第35話 無礼講
大浴場は大きな笑い声に包まれた。
ドラキュラもニニもツシカを昔からの仲間のように振る舞った。
その様子に聞き耳を立てていたムーンは、時々女湯から言葉を投げかけるなど、壁のある露天風呂で、壁のない会話を繰り広げていった。
ツシカもたくさん笑っていた。
"まだまだ話し足りない"そんな物足りなさを残して楽しい時間は終わった。
部屋に戻ると見たこともない豪華な食事が並んでいた。
自給自足がメインのギルティ王国で育ったドラキュラには、初めて見る料理が次から次へと眩しく目に突き刺さった。。
骨があることに気が付かずにそのままかぶりついた鶏肉、
炊飯に失敗したと勘違いしてみんなにからかわれた雑炊、
体の芯まで甘みと冷たさが染み渡ったシャーベットなど、
一つ一つに本音の"美味い"をこぼしていた。
それは他の三人も同じであった。
四人は舌鼓を打ちながら、露天風呂で話していた話の続きを始めた。
各々が優雅で贅沢な夜を満喫し、幸せな気持ちで眠りについた。
そして夜が明けた・・・。
「う〜〜〜ん・・・、おはようございますドラキュラさま・・・」
眠たい目をこすりながらニニがドラキュラに挨拶をした。
「おはよう・・・」
ドラキュラはすでに着替えを済ませ、窓際の椅子に座り、新聞を広げていた。
"ホッカ王国、ポロ・アチチ消息不明!!!"
その記事の内容を特に念入りに読んでいた。
「みなさんお早いですね・・・」
ドラキュラとニニのやり取りで目を覚ましたツシカがあくびを抑えながら起きてきた。
「あんたたちやっと起きたの・・・???」
入口のドアが開き、ムーンが入ってきた。
化粧はすでに終わっていた。
肩のところからほのかに湯気が登っているように見えた。
「どうだった??朝風呂というやつは・・・???」
「最高よ!!さ・い・こ・う。申し分ないわ!!このお肌を見てごらんなさいよ!!!」
ぷるるるるるるるんんんん!!!
「スライムのようだな・・・」
「ド・・・、ドラキュラさま・・・」
ニニはドラキュラの気持ちがよくわかる子だった。
ドラキュラはムーンの肌を褒めたのだ。
それと同時に、ニニはムーンのこともよくわかる子だった。
ムーンは褒められることが好きな女性なのだ。
そしてニニは最低限の一般常識を知っていた。
自分の肌をモンスターにたとえられて嬉しいと思う女性は、限りなく少ないということも・・・。
だから、ニニは恐る恐るムーンの方を見た。
「あんた語彙力終わってるわね・・・」
ドラキュラに悪気はなかった。
ニニと同じようにムーンもそれは分かっていた。
なので、それ以上はツッコまなかった。
ニニはホッとした。
「私たちも朝風呂に行きませんか???」
切り出したのはツシカだった。
「・・・」
ニニは驚いた。
良い意味で自分の知っているツシカではなかったからである。
「よし!!では行くか!!!」
ドラキュラはニニと違い深く考えていなかった。
ただ単純に朝風呂に行きたくてツシカの案に乗ったのだ。
『はい!!!』
ニニとツシカの声が揃った。
そのまま男三人は朝風呂を満喫し、戻ってムーンと四人で朝ごはんを堪能した。
ドラキュラが魚の骨を取るのに苦戦しているとみんなが笑った。
困っていたドラキュラを"もう〜"と言いながらムーンが助けた。
綺麗に骨を取り除くムーンに、ドラキュラが"それも能力なのか??"と真顔で聞いた。
またみんなが笑った。
そんなこんなで、あっという間にチェックアウトの時間が来た。
「みなさま昨夜はぐっすり眠れましたでしょうか??」
マイナスイオンを半永久的に放出し続けそうな笑顔で女将がドラキュラたちに尋ねた。
「あぁ・・・。とても癒された」
ドラキュラは今まで味わったことのない楽しい時間を過ごせたことにとても満足していた。
何より、自分には戦い以外にも学ぶことがあるのだと知れたことが何よりの収穫だった。
「いやぁ・・・、お風呂は気持ち良いし、料理は美味しいし、布団はフカフカだし、本当に最高でしたよ」
ニニもまた味わったことのない幸福感で満たされていた。
「この肌が全ての証拠ね!!体全体がこの旅館を利用できたことに満足していてよ」
ムーンはマダムもどきになるほど楽しんでいた。
「昨日は色々ありましたが、私たち的にはとても満足のいく時間でした。特に私なんかは・・・」
そう言ってツシカはドラキュラたちをチラリと見つめた。
その様子を見て女将はポカンとしていたが、スグに営業スマイルを取り戻した。
「みなさま、ご満足していただけたようで嬉しゅうございます。また近くを立ち寄った際には、是非とも当旅館をご利用くださいませ」
昨日のこともあり、英雄を見送るような形でたくさんの従業員に見守られながら、ドラキュラたちは旅館を後にした。
「はぁ・・・、こっからまた下山か・・・、それ考えると憂鬱になってくるわ!!」
ムーンが開始早々愚痴り始めた。
「思ったのだが・・・、こうすればスグに下山できるのではないか・・・??」
「え・・・???」
ニニは嫌な予感を感じた。
朝風呂を浴びたばかりの背中が気持ちの悪い汗で汚れていくのが分かった。
ガシッ!!!
ドラキュラはニニとムーンとツシカを抱きかかえた。
「えっ??ちょっと待って・・・???何々・・・???」
ムーンは慌てふためいた。
「ドラキュラさま??一体何をするおつもりですか??」
ツシカも状況を理解できないでいた。
「はぁ・・・、終わった・・・」
ニニはいち早くこの後の展開を察知していた。
そして覚悟を決めていた。
「行くぞ!!みんなしっかり捕まっとけよ!!!」
ダダダダダダダダダ!!!!!!
ドラキュラがみんなを抱えたまま走り始めた。
「ちょ、ちょ、ちょ・・・、ちょぉぉぉ・・・、嫌ぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
標高500m、ムーンの断末魔が響き渡った。
ピョーーーーーーンンン!!!
助走をつけたドラキュラは山の下に向かってジャンプした・・・、というよりも飛び降りた。
「ぎぃぃぃやぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
飛び降りる者たちの追い風になりそうなほど大きな悲鳴が響き渡る。
ズダァァァァァァンンンンンン!!!!!!
周りの木々は揺れ、朝日にウトウトしていた小鳥たちは一斉に飛び立った。
周りの花々は揺れ、蜜を求めていた数多の虫たちは一斉に逃げていった。
周りの地面は揺れ、狩りをしていたもの、天敵から逃げていたもの、草を頬張っていたものたちは、一斉にその場から離れていった。
ドラキュラたちの下山は完了した。
「ふぅ〜、最初からこうすれば良かったなぁ・・・」
ドラキュラは清々しい顔で言ってのけた。
『言い訳ねぇだろぉぉぉ!!!』
皆が一斉に突っ込んだ。
その口調は部下からの一方的な無礼講だった。




