23.海に沈む
その後、工場を出ると、解放された人たちが俺たちを待っていた。
どうやら、鬼の咆哮で状況はある程度察しているようだった。
その中の一人の男性が俺たちに近付いてくる。
男性は新一の手を取ると、
「ありがとう。
本当にありがとう」
と、何度も頭を下げた。
「やめてください。
俺たちは、何も出来なかった。
あなたたちを救ったのは、俺の祖母たちです」
新一はそう言って、包まれた手を取り払おうとしたが、男性は頑なに離そうとせず、
「いや、君たちは体を張って、友達を助けに来た。
結果はどうあれ、我々はそれがきっかけで救われた。
君のおばあさんたちも、君たちも、皆が、我々を救ってくれたんだ。
本当に、ありがとう」
そう、何度も何度も頭を下げていた。
他の人たちも、俺たちに順に、感謝の念を伝えてきた。
新一は複雑な表情をしていたが、もうその手を取り払おうとはしなかった。
そして、奴らが備蓄していた食糧を集め、解放された人々に分配した。
俺たちは元々の蓄えが十分にあったので、全て皆に渡した。
ちなみに、翔が連れ出した5人の男たちは、みんな翔の協力者だったらしい。
翔と同じように、自分の連れを庇うために、奴らの仲間になっていたのだと。
最初に翔が拘束していた2人も自分たちが説得するから見逃してほしいと言ってきたので、翔の顔に免じて見逃すことにした。
そいつらは何度も礼を言って、その場から去っていった。
解放された人々は、新一をリーダーとして、皆で一緒にいようと提案してきたが、新一はそれを断固拒否した。
付け焼き刃の絆などすぐに瓦解するからだろうが、新一はわざわざそれを言ったりはしなかった。
彼らはしぶしぶ、家族単位、あるいは数人単位に分かれて、散っていった。
清水一家も、俺たちに何度も礼を言って去っていった。
咲はみちるに一緒に来ないかと提案したが、みちるはそれを断り、俺たちといることを伝えていた。
そうして、皆が立ち去り、俺たちだけが残ったかと思っていたら、男の子が一人、ぽつんと残っていた。
「涼太?
あんた涼太じゃない!?」
みちるがその男の子に気付くと、名前を呼んで近付いていった。
「みちる、知り合いか?」
「この子は涼太。
私の隣の家の子で、お母さんと二人暮らしなんだ。
お母さんが仕事で遅くなる時は、よくウチで預かったりしてるんだよ」
みちるがこちらを振り向いて答える。
「涼太も捕まってたのか。
お母さんはどうしたの?
はぐれたの?」
みちるは優しく男の子に話しかける。
「……お母さんは、鬼から僕を守って、鬼に潰されちゃった」
「えっ」
「それで、僕もやられそうだったんだけど、鬼は急にどっかに行っちゃって、それで、僕はずっとそこで泣いてたんだけど、あの怖そうなお兄さんたちが来て、ご飯をあげるからおいでって言われて、お母さんの側を離れたくなかったけど、お腹すいてて、ついていったんだ」
男の子はぽつぽつと話していた。
鬼は、きっとどこかに呼ばれたんだろう。
あいつらに捕まって、逃走者だったのに、よく無事だったものだ。
「おそらく、奴らに捕まってすぐに、お題が変わってしまったんだろう」
新一が俺の考えを補完するように言ってくれる。
「そうだったんだ……」
みちるはそれだけ言うと、男の子をぎゅっと抱き締めた。
「つらかったね。
大丈夫。
これからは、私が一緒にいてあげるから」
その言葉に、男の子は大きな声で泣き出し、みちるにぎゅっとしがみついた。
「ごめん、みんな。
私はやっぱり咲たちの所に行くよ」
男の子が落ち着いてから、みちるは俺たちにそう行ってきた。
念のためと、咲から目的地を聞かされていたらしい。
男の子はみちるにしがみついて離れようとしなかった。
「ああ。
分かった」
俺がそれだけ言うと、みちるは香織とぎゅっと抱き合って、男の子を連れて去っていった。
「俺たちも帰ろう」
それを見送ったあと、新一は疲れたようにそう呟き、俺たちは帰途に着いた。
「ずいぶん、寂しくなっちまったな」
新一の祖母の家に着き、4人しかいなくなってしまった居間を見回しながら、京也が呟く。
皆、塞ぎこんでしまっていた。
特に新一は憔悴した様子で、青い顔をしながら、何か考え込んでいるようだった。
「新一、大丈夫?
……なわけないよね」
香織が心配そうに新一の顔を覗き込んでいる。
「新一。
少し休むといい。片付けなんかはやっておく」
俺がそう声をかけると、
「ああ。
すまない。
少し、頼む」
新一はふらっと立ち上がり、2階の寝室へと歩いていった。
「大丈夫かぁ?
あいつ」
俺たちは3人で、その後ろ姿を見送った。
その夜、俺が目を覚ますと、新一が玄関で出掛けようとしていた。
「こんな時間に、どこか行くのか?」
俺が声をかけると、新一はゆるゆるとこちらに顔を向けた。
さっきよりは、多少は顔色が良くなっている。
「ああ。
少し、頭を冷やしてくる。
大丈夫。
小一時間で戻るよ」
「そうか、気を付けろよ」
笑顔を見せた新一に俺は少し安心して、そのまま見送った。
翌朝、俺が起きると、新一はいつもの調子に戻っていて、皆の朝食を用意していた。
その様子に、香織も京也も安心したようだった。
だが、俺たちは気付いていなかった。
新一の目の奥に沈む、悲しいほどに狂わしい闇に。
昨晩のこと。
廃工場にて。
「はっはっはっはっ!
ちょろいもんだな!
翔の仲間だったんだー!とかって適当言ったら、あっさり信じやがったぜ!
やっぱガキだな!」
「まったくだぜ。
しっかし、あのジジババどもにはやられたなー。
まさかボスがやられるなんてよー。
ま、ろくに女に手出しさせてくれねえし、俺は好きじゃなかったけどなー!」
「ま、俺らは無事に生き延びたんだ。
さっさと武器を回収して、楽しみにいこーぜー!」
「そーだな!
7人もいるんだ。
ラクショーだろ!」
「うへー、すげーな、これ。
血だらけじゃねーか。
もうどれが誰だかわかんねーよ」
「銃、使えっかなー」
「ん?てか、銃とかどこにあんだよ」
「あ?見つかんねーのか?
てか、ナイフもどこだ?」
「ここだよ」
「は?」
真夜中の血の海に、新一は一人、悲しそうな顔をして立っていた。
その足元には、新たな脱け殻が7体、海に溺れるように倒れ伏していた。
「やっぱり、そんなことだろうと思ったよ」
新一は悲しそうに笑いながら、ぽつりと呟いた。
「ばあちゃん。
分かったよ。
どうしようもない奴ってのは、いるんだな。
きっと、こんなくそみたいなゲームをやってる悪魔も、どうしようもない奴らだ。
だったら、そんなのは俺が全部叩き潰してやるよ。
それで、俺が皆を守るんだ。
それでいいんだろ?
ばあちゃん」
新一の憂いを含んだ独白を聞く者は、そこには誰もいなかった。




