16.制圧
「紐?
ロープか、ワイヤーって所か」
「はい、おそらくは」
入口で見張りをしていた男から報告を受けた男はそう考察した。
報告を受けた男は口元に大きな傷跡のある、大柄な男だった。
男は明るい部屋の中でも分かるほどに、細く切れ長な目をぎらりと光らせた。
「さらった奴らの仲間か。
取り戻しにでも来たのか。
バカな奴らだ」
傷の男はそう言って、薄ら笑いを浮かべた。
「どうしますか?ボス」
見張りの男が傷の男に尋ねる。
「屋上から秘密裏に縄を使って侵入か。
少数だろうが、頭の切れる奴がいるな」
ボスと呼ばれた男は顎に手を当てながら考える仕草を見せた。
少しして、ゆっくりと口を開く。
「監視を広げる必要はない。
侵入者の存在は、俺が指定した奴らに伝えろ。
あと、多少配置替えをする。
んで、常に相互監視は怠るなよ」
「はいっ!」
ボスの指示を受けて、見張りの男は駆け足で部屋を出ていった。
「さーて、お待ちかねの騎士様のお出ましだぞー。
無事に助け出してくれるとい~な~?」
ボスはそう言って、目の前の存在に目を向けた。
そこには、みちるを含む数人の女性が椅子に縛り付けられていた。
「止まれ」
俺は片手で制するように、小声で京也にそう伝えた。
京也はおっと、と言いながら、足を止める。
俺と京也は、8階ほどある工場の、5階まで降りてきていた。
一階一階慎重に降り進めてきたが、8階から5階までは真っ暗で、蛍光灯も全て外され、人の気配もまったく感じられなかった。
そして、4階へと降りようとした所で、俺は足を止めた。
階下に、明かりが見えたのだ。
学校のようなコンクリート造りの階段には明かりが灯されておらず、暗いままだったが、4階の廊下の入口には、煌々と明かりがついていた。
そして、その廊下部分の入口に、人の気配がする。
俺は階段の真ん中あたりから、そっと入口に目をやる。
日が昇る前の、こんな時間にも人を立たせている。
だいぶ警戒しているようだ。
だが、人が一番油断する時間でもある。
見張りの男はふらふらと立っていて、手持ち無沙汰なのか、手に持つナイフをぶらぶらと振り回していた。
また、ニット帽にマフラーを巻いていて、顔を隠しているようだった。
見張りは一人。
しかも、武器はナイフ、か。
「これならイケるな」
その様子を見た京也が、後ろから小声でそう言ってくる。
「ああ」
俺も短く返す。
だが、油断は出来ない。
他にも武器を持っているかもしれないし、見張りがあいつだけとも限らない。
もしかしたら、数メートル間隔で見張りを立たせて、常に相互監視をさせているかもしれない。
特に、侵入される可能性の高い、一番上と下は。
だが、全ての階でそれをするのは人数的に厳しいだろう。
それならば、最も厳重であろうこの階は避けたい。
そのために、俺はまずは3階を制圧することにした。
幸い、4階の見張りの男は油断して背を向け、廊下側を向いている。
俺はその見張りに気付かれないように、階下に行くことにした。
階段の真ん中あたりから様子を窺っていた俺は、そのままその隙間から体を滑り込ませるように、足から下の階段の手すりに降りていく。
慎重に。
音を立てずに。
自分の気配すらも消すようにして、静かに、下の階段の真ん中らへんの手すりに足をつけると、そのまま体をねじり、さらに下の階段へと体を滑り込ませる。
手すりに手をつき、腕の力でゆっくりと体を下ろす。
そっと足をつけると、すぐに体勢を低くして、再び、今度は3階の入口の見張りに目を配る。
俺が無事に降りたのを確認すると、京也も4階の見張りの様子を確認しながら、同じようにスルッと下に降りて、音もなく俺の後ろに足をついた。
そこからは声は出せない。
俺たちは事前に決めておいた、最低限のハンドシグナルでやり取りをする。
3階の見張りは、やはり人数が少ないようだ。
入口部分に付きっきりではなく、巡回している。
廊下を歩いていき、しばらくすると戻ってきて、入口から顔を覗かせて階段を覗き込み、再び廊下を歩いていく。
階段は冷房の効きが弱くて暑いから、あまり出てきたくないのだろう。
顔を隠すためとはいえ、夏にマフラーやニット帽を身に付けているんだ。
当然だろう。
だが、俺たちからすれば好都合だ。
いくら階段には電気がついてないとはいえ、踊り場まで出てこられたら、さすがに気付かれてしまいそうだからな。
見張りの男が覗かせた顔は、かなり眠そうだった。
夜明け前に、単調な反復作業。
そりゃあ、眠気も襲ってくるだろう。
これならイケる。
そう判断した俺は、京也に目線を送り、それを理解した京也が頷く。
そして、見張りの男が階段に顔を出し、再び廊下を歩き出した所で、俺たちは動いた。
まずは廊下の入口の、階段側の壁にぴたっと張り付く。
入口に扉はなく、人間大の大きさに、四角く空間が空いている。
俺と京也はその左右に隠れて、見張りの男が戻ってくるのを待った。
俺が階段側。
京也が壁側だ。
少しすると、見張りの男の足音が聞こえてくる。
カツカツと、隠すつもりのない音は、自分の居場所を俺たちに明確に教えてくれる。
そして、
ガッ!
「…………っ!」
ドサッ。
見張りの男が階段に顔を覗かせた瞬間、京也が男の口を塞ぎ、俺が鳩尾に突きを食らわせたあと、首筋に手刀を落として、男の意識を奪った。
首への手刀だけでも意識を奪える可能性はあったが、力加減が難しく、下手したら後々障害を与えてしまう可能性もあるため、最初に呼吸を乱してから打つことで、余計な力を加えずに相手の意識を奪うことができた。
「急げよっ!」
「ああ」
京也に小声で急かされ、俺は手早く男のマフラーとニット帽を外し、2人がかりで服を脱がせる。
見張りの男と体型の似ていた俺が成り済まし、この階を偵察するのだ。
見張りの男の服に着替え終わった俺は、何事もなかったかのように3階に足を踏み入れる。
京也はその間に、服を脱がせた男を縛り上げ、とりあえずはそこで待機してもらう。
カツカツと、なるべくさっきと同じ足音になるように歩いていく。
見張りの男が廊下を歩いていた時間は計測済みだ。
ちょうど、いま歩いている廊下の曲がり角部分まで歩いて、踵を返していたようだ。
廊下は、右手には窓があるが、曇りガラスになっていて、外を窺い知ることはできない。
左手には、ドアが全部で3枚。
ドア横に、『作業室』と書かれたプレートが掲出されている。
ドアは金属製で、中を覗くことは出来ない。
人がいる気配は感じられないが、もしかしたら寝ているのかもしれない。
俺はそれらを横目に見ながら、見張りの男のペースを崩さずに歩いていく。
そして、曲がり角に差し掛かり、踵を返そうとした所で、同じ格好をした者と鉢合わせして、
「ぷっ」
と、俺は思わず吹き出してしまった。
「なんだ、悟か」
「ああ、考えることは同じだったな」
その見張りの格好をした男は新一だった。
どうやら、L字型をした工場において、新一たちは俺たちと反対側の階段から降りてきたようだ。
4階をやり過ごして3階から行くあたり、無駄に気が合うな。
俺はそれに、内心嬉しいような気恥ずかしいような気分になった。
「そっちも同じ構造か?」
新一が俺の来た道を覗きながら尋ねてくる。
「ああ、ドアは3つ。
人がいるかどうかは分からない」
俺もそれに端的に答えていく。
「よし。
このまま、2人で1部屋ずつ確認しよう。
たとえ誰かいても、見張りのフリをして油断した相手なら、俺たち2人で何とかなるだろう」
「わかった」
俺たちは一旦、その場で別れて、京也と香織が待つ階段にそれぞれ戻った。
事情を説明して、縛り上げた見張りを廊下に入れた。
京也には見張りのフリをして、廊下を歩いていてもらう。
俺はその足音に合わせて、再び曲がり角で新一と合流した。
京也はそこで踵を返し、俺は新一と一緒に歩調を合わせて進む。
こちら側も、俺が通ってきた道とまったく同じ造りだった。
進む先、階段の入口に香織がいた。
俺を見つけると、笑顔を向けてくれる。
それだけで、やる気は十分だ。
俺たちはまず、香織のいる階段に一番近い部屋から確認していくことにした。
その方が、香織が危険な目に遭う可能性が低いからだ。
『いくぞ』
新一が目で合図を送ってくる。
俺はそれに、首を縦に振ることで応えた。




