02.学校はもう……
「うそ。
な、なんで、」
俺と香織は再び学校に戻ってきた。
だが、学校はすでに地獄と化していた。
皆の悲鳴。
窓の割れる音。
半壊の校舎。
そして、
校庭に散らばる、クラスメイトだったモノたち。
「鬼が、2体もいる」
惨劇。
そんな言葉しか思い浮かばなかった。
ケンタウロスが校庭を走り回り、額が光る生徒に迫っていく。
下半身が馬になっているその鬼は足が速く、遠く離れていた生徒に容易に追い付いては、追い抜いていく。
生徒を巻き込んで。
ただそれだけで、生徒たちは物言わぬ肉片へと姿を変えていく。
校舎内からも、ブオオーーッ!という鳴き声とともに、悲鳴や物が壊れる音が聞こえる。
おそらくもう一体の鬼が生徒を探しているのだろう。
たまに、窓から生徒だったものが降ってくる。
校舎の窓からチラリと、巨体と角が見えたから、おそらくミノタウロスだ。
黒鬼ってやつはそんなに大きくなかったし、角も生えてなかった。
でも、何かおかしい。
校庭にいた生徒たちは、鬼であるケンタウロスが向かってきているのに、一歩もそこから動こうとしない。
叫び声はあげているが、腰を抜かしてしまったのだろうか。
ただ鬼が来るのを見ていて、鬼が通りすぎ、物言わぬ肉片となる。
ただ、その繰り返しだった。
どういうことだ?
皆が皆、鬼の恐怖に凍り付いてしまったとでも言うのか。
「さ、悟」
その声に、びくっと体が反応する。
香織が俺の背中に隠れて震えている。
長い髪をポニーテールにした香織の前髪の隙間。
その額は、相変わらずぼんやりと光を放っている。
そうだ。
俺が香織を守ってやらないと。
狙われる香織の方が、怖いに決まってる。
俺は自分の拳をぎゅっと握り締めた。
「逃げるぞ!
どこかに身を隠すんだ!
このお題が終わるまで!」
「う、うん」
俺は香織の手をとって、再び走り出した。
学校を通り過ぎて、坂道の向こう側に。
「はぁはぁはぁ」
「ゲホッゲホッ」
学校は坂の頂上にあるから、坂道の向こう側は下り坂だ。
俺と香織はその坂を全力で駆け降りた。
途中、人とすれ違うこともあったけど、香織の額を見てハッとするだけで、それ以上は何もしてこなかった。
人通りも少ない。
当然だろう。
この異常事態に、引きこもることを選んだ人が多いようだ。
たとえ逃走者になっても見つからなければ良いのだ。
それに、今日は選ばれなくても、次の日には自分が逃走者になってしまうかもしれない。
急に姿を見せなくなれば、自分が逃走者だと言っているようなものだ。
そうなれば、ボーナスとやらを狙う輩に鬼を呼ばれるかもしれない。
誰が裏切るか、いや、誰が信じられるか分からない。
それならば何もせず、息を殺してただ待っていればいい。
自分以外の誰かが捕まるのを。
皆がそう考えていても、不思議ではない。
俺たちは路地裏で息を整えていた。
人通りが少ないのが功を奏している。
ちょっと裏に回れば、人と会うことはほとんどない。
たまに、食材やら日用品やらを積んだ車が通り過ぎる。
籠城を決め込むつもりだろう。
逃走者に選ばれなければ自由に行動できるとはいえ、日が経てば経つほど状況は悪くなる。
それに俺は、最悪の状況になる可能性に、もう思い至ってしまっている。
俺以外にその可能性に至って、しかも実行しようとする奴がいつ現れるともしれない。
俺たちも、どこか身を隠せる場所を探さなければ。
そう思って、俺は候補地を考えてみた。
俺も香織も電車で学校に通っている。
つまり、この閉ざされたエリアの外だ。
家には帰れない。
家に帰らないことが分かれば親が騒ぎそうなものたが、そんな騒ぎになったことは聞いたことがない。
たぶん、あの悪魔とやらが何かしているのだろう。
一度、結界とやらの壁に行ってみたいとも思うが、香織がお題に選ばれてしまっている現状では厳しい。
携帯は、ダメか。
圏外どころか、電源が入らない。
そうなると、駅から学校までの道のりと、その間にある娯楽施設しか知らない俺たちはだいぶ危険だ。
身を隠せる場所がない。
最悪、民家に押し入るしかないのか。
だが、それは危険だ。
向こうからすれば恐怖でしかないし、もし向こうに逃走者がいないなら、鬼を呼ぶという、最強の撃退方法があるのだ。
せめて、この辺の家に頼れる人がいれば!
俺は今まで香織以外のクラスメートとそこまで交流を持ってこなかったことを後悔した。
そもそも、皆がどこに住んでいるのかさえ分からないのだ。
そんな奴が、頼れる人とか。
俺が自分の無力さに呆れていると、
「さ、悟か?」
聞き覚えのある声が、頭の上から聞こえた。
「新一くん!」
俺より先に、香織が声を発した。
俺もそれにつられて顔をあげる。
そいつは、俺たちが隠れていた路地の壁からひょこんと顔を出していた。
そこには、ほぼ唯一と言える、俺の親友の姿があった。




