03.三枝木
「お前ら。
とっくに帰ったのかと思ってたよ」
居間に腰を下ろした俺と香織に、新一が声をかけた。
俺と香織は新一がいた、壁の向こう側の家にお邪魔している。
「いや、ダラダラ歩いてたから、まだ坂の途中だったんだ。
その途中で、あれが出てきた」
俺は空に映ったピエロや鬼の姿を思い出して身震いした。
「…………そうか」
新一も思い出したのか、軽く目を伏せてみせた。
「そういえば、ここは?
お前ん家も電車通学だろ?」
俺は周りを見回しながら新一に尋ねた。
畳に、こたつ用のテーブル。
窓には障子がはまり、壁にはご先祖様の遺影が並べてある。
今は7月だから、テーブルにこたつ布団はない。
「ああ。
ここは、ばあちゃん家だ。
たまにここから学校に通ったりもしててな」
「そうなのか」
確かに、いかにもなおばあちゃん家だ。
「よく来たねえ」
「ばあちゃん」
すると、台所から老齢の女性がお盆にお茶をのせてやってきた。
新一が立ち上がってそれを受け取る。
この人が新一の祖母で、今はこの家で一人暮らしをしているらしい。
「ああ!
おばあちゃん!
私がやるって言ったじゃない!」
「で、でも、お茶っ葉の場所も分からないし、おばあちゃんにやってもらった方が、確実なんじゃ」
「バカか!
それでもやってやるのが親切ってもんだろ!」
「みちる。
弥彦。
京也」
この家には、他にも避難してきたクラスメートがいた。
皆、新一に連れてきてもらったらしい。
3人とも俺たちと同じクラスで、
みちるはバスケ部で、元気がよくてクラスでも人気のある快活な女子だ。
弥彦は生物部で、臆病な性格だが動物が好きで、動物に関することなら弥彦に聞けばほとんど答えが返ってくるすごい奴だ。
京也は金髪で、ワイシャツの下に色付きのシャツを着るような、絵に描いたようなヤンキーだ。
だが、子供とお年寄りには優しくて、バスでお年寄りに席を譲らないサラリーマンを殴って停学になった経歴を持つ男だ。
ちなみに帰宅部。
「新一。
学校で何があった」
お茶を飲んで一息ついた俺は、改めて学校の惨状について尋ねた。
香織もお茶を飲んで落ち着いたのか、新一の話を聞く姿勢でいる。
「…………ああ」
新一は顔を伏せて話しずらそうにしていたが、覚悟を決めたのか、顔を上げてこちらを見た。
「俺とみちると弥彦は、部活で学校に残っていたんだ」
そう言って、新一は学校での出来事を話してくれた。
ーーーーーーーーーー
「おーい!
今のもっと端を狙えたぞ!」
「はあいっ!」
俺はバレー部の練習で、いつものように体育館で後輩と練習してたんだ。
そうしたら、
「おい!
なんだあれ!」
「天井がっ!」
周りが上を見上げて騒ぎ出して、なんだと思って俺も見上げたら、天井近くの何もない所に、テレビの画面みたいなのが出てきて、なんだこれって皆でそれを見てたら、あれが流れたんだ。
それで、あのピエロから説明を聞いた。
初めは何のドッキリだよ、とか。
この技術スゲーとか言って皆で盛り上がってたけど、あの、商店街の映像が流れて、
「うわぁぁー!」
「キャァーーーッ!」
「え!?マジ!?」
「嘘だろ!」
「殺した!
殺したよ!」
皆が口々に騒ぎ出したんだ。
それで怖くなって、外に飛び出した奴もいた。
でも、空にも同じ映像が流れてて、どこにいても、それが見られるようになっているみたいだった。
俺も何がなんだか分からなくて、ただ呆然と画面を眺めてた。
そしたら、ピエロが細かい説明を始めて、それを理解しよう理解しようと思ってたら、お題が発表されて、そして、周りにいた後輩たちの額が光りだしたんだ。
もうその頃にはパニックさ。
あの鬼が自分たちを捕まえに来ると思えば当然だよな。
普通に考えても学校は格好の的だ。
選ばれなかった俺でも怖かったんだ。
逃走者になった後輩たちは、もっと怖かったに違いない。
体育館だけじゃなくて、校舎や校庭の方からも叫ぶような声が聞こえてきた。
もう収拾がつかないかと思った時、放送があったんだ。
「全校生徒の皆さん。
私たちが何としても皆さんを守ります。
全員、体育館に集合しましょう。
今後の方針を説明します」
その声は、生徒たちからも人気の高い陸上部の顧問で、学年主任の三枝木だった。
焦ってはいるようだったが、その必死な声に皆がすがった。
きっと三枝木先生なら何とかしてくれる!
皆そう思って、すぐに体育館に集まったよ。
いま思えば、体育館に集まった生徒は不思議な並べ方をさせられていた。
教師は全員ステージの上に立ち、等間隔に1列に並んでいて、一番後ろ、入口の近くには、額が光っていない早生まれの、俺たち3年生。
その間を埋めるように、額が光っている全ての生徒が集められた。
放課後だったから、そこまでの人数ではなかったけど、横一列に並ぶ教師の端と端の間に収まるように並べられていて、窮屈そうだった。
学校にいた生徒が全員集まったのを確認すると、ステージの真ん中に立つ三枝木が話し始めた。
「皆!
集まってくれてありがとう!
突然のことで不安だと思う!
正直、先生も事態を把握しきれてない!
でも!
これは明らかに異常事態だ!
そして、お題とやらに選ばれてしまった君たちが!
おそらく最も危険だろう」
それを聞いて泣き出す奴もちらほらいたよ。
「でも!
安心してほしい!
私たちは相談して、君たちを助ける方法を話し合った!
そして、決まった!」
三枝木の自信にあふれた話しぶりに、笑顔をこぼす奴もいた。
「君たちには、先生たちのために犠牲になってもらうよ!」
「「「「「「「え?」」」」」」」
初めは皆、三枝木が何を言ってるか分かってなかったよ。
でも、三枝木たち教師は、そんなことお構い無しに、両手を前に出した。
「「「「「「「「鬼さんこちら。手の鳴るほーへ!」」」」」」」」
パンパン!!
あいつらは、全員でそう言ったんだ。
その瞬間、現れた。
2体の鬼が。
教師と、額が光っている生徒の間にな。
そのあとは、もう地獄だ。
鬼たちは次々と額が光っている生徒たちを蹂躙していった。
これはかくれんぼだからな。
鬼に見つかった奴は動けなくなるらしい。
で、動けなくなった所を、捕まえられる。
捕まえると言っても、鬼は逃走者に触れればいいらしい。
でも、触れるだけで、皆は紙切れみたいにバラバラにされていったよ。
18歳以上だった俺たちは逃げた。
お題に選ばれてなければ鬼には追われないんだろうけど、さっきまで一緒に部活をやってた奴らがバラバラになっていく姿を見てられなくて、
それ以上に、
怖くて、怖くて怖くて、
気付いたら大声で叫びながら体育館から走って逃げてた。
鬼に見られてなければ逃げられるみたいで、後ろの方にいた逃走者の生徒が一緒に逃げてきた。
校庭に逃げたり、校舎に入っていく奴もいた。
俺たちは校舎に戻るのは何となく怖くて、校庭を抜けて正門から学校を出た。
そっからは散り散りに逃げたけど、俺とみちると弥彦は同じ方向に逃げてて、そこに京也も合流して、俺がばあちゃん家のことを思い出して、ここに逃げ込んできたんだ。
幸い、ばあちゃんは災害用に缶詰めなんかを常備してたから、皆でここに置いてもらうことになったんだよ。
で、一息ついてたら、塀の外から聞き覚えのある声が聞こえて、覗いてみたら2人がいたんだ。
ーーーーーーーーーー
新一は話し終えた所でお茶を口に運び、ふうと息を吐いた。
「そうだったのか」
まさか、皆から慕われてた三枝木が裏切るなんて。
「…………そんな」
香織もショックを受けたようで、青ざめた顔をしている。
無理もない。
香織は陸上部だ。
部活の顧問だった三枝木のことは、やっぱり信頼していたんだろう。
そんな先生に裏切られたんだ。
ショックは俺よりデカいはず。
それに、今日はたまたま、香織は家の用事があって部活に出てなかったが、もし部活に出ていたら、額が光っている香織はきっとその体育館で鬼に捕まっていただろう。
そんなの、怖くないわけがない。
みちるがそっと、香織の肩に手を置いてやっていた。
そういえば、
「京也は?
お前帰宅部だろ?
なんで学校に残ってたんだ?」
学校から抜けた所で新一たちに合流したのなら、京也も学校にいたのだろう。
部活でもないし、ヤンキーでもある京也が放課後の学校にいる理由はないはずだ。
「ん?
ああ、屋上でヤニタイムだったんだよ」
京也は悪びれもなくそう言ってのけた。
「お前…………」
新一が呆れたような顔をして言った。
「しゃーねーだろ。
授業中に切れちまってよ。
ずっとイライラしてたんだ。
授業終わって屋上に駆け込んで一服してたら、あれが流れて来たんだよ」
そこまで言って、京也は突然、深刻な表情になった。
「どうした?
京也?」
俺は京也に尋ねた。
「あいつ。
三枝木、やべーよ。
あいつは相当キテる」
京也は呟くように話した。
「あいつは、鬼を呼ぶことに反対した教師たちを殺したんだ」
「えっ?」
居間に、香織の声がやたら響いて聞こえた。




