冒険狂
MISSION:1 大上・段 BEFOR
「うひょぉーーっ! 初めて裸になる事ができたぜ! ルルタニアでは、なぜか下着だけは絶対に脱ぐ事ができなかったのによーっ!」
「なんでトイレで全裸になってんだよ! 脱ぐのは下だけでいいんだよ! 下だけで!」
MISSION:1 大上・段 AFTER
「ウンコするってのも悪くないもんだな。なんだかスッキリしたぜ」
「汚い手で俺を触ろうとするんじゃねーよ! 早く手を洗ってこい!」
MISSION:2 べべ王 BEFORE
「ほ~、これがチンチンというものか。プルプルしてて面白いのぉ~」
「チンチン弄って遊んでんじゃねーよジジイ! 後がつかえてるんだから真面目にやれっ!」
MISSION:2 べべ王 AFTER
「カイルが急かすから、ちょびっと手にかかってしまったじゃないか。まったくもう」
「俺の服で拭こうとするんじゃねーよ! とっとと手を洗ってこい!」
MISSION:3 東風 BEFORE
「あの、お腹が邪魔で下が全く見えないのですが……、私どうしたらいいんでしょうか?」
「フィ……フィーリングでなんとかしましょう。がんばって下さい東風さん」
MISSION:3 東風 AFTER
「ああああぁぁぁ……悪夢だ。まさか我が体内からあんな汚物が出てこようとは……」
「早く慣れましょう東風さん。あと、手を洗うのを忘れないでくださいね」
MISSION:4 イザネ BEFORE
「おい! 俺にはチンチンとかいうのが付いてないけど、どうなってんだ!?」
「女には付いてなくて当たり前だろうが! 知らなかったのかよ! あと『チンチン』言うな! はしたないからっ!」
MISSION:4 イザネ AFTER
「…………ノーコメントでいい?」
「コメントなんて求めてないから! 聞きたいとも思ってないから!! それと、手を洗うの忘れないで」
MISSION:5 カイル BEFORE
「なんで人がウンコしてるとこ覗こうとしてんだよハゲとジジイ! ガキかテメー等ッ!」
「おい、バレちまったじゃねーかジジイ」
「クスクスクスクス」
MISSION:5 カイル AFTER
「なんで食後のトイレだけで、こんだけ疲れなきゃならないんだよ、まったく」
俺は手を洗うために庭に向かって歩いていた。日が落ちかけているせいで、外から入って来る風がやけに涼しい。
(……それにしても不便な建物だな)
この建物で手を洗う場所は、庭の池か井戸しかないのだが、トイレからあまりにも離れている。なにしろトイレは、食事をした中央ホール左手のドアから伸びた廊下の奥にあるのだ。トイレの脇に手洗い用の桶を置こうにも、それを設置するスペースすらない。まるで実際に利用される事を想定せずにトイレを作ってみたような、そんな作りなのだ。
ふと窓から見上げると、もう空はかなり暗い。この屋敷の燭台やランプに火を灯しておくべきだが、広すぎてかなりの手間だ。
(せめてトイレに明かりがないと、不便だな)
庭に出ると門の前に段が立っていた。どうやら、どこかに出かけるつもりらしいが。
「こんな遅くにどこ行く気だよジョーダン」
俺はあえて、先輩冒険者に対する礼節を無視するような口を利いた。いい歳こいてる割に、こいつとジジイは妙に子供っぽい。そして、こいつ等相手に失礼のないよう気を遣ったところで、逆に付き合いにくいだけなのだと、俺はさっきから思い知らされていた。
「どこって、冒険に決まってんじゃねーか。とりあえず、この周辺を探索しとくつもりだ」
「いつ寝るんだよ?」
「寝る? 睡眠耐性は積んであるんだ、そうやすやすと寝かされやしねーよ。ところで『段さん』ってのはもうやめたのか?」
例によって意味不明な事を言っているのは、睡眠の大切さを知らないからだろうか? けどイチイチ説明するより、実際に身をもって思い知ってもらう方が良さそうだし、トイレを覗かれた仕返しもある。俺はあえて、この色黒マッチョのハゲを放っておく事にした。
「人がウンコしてるとこを覗くようなくだらん奴に、『さん』付けしてられるかよ」
あえて段と目も合わさず、俺は手を洗う。
(おや?)
その時、庭の脇にある小屋の戸が、少し開いているのが目に入った。段の奴が、あの物置から何か冒険ために持ち出したのだろうか?
「ジョーダンは、いつも悪戯が過ぎるからのぉ。クスクスクス」
俺達の話声を聞きつけたのだろうか、後から庭に出てきたべべ王が、段を指さして笑う。
「あんただって共犯だからなジジイ」
「……ごめんなさい」
そう言うや否や、すぐにべべ王は俺に向かって深々と頭を下げる。不意に謝られ、俺は振り上げた拳を降ろす先を失った。
「まぁ、反省してるならいいけどよ……」
「騙されるなよカイル。そのジジイは謝っても反省は絶対しないんだ」
「は?」
綺麗な角度で頭を下げていたべべ王に向け、俺は疑惑の意志を込めて目を細めた。
「失敬な! 少し忘れっぽいところはあるが、少なくとも謝った瞬間は反省しとるわい。
ところで、さっき見たカイル君のチンチンは、ちっこくて可愛かったのぉ~。ぷ~クックックッ」
本当に微塵も反省などしていない。そしてどうやら悪ノリしているジジイには付き合わない方がいいみたいだ。明らかに楽しんでやがる。たぶん真面目に相手したら超面倒だぞ。
「その、『ウンコ』とか、『チンチン』とか言うの止めませんか? 下品ですし、聞いてて恥ずかしいですよ」
俺と初めて会った時のマスク姿で、東風も庭に集まってきた。本当にこの人だけは常識人で助かる。
「いいじゃねーか、『ウンコ』も『チンチン』も、ドラゴン・ザ・ドゥームではNGワードに指定されてて、口に出す事すらできなかったんだぜ。思い切り言わせろよ」
「ウンコチンチン、ウンコチンチン♪ ウンコウンコチンチン~♪」
段に賛同の意を示すためか、調子こいたジジイが歌い出す。本気でうざい。
「ここでだってNGだよ、ウンコもチンチンも。普通にマナー違反だからな」
『ごめんなさい』
段とべべ王が寸分違わず同時に頭を下げるが、どうせ二人共反省していないのだろう。
「ところで東ちゃん、イザネはどうしたんじゃ?」
「イザ姐は留守番しているそうですよ」
「あいつ、たまに付き合い悪いよな。で、カイルはどうするんだ? 一緒に冒険に行くか?」
機嫌よさげに段が俺を誘ってきたが、こっちは朝からゴブリン退治だの大猿追跡だので疲れてるし、そもそもこの森に出没した大猿も、さっきイザネが倒している。いったい、どこで何を相手に冒険しようというのか? 依頼者だっていないのに。
「俺も留守番してるよ。それと、眠くなったらすぐに帰って来いよ」
「我々は睡眠耐性の装備をしていますから、その心配はないと思いますが?」
(ああ、東風さんもか)
「……そのうちわかりますよ」
「どうやら強力な睡眠魔法を使うモンスターが潜んでいるようですね。腕が鳴ります!」
東風は俺の言葉を勘違いしたまま、べべ王達と共に何をしに行くつもりなのかサッパリわからない冒険に出発していった。
(すっかり暗くなってしまったな)
俺は自分の手提げランプに火を灯す。さて、三人が帰って来る前に、クラン拠点の明かりを、どうにかしておくとしよう。
それにしても、この人達が住んでいた世界とはどういうところなのだろうか? 食事をする必要も排泄の必要も眠る必要もなく、冒険に没頭する世界。そんな世界が存在しているのだろうか? いや、もしかすると我々が住んでいるこの世界も、他の世界から見たら非常識な幻のようなものかもしれない。どの世界の住人も、自分達の見る幻こそが正常だと思い込んで日々の生活を送っているだけなのかもしれないのだ。
(最低限、庭からトイレまでの通路だけでもやっとこう)
俺は庭側から順にランプの火を燭台に移していったが、すぐその数に辟易してきた。そもそも五人で住むには、この屋敷は広すぎるのだ。目の前の廊下だけでも、こんなにも長い。
「なんだ、折角パーティ枠を譲ってやったのに、べべ王達と一緒に行かなかったのかよ」
気が付くと、手提げランプを持ったイザネが後ろに立っていた。小柄な少女にしか見えぬ彼女だが、シャツの袖から覗く腕や、ズボンの裾から覗く足に蓄えられた筋肉が、ランプの作った陰影で今は浮き彫りになっている。
「パーティ枠ってなんです?」
「パーティの人数制限だよ。ほら、パーティを組めるのは四人までなのに、俺達は五人いるんだから、誰か一人が留守番してなきゃならないだろ」
「人数制限ってなんですか? この拠点に戻る時だって、俺達は五人だった筈ですけど?」
イザネは「あっ」と小さく叫んだ。
「そうだった、なんで気づかなかったんだろ」
「イザネさん達の住んでた場所とは随分勝手が違うみたいだし、気づかなくても仕方ないんじゃない……、ですか?」
俺はそのまま次の燭台に火を点けた。
「ところで、おまえは何やってんだ?」
「何って? 暗いままじゃ危ないでしょう」
「そうか……やっぱそうだよな」
呟きながら、イザネは周囲を見渡して怪訝な表情を浮かべた。
「ルルタニアでは、暗くなると自動的に明かりが点いてたんだよ。この中だけはルルタニアに居た時のままだと思ってたけど、やっぱり随分変わっちまってるんだな」
魔道具の高級家具ならば、暗くなると自動的に明かりが灯るものもあるが、ここの燭台やランプは、どう見ても普通の家具だった。
「なぁ、あれはどうやって火を点けるんだ?」
イザネは開いたドア越しに、広間に下げられたシャンデリアの方向を指さした。
「あれは長い棒の先に蝋燭つけて、上まで伸ばして火を移すんです」
「へー、なんか詳しそうだな」
「詳しいってほどじゃないですよ。親父が飾り職人でね、俺も貴族の屋敷に手伝いで入った事があるんです。随分前の事だったけど」
あの頃は、豪華に飾り付けたシャンデリアを見て親父に憧れたっけ。今じゃ小物しか作らないし、すっかり情けなくなっちまったが。
「そっか、お前には家族がいるんだな」
「イザネさんにはいないの?」
「俺達に家族はいない。代わりにマスター達がいてくれた。姿はわからないが、俺達を作って一緒に冒険してくれるマスター達がね。
知らない事だらけのこの世界に来て、正直まだ不安だったりもするんだけどさ……」
イザネは少し寂しそうに眦を下げた。
「……一番不安なのは、もう二度とマスター達と冒険できないって事かな」
「そのマスターっていうのは何者なんです?」
なぜか難しい顔で、イザネは頭を傾ける。
「俺達のところによくログインしてきて、俺達にいろいろ指示を出してくれて、それで一緒に冒険をするんだ。けど、なぜか姿は見えない。まるで俺達の内側にいるみたいで……。
もっとうまく説明できればいいんだけど、俺もマスターについて、よく知らないんだよ」
「もしかして、神様みたいなもの?」
「俺達にとってはそうだったのかもな」
イザネはなぜか愛おしそうに、頭に巻いた赤い鉢巻を撫でている。
「……さてと」
突如イザネは、明るい声を出した。
「俺も手伝うぜ。一人で点けるの大変だろ」
「じゃあ、イザネさんはトイレ側を頼みます」「あいよ、了解!」
イザネは、元気よく駆けていった。
トイレまでの明かりを点ける作業は想像していたより早く進んだ。イザネが手伝ってくれて効率が二倍になったというのもあるが、それよりも手伝ってくれる仲間がいるという事が心強く、作業も捗った。
(あと、数本ってとこか……)
残った燭台を、ざっと数えてみた。逆側から火を点け始めたイザネの姿も今は近い。
(なんだ?)
不意に背後に気配を感じ振り向いたが、何もいない。それだのに、ペタペタと不思議な小さな足音だけが、近くから聞こえていた。
(なんだこいつは!)
床に目を落とした俺は、動けなかった。足元にある小さな人影が信じられず、どうしたらいいか分からなかったのだ。
そいつには、手足があった。耳はどうだか分からないが、目も口もあった。頭の上に葉を茂らせ、茶色い植物の根のような小さな体で、ペタペタと廊下を歩いていた。
「キュキュ~~」
気味の悪い小人は、俺の顔を見るなり奇妙な声を上げ、廊下の向こうに走り去っていく。
「ありゃ、べべ王の育ててたマンドレイクじゃねーか。なんで訓練小屋の外に出てんだ?」
いつの間にかイザネが、俺のすぐ後ろに立っていた。振り返ると、俺の分も含め全ての廊下の燭台に、火が灯っている。
それにしても、歩き回るマンドレイクなど、俺の常識ではとても考えられないのだが……。
「訓練小屋って、もしかして庭の脇にあった小屋? あそこの戸、さっき開けっ放しでしたよ」
「そんなバカな、いつだってあの小屋は自動的に閉まって……ああそうか、ルルタニアの時のようにはいかないのか……」
イザネは、今しがた自分で灯したばかりの明かりを見上げる。
「大丈夫なんですか、あの植物ほっといて?」
「そうだな、倉庫でいたずらされても厄介だし、二人で捕まえとくか」
気楽に笑っているイザネは、マンドレイクの危険性をまるで知らぬかのようだった。
<ネットゲーム用語解説>
「NGワード」……オンラインゲームにおいて、下品な言葉や悪口などプレイヤー間のトラブルになりそうな単語はNGワードに指定されており、それをチャットに書き込めないように制限をかけている。
ただ実際に使ってみると、これが割と厄介で、例えば「……ですしね」とチャットした場合、自動的に「……です※※」に変換されてしまう(『しね』が『死ね』と認識されている)。
「パーティ枠」……オンラインゲームに限らず、パーティを組むシステムのあるゲームではパーティ人数の上限が定められている。また僕の知る限り、パーティの最大人数は四人に設定されているゲームが多いようだ。




