31.メモ
「早くしてね」
「はい、すみません」
先生に先導されて、下駄箱から校舎内を歩いていた俺は、途中で先生にトイレに行きたいと申し出た。
先生は嫌な顔をしたが、ここまで我慢してきたんだと伝えると、しぶしぶ近くのトイレまで行くことを許した。
下駄箱にも見張りが2人いた。
知らない大人だ。
捕まったか、学校に避難してきた人たちだろうか。
先生が事情を話すと、1人は分かりやすくニヤリと笑い、1人は哀れみの目を向けてきた。
やはり、人によってスタンスが異なるようだ。
先生に言われて、下駄箱の2人は正門へと走っていった。
見張りを代わるためだろう。
ちなみに、下駄箱で靴を脱いだりはしていない。
先生たちも外靴のままだ。
こちらとしては、その方がありがたかったから助かった。
「さて、」
ようやく黒島と2人になれた。
先生が先導している時に、黒島に目線で合図をしておいた。
そして、俺がトイレに行きたいと言い出すと、黒島が俺もと言って、ついてくる形になったのだ。
先生からしたら、俺の見張りにもなるから、ちょうどいいと思っただろう。
「お前!なんで来たんだよ!」
黒島が声を抑えて俺に問い詰めてくる。
もちろん、2人とも用を足してなんかいない。
「そう言うだけのことが、ここでは起きてるってことでいいか?」
「お前っ!
知ってて来たのかよっ!」
黒島は驚いたような顔を見せた。
当然だろう。
自ら死地に飛び込むようなものだ。
「黒島、お前は三枝木側か?」
俺は黒島の質問には答えず、ただ静かに、それだけを問い掛けた。
「お、俺、は……」
黒島は驚いた様子だったが、そこからはさらに声のトーンを落とした。
トイレの入口をチラチラと見ている。
先生に気付かれないか心配なようだ。
「……仕方なかったんだ。
三枝木に協力しなきゃ、逃走者にされる。
実際、三枝木に反抗して、その日に鬼にやられた奴もいたんだ」
黒島はその時のことを思い出したのか、顔色を青くした。
やはり、ここでも作られた該当者に対する密告が行われていた。
まあ、三枝木が一番にやってみせたんだから当然か。
三枝木はそれを飴と鞭として、皆を従わせているんだろう。
「別にそれを責めるつもりはない。
俺だって生き延びるためにそうしただろうからな」
俺がそう言ってやると、黒島は少しだけほっとした顔をした。
「駅への襲撃のことは知っているな?
他にも人を狩りに行ってるのか?
どんな奴がそれに参加してるんだ?」
「そ、それは……」
時間はない。
入口で待つ先生に怪しまれない程度で、手早くやり取りしなければ。
「ちょっとまだなのー?」
先生に入口から声をかけられ、黒島がびくっと反応する。
「すいませーん!
黒島の奴が腹が痛いって言っててー!」
「なっ!」
俺はそう言って、黒島に向けて、入口の方を顎でしゃくる。
「そ、そうなんですよー!
今朝食った缶詰っすかねー!
ハズいから、先生見に来ないでよー!」
「なっ!
い、行きませんよ!
早くしてくださいね!」
どうやら、黒島の棒読みの言葉を信じてくれたようだ。
「ほら、時間はない。
早く質問に答えてくれ」
「あ、ああ」
俺にせっつかれて、黒島は口を開く。
「駅には三枝木に積極的に協力してる奴だけで行ったみたいだ。
あいつらは、手柄を上げたら密告者にしてもらえるからって、情報を集めたり、人を拐ってきたりしてる。
襲撃したのも、駅だけじゃなくて、いろんな場所を手当たり次第に当たってるみたいだ。
で、廃団地にけっこうな数の人がいるって情報を入手して、そこを襲うためにも、今は人数を集めてる所らしい」
「なるほど、いま学校には何人ぐらいいる?
その中で、三枝木に協力している奴はどれぐらいか分かるか?」
俺はそこでペーパーをカラカラと引き出す。
それ自体に意味はないが、先生にトイレに入っていることを疑われないためだ。
「えっと、先生は三枝木を入れて全部で5人かな。
あとから来た大人が、全部で20人ぐらいいたかも?
三枝木に従わなかったのは半分ぐらいか?
で、生徒で三枝木に進んで協力してるのは5人だ」
黒島は最後だけ嫌な顔をして断言してみせた。
俺は話を聞きながら、あらかじめ用意しておいた紙に内容をメモしていく。
「あとは、俺みたいなのが7人だな。
で、先生が1人、大人は3人、三枝木に協力してる奴が2人、外に出てる。
俺みたいに信用されてない奴は、先生とかと行動を一緒にしないといけないことになってる。
あとは、15人ぐらいが3ーDの教室に捕まってる」
なんだか算数の授業みたいだな。
黒島と同じポジションの奴を除けば、脅威は10人か。
こちらには銃もあるし、何とかならない人数じゃない。
だが、3ーDか。下駄箱から一番遠いな。
俺は黒島から聞き取った内容をすべてメモし終わると、トイレを流した。
その音に乗じて、窓を少しだけ開ける。
そこにメモを落とすと、窓の外に待機していた新一がそれを掴んだ。
そして、もう一度トイレを流すと同時に、窓を再び閉めた。
そこで俺は黒島に耳打ちする。
「あー、やばかったー!
やっちまうかと思ったぜー!」
黒島の棒読みが再び炸裂する。
俺と黒島はともに手を洗い、トイレから出る。
「すみません、先生。
お待たせしました」
「まあ、仕方ないわよ。
時間がかかったのはあなたじゃないようだし」
先生はそう言って黒島を睨み付ける。
黒島は身を縮ませていた。
悪いな。今度何か奢るよ。
「さあ、さっさと行きますよ。
三枝木先生もきっと喜ぶわ」
先生はそう言って、今までで一番の笑顔を見せた。
どうやら、さっそく三枝木に会えるようだ。




