表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/35

魔より生を呼び戻す声

---ワン・グレイグ視点になります---


みんなが……夢見た光景と同じだ……このままじゃ……みんな……みんな死んでしまう……。

満身創痍のワン、その身体は、圧倒的な暴力の連続により深く傷ついていた。


彼はこの一週間、バリスの都の休憩スペースに匿われ、籠の鳥のような生活を強いられていた。

その間、見るのは悪夢ばかり――そして昨夜。

マスター、ガリス、冒険者たちだけでなく、王国軍すらも無惨に敗れるという悪夢を見た。


「これは……正夢なのではないか」


そう感じた彼は、マスターとの約束を破り、一週間ぶりに外へと飛び出した。

だが運悪く――王国軍からわざと後れを取っていた、兄ザナクス率いるグレイグの一団と遭遇してしまったのだ。

退く選択肢などなかった。


「道を開けてくれ!」


そう懇願するも、ザナクスは冷淡にそれを突っぱねた。

ワンは強行突破を試みた。

だが――捕らえられた。

そしてそのまま、兄の鬱憤のはけ口として、容赦のない暴力を浴びせられた。


ザナクスは、殺さぬ程度に痛めつけ、治癒魔法で治してはまた傷を負わせるという非道を繰り返した。

その怒りの矛先は、ベールド、ミュルク、マーマレードといった王国軍の面々へ向けられていたはずのもの。

それを――血の繋がった弟にぶつけていた。


「聞いているのか?」


ザナクスは血まみれで倒れるワンの元へ歩み寄ると、無慈悲に馬の蹄でその身体を踏みつけた。


「ぐあぁああああ……!」


骨のきしむ音が耳に刺さる。


「起きているな? 私の問いに遅れるは死に繋がる。実の弟であっても例外ではない」

「……お、お願いです……兄さま……おれを……皆のところに……行かせてください……」

「お前一人に何ができる? 虫けらが向かったところで、死ぬだけだ。それよりも――」


ザナクスは側近に目配せすると、ローブをまとった魔法兵団が一斉に詠唱を開始した。


「に……兄さま……な、なにを……?」


ザナクスは狂気を帯びた笑みを浮かべる。


「極大魔法を放つ。ベールド……いや、アーレスよりもグレイグが上だと、世界に示してやる」

「……!? そ、そんなことをしたら……みんな……巻き添えに……!」

「良い餌になっている」

「え、えさ……?」

「そうだ。ベールドに忠誠を誓う愚か者どもがまだ残っている。あのモンスターの意識がそれらに逸れている今――意識の外から撃ち込む」

「そ、そんな……!」


返答するより早く、ザナクスの軍馬がワンの足を踏み砕いた。


「があぁぁああぁぁッ!!」


悲鳴があたりに響く。だがザナクスの表情は一片たりとも揺るがなかった。


「誰に口を利いている? 私はグレイグだ。私が良いといえば、それがすべてだ」

「準備整いました!」


魔法兵団が放った魔力が、一点に集束される。


それは、黄金級炎最上位魔法――焦天焔舞(フレアブレイズ)


巨大な火球が弧を描きながら飛来する。地を焦がし、空を割り裂くかのような熱量。

標的へとまっすぐ向かうそれは、まさに一撃必殺だった――だが。


『神級魔法 〝漆黒虚核ブラックホール〟』


虚空に、漆黒の裂け目が開いた。

太陽すら呑み込む深淵が、焦天焔舞(フレアブレイズ)を丸ごと消し去ったのだ。


「な、何が起こった……!? なぜ、当たらなかった……!」


ザナクスは狼狽し、側近に問いただすが――誰も、その現象を理解していなかった。


ーーー


同時刻、大地を割る〝神級魔法──震耀崩天(グラウンドノヴァ)〟によって、王国軍はほぼ壊滅状態に陥っていた。

ベールドを庇おうとしたマーマレードの足元に、地の裂け目が口を開ける。


「マ、マーマレード!?」

「後は……頼んだよ……」


瞼を閉じ、死を受け入れようとしたその瞬間。


「させないよっ!」


突如、大地が巻物の力で閉じた。

一瞬の猶予、だが、その一瞬がマーマレードを生き延びさせた。


「マスター! 今だ!」


振り返ると、そこにはガリスの肩を借りながら魔力を注ぐミュルク、そして駆け寄るアウィルの姿があった。


「マーマレード! こんな所でくたばってんじゃないよ!」

「マスター……ああ……よかった……!」


救われた。

それは彼女にとって、予想もしていなかった出来事だった。


太陽道サンロード〟と呼ばれた者――皆を照らし、導く存在。

だが今、自分が照らされ、救われたのだ。

一線を退き、王国軍の支援に徹していた彼女。

戦場で死ぬ覚悟はとっくに決めていた。

けれど、いざ助かった時……彼女は初めて、生の重みを思い出した。


愛する人がいる。帰る場所がある。

だからこそ、マーマレードは笑った。生きていることが、こんなにも嬉しいことなのだと。


――だが。


『邪魔くさい……』


突如吹き荒れる突風。

その冷たい息吹が、再び、彼女たちに絶望をもたらす。

城の如き体躯が、漆黒の両翼を大きく広げて宙に舞い上がると――狙いは変わった。


その冷たい視線の先にいるのは、ザナクス率いるグレイグの一団。


一度羽ばたけば、空気が裂け、音が遅れて追いかけてくる。宙を切るようなその飛翔――次の瞬間には、すでに滑空体勢へと入り、地上の影へ迫っていた。


だが、空高くからすべてが見えるこの巨獣の視界とは違い、地に立つ者たちにはその動きすらも捉えられない。


王国軍は、〝神級魔法、震耀崩天(グラウンドノヴァ)〟の揺れにより、足元へ意識を奪われていた。

さらにザナクスの命により放たれた焦天焔舞(フレアブレイズ)

その魔法の光さえ、地上にいた彼らには届いていなかった。


魔術師(ソーサラー)ミュルクの、土属性巻物(スクロール)大地偽装(アースヴェイル)も重なったことで、地形はすっかり変貌。

もはやどこに何があるかさえ把握できず、マーマレードたちは魔獣使いの動きにただ戸惑うしかなかった。


「な、なんだ……どこに行く気だ?」


アウィルが困惑の声を漏らす。マーマレードはただ息を呑み、その一挙一動を注視していた。

迫り来る絶望が、今この瞬間、自分たちに向けられていない。

それを本能的に察した彼女は、状況の整理を優先し、ベールドに問いかける。


「ベールド、あの場所に何がある?」

「……分からん。全軍で移動してきた。だが、あんな遠方に布陣を命じた記憶はない」

「なら何故、アレは私たちを襲ってこなかったんだい?」


問いながら、マーマレード自身も疑念に囚われ始めていた。

ベールドは周囲を見渡し、ふと、何かに気づいたように呟く。


「――ない」

「……何が?」

「……グレイグの軍旗だ……彼らの影も、どこにも見当たらない」


ーーー


「……なっ!?」


縛られ、地に倒れたままの視点では、戦況の全貌は把握できない。

だが、空を見上げれば分かる。

夢で見た絶望が、現実となって迫っている。


『狡猾で、薄汚い人間共……獣に仇なす者、全て……滅ぼしてくれる』


上空に、それがいた。


規格外の巨躯、見上げることすら恐ろしい存在。


見たこともないモンスター……いや、それはもはや災厄だった。

額に宿した闇の魔力を凝縮させ、その黒き渦が膨れ上がっていく。地すら抉りそうな魔力塊が、いまにも放たれようとしていた。


「もう一度、極大魔法を放て! グレイグの威を見せつけよっ!」


そう叫ぶザナクスは怯まずとも、兵たちの顔には明らかな動揺があった。


――ヒヒィィィン!!


それは前兆だった。軍馬たちが突如として暴れ出し、騎士たちを投げ捨てるように逃げ出す。

まるで本能が、ここに“死”があることを知っていたかのように。

どんな訓練にも耐えてきたはずの青鹿毛の軍馬、ザナクスの愛馬すら同様だった。

騎手を振り落とし、暴れ、逃げる。

ザナクスもまた足元を取られ、重力に引かれるまま、地へと転がった。


「どういう事だ……? なぜ馬たちが逃げ出した?」


理解が追いつかず、状況を飲み込めないザナクスは地に膝をついた。


「おい、聞いているのか!?」


近くの側近に問いかける。だが、返ってきたのは――彼の問いとはまるで関係のない、一言だった。

側近は遥か上空にある“それ”を見上げ、ただ呟いたのだ。

その声には震えがあり、希望も理性もなかった。

ザナクスが聞けば、即刻その場で首を跳ねかねない――それほどの禁句。

だが、それを前にしてしまえば、恐怖こそが真実だった。


「貴様、いま何と言っ――」

「に、にげろぉぉぉぉぉぉぉ……っ!!」


恐怖に突き動かされた側近は、ザナクスを置き去りにして駆け出した。


ベールドに忠誠を誓った兵とは違い、ザナクスの配下の忠義は表面だけのものだった。

その一人の逃亡を皮切りに、まるで堰を切ったかのように、また一人、また一人と兵士たちが脱兎のごとく逃げ出していく。


「止まれっ、戻れぇ!! 命令だ、命令だぞ!!」


叫ぶザナクスの声など、もはや誰の耳にも届かない。

気づけば、グレイグ傘下の騎士団はすべて崩れ去り、壊滅状態となっていた。

その場に取り残されたのは、哀れにも配下に見捨てられた男と――その実弟。


だが、それが狙ったのは、彼らではなかった。


巨大な敵は、逃げ惑う兵士たちへと標的を定めたのだ。

額に集められた魔力は凝縮し、やがて鋭い“光線レーザー”と化して放たれる。

直線上に並ぶ兵士たちの列へと、それは突き進み――そして、地を穿つ。


一瞬の静寂。

次いで、凄まじい爆発音。


爆風がすべてをなぎ払い、縄で縛られていたワンを遠くへと吹き飛ばした。


ザナクスは、かろうじて地に突き刺した剣にしがみつき、その場にしがみつく。


……だが、視界に広がる光景は、もはや悪夢そのものだった。


オルロック街道、隣接する草原地帯――そのすべてが、たった一撃で、焼け野原に変わったのだ。


「なんだ……これは……なんなのだ……なんなんだ……なんなんだこれはぁぁぁぁぁ!!」


断末魔のような叫びを残し、


『――滅びよ』


その呟きと共に、漆黒の巨体は地を割って降下、ザナクスの身体を、重厚な躯で押し潰した。


「う……うぅ……」


吹き飛ばされたワンは、運よく――いや、運悪く、生き延びていた。


『まだ、居たのか』


その声が、再び彼を捕らえる。


否――生き延びたのも、束の間。

巨獣の瞳は、確かに彼を捉えている。


……マスター、ガリス……。


ワンの胸を去来するのは、死への恐怖ではなく、悔いと感謝。


どうやら……俺はここまでのようだ。


ようやく、仲間というものを知った。

ようやく、誰かと笑い合えることが楽しいと感じた。

ようやく、生きる意味を見つけたというのに。


グレイグを見返すためだけに生きてきた俺に……最後の最後に、いろんなものを教えてくれた。ありがとう……ピノン、ミルフィ、ダンバさん……どうか、みんなだけは……生きていてくれ。


『滅びよ……魔獣に仇なす者よ』


また、額に魔力が収束する。

だが、先ほどと何かが違う。

黒い渦はゆっくりと……白い光へと変わっていく。

そして、ワンの耳に届くのは人の声だった。


「スーフィングスさん……もういいんだよ」


誰の声だ……?


『な、何故……顕現できるんだ……き、君はクリスタルに取り込まれたはずじゃ……』


圧倒的な巨体が、一歩、また一歩と後退する。


……なにが起きてる?


「絶望しているのは、スーフィングスさん……あなた自身だったんだよ。だから、もういいの」


――額に集まった魔力は、ついに穢れを脱ぎ捨てた。

それは――光。

救いを呼ぶ、希望の輝き。


『じゃ、邪魔をするな……僕は魔獣に仇なす全ての者をこの世から消し去る……それは、何があっても……変わらないっ!』

「違う。今のスーフィングスさんは、過去の怒りに囚われているだけ。オルフェルさんの憎しみが、あなたを覆ってしまっているだけなんだよ」


――そして、現れた。


その姿をワンは知っていた、光の中から歩み出たその人影。

それは――


「……あれは……魔獣使い(ビーストマスター)。顔の薄い女……」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ