狩り
「リーダーなら、高木さんでいいんじゃないかしら。一番歳上なんでしょう?」
突然のサーシャの提案に、高木は大きく首を振り、グラウムまでが口元を歪めている。
「俺はリーダーってガラじゃない。もっと真面目な、そうだな沢田がいいんじゃないか?」
「えっ、よしてくれよ俺なんて……」
沢田は辞退しようとするも、他の四人も一度形勢不利となった沢田に味方せず、そのまま惰性で沢田がリーダーを押し付けられる。太陽はまだ寝ぼけているのか、ボイルド屋敷の屋根から顔を半分のぞかせたままだった。
「みんな、ちゃんと言う事は聞いてくれよ」
そうこぼす沢田以外、勇者達は皆一様に顔を緩め、安堵の笑みを漏らしてさえいる。
「では、訓練所の隣のホールに行って下さい。昨夜少しお話した、美容系特殊スキル能力者達をさっそく集めております。午後の訓練前に、ぜひ彼等の力で生まれ変わってください」
そのグラウムの言葉にいち早く反応したのは、ぽっちゃり系の小島だった。
「そっその、美容系のスキルっているのは、あの、どの位の効果が! えと、本当に……」
彼女の熱意に押されてか、他の五人までソワソワし出しているのが見て取れる。
「目もくらむような美人に、きっとなれますよ。私が保証します」
その言葉が引き金だった。六人は我さきにと屋敷を目指して駆け出し、召使達はその後をバタバタと追いかける。裏庭に残されたのは、勇者達が破壊した木の的を片付ける兵達と、高木が地面に空けた穴の隣に佇むグラウムとサーシャだけであった。
「先ほどは肝を潰しましたぞ、あの高木をリーダーに推すなど、冗談が過ぎましょう」
沢田達が屋敷に消えたのを見計らい、グラウムが口を開いた。
「あら、あの六人なら誰がリーダーになろうと一緒ではないですか? 責任の擦り合いでパーティの命運を握るリーダーを決めるなんて、正気の沙汰ではありませんから」
「サーシャ様は随分と扱いに慣れておいでだが、他の者に勇者達の世話を任せておりましたので、私はてんで着いていけませぬ」
サーシャの前で、老魔術師は肩をすくめる。
「勇者の世話をしていたというのは、処刑されたラーグという召喚士の事でしょうか?」
「そうです。あの時は、馬鹿な事を言う奴が消えてせいせいしたと思っていたが、今では同情しております。勇者だろうがなんだろうが、来る日も来る日もあんな連中の世話をしてたら、おかしくなっても仕方ない。
人並み外れた特殊スキルを得れば、奴等の劣等感も薄れると思っておったのだが、リーダー選び一つであの体たらくとは……」
「あら、そんな事で劣等感が薄れるなど、ありえませんわ。例えば、周囲に暴力をチラつかせ、やたらイキっているチンピラがいるでしょう? 彼等は力をよりどころにして、自らの劣等感を一時的に紛らわせているのです。なにせ彼等には、暴力以外に自慢できるものがないのですから。気性こそ違えど、今の沢田達も同じ様なものです。
彼等は今、自分達が得た特殊スキルで劣等感を覆そうと考えていますが、ふふ、そんな方法では他者に力を自慢する僅か一時に安堵を得るのがせいぜい。だから彼等は、常に自らを癒すためイキる場を求め続け、私達はその舞台を整えるだけでいい。命令などしなくとも、喜び勇んで勇者達は、用意した舞台に飛び込んで行くのですから。そうなってしまえばもう、私がラーブでした事を知ったとしても、彼等は止まらないでしょう。今までの人生で晴らす事なく貯め込み続けた彼らの鬱憤や怒りが、常に出口を求めておりますから」
「奴等の心理状態は、そこまで異常だと?」
「ええ、彼等は優れた者を見る度に自分と比較し、自身の能力のなさを嘆いております。周囲にイキりたいのもその憂さを晴らすため。
能力の高い者がいたなら、これ幸いと協力させるなり、利用するなりすればいいだけの話なのにね、私達が彼等にやっているように。
ところでグラウム様、先ほど面白い話を聞きましたよ。高木は、アニメという物語の登場人物の真似をしていたそうですが、その人物というのが猿と人間の合いの子なんだとか」
「ブッ……クックッククハハハハ! 猿と人間の! そっそれでは、あの高木という男そのものではないか! ヒーヒッヒッヒーッ!」
グラウムは、腹をよじって笑い続けた。
※ ※ ※
「なぁ、要は環境生物を狩ればいいんだろ?」
森を見回しながら、段が俺に尋ねた。
食後の話し合いで俺と段は狩りを、東風さんは木の実や茸などの採取を、べべ王は食器や日用品の制作を担当する事になっていた。
あのいい加減な爺さんが、裏方の仕事を率先して引き受けたのには驚いたが、考えてみれば、いさという時にクランメンバーを支える仕事をまっ先にこなすからこそ、リーダーとして皆をまとめていられるのだろう。
「環境生物というか、普通の動物だけどね。食べられる大きさなら、大抵は問題ないよ」
俺と段は今、クラン拠点から少し離れた森にやって来ていた。
「なら、あそこの鳥でも構わないわけだな。
『おん きりきりばさら うんはった!』」
段が奇妙な呪文を唱えると、掌から見た事もない様な巨大な炎が、ゴウゴウと噴き出した。それは鳥どころか、天をも焦がす禍々しい火柱だった。せっかくの獲物も跡形もない。
「よし! いっちょあがりぃ!」
「炭にした鳥を、どう食おうってんだ馬鹿!」
段の得意げな笑顔に、思わず怒鳴る。
初めて見た段の魔法は、確かに凄まじい威力だった。モンスター相手なら、さぞ心強かったに違いない。狩りの役には立たないが。
「あぁそうかそうか、うっかりしてたぜ。 でも、ドロップアイテムは落ちただろう?」
「ないから! ドロップアイテムとかここの世界には! もういい、俺がやる!」
近くに鳥の羽音を聞いた俺は、新しい魔導弓を構えながら吐き捨てる。いつものように、宙に魔文字を描いてサンダーアローを生成し、魔導弓の中心の魔石にセットすると、魔矢が一回り大きく成長した。
(この魔導弓の力でサンダーアローがパワーアップした? でも、多少威力が上がったところで、獲物を感電させる程度で済むよな)
シュ…………バチバチバチバチィッ!
俺の放ったサンダーアローは、今まで見た事がないような速度で飛び、命中した。だが、俺の目論見と違い、鳥は火花を激しく散らしながら、あっという間に黒く焦げていく。
「ギャハハハッ! お前も同じじゃねーか!」
「嘘だろ……」
段は爆笑し、俺は炭となって砕け散る鳥を前に立ち尽くす。何故だろう、心の内から何かが吹き出てきて体を震わせている。
「なら、アイスアローで!」
俺は氷の矢を宙に描き、再び魔導弓につがえた。アイスアローは先ほどのサンダーアロー同様に、魔導弓の力によって、その大きさを尋常ならざるものに変えていく。だが、いくら魔導弓がパワーアップしていようが、これなら鳥を黒焦げにする心配はない。
「今度こそ、大丈夫なんだろうな?」
自分の事を棚に上げた段が、半笑いで森の木々に紛れて飛ぶ一羽の鳥を見上げた。
(当たり前だ!)
魔導弓から放たれた氷の矢は、ギュンと唸りを上げ、鳥に命中する。
ゴトンッ!
だが、俺の目の前に落ちて来たのは凍り付いた鳥だった。いやそれにしても、獲物が大きな氷塊と化して地面に突き刺さるだなんて、誰が予測できようか。
「バカな……」
俺は慌てて落下地点に走った。氷塊は俺の膝上を超える高さがあり、その中心に羽を広げた鳥が閉じ込められてる。
サンダアローで鳥を炭にした時の、あの嫌な感覚が、また俺の中で膨れ上がっていき、体の震えも今はもっと強く感じる。
ガンッ! ガンッ!
段が杖の先で氷を突つく音で、俺は我に返った。氷には無数のひびが入っているが、割れるにはまだ時間が掛かりそうだ。
「面倒くせぇなぁ……
『おん きりきりばさら うんはった!』」
「おい、やめろ!」
俺が怒鳴るより早く、段の掌から炎がほとばしり、氷を消し、その中の鳥を炭に変え、周囲の森にまで火が燃え広がる。
「バカかてめぇ!」
叫びながら俺はアイスアローを二本作り出し、周囲の炎に向かって順に撃ち込む。高速で魔文字を描く俺の指が、周囲の炎に照らされ赤い残像を従えていた。考えている暇などなかった。もし森全体に燃え広がったら、それこそ大惨事だ。パチパチと炎が森を焼く音と熱、そして辺りに充満する草木の焦げる臭いが、俺を一層焦らせる。とにかく必死だった。ホントになにやってんだよ、あのハゲは!
「悪い悪い。地形に破壊判定があるのを忘れてたぜ。なるほど、炎だとこうなるのか」
笑顔で謝る忌々しい段を、俺は三本目のアイスアローをつがえつつ睨みつける。
「なんで消火を手伝ってくれないんだよっ!」
「氷とか水の魔法は覚えていないんだ。
俺様は、派手な魔法が好みだからな!」
(くそったれがっ!!)
茂みでくすぶる最後の炎に、俺はアイスアローを叩き込んで、それを氷の塊に変える。なんとか火事は消し止められたものの、氷で白く染まった森に、俺は唖然としていた。
(俺が……やったのか?)
氷塊に覆われた草木が、俺を中心に扇状に広がっていた。もうすぐ夏だというのに、ここだけ冬に……いや、それ以上に異様な世界へと森を変貌させていた。
俺はようやく、さっきから心がなぜざわつくのか、その理由を理解した。これは、恐怖。力の使い方を少し間違うだけで大惨事必至、そんな武器を使ってしまった事への、そして手に入れてしまった事への恐怖だった。
俺はぜぇぜぇいってる息を整えて、額の汗を拭う。アイスアローの連発で、一度に大量に魔力を失ったからという、それだけ理由ではなかった。わかっている、龍殺しの英雄を目指すなら、龍を倒すつもりなら、いずれこれくらいの力を身に着けねばならない事は。けれど、俺は俺に許可を出す事ができなかった。こんな恐ろしい力を手に入れる事を、どうしても許す事ができないでいた。
「どうしたんですか、これは?」
顔を上げると、東風さんがこちらに駆け足でやって来ていた。この騒ぎで、頼んでいた食料採取を中断させてしまったようだ。濃い緑の服に包まれた巨大で重そうな体が近づいてくるのに、不思議と足音はしなかった。
「ジョーダンが、バカやったんですよ」
「バカやったのは、お前も同じだろーが」
くやしいが段に言い返せない。新しい魔導弓の力を把握していなかったとはいえ、はたから見れば俺のやっていた事も、あいつと同じなのだろうから。
「ま、まぁお二人とも気を付けてくださいね」
そう言いながら、東風さんは程よく膨らんだ布袋を俺に差し出した。
「カイルさん、採取したものをこの袋に詰めておきましたので、食べられるかどうか、後で教えてください。それから……」
俺が袋を受け取ると同時に、東風さんは歩いて来た方を指さした。
「……あちらに環境生物の足跡を発見したので、来ていただけますか。確かレンジャーのスキルをお持ちのカイルさんなら、追跡ができるのですよね?」
「でかした東風! さっさと行こうぜカイル」
段が俺の腕を勢いよく引っぱる。まだ森が異様な冷気を放っているというのに、もうそんな事は眼中にもないのだろう。
「イノシシを見つけても、もう魔法で黒焦げにすんなよジョーダン。ちゃんと獲物を解体しないと料理もできないんだからな」
俺は、落ち葉の上のイノシシの足跡を追いながら、すぐ後ろの段を横目で睨む。
「お前だって、黒焦げにしてたじゃねーか」
「あ、いや確かにそうだけどよ……気を付けろよとにかく」
(くそっ、減らず口まで。弱みを握られたくない奴に、秘密を握られてしまった気分だ)
冷やかす段とは対照的に、東風さんはレンジャーの技術に興味津々らしく、俺が足跡を追跡するさまを熱心に観察している。
「あ、イノシシがいましたよ」
東風さんが遠くの茂みを指をさすと同時に、段が全速力で駆け出していた。
「よし! 俺様にまかせろぉ!」
「まてよジョーダン!」
俺の制止も聞かず、段はとんでもない速さで茂みの中に消えていた。段の黒い法衣が、空気を受け、激しくバタバタと揺れている。確かにあれだけ早く走れるのなら獣に追い付く事もできるだろうが、森の中では話が別だ。
「なにやってんだよ」
「あいつ汚ねーんだよ。狭いとこばかり逃げ込みやがって。せめて周辺マップさえあれば、逃がしゃしねーんだが」
手ぶらで戻って来た段は、服のあちこちに細かい木の枝や葉っぱをつけ、被っているツバの大きな黄色い帽子は斜めに傾いていた。
「この世界の環境生物は随分手ごわいんですね。あんなに早く逃げるとは、驚きました」
逃げるイノシシを口をあんぐり開けて見物してた東風さんが、ようやく平静を取り戻す。
「音とか臭いとか、とにかく感覚が鋭くて、こちらの気配を察知したらすぐに逃げてしまいますから、そう簡単には捕まらないですよ。
罠を仕掛けるか、気づかれないように遠くから狙って仕留めるしかないですね」
「でも遠くから魔法で吹っ飛ばすのも駄目なんだろ。いっそ毒霧の魔法を試してみるか?
獲物は吹っ飛ばないし、毒耐性の指輪があれば食ってもなんとかなるだろ」
また段の奴が、無謀な事を考える。
(アイスアローをイノシシの足元の地面に命中させて、動けなくしたらどうだろう?)
俺はすぐに首を振った。魔力残量が少なかったし、凍り付いた森も頭から離れない。
「次にイノシシを見つけたら、私に任せてくれませんか。ちょっと考えがあるのです」
東風が、別のイノシシの足跡を見つけ、指さした。出たとこ勝負の段と違い、東風の言う事ならば信頼してもいいかもしれない。
だが、その足跡は負うべきではないだろう。
<ネットゲーム用語解説>
「環境生物」……モンスターに区分されない野生動物。モンスター扱いの野生動物(猛獣)が、明確にプレイヤーと敵対するのに対し、環境生物扱いの動物は中立的な行動を取る。一般的な環境生物はプレイヤーに攻撃されても逃げるだけだが、たまにどう猛な動物が混ざっていて、怒って気休め程度の攻撃をしてくる事もある。




