第36話 ガサ城までいかがですか?
ドラキュラが着地をした時の衝撃は、人間の野次馬根性をものの見事に刺激した。
要するに乗客を求め近くをウロウロとしていた馬車の運転手などが、こぞって集まってきたのである。
仕事につなげようとする者から、仕事を忘れて集まってきた者まで、目的は多種多様だった。
「兄ちゃん!!今、凄い音がこっちの方から聞こえたんだが何か知らんか??」
「おいおいおい!!!今の音は何だい??とてつもない事件の匂いがしさらすぜぇぇぇい!!!」
棚からぼたもち・・・、いいや中腹からドラキュラとでも言ったほうが良いのかも知れない。
ドラキュラとしてはただ飛び降りただけなのだが、それが功を奏して、どこからともなく10台以上の馬車やラクダなどの移動を生業とする者たちを引き寄せたのである。
右も左もわからぬ国で、どうやって交通手段を確保すれば良いのかわからなかった一行にとってはありがたいことだった。
しかし・・・。
「もしかして兄ちゃんたち旅の方かい??だったらガサ城までオイラの馬に乗って行きな!!!安くしておくぜ!!!」
「兄ちゃん、そいつの言うことに耳を貸さない方が良いぜ!!!俺様の方がガサ城まで安く連れて行けるぜ!!!どうだい乗っていかないかい???」
「おいおいおい!!!みんなして大事なお客様をだまそうってか??こいつらの言葉を信じてはいけないぜ!!!一番安いのはウチだ!!!なんせ無料で乗れるんだからな!!!その代わりワンオーダー制なんで、途中でこちらが用意した飲み物や食べ物を一つは買ってもらうがな・・・」
仕事目当てで集まった野次馬たちが矢継ぎ早に話しかけてきた。
「何だか、みんなの目がギラギラし過ぎていますね・・・」
ニニには、馬車の主人たちの黒目の中に、金と言う文字が浮かび上がっているように見えた。
ドラキュラたちと交渉するために、ワチャワチャと押し合い一歩前に出ようとする者たち。
「バーゲンセールの商品側から見た景色ってこんな感じなのかもね・・・」
ボソリと言ったムーンの例えは言い得て妙だった。
「ん・・・???」
そんな中でドラキュラの目に止まった者がいた。
少女は押し合う商売人をかき分けようとしては何度も弾かれ、全く前に出てこれずにいた。
周りの男たちの腰までしかない背丈はこの状況に明らかに不利であった。
見たところ口元は動いていたので、商売文句など何かしら言ってはいるのだろうが、いかんせん声が聞こえてこない。
しかし、逆にそれがドラキュラの興味を惹いた。
ドラキュラはそのまま商売人たちをかき分け、少女に歩み寄ったのである。
「これだけライバルが多いと自分を売り込むのもひと苦労だろ??お前も俺に言いたいことがあるのなら言え!!!聞いてやるぞ!!!」
少女は自分から近づいてきたお客さま候補に驚き、目をパチパチさせた。
「兄ちゃん!!悪いことは言わねぇ、そいつに関わるのはやめておきな!!呪われちまうぞ!!」
「そうだぜ!!そいつの話を聞くなんてどうかしてらぁ!!!何て言ったってそいつは俺たちの間じゃあ、死神なんて言われてんだから!!!お前さんも命を落とす前に話すのをやめな!!!そんなやつより俺たちの話を聞いてくれよ!!!」
「そうだ!!!そうだ!!!そいつの馬車に乗ったヤツが今まで何人この世を去ったと思っているんだ!!!おかげで俺たちまで風評被害を受けてんだ!!!それに比べてウチの馬車は安全ですぜぇ、旦那ぁぁぁ!!!」
ドラキュラは彼らの忠告に親切心がこもっていないのを見抜いていた。
この死神の株を落とすことで自分たちの利益につなげようとしている。
商売人であれば常套手段なのかも知れないが、だからと言って聞いていて気持ちの良いものではなかった。
だからドラキュラの死神に対する好奇心が揺らぐことは一切なかった。
むしろそこまで言われているこの少女に、更なる興味が出てきたほどである。
「おい死神!!!色々言われているぞ・・・。言い返さなくて良いのか??」
死神はうつむいた。
よく見える死神の後頭部からは反撃の言葉が出てきそうな雰囲気は感じられなかった。
商売人たちの言葉に傷つき、そこをドラキュラにえぐられ、ただ純粋に落ち込んだのだ。
「とりあえずさっき俺に言おうとしていたことを言ってみろ!!!」
ドラキュラは死神に気持ちの面からも歩み寄った。
死神の気持ちは理解できなかったが、自分の言葉がうつむくきっかけを作ってしまったであろうことをなんとなく感じたからである。それに対して罪悪感も感じていた。
「・・・・・」
何かを発したのは分かったが全く聞き取れない。
「・・・・・」
また何か言ったようである。
しかしやはり聞き取れない。
「ふん、恥ずかしがり屋め!!もっと自分に自信を持て!!!」
そう言ってドラキュラは膝を落とした。
かがんだドラキュラの目線は少女と同じになった。
口元のわずかな揺れがよく見える。
茶色がかった瞳がよく見える。
何より少女の表情がよく見える。
これなら周りが騒がしくても少女の声が聞こえるだろうと思った。
「ドラキュラさま・・・」
ニニはその様子を感慨深げに見つめていた。
今まで無情に、非情に、残虐に、何人もの人間の命を奪ってきた男が、誰にも負けたことのない男が、立った一人の少女のために膝を地面についたのである。
目の前の憧れの人は、それを自然にやってのけたのだ。
「あんたのそういうところ好きよ・・・」
自分たちを売り込む声が鳴り止まないのを良いことに、ムーンはつぶやいた。
どうせかき消される。いや、むしろかき消されて欲しいと願いながら。
「お前の商売魂とやらを見せてみろ!!!」
ドラキュラは少女の口元に耳を寄せた。
少女の息を吸い込む音が、少女に話す意志があることを教えてくれた。
「・・・ガサ城までいかがですか???」
しっかり聞こえた。
そして少女は再びうつむいた。
さっきよりも見えづらい後頭部からは"断られたらどうしよう・・・"という不安が滲み出ていた。
「あぁ、頼む」
ドラキュラは笑って言った。
少女は驚いて顔を上げた。
自分の聞き間違えかと思った。
しかし、ドラキュラの笑顔を見て自分の聞き間違えではないと確信した。
そして少女も笑顔になった。
「ありがとうございます」
しっかり聞こえた。




