(……女絡みの揉め事だって? そういえば、デニムさんとルルさんの距離が近すぎるような? あ! もしかしてデキてる?)
俺の心の声に応えるかのように、二人の顔が接近する。人前でもお構いなしにだ。
(ああ、またなのか……また悪い方にズレた)
俺のやる事は、いつもどこかズレている。だから自分では懸命に積み上げたつもりでも、夢に手が届く前に足元が崩れ、いつも同じとこに戻された。いつだって現実はループし、俺はずっと弱虫のままだ……。
住み慣れたゴータルートの町の大きな門を出てから馬車に揺られ半日、二人が座る御者台の向こうに、リラルルの村を囲む頼りない柵が見えた瞬間、俺は心底ホッとしていた。
『はい、デニムあ~~ん』とかやってるのを、荷台のホロの下で眺めてるのは、きつかった。チコの言う通り、リーダーとしてのデニムには大きな問題がある。とはいえ、チコのパーティよりは遥かにマシ。三歩進んで二歩下がる感覚ではあるが、前に進めているのだから。
馬車が止まると同時に、デニムは荷台の後ろから飛び降り、俺も慌ててそれに続く。
ガシャン
鎧が派手な金属音を鳴らすも、デニムはバランスを崩さない。対して俺は、先ほど貰ったショートソードの重さに慣れず、着地とともにたたらを踏む。このショートソードは、魔導弓だけでは頼りないからと、ルルが譲ってくれたものだった。
(それにしても、こんな品質のいい剣を惜しげもなくくれるなんて、バカップルぶりに目を瞑れば、本当に理想的な先輩なんだよなぁ)
「なんだい? この鎧がボロボロなのが、そんなに気になるのかい?」
「いえ、よくそんな重そうな鎧で、身軽に飛べるなと思って。凄いですね」
本音を誤魔化しつつ、デニムの後を歩く。
「ははは。プレートを要所にのみ集中して、なるべく軽く、そして動きやすいように工夫されてるんだよ、これは。ガタがきてるから、そろそろ買い替える予定だけどね」
俺達が馬車を引く馬の隣まで歩を進めると、なぜか手綱を握るルルさんが、やけに不安げな表情を浮かべているのが目に入った。
「ねぇ、この村ちょっとヤバいんじゃない?」
どうやら御車台のルルさんは、村の門番達となにやら話をしていたようだ。門番は二人とも俺と同い年くらい。一人は派手な髪形をした男で、もう一人は長髪の女の子だった。
(まさか、手遅れだったっていうのか!?)
そして、助けるために訪れたその村は、もう既に閑散とし、廃村寸前という有様である。まるで貧乏くじを引き当てた時のような嫌な感覚が、また俺の中で渦巻き始めていた。
<ネットゲーム用語解説>
はじめに
今までハマってた『ドラゴン・ザ・ドゥーム』もサービス終了して暇になったんで、唐突だけどネットゲーム用語について、初心者向けに解説コーナーを初めてみる事にした。
本当は僕の様なゲーマーの主人公が、異世界召喚される小説を書いてみようかとも思ったんだけど、競争率が余りに高くて諦めたよ。
僕にもリアル事情があるし、不定期更新になるとは思うけど、移住先(次にやり込むネットゲーム)が決まるまでの間はがんばって更新するので、よろしく。
「サービス終了」……オンラインRPGにおいては、そのゲームの消滅を意味する言葉だ。普通のゲームなら、エンディングを迎えても、また最初からやり直して遊ぶこともできるが、オンラインゲームの中枢はメーカーのサーバーの中にある。だからそのサーバーが停止したのなら、プレイヤーの手元には、何も残らない。ゲームの起動すら不可能だ。現に僕の手元にある『ドラゴン・ザ・ドゥーム』の思い出の品は、ゲーム内で撮った数枚のSSの画像くらいのものだ。




