30.学舎へ
学校には正門と裏門の2ヶ所の入口がある。
今そこには、それぞれ見張りが立っていた。
バットと包丁を持った男子生徒と教師が1人ずつ。
2人がかりで1つの入口を守っている。
あんな人数と装備で鬼に対抗できるわけがない。
彼らが警戒しているのは人間だ。
どうやら、完全に警戒されているようだ。
工場を解放した者たちの存在を。
「あそこかね」
「ええ」
俺たちと一緒に身を隠している男性が俺に話し掛けてくる。
俺はいま2人の男性と一緒に、正門の近くで様子を窺っている。
新一と京也は学校の外周の、門のない辺の部分の壁にいる。
他に2人の男性に、裏門側に回ってもらっている。
彼らは、工場で捕まっていた人質だった人たちだ。
香織と警察官の男性に、新一と京也が移動させた人たちの所に行ってもらって、手を貸してもらうように呼び掛けてもらったのだ。
彼らは喜んで力になってくれた。
「君たちに助けられた命だ。
君たちは私たちを助けてくれた。
そんな君たちが、また誰かを助けようとしている。
大人として、それをただ見ているわけにはいかないだろう」
俺に話し掛けた男性は、そう言っていた。
計7人。
決して多くはないが、戦略の幅は広がった。
すでに全員、新一の策は頭に入っている。
今回も、なかなか危ない綱渡りだ。
時刻は16時。
お題は『本を読んだことがない人』。
そんな人、滅多にいない。
悪魔どもは、やっぱり期間を調整しているようだ。
だが、今はそんなことはどうでもいい。
お題に該当する人がいないことが分かったので、計画を実行に移すことにする。
「じゃあ、いってきます」
「気を付けてくれ」
俺は男性たちに見送られて、正門に向けて歩きだした。
「ちょっと!君!」
「悟、か?」
「黒島!
先生!」
俺は正門の見張りの2人に駆け寄る。
「良かった。
皆まだ学校にいたんですね」
膝に手をついて、息を荒くする。
「あなた、今までどこにいたのよ」
女性の教師が窺うように尋ねてくる。
こいつは、三枝木とともに生徒を鬼の餌食にした奴ってことか。
「俺は、電車で帰ろうと駅に着いた時に、ああなって、電車も動かないから、それからは4丁目の親戚の家でずっと世話になってたんだ」
俺は学校から一番遠い地区を挙げた。
ネットも電話も使えない今となっては、真偽を確かめる手段はない。
「そ、そうなのね」
先生は駅という単語に動揺を見せた。
黒島という男子生徒は少しだけ悲しそうな顔をしていた。
どうやらこの2人は、駅への襲撃に関して知っているようだ。
参加していたかどうかは分からないが。
「それで?
今さら何しに来たのかしら?」
落ち着きを取り戻した先生が尋ねてくる。
「いや、こんな状況になって、やっぱり皆がどうしてるか気になって、叔父さんたちには内緒で出てきてしまって。
それに、そろそろ食料も不安になってたから、少し余ってないかと思いまして」
俺はハハハと笑ってみせる。
一瞬だけだが、先生がニヤリと笑い、黒島が複雑な顔をしたのを見逃さなかった。
どうやら、三枝木に積極的に協力している者と、仕方なく協力している者がいるようだ。
後者は、こちらに分があると分かれば、余計な手出しはしなくなるだろう。
前者がどれほどいるかを探る必要があるな。
「そうだったのね。
私たちもギリギリだけど、ちょっと倉庫を見ないと分からないわね。
確認するから、その間に皆と会ってきなさい」
先生が笑顔で俺を招き入れる。
「お、おい。
悟。
俺たちだって、その、ギリギリなんだ。
お前たちに分ける分なんてないからよ。
さっさと帰ったらどうだ?」
黒島がすがるような目でそう言ってきた。
「黒島君?
そんなひどいこと言ったらダメよ。
こういう時だからこそ、助け合っていかないと」
先生は諭すように黒島に言う。
「で、でも」
「く、ろ、し、ま、君?」
「…………」
先生に気圧され、黒島は黙ってしまった。
やはり、無理やり従わされている生徒がいるようだ。
何とかして、黒島から話を聞き出せないだろうか。
「ごめんなさいね、黒島君もこんな事態だから、動揺しちゃってるのよ」
先生がくるりとこちらを向いて笑顔を見せる。
「いえ、気持ちは分かります。
俺だって不安ですから」
俺は眉を下げて苦笑してみせる。
「良い子ね。
さあ、いらっしゃい。
皆の所に案内してあげる」
「はい!
ありがとうございます!」
先生が俺を誘うので、大人しくそれに従う。
この女はさっきから俺の名前さえ呼ばない。
きっと、名字が分からないんだろう。
黒島は名前でしか呼ばないからな。
先を行く先生を、俺は冷たく見つめる。
新たな犠牲者となるであろう俺に、黒島が悲しそうな顔をしている。
まあ、見ておけ。
うちの新一は三枝木程度なんて目じゃないぞ。
「よし、私たちも行こう!」
「はいっ!」
悟が正門から入っていったことを確認した男性2人が左右に分かれて走り出す。
それぞれが新一と京也にそのことを伝えると、2人は学校の壁を登り出した。
男性たちはそのまま裏門に回り、待機していた2人と合流する。
「……ぐっ」
「……がっ」
4人は裏門の見張りを静かに倒して気絶させた。
そしてそのまま、静かに学校に侵入する。
壁を登って学校に侵入した新一と京也も、それぞれ行動を開始した。
『皆、頼んだぞ』
下駄箱から校舎に入っていく悟は、心の中でそう思うのだった。




