第19話いちばん深いにがみ
金フレームに青い空色の丸グラサンスを首元にぶら下げて、海沿いのフードトラックでドリンクを頼み、潮騒に耳を傾けながらストローで一息、ブルーシロップ入りの爽やかな炭酸水で口を刺激する。
向かいに座ったのは、期間限定チェリーブロッサムFizzを注文したアゲハ。
サイズ違いの金フレームに珊瑚色のグラスのサングラスを頭にかけるアゲハの今日のコーデは、黒地に体を抱きしめるよう袖を走る白のラインと背中に大きく印字されたモノクロのサクランボの主張が強い薄手のパーカー、スリットのあるデニムのショーパン、厚底ブーツとシルエットのバランスのいいかわいい地雷系。
「座ったばっかでスマホみんなって」
「タカヒロさんに帰ってるって連絡しようと思ってさ。撮っていい?」
「いいね。スマホ貸して」
「おい」
「はいファーレ・ラ・ヴィ!!──どれどれ……可愛酸っぱい!ンー、アマレーナ!!!」
「Sorridi!だろ!?」
「こっちの方がテンポ感が好きー!」
「キメ顔のタイミングずれたわ」
「カワイイから気にしない♪それにヒーちゃんが考えたドイツ語読みでV Vよりテンポ感マシだと思うけど」
「いーや、ファウファウのほうが語感がカワイイ!」
「じゃあ次撮るときはそれで撮ろ!──ハイ、グルチャ乗せた」
自分:デート(写真送信)
「タカヒロさんなんて中国語とか言ってアルchuハイ!だからな」
「バリ日本語ー」
アゲハと笑ってると、ピコンとスマホの通知音が鳴る。
返信がきた。
はっや。
ホークウィング:人が彼女に振られてやけ酒してる時に当てつけか?あぁ!?
自分:いや、知らんし
ホークウィング:知っとけ!
:いつ帰省した
自分:ワンウィーク顎
ホークウィング:俺んちに置いてるゴミ片付けて帰れよ!
自分:アル缶
飲酒できないやつにやらせんな
ホークウィング:バッカチゲぇ
:寮の持ち物検査で避難したヤツ
:上京したばっかのお前が調子に乗って買った
:ヌード写真集だよ!!!
画面が真っ暗になったぞ。
携帯の充電が切れたのかな。
寮の持ち物検査で避難したヤツってなんかな。
あぁ、土産忘れてパンティの形してるしあの人単純だから三角や触り心地柔らかいものなら喜ぶだろとか、とりあえず生ってついてるしとか思って、羽田空港で調達した生八つ橋か。
なんで京都土産なんだよ!──とか、酒にあわねぇ地鶏だろそこは!──とか、生は生でもビールが飲みてぇ──とか、愚痴愚痴言われながら、なんだかんだ美味しくてタカヒロさんと一緒に全部食ったと思ってたけど残ってんたんだな。
1年前のだともうカビてるな、捨ててもろて。
そんな脳内ボケやってる間にも、グルチャ:Sunniesのトークルームに通知の数字が増えていく。
ホークウィング:ごめん
:送った後冷静になった
あーちゃん:そんなんでイジイジするほど子供じゃない
ホークウィング:マ?
あーちゃん:マ
2人ともまんまじゃん
タカヒロさんはお酒の飲み過ぎの方が心配だけど
ホークウィング:気をつけるよ
タカヒロとヒラクの個人チャットの通知音が鳴る。
ホークウィング:デート代
:アプリに送ったからアゲハに服とか買ってやれ
:足りない分はお前が出すだろ
:カンパな
:アゲハの服俺がそっちにいた頃から着てるぞ
自分:り
地方だと上京して帰ってくると人が変わってるとかいう現象が起こるらしいが、この人の場合、東京行ったせいじゃなくて酒のせいで印象変わった。
上京する前までは兄ちゃんって呼んでたけど、タカヒロさんになったくらいだ。
タカヒロさん、酒癖悪くなければ気遣いの鬼だし尊敬できるいい人なんだよ、ホント。
細い金フレームでアゲハの桃グラレンズ、俺の青グラレンズ、そしてタカヒロさんのブラウングラレンズは上京前にお揃いでプレゼントされた。
グルチャ:Sunniesのトークルームのアイコンはその時、青空の下、この海岸で記念に撮った写真のままだ。
タカヒロさん:ちゃんとデニムはいてたな
アゲハ:うん
タカヒロさん
:よし
:バッドセンスTだらけでもなんとかなる
:と言いつつ髪はアレだけどヒラク意外とセンスいいから
アゲハ:笑
タカヒロさん:似合うの選んでもらえ
アゲハ:ありがとう
タカヒロさん:まかせな
:実はオレも新しい彼女とデートなう
:ヒラクにはまだ内緒な
アゲハ:うそつき 笑
タカヒロさん:たのしめよ
タカヒロさんがいた頃はお尻まですっぽりのオーバーサイズだったパーカーが、パツパツだ。
また3人で集まりたい。
ヒーちゃんが東京もどるなら追いかけてあっちで集合するのもいいかも。
「言うか迷ってたけど、そのパーカー、アゲハには小さくないか?」
「前に褒めてくれたでしょうよ」
「だっけ」
「幼い?」
「正直。でもアゲハは美人だから最悪で最高みたいな」
「フォロー下っ手!」
「新しいの買いに行くか」
「ホント!?」
「どんなんにするか」
「サングラスに合う大人っぽいのがいい」
「下に合わせるとして、黒か紺のノースリーブ。もう少し先の夏を見据えると濃い色は暑いからもう一セット別で揃えるか。ピンクのグラスに合わせるなら同系のベージュとか淡い色がいいかもな。下は濃い色の、パンツとスカートどっち?」
「パンツ系。ゆるくてもいい」
「キュロットとか今の感じに近いから着回し考えるなら……どのみち上は明るい色がいい」
「ヒーちゃんの髪色みたいな?」
「バっ、うっせぇ!」
「元の黒色も好きだった。でも『カラーリングミスった。失敗したクレマ色』って。画面越しでは苦い顔してたけど私は今の髪の色も好きになった」
「ラテ色といいなさい」
「やだ」
普通のクレマよりうっすら白っぽい色。
はじめて髪を染めたから気恥ずかしかったんにビデオ通話でみせろ言われ……失敗した感じで笑いに逃げたんだけど、昔馴染みに好きと言葉にしてもらえると自信がつくな。
最近は黒が隆盛奪還し始めており、ますますエスプレッソっぽい。
「ここまで評判ならきっと先輩にも受けはいいな」
やっぱ褒められると気恥ずかしい。
下手な照れ隠ししてみたが、デート中に別の女の話するなって怒られるかな……ごめんな、アゲハ。
「……言いにくかったんだけど。ヒーちゃんが好きだった先輩、結婚して子供も……」
「こども!?」
「こども」
「うそだろー!?」
仲間内で恋バナになったとき、気になってる人でもいいから挙げないとならん雰囲気になって高校で一番人気があった人をあげてみた。
するとびっくり。
好きかどうかはともかく、たまに見かけると目で追ってしまう謎の習性。
それだけ綺麗な人だったってのはある。
先輩は地元の大学へ進学して、俺は東京の大学目指してたわけだし、とっくの昔に気持ちは冷めてるわけだが。
お幸せに、俺の何度目かもう数えられない初恋の人。
「まぁうそだけど」
「知っとるわ」
「まだ連絡してんだ」
「おまえはまだ勘違いしてんの? 先輩は友達だって」
「だって好きなひといるっていうのにだれか教えてくれないんだから勘違いしかしようがないじゃん?探られたくなかったらいないって隠せばいいわけでしょうし」
「アゲハも高校生になったから言うけど、探られたくないからそこまで話してんの。恋なのかどうかもいまは疑いたい気持ちでいっぱいだからだ」
「好きだけど恋なのかわからないって意味不〜」
「大事だから冷やかされたくないんだよ。アゲハも本気で人を好きになったらわかる」
「わたしは本気で好きな人はもういるから、ヒーちゃんの言ってることはわかるよ」
「そうか」
「だからちゃーんとわたしがかわいくなるようにしてね?』
おれだって自分で言ってて特殊と思うけどな。
火すらついてなかったアバンチュールを恋と呼ぶのかってことだよ、アゲハ。




