第57章.恐怖の助っ人
______時は少し遡って。
轟カガリが走り去っていって間もなく。人の居なくなった商店街は荒れ果ていた。
それはねじり切れて歪に曲がった標識。弾けて飛び散るコンクリートの欠片に倒れかかった電柱や根元から引っこ抜かれて飛ぶポスト。それら商店街にある様々な物が摩訶不思議とばかりに重力を無視して宙に浮かんだまま一ミリも動かずに停止している異質な姿へと変貌した商店街に変わり果て、その中心には二人の姿があった。
一人は白の軍服姿の少女。今宵坂杏。
もう一人は可愛くも奇抜な衣装の少女。堂坂令奈。
魔法少女である彼女ら二人だが、その体は奇妙な周りの景色同様、激しい戦闘でボロボロであった。
「はぁ……歯応えの無い…」
そんな戦場となった商店街で折れた看板の上に横たわり地に伏す二人を見下ろす一人の女性が呟く。
その身を金色の孔雀柄の黒い打掛で飾る舞姫。願望者白雪嬢はその手に持つ扇で口元を隠しながらため息を吐いた。
「少しは骨のある思うたけど……なんや、これなら長船はんのお邪魔にもならへんかったなぁ」
「ううぅ…あ、足が全然…動かない、し…つ、強すぎ…ないか……あの人…?!」
「そんなの、見りゃわかるでしょ…。強すぎよ!戦い方うんぬんじゃない。単調な願望なのに、実力の差がアタシたちと違いがありすぎる…!」
「ほほ、えらい可愛いこと言わはるんやないの。けど、うちの願望を単調や実力差がどうこうやなんて、あんたはんらまだまだ青くて未熟な童が口にするんは百年早いわ」
二人は苦虫を噛み潰したような表情で白雪嬢を見上げる。
そんな二人を白雪嬢は目尻を柔く、口元を扇で隠し上品に笑い言うと地面に降り立つ。
すると、彼女の背から金属を擦り合う音が響き、願望で作られた深緑色に淡く光る二本の矢じりのように鋭利な嘴状の鎖が宙に出現した。
「大人しゅうしてくれはるんなら命までは取らへん。せけど、これ以上あの逃げた小娘の庇い立てするってのなら……堪忍なぁ。これも仕事やさかい……」
表情一変。容姿端麗な白雪嬢の目に冷徹な光が映し出される。
「終いにしよか」
「っ…」
陽炎のように揺らめく鎖が二人に狙いを定めて静止する。
視線から降り注がれる殺気に令奈は小さく呻き、少しでもその場から離れようと横たわる杏の腕を引き後ろへと後退るが、白雪嬢は無駄な事をとばかりに嘲笑した。
「ほな、さいなら」
白雪嬢が言い終えるや否や、宙に浮かんでいた鎖が人へ向かって勢いよく放たれる。
同時に向かってくる願望鎖の一つを令奈が側面から咄嗟に拳で弾き、もう一つを杏が銃で撃ち落とす。
しかし攻撃を弾けど白雪嬢は更に鎖を二人へと打ち出し攻撃の手を緩めようとしない。矢継ぎ早に放たれる願望鎖を二人は迎撃するも一向に勢いが衰えず激しさを増す白雪嬢の攻撃に、次第に杏より前にいる令奈の腕や脇腹などを掠め切り裂き鮮血で塗らしていく。
ものの数分もしない間に令奈の身体は全身を切り刻まれ、更には最後に飛来してきた願望鎖によって肩を射貫かれた。
「あぐぅッ!!」
「で、デンジャ…ッ!!」
肩を射貫く願望鎖の勢いに引っ張られるように吹き飛び、背中から地面に倒れた令奈に杏は駆け寄ろうと手を伸ばす。だが、彼女の前を遮るように願望鎖が頭上から地面に突き立ち塞がれてしまう。
慌てて手を引っ込めた杏は弾かれるように後ろへ振り返ると、すぐ目の前に白雪嬢の姿があった。杏を見下ろす目は氷のように冷たく、その表情は凛々しくも美しく見えた。
唖然として見上げる杏に、白雪嬢は憐憫とも、嘲りにも取れる笑みを静かに浮かべると扇を杏に突きつけた。見れば突きつけられた扇の上に矢のように深緑色の願望鎖が真っ直ぐに向けられていた。
「あ___」
よけられない。_______瞬間、杏は脳裏に過った言葉の意味を悟った。
「今宵坂ッ!!!!」
放心する視界の向こうで白雪嬢の口角がつり上がるのが見えた。耳に令奈が何かを叫ぶが何を言っているのか全く分からない。
見つめる先で願望鎖が大口を開けて飛び掛かってくる蛇のように放たれる。鎖の切っ先が文字通り目の前にまで迫り眉間を貫く________ことはなかった。
「な___」
誰かの驚愕する声。そして金切り声にも似た鉄の弾く音が辺りにこだまする。
「うわっ!?」
「ふふ!早く退かなきゃ死んじゃうよ」
何かがぶつかった音の衝撃と散った火花に驚き目を閉じた杏の体がふわりと浮かび力任せに後ろへ引き倒される。地面を転がり倒れると、それを見て笑う緊張感の欠片もないあどけない声が聞こえてきた。
「な、なんだ何が起こって………!!?。って…で、デンジャー?ど、どうしたんだ……あっ」
顔を上げ、何が起こったのかと慌てふためいていると愕然とした表情で上体を起こしたまま微動だにせず目を剥く令奈の姿があり、それにつられて杏も首を傾げ視線の先を追うと同じ様に固まった。
「「お、お前は…!!!」」
「ハロー!お二人さん。元気にしてた?小春ちゃんだよ!」
同時に叫んだ二人に小春はくるり、とそんな擬音が聞こえそうな動きで振り返り、朗らかな笑みを見せと目の近くにピースサインをしながら可愛くポーズを取った。
「ま、《魔女狩り》!アンタ、なんでここに?!」
「なんでって。そんなの、お祭りがあるって見たから来ていただけだよー。それなのに……急に結界の中に閉じ込められちゃって困ってたの」
せっかく楽しんでたのにさー。と、小春は言葉を続けながら急な乱入者に目付き鋭く警戒させている白雪嬢に屈託のない笑みを向ける。
「お久しぶりでーす。白雪さん。ずいぶんご機嫌ななめさんだね?」
「……しばらく見いひんかったからどこぞでのたれ死んだかとばかり……久しいねぇ。元気してはった?」
「えぇ、もちろん!相変わらず辛辣な人だねぇー」
ニコニコと朗らかな表現を見せる小春に対して、白雪嬢は敵意を隠すことないまま嫌味を込めた言葉を返す。
明らかに顔見知り合いである二人のやり取りを見ていた令奈は目を丸くする。
「し…白雪嬢と知り合いなの?」
「えー?うーん。それほどってわけじゃないけど多少知った仲?ではあるかな。そもそもあの人のいる組織ではそれなりに有名人だもん」
「組織の……?」
「そ。政府御用達殺し屋兼用心棒組織《華胥之國》の有名人。《女郎蜘蛛》の白雪さんだよ」
「…………はぁ!!!!!?《華胥之國》!!!?」
「デンジャー?!!」
呆気からんと言う小春の言葉に一瞬思考が停止した令奈は度肝を抜かれたのごとく大声を上げてひっくり返った。
「嘘でしょ嘘でしょ嘘でしょ?白雪嬢が《華胥之國》の一団?何それ笑えない。いやマジでマジでマジでホントのホントに笑えない…!!!!!」
「か、《華胥之國》って…?」
「あはは。《華胥之國》ってのはぁ」
倒れたまま青い顔でぶつぶつと早口で呟いて動かなくなった令奈を尻目に杏は怪訝そうな表情で小春に言う。
小春は令奈の動揺っぷりを見てケラケラと笑った後、杏に説明していく。
「願望者の中でもヘンテコ集団でね。夜と華と宴の《華胥之國》って言われてて、組織長《玉藻御前》が作った結界の中で暮らしてる鬼みたいな人たちが所属してるの」
「お、鬼!?」
「そ。鬼って言っても本物の鬼がいるわけじゃないけど……鬼みたいな強さの願望者たちはいるの」
「だよね?」と僅かに不敵に笑みを歪め、小春は白雪嬢へと向き合う。
「こんなところまではるばるご苦労様だねぇ。白雪さん。表のお仕事が盛況そうでなによりだよ」
「…は。えらい嫌味ったらしいこと言わはるやないの。恥晒しが偉そうに」
一触即発。一瞬にして二人の間の空気が重くなる、見ていた杏も、項垂れていた令奈も二人の放つ気配に思わず息を飲み込んだ。
「聞きましたえ《魔女狩り》はん。なんでも、ぽっと出の願望者に挑んで返り討ちにあったとか……?あきまへんなぁ。殺してなんぼのウチら商売……仏様やないんやから三度も失敗してはい終い。じゃあ……けじめがなってへんとちゃうやない?」
射殺さんばかりに鋭くした目がまっすぐ小春へと向けられる。白雪嬢の手には矢じりのように狙いすまされた願望鎖を出現しており、それは邪魔をすれば容赦はしない。そう暗に言い聞かせるようだった。
「………けじめ、ねぇ…」
「っ…!」
白雪嬢の言葉に、小春は何でもないように呟く。そして僅かに背後の二人へ視線を向けた。
向けられた視線にとっさに警戒する二人。だが小春は二人を見つめたまま一言も声を発さず、不意に…小春は白雪嬢へ視線を戻した。
「べー!」
「……は?」
それはあまりに幼稚な、叱られても反省しないイタズラっ子のような憎らしい顔で小春は舌を出してみせた。
「けじめだとかなんだとかそんなわかりきった事言わないでよね。それにハル。偉そうにする人の言うことなんか聞きたくないよー、だ!」
「なん……!!」
「それに」、と。背後で唖然として座り込む二人へ半身だけ振り返らせ、小春はウィンクを飛ばしながら愛らしい笑みを向けた。
「お姉さんにはちょびーーーっとだけ恩が無いこともないからね」
「へ…?」
「せやったら…!!!あんたもまとめて死にな……ッ!?」
「と言うか。お喋りする暇なんてあるの?」
小春の唐突な態度に怒りを露にしながら鎖を打ち出そうと扇を振りかざす白雪嬢。しかし鎖が打ち出されそうになるや否や、振り向き様に小春は手持ちの手斧を白雪嬢へと勢いよく放り投げた。
「ッ!!!?」
回転し飛んでくる手斧を白雪嬢はとっさに鎖を操りぶつけ弾く。弾かれた手斧は空中でピタリと停止し動かなくなるが、投げると同時に駆け出していた小春は空中で止まる手斧を踏み台に跳躍した。
「いっくよ~~!」
「く…ッ!!!」
掛け声と共に白雪嬢目掛け、小春は片手に忍ばせていた手斧を横一文字に白雪嬢へと振り抜く。が、白雪嬢は紙一重で刃を躱した。
「んー、おしい」
「ッゥ……ッ!!!舐めよってからに!あんたの願望はウチには効かへんのを忘れはったわけやないよなぁ!?」
僅かに躱し損ね切られた毛先が散り、距離を取ろうとした白雪嬢は体を怒りで戦慄かせながら鉤爪のように鎖を出現させ横薙ぎに払った。
「わっ、と…!」
「ちょこまかと…!!!」
「ととっ!んー、しつこいなぁ」
身軽な猫のように鎖を巧みに躱す小春に、怒りの形相で鎖を振るう白雪嬢は何度も鎖を繰り出していく。そんな白雪嬢の怒涛の猛攻を、ただただ躱し続ける小春はふいに困ったとばかりに口をへの時にさせた。
「《魔女狩り》…ッ!」
「で、デンジャー!」
座り込んでいた令奈は小春の手助けをしようと立ち上がろうとするが受けた傷の痛みでうまく動けず、杏に支えられながら苦痛の表情を浮かべるしか出来なかった。
「……やんなるなぁー」
「他人を気遣う暇なんてあらへんよ……!!!」
それを横目で見ていた小春は心の底からぼやくように小さく吐き出すと目の前に飛来する鎖を下から手斧で防いだ。瞬間、空中で接着されたように手斧が動かなくなった。
「終いや!!!」
「《魔女狩り》!!!」
「……ホント、やんなるよ」
手斧を手放した小春を狙って更なる鎖が白雪嬢によって放たれる。鎖は真っ直ぐに小春へ迫る。だが、迫る鎖に小春は避けようともせずにゆるりと右手を前に出した。
その手には、いつの間出したのか。赤い光を漏らしながら蓋の開いていくカンテラが握られていた。
「なっ……あんたッ!!!」
「______怖いのは好き?白雪さん」
「まじょ______!!!」
笑顔で言い終えられた瞬間、開いたカンテラの中から無数の手が瞬く間に白雪嬢や飛来する鎖を掴み捉え、カンテラの中へと引き込んでしまった。
「……ふぅ。…お姉さんたち、無事ー?」
カタン、とカンテラの蓋が音を立てて閉じると小春は短く息を吐いた後、再び唖然としている二人へ向かい合った。
「そ、それ使うなら一言言いなさいよ!!こっちはちょっとトラウマなんだからねそれ!」
「こ……怖、かったぁ…!」
「ふふ。良い恐怖してるねー。でも早いところ逃げた方が良いよ。にわとりお姉さんもいないんじゃあ、白雪さんには勝てないしね」
「逃げろって……どういうことよ?アンタのカンテラ、閉じ込めたら勝てるんでしょ?……と言うか、アンタ今なんて?」
「え?」
「に、にわとりお姉さんって…誰なん……だ…?」
「誰って……そりゃあ………ッ!!」
表情を険しくさせ怪訝そうにする二人に小春が口を開こうとしたその時、小春の様子が一変し出した。
「う"ぁ"う"あ"あ"あ"……っ"っ"!!ぐっぅぅぅ…!!!」
「な、なんなの急に!?いきなりどうしたのよ《魔女狩り》!!」
「う"ぅ"ぅ"ぅ"っ"!!!」
「なんなのよ一体…!!?しっかりしなさいよガキんちょ!!み、ミッドナイト!アンタ、突っ立ってないでなんとか……」
浮き出た血管や鼻から血が吹き出し、激痛にうめき苦悶の表情を浮かべてうずくまる小春。何とかしようと慌てて苦しむ小春に駆け寄る令奈だったが、どうしたら良いのかと狼狽するばかりで何も出来ず、後ろにいる杏へ振り返る。
だが、振り返った先の杏は顔色を驚くほど真っ青にさせ、離れていてもわかるほどその体を震わせていた。
「で、デンジャー……」
「な、なによ?そんな顔して……一体どうしたって……」
「それ……」
困惑する令奈に杏は震える指先で小春を指差す。令奈は言われるがまま指差された方を見つめ、そこで起きている出来事に目を見開き言葉を失った。
「そんな……!?」
視線の先にあったもの。そこには、小春の手から離れたカンテラが無造作に横たわっており、亀裂が入ってひび割れていた。
「やっ……ぱり…か…」
「ガキんちょ!どうなってるのよ!?アンタの願望は強い筈じゃあ……?!」
ピシリ、と空気を切り裂くような音が響き渡り辺りの空気が凍り付く。
カンテラの蓋が割れると同時に呆然としていた令奈は強い力で突き飛ばされる。瞬間、割れたカンテラの中から数十もの鎖が勢いよく飛び出してきた。
「きゃっ!?」
「どぇ?!!」
カンテラを中心にして鎖が暴風のように辺りの壁や地面、令奈が先ほど立っていた場所も粉々にしながら穿たれていく。
突き飛ばされた衝撃で後ろの杏も巻き込みながら二人はゴロゴロと地面を転がり、直線にあった電柱にぶつかって倒れ込んでしまった。
「ゲホッ!じょ、冗談でしょ?なんで……!」
「なんでもへちまもあらへんわ。小娘ども……!」
地面を転がり、倒れ込む二人の頭上から身の毛がよだつような怒りに満ちた声が降り注ぐ。
弾かれるように顔を上げた二人だが、目の前で鬼と見間違うばかりの目付きをした白雪嬢の視線に体が凍ったかのように動かなくなってしまった。
「はっ。最初からそうやって這いつくばっとれば良かったんや……こないな雑魚を庇わはったせいでとんだ痛手やなぁ。《魔女狩り》!……ウチに歯向かったんや。死ぬ覚悟はよろしおすな?」
「ぐっ……」
「往生際の悪いこと……」
恐怖に戦くばかりで動けない二人を見下すように鼻を鳴らし、白雪嬢は小春の首を鷲掴み力任せに引き寄せる。ダメージを負う小春が身をよじれば、それすら許さないとばかりに白雪嬢の袖口から鎖が伸び小春の体をギリギリと締め上げていく。
「か、は……ッ!」
「なに企んではったんか知らんけど……いくらあんたはんの願望が前ん時より強うなっていようと、ウチの願望の相性悪いんは覆らへんことくらい。わからんあんたやないやろうに」
より強く鎖が締め上げたのか。小春の顔が苦痛に歪み、額には汗が浮かび上がる。だが、口元だけはうっすらと笑みを浮かべて見せた。
「……なにがおかしいんや?」
「ふふ……ハルもこうだったんだって思ったの」
怪訝そうに眉をひそめる白雪嬢に小春は苦痛に歪ませながらも更に口角を上げる。
「ハルの願望じゃあ、太刀打ちなんて出来っこないのは分かってるよ。それどころか、変身してるあのお姉さんたちにだって白雪さんには敵わない。それくらい白雪さんの願望の《拘束》は強いもの」
「へぇ?そこまで分かってはるのに、なんで前見たく逃げ出さはらへんの?あんな小娘二人の為戦って死ぬなんて、阿保らしい思わはらんかったん?」
「ふふ。確かに阿保らしいよねぇ……ハル、負ける勝負はしない主義だし、お仕事以外で死ぬのなんてもっとお断り」
「でもね」、と呟きながら小春は白雪嬢に気づかれぬよう動けずにいる令奈を一瞥する。向けられた視線に気づかず、白雪嬢の怒気に震えながらも何かないかと狼狽える令奈の姿があり、それを見た小春はやれやれと小さく微笑むと、睨み白雪嬢へ視線を戻した。
「……あんなの見せられて、足掻くのが馬鹿らしいなんてとても言えないよ」
「はあ…?」
「ふふふ……白雪さんにはわかんないよ。泥臭く戦うのがどんなに強いかなんて、ハルだって知らなかったもの」
そう言って、小春はいつものように花開くのような、負けるつもりなど微塵も感じさせない笑顔を小春は白雪嬢に見せつけたのだった。
「…ハッ。寝言言うんは寝てからにし。それに、わかりたくもあらへんわそんな事。ウチらは《華胥之国》。殺して生きるウチらに勝負なんぞ綺麗事あるわけ……!」
「あとさ」
白雪嬢の言葉を遮るようにして、小春は更に続けて口にする。
「ハルは面白いのが好きなの」
小春はそうハッキリ口にするや。鎖で拘束された体で無理やりに右手を前へ突き出す。彼女の手にはいつの間にか。白雪嬢によって壊れかけたカンテラがあった。
突然、突きつけられたカンテラと拘束している筈なのに動いた小春の行動に、白雪嬢は目を見開き体を膠着する、だが、それは一秒にも満たない僅かな時間のみで、すぐさま思考を変えた白雪嬢は迎撃のため矢を射るような速度で鎖を操り、突き出されたカンテラを一瞬にして貫いた。
「何べんも言わせりな。あんたはんの願望は通じんてなんぼ……」
カンテラを穿ち、白雪嬢は無駄だと言うように蔑む目で小春を睨もうとした。その時。鎖で破壊されたカンテラから強い光が溢れだし始めた。
「な…!?」
「ふふ…。……割ってくれてありがとう。白雪さん」
小春がニッコリと笑うと同時に、カンテラは音を立てながら強い閃光と共に砕けた瞬間、砕け散ったカンテラの中から勢いよく無数の影が溢れ出てきたのだった。
「ぐっ…!!?」
「きゃあ!?」
「うわぁ!」
「ッッ!」
カンテラから溢れ出た影は様々な形や大きさがあり、それらは白雪嬢と、少し離れた場所にいた令奈たちを突き飛ばし、鎖で拘束されていた小春も例外でなく鎖ごと吹き飛ばされ地面を転がった。
「か、怪魔…!?それもこないに仰山!!《魔女狩り》!あ…あんたはん、何のつもりやの!!!こないな数逃がせば協会が黙って……ぐっ!?」
カンテラから蜘蛛の子を散らすように飛び出す怪魔の群れの勢いに弾かれる白雪嬢。表情苦々しく、たまらず鎖で迎撃するも怪魔の勢いは一向に収まらない。
「ッ……!!!」
「ねっ。わかったでしょ?これが追い詰められたネズミの怖いところだよ」
「なっ。がはっ……!!?」
怪魔に気を取られていた白雪嬢に振り返るより早く、小春は力強く蹴りを彼女の背中へ叩きつけた。
防御が出来ず、まともに攻撃を受けることになった一撃に吹き飛ぶ白雪嬢。そこへ更に追い討ちの如く怪魔の群れが彼女へ襲いかかった。
「ぐ!!あぐぁ…ッ…。が!ァ、ぎぁ…ッッ!!!」
今まで小春の願望に閉じ込められ、ようやくカンテラの外へ出られた怪魔たちに攻撃の意思はなく、ただ一目散に逃げ出しているだけなのだが、大小様々。強固な甲殻のあるモノから鋭利な外格をしたモノ。ぶつかるだけでも大ダメージになりかねない怪魔の群れは津波に等しかった。
小春の一撃で群れの中に飲まれたしまった白雪嬢の苦痛な叫びがどこかしこから聞こえては足音にかき消されていく。
「ど、どれだけあの中にいたって言うのよ…?!」
「ででで、デンジャァ!ど…どうするんだ?!このまま、じゃ……あたしら、も……ヤバいぞ!?」
「心配ないよ」
「ぎゃぁ!!でででで、でたぁぁ!!?」
怪魔に巻き込まれぬよう警戒していた二人の間からひょっこりと現れた小春に驚き飛び上がる杏。そんな杏の驚き具合に小春は面白そうにけたけたと笑うのだった。
「ちょ、ちょっと《魔女狩り》!仕方なかったとは言え、アンタこんなに怪魔出してどうすんのよ?!今はまだ白雪嬢が作った結界の中だけど町に逃げ出したら一大事に……!」
「そそそ、そうだぞ!後先……か、考えなさ…すぎだろ…!!」
「だから、心配ないってばぁ……もう。お姉さんたち、慌てすぎ……」
詰め寄る二人に小春は呆れ果てたように両手を上げながら辟易とした顔をする。小春の落ち着いた態度に二人は怪訝そうな顔を向けると小春は表情を変え、ニコッと笑顔で返した。
「ハルが捕まえてた怪魔はハルの願望で全部弱ってる子達で、白雪さんの結界を壊せるような子はいないの。お姉さんたちだって無策でも簡単に倒せるくらいにはね」
「で、でも……いくら、弱く……ても。この数はマズい、のでは……?」
「その点も問題ないと思うよ。……ハルの考えが当たってるならね」
「考えって……一体なんなのよ?」
「……お姉さんたち。にわとりお姉さんはどうしたの?」
「にわとり??」
「お姉さん??」
「…………じゃあ、白雪さんの他にもう一人願望者を見なかった?」
小春の言葉にきょとんとする二人。それを見た小春は途端表情を引き締め、再び質問をする
「え、えぇ……居た、筈……よね…?ミッドナイト」
「え?う、うん。たしか……へ、変な女…いや、男?みたいな……教師、っぽい……大学生、奴……だったかな?あれ……違っ、た……?あれ?どうだった、っけ……」
「あ、あれ?変……ね…なんか、記憶がぼんやりしてる…?」
「……うーん、結構マズイ状況かもしれない……ねっ、と」
曖昧な返答をする二人はしきりに首を傾げさせていると小春はそう言って小さく唸りながら、たまたまこちらへ向かってきた怪魔の一匹を出現させた手斧で切り捨てた。
「ま、マズイって……なにがよ?アンタ、さっきから一体何言ってるのよ…?」
「お姉さん、本当に覚えていないんだね?」
「だから、さっきから何を……!!」
ボンッ!と突然、爆発するような破裂音が鳴り響く。
音の大きさに驚く二人と手斧を構えた小春は音のした方を向くと、逃げ出していた怪魔の体を勢いよく貫きながら鎖が飛び出した。
鎖に貫かれた怪魔の体は膨らんだ風船のように破裂するや霧散し塵になり、鎖はじゃらじゃらと金属音を鳴らしながら獲物に食らいつく蛇の如く、次々に怪魔の群れを貫いていく。
「こ、の…ボ。ケ……ガキ、が…」
霧散していく怪魔の塵の中から人影と共に思わず震え上がるほどドスの効いた声が響く。
ずるり。と影が揺れると引きずるような音が鳴り響き、それに隠れるようにぽたぽたと雫が落ちる音がある。
怪魔の塵の中から現れたのは、血と汚れにまみれ、痛手を負った般若と見紛うばかりの怒り心頭の白雪嬢だった。
「よぐも……よくも。よくもよくもよぐもよくもよくもよぐもよくもよぐもよぐッッ!!!!!」
「ひぃぃっ!!!」
「ほ、本物の鬼、だ……!!!?」
血走った目でギロりと三人を睨む白雪嬢の顔はもはや別人のように豹変しており、ついさっきまでの優雅さと気品さは欠片も残されてはいなかった。
「わぁーお。本気で怒った?大人げなーいの」
「喧しいわ…!!!よくも…よくもうちにこないな酷い真似を……絶対に許さへんからなドブネズミ!!!」
「先に怒らせたのはそっちだよ。《女郎蜘蛛》さん」
「ズタズタのバラバラにしてやるわ!!!《魔女狩り》ぃぃぃぃ!!」
怒気と共に背中から蜘蛛の脚のように八つの鎖を出現させた白雪嬢に小春は手斧を手に駆け出した。
ここまで読んで頂けた方々へ
まことに勝手ながら自身の力不足を痛感し、しばらくの間ディストピアーズの更新を停止させていただきます。
活動の完全停止ではなく、別作品もしかり。書ける心境になれば出来得るかぎりその都度更新はさせていただく所存です。
まことに申し訳ありません




