24.痛み
それから1週間が過ぎた。
俺たちは家から出ずに、備蓄を少しずつ消費しながら生活していた。
まだ余裕はあるが、終わりの見えない消費に、不安感を拭えずにいた。
あの日から、ボスが言っていたように、お題は逃走者を絞るようなものが増えた。
この1週間フロに入っていない者。
水瓶座のO型。
坊主頭の者。
犬に噛まれたことがある者。
など。
新一が言っていた、逃走者を増やすことの出来るお題も多くなった。
幸い、俺たちはどのお題にも該当せず、特に何も起きることなく、この1週間を過ごした。
新一もようやく以前の調子に戻ったようだが、時折、何かを深く考えている時があるように見えた。
それに、他の2人は気付いていないが、夜中にこっそりと家を抜け出している。
水と食糧と、ナイフを持って。
「いったい、あと何人ぐらいなんだろうな」
俺の呟きに、ごろごろしていた京也が顔を上げる。
「何人死ねば終わるのかってことかー?」
「あ、ああ、まあ、そうだな」
言ってみて、俺たちは誰かが死ぬのを待っていることに気付く。
だが、それに対する思考も、何だがぼんやりとしたものになってしまっている。
「どーだかなー。
でも、前半でけっこう減ったかもだけど、3日目ぐらいからはほとんど該当者いねーよなー。
やる気あんのかねー、悪魔さんは」
「……もしかしたら、調整してるのかもな」
「ああん?」
京也のぼやきに、新一はぽつりと呟く。
「最初の2日間で、悪魔の想定よりも犠牲者が出てしまったのかもしれない。
なるべく長くこのゲームを楽しみたい奴らからすれば、多くの逃走者を出すようなお題を控えれば、それだけゲームは続く。
そう考えて、たいして該当者のいないお題を、わざと設定しているのかも」
「はあっ!?
んなら、あいつらは俺たちが腹すかせて苦しんでんのを見て笑ってやがるってのかよ!」
「そうなるな。
それを見ることも、奴らの楽しみのひとつなのだろう」
「ふざけやがって!」
京也はイライラして、自分が枕にしていた座布団を投げた。
その気持ちは分かる。
俺も胸くそ悪くなった。
「……どうにか、出来ないのかな」
「香織?」
それまで黙り込んでいた香織がぽつりと口を開く。
「だって、このままこうしてたって、誰かが鬼に殺されるのを待ってるだけでしょ?
もしかしたら、私たちの誰かが逃走者になって、鬼に狙われるかもしれないし、みちるとか、咲とか、私たちが助けた誰かが。
そう考えると、じっとなんてしてられない」
香織は絞り出すように言った。
「だからって、どうするってんだよ」
「それは、分からないけど……」
京也に突っ込まれ、香織は押し黙ってしまった。
「……俺も、同じようなことを考えていた」
「新一?」
新一が胡座をかいた足元を見つめながら話し始める。
「このままでは埒が明かない。
現状をどうにかするには、元凶を叩かなければならない。
ならば、悪魔たちを、倒すしかない」
「あ?
あんな奴らを、倒せるわけねえだろ!」
「……何か、考えがあるのか?」
「ああ」
新一は決意を秘めた目をしていた。
「悪魔の召喚には、媒介が必要だって、何かの本で読んだことがある。
それは魔方陣だったり、本だったり、鏡だったり。
悪魔がこの世界に存在するのに必要な依り代が、どこかにあるはずなんだ。
そしてそれは、奴らがこの世界に居続ける間、その効力を発揮し続けていないといけない」
「つまり、それを壊せばいい、ってことか?」
俺の質問に、新一は頷きで応える。
「でも、どこにあるかなんて分かんねえじゃねえか」
「ああ。
だが、案内させることは出来るかもしれない」
「どうやって?」
「ずっと、考えてたんだ。
奴らの力について。
なんであいつらは、こんな回りくどいやり方で人間を殺すのか」
「そりゃー、楽しいからじゃねーの?
悪魔なんだし」
「まあ、そう考えるのが妥当だろう。
だが、もしもそうじゃないとしたら?」
「どういうことだ?」
「瞬間移動したり、街を結界で覆ったり、何もない空間に映像を投射したり、人の記憶を操作したりと。
奴らの力は凄まじい。
そんな力を容赦なくぶつけられたら、この世界はとっくの昔に滅びてる。
でも、今の今まで、そんなことは起きていない。
それはなぜか。
奴らの力には、制限がかけられているんじゃないだろうか」
「制限?」
香織が興味を持ったように聞き返す。
「ああ。
あのピエロは、とある科学者の願いによって喚ばれた、と言った。
それが神によるものなのか、世界の決め事なのか分からないが、おそらく奴らは、その願いを叶える範囲内でしか力を発揮できないんだと思う」
「たしか、人間を間引け、だったか。
それにしては、ずいぶん回りくどいやり方なんじゃないか?
それに、制限されているにしては、だいぶこの世界から外れた力を発揮しているように思えるんだが」
「おそらく、その回りくどいやり方だからこそ、力の制限が緩和されているんだと思う。
かくれんぼという遊びのルールに則った殺害方法。
密告などと言っているが、人間に転移させられるという制約。
逃走者及び、その妨害をする者しか手に掛けられないという制約。
間引くという、対象者全てを狩り尽くせない願い。
それら全てでもって、奴らは今のルールに準じているんだろう」
「あー、よく分かんねえし、めんどくせえ!
んで!結局、どうやってその媒介?とやらに案内させるんだよ!」
京也が頭をがりがりしながら尋ねる。
「……奴ら、工場で弥彦に喚ばれたあと、どこに行ったか分かるか?」
新一は少し考える仕草をしたあと、俺たちに尋ねてきた。
「ああん?
そんなの…………
そういや、出てったとこは見てないな」
「消えた、ってことか」
「そうだ」
俺の返答に新一が頷く。
何となく、方向性が見えてきた。
だが、新一、それは……
「奴ら、喚ばれたあとは、一旦どこかに消えてる。
もちろん、他に喚ばれたから、という可能性は考えられなくはないが、3体いる鬼が、喚ばれてすぐにまた他に行く可能性は低いだろう。
つまり、奴らは喚ばれたあと、一度、本拠地か何かに還り、そして、再びこちらに現れているんじゃないかと思う」
「それにくっついていけば、俺たちも奴らの本拠地。
つまり、奴らを喚び出した媒介とやらの所に行けるってことか」
「ああ」
そこまで聞いて、京也はあることに気付く。
「ん?でもよ、それって、あのおっそろしい鬼が消えるまで、そいつにしがみついてなきゃいけねえってことだろ?
そんなん無理だろ?」
そういうことだ。
到底、現実的じゃない。
「ああ。
普通なら難しいだろう。
だが、おそらく奴らは、それを阻止できない」
「どういうこと?」
香織が首を傾げる。
「奴らが俺たちを殺せるのは、逃走者に選ばれた時と、逃走者を庇った時だけだ。
もしも、鬼自身が攻撃を受けた時の自己防衛も可能だったとしても、ただしがみつかれた程度のことで、攻撃判定されることはないだろう」
「でも、あんな化け物相手に、しがみつくなんてのも難しいんじゃないか?」
「ああ。
ここからは、さらに希望的観測なのだが、どこまでが許容されるか、によるだろう。
俺としては、ロープを引っ掛けて、それに掴まっていれば、攻撃判定されない上に、転移の対象にもなれるんじゃないかと思ってる」
「おいおい!
そりゃー、いくらなんでも都合良すぎじゃねえか?
ロープを引っ掛けるってのも、立派な捕縛行為で、敵対行動じゃねえかよ!」
京也が天井を仰ぎながら抗議する。
「そうだな。
それに、もしも本拠地への転移のタイミングを自分の意思で選べたら、意味がない。
そもそも、鬼たちに知性がないことが前提だよな?
多少なりとも考えることが出来るなら、そんなの通用しないんじゃないか?」
俺の問いにも、新一はすぐに口を開く。
まるで、全てを見越していたかのようだった。
「おそらく、奴らに知性はない。
もしくは、最低限まで思考レベルを落とされていると言ってもいいだろう。
なぜなら、学校でも、工場でも、奴らはけっこうな数の逃走者を逃がしたからだ。
学校での奴らの動きは直接的で、目の前の一番近い逃走者から狩ることしかしてなかった。
工場の時も、人質の中に逃走者がいたにも関わらず、外まで確認しに来たりはしなかった。
このことからも、奴らの思考レベルの低さと、転移のタイミングを選べないことが窺える」
「つまり、奴らが消える瞬間にロープかなんかを引っ掛けられれば、奴らはそれに対処できずに、俺らを一緒に転移させちまうってことか」
「ああ」
「ふむふむ」
京也は納得したようで、自分の中でいろいろ考えているようだった。
「あ、あのさ」
香織がおずおずと手を上げた。
「でも、どうやって、その鬼が消える瞬間に立ち会うの?」
それだ。
俺がずっと聞こうとしていたことを、香織が代わりに尋ねた。
おそらく俺は、それに賛成できない。
「鬼を呼ぶ」
「はあっ!?」
新一の答えに、京也が立ち上がる。
「それがどういうことか分かってんのかよ!
逃走者がいないと、喚び出した奴がやられちまうんだぞ!?」
「逃走者がいれば良いんだろう?」
「は?
お前、まさか」
「え?
どういうこと?」
「…………」
「工場にいた奴らで、入口の見張りをしていた男がいる。
ばあちゃんたちが捕まえた奴だ。
そいつは近くの繁みに隠されてて、生き残ってた。
今は、水や食糧を俺が与えて、まだ生かしてる」
「新一。
俺はそれは賛成できない」
「悟……」
新一が全てを言い終わる前に、俺はそう言い切った。
香織がこちらを見る。
「お前、そいつをエサにする気かよ」
「えっ!?」
京也の呆れたような呟きに、香織は驚いた顔をしていた。
「……これしか、方法はない」
新一はとても悲しそうな顔をしていた。
「これ以上……
もう、これ以上誰かが犠牲になるのは嫌なんだ!
俺の知ってる奴が、大切な仲間が、俺の目の前でいなくなっていくなんて、もう嫌だ!
そうなるぐらいなら、奴らを犠牲にするなんて、わけない。
自業自得だ……」
「……新一」
「……」
「……」
新一の独白に、俺たちは押し黙ってしまった。
その気持ちは、痛いほど分かるから。
でもきっと、祖母を失った新一の痛みは、俺たちなんかより、よっぽど大きなものなのだろうから。




