チート装備
「まいったな、訓練用のモンスター召喚までお釈迦になってるなんて、思わなかったよ」
俺とイザネは、訓練小屋から食堂に戻って来たところだった。ホールの燭台が、バラバラに散らばるゴーレムの木片を照らしている。
「あの訓練用のゴーレムだけでも物騒だったのに、これ以上は勘弁してくれ……さいよ。
それより、ベッドとか置いてません?」
妙な話しにくさを感じる。ゴーレム騒動の時は、余りに必死で素に戻ってたし、今更丁寧な言葉遣いに戻しても仕方ないかな?
「ベッドォ~? ここにあるのは宿屋の機能が付いてないんだぜ。あんなもん何に……」
その時、大きく開けたイザネの口から、フワァ~っとあくびが漏れた。
「あれ?」
イザネは、目をパチクリさせている。
「ほら、だんだん眠たくなってきたでしょ。だから、これからベッドで寝るの」
「なんで、そんな事しなきゃならないんだよ」
「なんでって、寝ないとこの世界じゃ一日の疲れが取れないから……ですよ」
「かぁ~っ! めんどくせー!」
イザネは頭をかきむしる。
「じゃあ、どのくらい寝ればいいんだよ? 普通に考えて、やっぱ一瞬で済ませられるんだよな、そんな無駄なシステム」
「一瞬だって? それじゃあ寝不足になっちゃうだろ。だいたい六~八時間くらいだよ」
「マジかよ! 一日の三分の一近くも寝なきゃならないのかよ、クソゲーじゃあるまいし!
なんとか短縮できねーのか!? もしかして、睡眠時間を短縮する課金アイテムでも売ってんのかよ!?」
なんでそんなに寝たくないのか、その心境は理解できなかったが、これだけは言える。
「すぐに『好きなだけ寝ていたい』とすら思うようになるよ」
(同年代だし、やっぱこっちの方が話しやすいや。イザネも気にしてないみたいだし)
なーんて思いながら、俺は笑って答えた。
ベッドルームは、食堂の左の階段を登って三階まで上がった所にあった。俺は手前の部屋に据え付けられたランプに火を灯し、並べられた大きなベッドの数を数える。
(全部で五台か……東風は一人で二台必要だろうし、全員寝るにはもう一台欲しいな)
「こっちの部屋にもベッドがあるぜ」
隣の部屋から、イザネの声が聞こえる。
「了解。じゃあこっちを男部屋にするから、そっちの部屋はイザネさんが使っといて」
ベッドに触れると、少し埃っぽい。できれば掃除しといてあげたいが、今からではとても間に合わなだろう。
(仕方ない、今日はこれで我慢してもらおう)
外の光に気付いて下を覗くと、庭に三つの人影が戻ってきていた。
「まさか、睡眠耐久二五〇装備でも効果なしとは思わんかったのう」
「どこから睡眠魔法が飛んできたかも、わかりませんでしたよ。じわじわ眠気が襲ってくる感覚も、ルルタニアにはなかったものです」
「攻略法を考えて、すぐにリベンジするぞ!! くっそ、まだ眠気が続いてやがる。とりあえず倉庫のめざまし薬を取ってこようぜ」
(やっとあいつ等帰ってきたか、まったく)
「べべ王達だぜ、カイル」
イザネも、奥の部屋から顔を出す。
「わかってる。行こう」
「ああ」
イザネと目くばせを交わし、俺は騒がしい庭へ向かって階段を下る。
(俺は一体、何をやっているのだろう?)
自分で決断した結果だし、覚悟もしてはいたのだが、少なくとも今現在やっている事は、憧れていた冒険者生活とはかけ離れている。
(冒険者になる事を猛反対した家族にこんなとこ見られたら、一体何と言われるだろう?)
振り返ると、イザネは後ろ頭に両手を組んで、呑気にすぐ後ろをついて来ていた。自分達のために、俺が悩んでるなんて、こいつは想像もしていないのだろう……。
(ともかく、早くこいつらに常識を教える事だ。食事にトイレに睡眠と、生活の基本は今日教えるとして、金とか社会の仕組みとか、教える事はまだまだ山ほどある。気が遠くなるが、少しずつでも前進させていこう)
俺が冒険者に戻るにはそれしかないし、冒険者としての能力だけは四人共高いのだから。
「まるで年上の弟が、三人もできたみたいだ」
ベッドの前で、俺は嘆いた。この寝室に入るなり、枕投げを開始する段とべべ王。二人を止めようとして逆に弄られる東風。騒ぐ彼等を寝かすまで、随分と時間がかかってしまった。もしイザネが隣の寝室でなければ、彼女もあのバカ騒ぎに加わっていたのだろうか?
「そういえば忘れていたな……」
俺はカバンから歯ブラシを取り出した。追加であの四人の歯ブラシも欲しいところだが。
(たしか、ブライ村長の家は道具屋だったな)
俺は歯ブラシ片手に庭へと向かう。
(早いとこ、村に戻った方がよいのだけれど)
四人があの村でどんな騒動を起こすのか、村に迷惑をかけはしないかという不安が俺を引き留めていた。力だけは並外れているから、勘違いで暴走したら止められる自信もない。
だが、この広いクラン拠点を五人で管理するのは難しいし、このままでは不足する生活物資は歯ブラシ以外にも必ず出てくる。
(幸いあの村には空き家が山ほどあるのだし、そのうちの一軒を借りて、こいつらに生活させれば……いつになるだろうな、それは)
庭に通じる食堂のホールに出ると、俺はそこに置きっぱなしにした魔導弓を探す。ウッドゴーレムと戦った傷の治療後、椅子に立て掛けたままにしといたのを思い出したのだ。
右奥の椅子で魔導弓はすぐに見つかったが、同時に長テーブルに散らかった皿が目に入る。
(仕方ねえなぁ)
俺は魔導弓をベルトに引っ掛け、皿をまとめて掴むと足で広間のドアを開けて庭に出た。実をいうと床に散らばるウッドゴーレムも気になったが、それはひとまず後回しだ。
シュッ
ドアを開けると同時に、細い剣が風を切るような音が耳に入って来た。見ると、月明かりの中でイザネが虚空に向かってメイスを振るっている。イザネの黒髪と赤い鉢巻とそれに豊かな胸が月光に彩られながら揺れ、メイスの先にある棘の付いた丸い鉄球が、まるでレイピアのように軽々と宙を舞っていた。
「なんだ、寝たんじゃなかったのか?」
イザネが手を止めて、俺の方を見る。
「俺は昼間少し寝たから、まだ眠くないんだよ。そっちこそ、寝たんじゃなかったの?」
「ベッドが埃っぽくてさ……」
ガサツなヤロー共は気にしなくても、女性は気にして当然の事だった。
「……それに、隣の部屋がやたらうるさくて、目が覚めちまったよ」
(こいつは、しまったな……)
迂闊にも俺は、騒ぐ三人を止めるのに必死で、隣のイザネにまで気を回せていなかった。
シュッ
再びイザネはメイスを振るいはじめる。
「いつもそんなふうに訓練してるの?」
「まさか、こんな訓練より実戦がいいに決まってる。今日はあのエテ公としか戦えなかったし、訓練用モンスターまで今は無理だしな」
つまり、ルルタニアでは、あの大猿以上のモンスターを毎日狩りまくっていたというのだろうか? あの強さのモンスターが当たり前の世界とは、どんな魔境なのだろう?
「起こり(攻撃に移る初動)を隠し、武器の重さ、体重移動、肩甲骨の動き、筋肉は背筋まで含め全身を活用し、腹筋はもとよりその内側にある腸の力も借り、肉体全てを利用してより完璧な動きを……と、マスターと一緒に追及してきたけど、まだまだ道半ばだな」
イザネはメイスをなおも振るい続ける。
「大猿も一撃だったし、もう十分じゃない?」
「あいつがヤワ過ぎんだよ」
「じゃあイザネさんの動きが本当に完璧になったら、どんだけ威力が出るんだろうな」
一体どこまで強くなれば、満足なのだろう。
俺は井戸で皿を洗いはじめた。幸い今夜は風が暖かく、手を伝う冷水も気にならない。
「なにやってんだ?」
イザネがメイスを振るう手を止めた。
「見てわからない? 皿を洗ってるんだよ。誰も片付けようとしないんだもの」
「ああそうか。ルルタニアでは食べ物を消費すると、付属の皿も一緒に消えてたから、気にしてなかったよ」
「まさか、食器が自然に消えるっていうの!?」「そうさ」
なるほど、ホールに食器棚が見当たらなかったのも、それが原因なのだろう。
「もったいないなぁ、洗えばまた使えるのに」
俺は洗いかけの皿を眺めた。庶民が使うような木の皿でもなく、釉も塗ってない歪んだ出来損ないの皿でもなく、整った白い磁器の皿だ。派手な模様の入った食器を好む貴族の趣味ではないだろうが、そこそこの商人達が喜んで使いそうな代物だった。
「半分よこしなよ、手伝ってやるから」
イザネが手袋を外して俺の隣に座り込む。さっきもイザネには、明かりを灯すのを手伝って貰ったばかり、もしかすると世話焼きな性分なのかもしれない。
ガチャッ……カチャカチャ。
皿を受け取るとイザネは不器用に洗いはじめる。それはまるで、初めて母親の皿洗いの手伝いをする子供のようだ。
「もしかして皿洗いするの初めて?」
「悪いかよ。さっき手を洗ったのだって、俺達は初めてだったんだぜ……アッ!」
俺はイザネが落としそうになった皿を咄嗟に支えた。
「焦らなくても、きっとすぐに慣れるよ。
ところで、この大量の指輪はなに?」
イザネの脱いだ手袋と同じ場所に、沢山の指輪が転がっていた。さっき手袋を脱ぐのと一緒に、外していたらしい。そういえば食事の時に段も手袋と一緒に何か外していた様子だったが、あれも指輪だったのだろう。
「ああ、これか? こいつが防御力上昇の指輪で、これが毒と暗闇と睡眠耐性を付与した指輪で、こっちが凍結と……」
「ちょっと待って! もしかして、この指輪を付けていれば防具って必要ないの!?」
「べべ王のような防御専門のタンクなら、少しでも防御力を上乗せしようと、動きが鈍くなるのを承知で鎧を着る事はあるぜ。そうでもなけりゃ、この指輪だけで防具は十分だ」
「なんだよそれ……」
初めて会った時、イザネが半裸で戦っていた理由がわかった。確かにこんな指輪があるのなら、どんな格好でも冒険はできる。鎧代を工面するのに四苦八苦していたデニムがこれを聞いたら、一体どんな顔をするだろう。
「あとでおまえにも作ってやるよ。『装備レベル制限』に引っかかるから、低ランクの指輪になるけどな」
「その『装備レベル制限』ってなに?」
「レベルによって装備できるアイテムのランクが決められてる事だよ。
ほら、レベル1の冒険者がいきなり最高ランクの装備を身に着ける事ができたら、ゲームバランスが崩れるじゃないか」
「へ? そんなの聞いた事もないよ。そもそもレベルってなに? 冒険者ギルドで実績に応じて冒険者のランク付けはしてるけど、それによって装備できる物に制限が付くなんて話、聞いた事ないよ」
「え……まさか……」
イザネは指輪の一つをつまんで、試しに俺にはめさせた。指輪は何事もなく俺の指に収まっている。
「嘘だろ……もう殆どチートじゃねーかよ」
「チート?」
「不正行為! ありえない反則って意味」
「俺にとっては、この指輪がありえないよ!」
イザネに指輪を返しながら口を尖らせた。
「でもよ、それならなんでカイルはそんなよっわ~~~~い弓を使ってんだ? 装備レベル制限がないなら、もっと強い武器を使えよ」
「こ、これだって高かったんだぞ! 予算ギリギリだったんだからな!!」
俺は反射的に魔導弓を握りしめていた。確かに俺の魔導弓の作りは簡単だ。弓状に曲げられたの黄の金棒と、その中心にある丸い平板、そしてその板の中心にはめ込まれた魔石、それだけだ。ただし魔導弓の難しさは、そのバランスにある。中心の魔石を貫くように生成したマジックアローをつがえて放つ訳だが、魔導弓に歪みがあるとまっすぐ飛ばないのだ。そのため正確に魔導弓が作れる職人は限られ、値段も割高になってしまう。
「なんだ、冒険者を始めたばっかで金がなかっただけか。要領よく金策クエを回せば、金なんてすぐ貯まるのに」
「冒険者にそんなうまい儲け話があるなんて、聞いた事もないよ」
しかし、イザネはもう俺の言う事など上の空で、顎に手を当て何かを考え込んでいた。
「……うっかりしてたぜ。俺はこの世界の戦闘システムが、ドラゴン・ザ・ドゥームと変わらない物と思い込んでいたが、装備制限以外にもいろいろ違っていたのかも。
さっきだって、カイルは訓練人形の武器を壊していたが、ドラゴン・ザ・ドゥームに武器破壊なんてシステムは実装されてなかった」
イザネは皿を放り出し、興奮した様子で俺の方に向き直る。
「他にも何かないのか? 俺達の知らないこの世界独特の戦闘システムは!」
「俺はルルタニアとか、ドラゴン・ザ・ドゥームとか全然知らないんだよ。聞かれたって違いが分かる訳ないだろ」
「あっ! あぁ、そうか……そういえばそうだよな。じゃ、じゃあ例えば」
イザネは俺の腰のショートソードを指さす。
「なんでマジックアーチャーのカイルが剣を持ってるんだ? ひょっとしてマジックアーチャーってのは、剣も使えるジョブなのか?」
「ジョブってたぶんこの世界でいうクラスの事だよね。確かにマジックアーチャーは魔導弓を使うクラスだけど、俺はファイターの訓練も受けているから剣も少しは使えるんだよ」「やっぱりか。なぁ、それってもしかして、ジョブチェンジなしで剣が使えるって事か?」
当たり前の事を言っただけなのに、途端にイザネが目を輝かせ、俺の顔を覗き込んでくる。白いシャツの隙間から覗く胸の谷間が、俺の前に迫り、思わず唾を飲み込んだ。
<ネットゲーム用語解説>
「タンク」……敵の攻撃を防御する役目を担うキャラクターの事。自ら囮になる事で、仲間を敵の攻撃から守る重要な役割だが、人気はあまりないようだ。ゲームによるのかもしれないが、タンク役不足でパーティが揃わないなんて事も何度かあったよ。やっぱ、人気があるのは、攻撃担当のアタッカーだよなぁ。
「装備レベル制限」……装備できるレベルが制限されたアイテム。様々なシステムの抜け道により、レベルの低い内から強力な装備を手に入れる事ができるゲームには、まま設定されている。低レベルの内から強くなり過ぎないようにして、ゲームバランスを調整するのが目的。例えば装備レベル制限が百に設定されたアイテムは、キャラクターがレベル百以上になるまで装備する事ができない。装備作成用の素材のトレードがあるオンラインゲームでは必須のシステムだろう。
「金策クエ」……金策クエストの略。クエストクリア型のRPGでは、報酬の高いクエスト、つまり依頼を何度も繰り返してクリアする事で、効率の良い資金稼ぎに利用するのが一般的だ。長時間やってると結構飽きるけどね。




