09.資材調達、そして、
「行くか」
翌朝、俺たちは日の出とともに家を出た。
メンバーは俺と新一と弥彦だ。
新一の祖母と、香織と京也は留守番。
京也には護衛として残ってもらうことにした。
弥彦は嫌がるかと思ったが、意外にもやる気を見せていた。
みちるが心配なんだろう。
京也は、惚れた女のためならばってやつよと、からかっていたが、俺にはその気持ちがよく分かった。
香織に行ってくると言うと、みんな必ず帰ってきてねと言うから、意地でも帰ってきてやろうと思う。
「やはり、閑散としているな」
新一が周りを見回しながら呟く。
まだ早朝だからと言うのもあるだろうが、いつもならランニングやペットの散歩をしている人もいれば、当然、車もバイクも走っている。
だが、今は車なんてまったく走っていない。
当然、人っこ一人いない。
痛いほどの静寂の中、俺たちの足音と声だけが住宅街に広がっていた。
「で、でも、こんなに堂々と歩いてていいのかな?
もっと静かにした方がいいんじゃ」
弥彦が声を落として話す。
「そんなに心配する必要はないだろ。
だって、」
俺は弥彦を安心させるように、いつものトーンで話すと、
「どんな武器を持ってるか分からない男3人を襲うメリットがないからな。
他に仲間がいるかもしれないし、俺たちは逃走者って訳でもない。
それに、まだそこまで切羽詰まった状況にはなってないはずだ。
数日は、家の備蓄で何とかなるだろうからな」
新一が俺の後を引き継いで説明してくれた。
「そ、そっか」
弥彦は納得したようだが、それでもキョロキョロと周りを見回しながら歩いていた。
「とりあえず駅の近くに行こう。
商店も多いし、この街に家がない人が集まりそうだ。
話も聞きたい」
「ああ、そうだな」
俺はそう提案し、新一が同意する。
だいたい、こういう時の判断は新一と合うことが多い。
初めはお互い気持ち悪いなどと思ったりもしたが、今はそれがとてもありがたい。
緊急時に認識を共有できる新一は、俺の心の平静さを保つ貴重な存在だ。
冷静さを失ってはいけない。
情報は常に共有しながら、最善の一手を模索していかなければ。
失敗は、イコール誰かの犠牲なのだから。
駅には、意外にも人が多かった。
車もちらほら見かける。
警察官が集まっている。
治安維持をしてくれているようだ。
だから、ここに人が集まってるのか。
俺たちは駅の入口にいた警察官に話を聞いた。
電車は動かないらしい。
通信機器は全滅。
無線も使えない。
結界の壁とやらに行ってみたそうだが、壁の向こうは真っ暗で何も見えず、向こう側にはどうやっても行けないようだ。
川なんかは、その真っ暗な空間から流れてきているらしい。
壁の近くに車が大破しているのも見つかったそうだ。
おそらく結界に突っ込んで破壊されたのだろうと言っていた。
食糧などの資材を探していると話すと、駅ビルのスーパーを解放しているという。
警察官の管理のもと、スーパーの責任者に話を通して、きちんと販売しているそうだ。
緊急時の徴収命令を出すことも出来たが、このゲームの終了後、売上を3倍にして渡すことで交渉したと言っていた。
同じ要領で、このあたりの薬局や日用品店も開店しているという。
俺たちはさっそくスーパーに足を運ぶことにした。
在庫はかなり少なくなっているが、まだ食糧は残っていた。
銀行でお金をおろせないし、カードも使えないということで、手持ちが少ない人が多いのだろう。
どうやら、生きるのに必要な、水光熱以外の外部と通信する類いのものは一通り使えないみたいだ。
俺たちは新一の祖母から現金を預かっていたので、それなりに食糧品を揃えることが出来た。
主に缶詰めや乾燥品なんかの日持ちするものと、出来るだけ加熱せずに食べられて、匂いの少ないものを選んだ。
日が経つと、食糧を持っていると分かっただけで襲われる可能性があるからだ。
備えられる時に備えておく。
自分たちが生きていくだけで精一杯だ。
だから、皆のためにこういうことをしている警察官を心からすごいと思う。
俺たちはその後も薬局やホームセンターなどで必要なものを買い揃えていく。
手持ちがなくなる前に、何とか必要な資材を揃えることが出来た。
工務店で新一が何やらいろいろ買っていたが、
「いずれ分かる」
とはぐらかされた。
けっこうな荷物なので、大きめのリュックを3つ買って、3人で背負うことにした。
弥彦がふらふらしているが、頑張ってもらうしかない。
俺たちは最初に話し掛けた警察官にお礼を言って、再び来た道を引き返した。
「……悟」
「……ああ」
しばらく歩いて、再び住宅街に入ったあたりで、新一が神妙な顔で俺を呼び、俺もそれに頷き返す。
分かってる。
つけてきてる奴がいる。
静かな住宅街に入ると、俺たち以外の奴の足音がよく分かる。
空手道場の一人息子からすれば、相手の呼吸を読み取って、足並みを合わせてない時点で、ただの一般人なのが分かる。
たぶん、足音のことなんて気にもしてないのだろう。
俺たちはわざと遠回りするように歩いた。
家を知られるわけにはいかない。
「弥彦。
これから何があっても、何もしゃべるな。
俺たちが必ず何とかする。
絶対に何も話すな。
いいな」
「う、うん」
急に俺にそう言われて弥彦は戸惑っていたが、俺の迫力に圧されて、返事だけをすると押し黙った。
俺たちはその後もそのまま歩いた。
しばらくして、俺と新一は住宅街の十字路で足を止める。
弥彦もそれを見て、慌てて立ち止まる。
「ついてきてるのは分かってます。
何の用ですか?」
新一が歩いてきた方向に声をかける。
「…………」
追跡者は動かない。
新一は溜め息を吐いて、胸ポケットに手を入れる。
「出てきていただけないなら、こちらは武器を手にしなければなりません。
ですが、出来れば話し合いで解決できないかと思うのですが、いかがでしょう?」
「ま、まってくれ!」
その言葉を聞いて、角に隠れていた男が両手を上げて姿を現す。
もちろん、新一の胸ポケットには武器なんて入ってない。
ただのハッタリだが、相手が出てきてくれて良かった。
俺は交渉を新一に任せ、腕を組んで胸を張る。
幼い頃から空手をやってきた俺は、身長は高く、細身だが筋肉はしっかりとついている。
泰然と立っているだけで、十分牽制になるだろう。
相手の男は中肉中背の、スーツ姿のサラリーマンだ。
おそらく40歳前後。
おどおどはしていない。
何か、明確な目的があって俺たちの前に立っているようだ。
「なぜ、俺たちをつけたのですか?」
新一は胸ポケットに手を入れたまま話す。
武力を前提とした話し合い。
相手の戦力が分からない以上、当然だ。
「黙ってついてきてすまない。
君たちが大量の食糧を抱えているのを見て、つい追いかけてしまった」
男性は新一の胸ポケットを気にしながらも、申し訳なさそうに精一杯話している。
話し方からは、きちんと誠実さと申し訳なさが伝わってきている。
「追いかけてきて、どうするつもりだったんですか?
根城を突き止めて、寝込みを襲おうとでも?」
新一は俺でもビビるぐらいの圧で尋ねていく。
弥彦もびくびくしてきたので、さりげなく弥彦の前に立つように移動して隠すことにする。
「そ、そんなつもりはない!
ただ、少しだけ、ほんの少しだけでも食糧を分けてもらえないかと思っただけなんだ!
無茶なお願いなことは分かってる。
だから、なかなか声をかけられなくて、ここまでついてきてしまったんだ」
男性は新一の圧に押されながらも、必死に弁明した。
何か事情がありそうだ。
「詳しく聞きましょうか」
新一は溜め息を吐いて、ポケットから手をおろす。
だが、いつでも手を伸ばせる状態にはしてあることを相手に分からせるようにしていた。
男性は俯きながら、滔々と話し始めた。
「私は、妻と娘と3人で買い物に来ている時に、このゲームとかいうのに巻き込まれたんだ。
家は壁の外だし、金もほとんどない。
店も開いてないし、どうしようかと途方に暮れていたら、たまたま郊外で開いているスーパーを見つけて、残っているお金で食糧を買おうと入ったら、ナイフを持った男たちに捕まったんだ!」
「…………」
俺たちは声は出さなかったが、内心驚いていた。
あのスーパーだ。
「捕まったのに、あなたはなぜここに?」
新一が聞きたかったことを尋ねてくれる。
「あいつらは、妻と娘を人質にとって、食糧を盗ってこいと私に言ったんだ。
そうすれば、2人を解放してやるって」
男性は震えながらそう言った。
俺は思わず拳を握り締める。
最低のクズ野郎だが、やり方は上手い。
頭の切れるリーダーだ。
最悪な方向に。
「だが、なかなか決心がつかず、ふらふらしている時に、君たちを見かけたんだ」
男性はそこまで言うと、バッ!と地面に膝をつき、頭を擦り付けた。
「この通りだ!
どうか!
どうか食糧を分けてほしい!
少しでいいんだ!
頼む!
お願いだ!」
男性は、最後は涙声だった。
スーツが汚れるのも、額に傷がつくのも厭わず、自分より半分以上は年下の俺たちに頭を下げている。
この人にとっては、それほど家族が大切な存在なんだろう。
俺がどうするべきか悩んでいると、新一は溜め息を吐いて、背負っていたリュックを下ろした。
チャックをあけて、食糧をいくつか取り出す。
「いいのか?」
俺は新一に尋ねる。
正直、俺も食糧を分ける方に揺れてはいたが、男性の言っていることが嘘の可能性もあるため、どうするべきか悩んでいた。
だが、しばらくして、俺も新一が考えていることに思い至る。
新一の狙いに。
「ああ」
新一はそれだけ言うと、再びチャックをしめて、リュックを背負う。
出した食糧はハムやチーズやパンなど、そこまで日持ちしないものがほとんどだ。
「これが、俺たちが渡せる最大量です。
ここに置きます。
俺たちが見えなくなったら取りに来てください」
新一はそう言って、一歩後ろに下がる。
俺と弥彦もそれに習う。
「あ、ありがとう!
ありがとうございます!」
男性は目に涙を浮かべて、何度も頭を地面につけた。
「ただし、」
新一が語気を強める。
男性はビクッと顔を上げた。
「これで最後です。
二度はありません。
味をしめてまた来られても困ります。
もしそうなったら、我々は全力でそれを排除しなければなりません。
いいですね?」
新一の言葉に、男性は怯えながらも、何とか、はいと返事をした。
「それでは」
新一はそう言って踵を返し、すたすたと歩いていく。
俺と弥彦もそれに続く。
「振り返るな」
後ろを振り向こうとする弥彦に、俺が小さく声をかける。
角を曲がり、男性の姿が見えなくなると、俺たちはそのまま壁にべたっと張り付いた。
男性が食糧を拾って、来た道を引き返したのを確認すると、俺と新一は背負っていたリュックを壁の向こう側に思いっきり投げた。
「いてっ!」
リュックの着地点から京也の声が聞こえる。
「京也。
聞いてたな。
俺と悟はこれからあの人を尾行する。
奴らの居場所を突き止めたら戻ってくる。
それまで皆を頼む」
新一は壁伝いに京也にそう告げる。
「ああ、任せな」
京也はそれだけ返してきた。
「え?
ぼ、ぼくは?」
重くてリュックを投げられずにいる弥彦がおろおろして尋ねる。
「弥彦はそれを持って玄関から入って、皆と一緒に待機だ。
尾行は難しい。
俺と新一だけで行ってくる」
「わ、わかった」
俺は弥彦にそう説明した。
弥彦は少し安心したように頷いた。
これから先は少しのミスも許されない。
それが得策だろう。
俺たちは住宅街に入って遠回りして歩いていたが、実は男性と接触した交差点は、新一の祖母の家の一角だった。
遠回りしつつも、迂回しながら家に近付いていたのだ。
食糧を渡し、男性が奴らのアジトに戻ることを見越して、尾行するつもりなのだ。
そうなると重い荷物が邪魔だったが、弥彦一人に任せるわけにもいかないし、どこかに隠せる場所もない。
それならばと、この場所で尾行者と接触することにしたのだ。
京也が窓から様子を見ていてくれたのも幸いした。
俺たちは目線で合図をして、京也を庭に出てこさせて話を聞かせた。
それによって、俺と新一は身軽で男性を尾行できるようになったわけだ。
恐ろしいのは、それを話してないのに新一と共有できたことだな。
俺は思わずくすっと笑う。
「行くぞ」
「ああ」
新一に言われて、俺たちは足音を消して走り出した。
奴らのアジトを特定するために。




