32.猫
トイレを出た俺はそのまま先生に連れられて、3階まで上がった。
3ーAの前で先生が立ち止まる。
「先に私が三枝木先生に話を通すから、ここで待っててね」
先生がにこやかにそう言うと、教室のドアをノックする。
これもまた、密告者になるためのポイントになるんだろう。
やたらと機嫌が良さそうな先生に、黒島が嫌な顔をしていた。
「おまたせ!
どうぞ!入って!」
話が終わった先生が俺を呼ぶ。
黒島はここで待機のようだ。
俺は1人で教室に入ることにする。
「失礼します」
職員室に入るように、ドアの所で一礼してから中に入る。
「これはこれは悟君!
ようこそ!
よくぞご無事で!
先生は嬉しいよ!」
三枝木は両手を広げて俺を出迎えた。
三枝木は教卓をどかして置かれたソファーにどっかりと座って、にこやかにこちらを見ていた。
生徒を下の名前で呼ぶ気安さも、誠実さを感じさせる笑顔も、今では薄く張り付いた仮面にしか見えなかった。
「三枝木先生!
先生たちも無事で良かったです!」
俺は極力笑顔で三枝木に近付き、握手を求める。
「いやー、いろいろありましたが、なんとかここまでやってこれましたよー」
三枝木は眉根を下げながら握手に応じている。
「ささ、どうぞ。
そっちにかけてください」
手を離した三枝木はにこやかに、向かいにあるソファーを勧めた。
俺はそこに失礼しますと言いながら腰をおろす。
この教室には机も椅子もなく、大きなソファーと、教室の後ろの方には大きなベッドがあるだけだった。
今は三枝木と、俺を案内してくれた先生しかいない。
三枝木専用ルームといった所か。
3階まで、誰にどうやって運ばせたのやら。
「先生から、叔父さんの家でお世話になっていたと聞きました。
いや、本当に、無事で良かった」
三枝木は目を閉じて下を見ながら言う。
本当にそう思っているように聞こえるからスゴい。
長年、学年主任をやっていただけはある。
「それで?
ここに来た理由はなんでしょう?
外は危険です。
そのまま叔父さんの家にいた方が良かったのでは?」
三枝木は笑顔で聞いてくる。
探る気満々だな。
「やっぱり皆のことが気になって。
それにその、そろそろ備蓄が怪しくなってきて、居候の身には、ちょっと肩身がせまくて……」
俺はそこで腹の虫を鳴らす。
実際、食事を抜いてきていて、今まで我慢していたのだ。
タイミング良く鳴らせて良かった。
「これはこれは、かわいそうに。
先生、何か食べ物を持ってきてあげてください」
三枝木に言われて、先生がパタパタと教室を出ていく。
「ここには、そんなに食糧があるんですか?」
俺は驚いた顔で尋ねる。
「ええ。
中庭と屋上には園芸部の菜園がありますし、養鶏場から譲っていただいた鶏を飼育小屋で世話してるので、卵も手に入ります。
それに、もともと避難所に指定されてましたから、災害への備えは一通りされてるんですよ」
「そうか、そうなんですね」
俺は納得がいったような表情を作る。
譲ってもらった?
奪ったんだろ?
しばらくすると、先生が食事を持ってきてくれた。
野菜と、目玉焼きだ。
「これぐらいしか出せませんが、遠慮せず召し上がってください」
「いいんですか!?
ありがとうございます!」
三枝木に笑顔で勧められて、俺は遠慮なくいただいた。
変な味はしない。
何か入っていれば分かるから、問題なく完食する。
「ごちそうさまでした!
とっても美味しかったです!
どっちも日持ちしないから、すごい久しぶりな気がして!」
これは本音だ。
卵や野菜なんて、このゲームが始まって2日で消費した。
「それは良かった!
ここなら、毎日とまではいきませんが、定期的にこのぐらいの食事は出せますよ」
「ここに置いていただけるんですか!?」
にこやかな三枝木の提案に、俺は驚いて立ち上がる素振りを見せる。
「ええ。
仕事はいろいろあります。
皆でその仕事を分担してるので、きちんと仕事をこなしてくれれば、それ相応の見返りは用意していますよ」
仕事、ね。
「仕事っていうのは、どんなものですか?」
「本当にいろいろですよ。
炊事洗濯掃除。
学校の警備や、食糧の調達など。
多岐に渡ります」
「それだけですか?」
少し踏み込んでみることにした。
「どういうことかな?」
三枝木は笑顔のままで聞き返してくる。
三枝木よ。
あんたの後ろにいる先生の表情まで、ちゃんと管理した方がいいぞ。
あからさまに表情を変えてるぞ。
「いや、そのー、ちょっと、噂を聞きまして……」
先生、心配するなよ。
俺は悪巧みなんてしてないから。
「噂、ですか?」
先生が首を傾げる。
「あの、手柄を立てたら、その、密告者にしてくれるって」
「ああ!
その話を聞いていたのですか!」
三枝木は笑顔だったが、若干驚いているように見えた。
上手いこと、密告者というエサに釣られたバカな生徒を演じられているだろうか。
「ホントなんですか!?」
俺は嬉しそうに前のめりになる。
「そうですねー。
働きを見て、いずれはお話しようと思っていたのですが、まあ、いいでしょう。
たしかに、良い働きをしてくれた方には、そういったことをしたりしています」
はっきりとは言わないが、そうだと認めたな。
「ど、どんなことをすればいいんですか?」
食いついたように見せる。
「おもに、ここの運営に多大な貢献をした場合ですね。
悟君は空手道場の息子さんでしたね?
やはり、格闘技の経験が?」
「あ、はい、そうです。
武道は一通り。
あと、武器なんかもだいたい使えるかと」
「それは素晴らしい!
警護班と調達班、どちらにしようか迷いますね!
他には、何か特技はありますか?」
三枝木は嬉しそうに食いついてくる。
「えっと、一応、応急処置程度ならケガの手当てが出来ますね。
あとは、メシ作ったり」
そこまで言うと、三枝木はバッ!と立ち上がった。
「なんと!
それはそれは素晴らしい!
保健の先生がいなかったので困っていたんですよ!」
「そ、そんな、あくまで手当て程度ですよ。
そんなに期待しないでください」
「いえいえ!
それでも十分助かります!
それだけ出来るなら、悟君には学校の警備をしながら、ケガの手当てをしてもらう係をやってもらいましょう!
いやー、まるで武闘僧ですね!」
三枝木はやたらとご機嫌なようだった。
こちらとしても、お前が完全にクロだと分かって良かったよ。
これで、遠慮なくやれる。
「ご期待にそえるように頑張ります。
なので、その時は、その、お願いします」
俺は窺うようにお辞儀をする。
「ふふふ。
分かってますよ。
お主も悪よのう」
「いえいえ、お代官様ほどでは」
「お二人とも楽しそうね」
三枝木。
俺じゃなきゃ、そのネタは通じないぞ?
「三枝木先生!
大変です!」
「どうしました?」
体育教師の男が慌てた様子で教室に入ってきた。
「裏門から侵入者です!
男が4人!
全員、武器を持ってます!」
「なんですって!」
「ほう」
話を聞いた三枝木がこちらをチラッと見た。
まあ、そうだよな、
狡猾でズル賢いあんたなら、きっとその可能性を考えるよな。
俺が手引きしたんじゃないかって。
でも、うちの新一はそれもお見通しなんだよ。
「……三枝木先生、ごめんなさい。
もしかしたら、僕が引き連れて来てしまったのかもしれません」
「……どういうことですか?」




