44.終わる世界
そこは公園だった。
道路から公園内を確認すると、滑り台の上に新一と香織がいる。
俺と京也は公園の敷地内に入る。
滑り台の真下あたりの空間が歪んでいるのが目に入る。
「悟!あそこだ!」
「ああ!」
俺は京也に言われ、抱えていた赤ん坊もどきを歪んだ空間に投げ込んだ。
鬼たちはそれを見て、俺たちを追い越し、滑り台に向けて走り出す。
俺たちは急いでそれを追った。
勝負は一瞬。
鬼たちが赤ん坊もどきに襲いかかる寸前で、新一が懐から出した赤ん坊もどきを上に放り投げた。
鬼たちはそれに反応したが、まずはと言わんばかりに地面の赤ん坊もどきを踏み潰した。
その瞬間、新一が両手を構えると同時に、香織とともに、滑り台から飛び降りる。
俺たちも鬼たちに追い付き、京也とともに鬼にしがみついた。
「鬼さんこちら、手の鳴る方へ!」
2回の柏手とともに、鬼たちの姿がぶれる。
俺の目の前の景色も歪み、ぶれていく。
やがて目の前のすべてが暗闇に染まり、何も見えなくなる。
地に足がついていないかのような不安感に襲われる。
いったいどうなったのか。
新一たちも、無事に鬼にしがみつけたのか……
足が動く。
地面があることに安堵する。
真っ暗闇の中、何となくこっちだと感じる方へと歩いていく。
皆はどこにいるのだろう。
ずいぶん歩いた頃、遠くにぼんやりと2つの明かりが見える。
見えるということに、とても安心する。
それらに近づいていくと、それは安心してはいけないものだと気付いた。
1つは祭壇。
その上には、一冊の本が開かれている。
あれが、悪魔の書か。
1つはブラウン管テレビ。
俺たちがさっきまでいた公園が写されている。
その前には放送で見たピエロ悪魔がいる。
ピエロは突然、鬼とともに消え、そのまま現れない俺たちに驚き、立ち上がっていた。
「な、なんですか、これは!?
いったい、どうなって!?」
ピエロは想定外の状況にひどく混乱しているようだった。
「おっしゃ!
今だぜ!」
京也!?
テレビをはさんだ向こう側から京也の声が聞こえる。
京也はこれ見よがしに足音を立てて、祭壇に向けて走っていた。
陽動を買って出たということか。
俺は京也の声に反応して背を向けるピエロに気付かれないように、そっと祭壇に向かった。
「な、なぜここに……」
ピエロはひどく動揺しているようだったが、起きている事態に無理やり落ち着きを取り戻させた。
「……ふん」
「おわっ!」
ピエロが腕から何本もの触手を伸ばして、京也を絡め捕らえた。
「んだこれ!
きもっ!」
京也がじたばたともがくが、絡み付いた触手は少しも剥がれる様子を見せなかった。
もう少し!
俺は京也のおかげで、祭壇まであと少しという所に差し掛かっていた。
だが、
「分かってますよ、もう一人いることぐらい」
「なっ!ぐあっ!」
俺はピエロがもう片方の手から伸ばした触手に捕まってしまった。
「まったく、油断も隙もない……ん?」
ピエロはそう言うと、足元に落ちている何かに気が付く。
そして、その爆竹が爆破する。
「おっ、と」
それに少しだけ驚いたピエロだったが、軽くジャンプしてそれをかわした。
その隙を見て、新一が祭壇に走る。
「新一っ!」
「いけーっ!」
「香織は間に合わなかった!
俺が決めるっ!」
新一はそう言いながら走る。
どうやら香織はタイミングが合わず、鬼につかまれなかったようだ。
そうなると、もう新一しかいない。
新一が祭壇を上る。
開かれた本に手を伸ばした所で、
「甘いですよ~」
「なっ!」
「くそっ!」
ピエロは舌を長く伸ばし、新一を捕らえた。
ピエロの舌がしゅるしゅると戻り、新一はピエロの目の前にぶら下げられた。
「んー、どうやってここまで来たかは分かりませんが、人間にしては、なかなか良い線いってましたよ。
やはり、退屈な魔界と違って、人間は面白い!
いつも私の予想を覆す行動に出る!」
ピエロは楽しそうに両手を広げた。
それに伴って、俺と京也も宙に浮く。
「さて、残念ですが、さっそくあなたたちにはあちらの世界に還っていただきましょう。
もう少しでこの街でのゲームも終わりですから、せいぜい励んでください」
ピエロはそう言うと、俺たちの足元に魔方陣を展開した。
俺たちを元の世界に戻すためのものだろう。
「くそう!
どうにかなんねえのかよ!」
「…………」
京也はバタバタと暴れ、新一は抵抗を諦めたように、だらりと力を抜いている。
何か、何か手はないのか。
「それでは皆さん、ごきげんよ~う」
くそっ!
「いたっ!」
「ん?」
「あ、見付かっちゃった」
「香織っ!」
鬼にしがみつくのが間に合わず、転移できなかったはずの香織がいた。
それも、祭壇のすぐ下に。
「いけっ!
香織っ!
本を燃やすんだ!」
「うんっ!」
香織が祭壇の上に走り出す。
「させるかっ!……ぐっ!」
ピエロが俺たちを捕まえた触手を香織にも伸ばそうとしたが、新一が懐にしまっていたナイフで奴の舌を切り、銃で香織に伸びる触手を破砕した。
新一はそのまま俺と京也の触手を撃って、俺たちも解放した。
「……私に攻撃しましたね。
自己防衛のためなら、人間の殺傷は許されているんですよ!」
ピエロはそう言うと、新一に向けて鋭く尖らせた触手を伸ばした。
「なっ!」
が、俺と京也が新一の前に立ち塞がったため、ピエロは慌ててそれを止めた。
「俺と京也はお前に攻撃していないからな。
攻撃は出来ないんだろう?」
「ぐうっ」
俺がそう言うと、ピエロは悔しそうに顔を歪めた。
「それに、そんなことをしている暇はないと思うぞ」
「はっ!しまった!!」
ピエロがバッと奥を見ると、香織が祭壇に捧げられていた悪魔の書にたどり着いていた。
香織は懐から出したライターに火をつける。
赤く揺らめく炎が灯る。
「さよなら」
「やめろぉーーーーっ!!」
ピエロが触手を香織に向けて伸ばしたが、その前に本に火がつく。
そして、その瞬間、ピエロの触手がピタッと止まる。
「あ、あ、あ……嘘だ、嫌だ」
ピエロの触手がぼとぼとと崩れ落ちていく。
それと同時に、ピエロの姿もスゥと薄くなっていった。
メラメラと火の手を上げる本に呼応するように、ピエロの姿はどんどん消えていく。
「いやだ。わたしは、まだまだ、ここで遊ぶんだ。
あんな、あんな退屈な所に戻るのは、嫌なんだ……」
すがるように祭壇に手を伸ばすピエロの姿が端からどんどん消えていく。
そして、本が焼け落ちるとともに、その姿は完全に消え去った。
それと同時に、俺たちがいる暗闇の空間が崩れ始め、俺たちの体も透けていった。
どうやら、元の世界に戻るようだ。
「終わったな」
「ああ」
「ま、なんとかなったなぁー!」
そう言って俺たちは笑い合い、元の世界へと戻っていった。
「うまくいったようだな」
「……黒鬼さん」
崩壊する世界で、消えかけている香織に、ぼろぼろと崩れていく黒鬼が話し掛ける。
香織は悲しそうな顔をしている。
「その、体は……」
「人間を無理やり亜空間に飛ばした悪魔は、罰によって消滅する。
俺は魔界には帰らず、ここで存在を終えるんだ」
「ごめん、なさい。
私が鬼につかまるのに失敗したから」
香織は泣きそうな表情で頭を下げた。
「いや、いいんだ。
どのみち、今回のことがバレれば、魔界に帰っても何らかの罰が待っていただろう。
それならば、ここで朽ち果てた方がマシだ。
ミノタウロスとケンタウルスを帰してやれただけで十分だ」
黒鬼はとても優しい顔をしていた。
「友達、だったの?」
「ああ、気の合う友人だった。
だからこそ、彼らが人を狩る鬼にされているのを見ていられなかったんだ」
「そっか……」
崩壊の進む世界で、2人の姿はもうほとんど残っていなかった。
「そろそろ時間だ。
安心しろ。
元の世界に戻れば、今回のゲームのことはすべて忘れている。
死んでしまった人は戻せないが、初めからそうであったように世界ごと修正されるから、何も悲しいと思うこともないだろう」
「そんなっ!」
それを聞いた香織がショックを受けた顔をする。
まさか、弥彦たちのことがなかったことになるなんて、と。
「それに、あなたたちのことも、忘れてしまうの?」
「……忘れた方がいい。
人が死にすぎた。
君も、すべてを忘れて、幸せに生きるんだ」
すがるように言った香織の言葉を、黒鬼は諭すように退けた。
「……分かった」
香織がしぶしぶながら頷く。
「ありがとう」
黒鬼も、それに笑顔で応えた。
「さあ、もうこの世界は終わる。
皆の待つ世界に帰りなさい」
「うん、黒鬼さん。
本当に、ありがとうございました」
「ああ、こちらこそ」
そうして、香織は元の世界に還り、黒鬼とその空間は完全に消滅した。




