特殊スキル
リースを倒した俺達は、すぐ訓練小屋を後にした。常ならば、強敵を打ち倒した勝利の余韻に浸れそうなものだが、夢の世界に閉じ込められた自覚のないべべ王達は、リースの事を雑魚悪魔としか思っておらず、俺もまた勝利に貢献できたとはいえ、意識を失っている間に全てが片付いていたのだから、何かをやり遂げた実感などまるでなかった。
「いくらなんでも、クランの壁にまで破壊判定がなくてもよかろうに……」
べべ王に至っては、自らの手でクラン拠点を壊してしまった事が相当なショックだったらしく、しょげかえっている始末だ。
庭に出た俺は、もう一度池で顔を洗う。訓練小屋の床に、顔を付けて寝ていたのだから。
(今のうちに合言葉の登録も済ませておくか)
俺はカバンからイザネに貰った魔導弓を取り出し、弓の中心に設置された魔石の波動を探る。魔石からは激しい波動が伝わってくるが、周囲に配置された小さな四つの魔石がその波を適度に抑え、安定させているようだ。
『ガラハィウムハーレェ! 戻れ我が弓よ』
「なにやってんだおめー?」
ああ、思った通り、段が食いついてきた。
『ロドゥムエィガリル! 我が杖よ我が元へ来たれ!』
クラン拠点の庭で、段が覚えたての魔法を連発してはしゃぎまわり、なぜか一緒になってべべ王もはしゃいでいる。宙を飛んでは段の手に戻る杖が、空をもう何往復した事か。
(あんな渋い顔で、なぜこうもガキなんだか)
段の魔法の習得は、イザネより早かった。半日かかった俺としては、もう立つ瀬がない。
「そろそろ朝食の準備をしようぜ」
俺はカバンに魔導弓をそそくさとしまい、昨日食事をした広間に向かおうとしたのだが。
「ちょっと聞いてもいいでしょうか?」
なぜか東風が、俺を呼び止める。
「カイルさんは、その弓を貰ってもあまり喜んでいないように見えるのですが、なぜでしょう。なにか気になる事でも?」
「そう、ですね。ありがたいのですが、この魔導弓の能力が、まだ俺にはよくわかりませんし、力を得た実感が湧かないというか……」
……腑に落ちないのだ。いくら強くても、これは自分で勝ち取った武器ではないし、俺自身は相も変らず弱虫のまま。棚ボタで手に入れた武器で虚勢を張っても余計に空しいだけだし、さっきも俺はリースに利用され、この強力な魔導弓で仲間を殺していたかもしれないのだ。余計に足を引っ張りかねない。
(こんな事なら、この世界にも装備レベル制限っていうのがあったらよかったのかもな)
楽して強くなりたいと、心のどこかで思っていた過去の自分が、今は滑稽に思えた。
「なら心配ないですよ。使ってみればその弓の凄さはすぐにわかりますから」
東風は、広間に続くドアへと歩き出した。
「飯は昨日と同じでいいよな。あれなら倉庫にたくさん余ってるし」
杖を投げるのに飽きた段も後に続くが、俺はその不穏な一言を聞き逃さなかった。
「ちょっと待て、昨日の料理っていつ、誰が作ったんだ?」
「あれは去年のクリスマスイベントで集めた、クリスマスチキンじゃよ」
べべ王は、ケロリとしているが……。
「きょっ、きょきょっ去年の料理ぃ~~!」
俺の声は完全に裏返っていた。
「すぐに俺を倉庫に案内しろっ! 今すぐにだぁっ!」
その一言だけで、俺の喉が干上がり鈍い痛みが走る。それほど必死で叫んだのだ。
去年の料理を食わされたのもさる事ながら、そんな物が山ほど散乱しているという倉庫はどんな惨状になっている事か、とてもではないが想像すらできなかった。
やはり案内された倉庫は何の仕掛けもなく、冷却など一切されていなかった。せめて地下であればまだ涼しいのだが、ここは一階。こんなとこに生ものを放置したら一溜りもない。
しかも、鉱石や砂、モンスターの爪や牙・鱗等々、無数の素材を並べた棚の一角に、無造作にその料理は並べられているではないか。
(最悪の環境じゃないか……)
鼻を近づけると相変わらず香辛料の香りはするのだが、すえた臭いもハッキリと混ざり始めている。
(やはり食べられる状態じゃない……が、去年の料理の筈なのに腐敗はそこまで進んでないぞ。まさか、昨日この世界にこの建物がやって来た時から、腐敗が始まったってのか?)
「大丈夫でしょうか?」
心配そうにのぞき込んできた東風に、俺は料理の皿を差し出した。
「ちょっと臭いを嗅いでみてください」
東風とその隣にいたべべ王が、皿に顔を近づける。
「妙な臭いが混ざっとるのぉ」
「そうですね、ゾンビの毒沼に行った時に嗅いだような臭いが、かすかに混ざってますね。
でも、まだ大丈夫そうな気もするんですが」「物が腐るとそういう臭いがするんですよ。無理して食べるとお腹を壊してしまいますよ」
料理をもったいなさそうに見つめる東風に、そう警告した。
「腹を壊すとどうなるんだ?」
興味なさげに近くの棚を漁っていた段が、よそ見したまま尋ねてくる。
「長時間トイレに篭ってウンチを垂れ流すはめになるだろうね。捨てるしかないよこれは」
「そ、それは勘弁して欲しいですね。もったいないですが仕方ありません」
下痢に怯えた東風が、やっと料理を諦めた。
「他に食料はないの? 日持ちのする物ならまだ大丈夫だと思うけど」
「これも去年のハロウィンに集めた物だがどうだ? ここの食べ物はもうこれしかないぞ」
漁っていた棚から小袋を取り出し、段が俺に投げてよこす。
パシッ……
小袋は勢いよく飛んできたが、思ったよりずっと軽くて、楽にキャッチする事ができた。
「ちょっと物足りないけど、これでもいいか」
袋の中身は、カボチャ形のクッキーだった。
『天におられし偉大なる神よ。あなたの恵みに感謝します。与えられし糧を我らの光とする事を許し給え』
「これが食前の祈りか?……妙な文句だな」
クッキーを摘まみながら段がぼやく。
「食料を得られた幸運を神に感謝するって理屈もあるんだろうが、それなら俺様は食料そのものにこそ感謝すべきだと思うぜ。神様と違って、実際に目の前にあるんだしよ」
「それはドルゥード教の考え方に近いな。
彼等は万物に神が宿るって考え方だから、当然食物にも神が宿るって考えるんだ。だから食前に食べ物へ感謝を伝える。
ただ、その考えは、この国で口にしない方がいいよ。ソムルス教が国教になって以来、ドルゥード教とその教義は処罰対象だから」
「ここのNGワードは随分難しいんじゃのう。ルルタニアの白竜神殿の掟とは、大違いじゃ」
そのべべ王の言葉に、俺は違和感を覚えた。ドルゥード教が排斥される日常が、俺にとって当たり前になっていたからかもしれない。
「祈りの最後の『糧を我らの光とする』とはどういう意味なのでしょうか?」
「例えばこのクッキーにも、それが我々の元に届くまでに、神が光をその内に与えて下さっている、と教えられているんです。我々はそれを頂く事で、神の光をその身に宿す事ができるという、そういう教えです」
俺は目の前のクッキーを二本の指でつまんで持ち上げながら、東風さんに説明する。
「では、このクッキーをワシ等に与えたドラゴン・ザ・ドゥーム運営にも、神の光が宿っていたという事になるのかのう」
「たぶんそういう事になるんじゃないかな。
その食料を育てた環境や調理した者が多くの光を宿していると、それを食べた時に宿す事のできる光も大きくなると言われてるから。
逆にそれを育み形作る過程で光がまるで与えられない、光を逆に奪われかねない環境にあった食べ物だと、それが如何に美味しくとも災厄に通じるとされてるんだけどね」
首をひねるべべ王に、少し笑いながら俺は答える。声を大にして言える事ではないが、俺だってそこまで信心深い訳じゃない。
「じゃあ、このクッキーは呪われてんじゃねーか? あの運営に神の光が宿ってるとは、到底思えなかったからな」
一足先に食べ終えた段は、空になった皿の上で手をはたいてクッキーの粉を落とている。
「さぁ、飯も食ったし、冒険にいこうぜ」
「その前に皿洗いくらい手伝えよ。昨日その皿を洗ったの俺なんだぜ」
「なんでそんな事する必要があるんだよ?」
「この世界じゃ食べ物を消費しても皿は消えないし、昼飯の時にも皿を使うからさ。
だいたい、昼飯はどうするつもりなんだ? まさか昼もクッキーとは言わないよな」
あからさまに不服そうに口を尖らす段に向かって、俺が言い返すと……。
「確かに昼もこれでは、腹がもちませんね」
人一倍食う東風が、まっさきに賛成した。
「では報酬に食料が貰えるクエストを周回して、蓄えておくとするかの。カイルはそういうクエストに心当たりがあるんじゃろ?」
(おいおい待ってくれよ)
思わず俺は、眉間を指で押さえた。クエストとは冒険者への依頼の事なんだろうが、食糧を現物支給する依頼者など聞いた事もない。
「そんなもん、自分達で食料調達しちゃえばいいだけだろ」
俺はその提案で、精一杯の軌道修正をしたつもりだったが、三人はその意図もわからぬ様子でポカンとしている。やれやれ、また詳しく説明してやる必要がありそうだ……。
※ ※ ※
「やれやれ、訓練は午後だと伝えたのに……」
グラウムは二階の廊下から、屋敷の裏庭を見てぼやく。そこには何体もの木の的が兵達によって運び込まれ、召使を引き連れた六人の召喚者達が、各々自身の特殊スキルを振るって、並べられたそれ等を打ち倒していた。
沢田浩二は炎を纏った剣を振るい、木の人型を胴から切断する。白い鎧の上に赤いジャケットを羽織った冒険者風の装束を身にまとい、その顔は以前と違い表情が和らいでいた。
新山高志が反りのある黒い宝険を抜くと、その刃先が無数に分身した。分裂した刀身は青白く魔力を孕んだ光りを発し、木の人型を粉々に切り刻む。新山は黒いコートを暗い紫の鎧の上から羽織っており、そして感じの悪い目つきも、沢田と同じく多少緩んでいる。
小島絵里は掌から出した炎を鞭のように振るい、的を打ち据えズタズタにする。彼女はシャツとズボンの上からオレンジのアーマーを付け、心なしか表情から硬さが抜けている。
三矢菜々美は伸縮自在の氷の槍。やはり木の的を次々とハチの巣にし、更に凍らせる。彼女は水色の長髪をポニーテールに結わえ、白いシャツとスカートの上から同じく水色のアーマーを付けている。表情は、やはり彼女も少し明るくなっている。
『ラーリーパッ波ーッ!』
大声の主は高木俊だ。彼が手首を上下に合わせ両掌を突き出すと共に光弾が発射され、的を粉々に粉砕する。赤いアンダーシャツに、白いVネックの上着とズボン、金色の手甲と脛当てを付け、髪も金色に染め逆立てている。
「マナの恩恵による肉体強化も桁外れのうえ、魔法の光弾を放つ能力も優秀なのだが、なんとも性格が残念な男もいたものだ」
ぼやくグラウムが裏庭の端に目を向けると、そこには緑色の神官服を着た桜井祥子がいた。魔導書を手にした彼女は、若い導師から魔法のレクチャーを受けている様子だ。導師を熱心に見つめる彼女は、笑みを浮かべている。
「桜井は魔法適正が高く、その能力も魔法にまつわるものだったな。魔術の習得に要する時間を心配していたが、あの様子なら大丈夫であろう…………ん? あれはサーシャ殿か」
召使達に混ざって、勇者達の能力にはしゃぎ、驚愕の声と賞賛を送る白いドレスの女性がいるのを発見し、グラウムは目を細めた。
「召喚者の力など飽きるほど見ているだろうに、大層な役者ぶりだ」
グラウムは窓から目を背け、裏庭に続く階段を下りはじめた。
チュドドドドドドッ!
広い裏庭に出た途端、空から降り注ぐ無数の光弾と砂煙に出迎えられ、グラウムは思わずローブの袖で顔を隠す。
「な、なんですか、いったい!」
続いて空中から飛び降りて来た高木に、目を丸くしてグラウムは尋ねた。
「グミ撃ちだよ、グミ撃ち! まだまだ迫力不足だが、上手くアニメを再現できてたろ!」
「そ、そのグミ撃ちというのは分かりませぬが、確かに凄まじい技ですな。お、お見事です」
「グラウム様が面食らうのも無理ありませんわ。能力に目覚めて一日も経っていない高木様が、ここまで力を使いこなすのですから」
サーシャが素早くグラウムにフォローを入れ、高木の口元が緩む。
「これだけできれば、訓練の必要もないんじゃないか召喚士さん? 実戦やろうぜ」
不愉快そうな声を上げる眼鏡をかけた新山は、サーシャと高木の緩む顔を順に見ていた。
「何かあったのですか? 随分と張り切っているようですが……」
「サーシャさんに、ラーブの話を聞いたのよ」
「まさか、あんな酷い弾圧が起こっていたなんて……人を家畜扱いするなんて許せない!」
小島と三矢だった。彼女達と共鳴するかのように、小島の炎の鞭が激しく揺れた。が、それとは対照的に桜井はうつむいてしまう。
「そして、その非道を止めるために俺達の力はある。そうでしょう、グラウムさん」
先ほどまで炎を纏っていた沢田の剣は、今は雷を纏ってバチバチと火花を散らせている。
「まま、そう焦りなさるな。桜井様が魔法を覚えねば、あなた方はその本領をまだ発揮できません。それにまず、リーダーを決めて頂かねば、パーティもまとまりますまい」
「今、ここで、俺達が決めるのかい?」
「はい、あなた達のリーダーですから」
周囲を見回しつつ尋ねた新山に、グラウムはやや首を捻りつつ答えた。だが新山だけではない、他の五人もリーダーと聞いただけで、尻込みをはじめ、目を逸らしている。まるで六人全員が、何かを恐れているかのように。
<ネットゲーム用語解説>
「食生活」……ゲームと食生活なんてまるで関係ないように思われるかもしれないが、海外にはオンラインRPGに夢中になるあまり、食事もせずに餓死した例もある。とかくゲーマーの生活習慣は乱れがちなものだ。そのせいもあるのだろう、一日一食でゲームしてると言ったら、みんなから心配されたよ。けど、大御所芸能人で一日一食を三十年以上続けている人もいるんですわ。一日一食にすることで、内臓を休ませる時間を増やし、一日のパフォーマンスを上げるって理屈なんすよ。ゲームに集中できる時間を増やすには絶好の食習慣ってわけです。とはいえ、晩多めに食うにしても朝昼何も食わないのも腹が減り過ぎるんで、僕は食事の代わりに青汁飲んでましたけどね。そもそも昔ドイツの学者が唱えた一日三食の根拠となる説だって、よくよく調べてみると怪しいとこあるんですわ。




