白い一族の最期
水鶏は沖の助と共に城を脱出する。
桐生寿の策は煙で小火騒ぎを起こす事ではなかった――。まさかあんな事になるなんて、その頭脳と異能の使い方はまさに異才だった。
水鶏達は必死になり、倒れゆく仲間を一人、また一人と置き去りにし城の正門まで辿り着いた。白い霧のように立ち込める煙が視界を塞ぐ、城から脱出するためにはこの煙を潜らねばならない。火薬を爆ざし煙を割る、袖口で口元を隠し、意を決して煙に飛び込む。
水鶏、そして沖之助とその部下が続く。
走る、煙を掻き分けるようにして新鮮な空気を求め、開けた場所が現れるまで手を掻く。目に染みる、涙を流しながら生きるために先へ走った。
漸く、切り開かれた雪の景色が眼前に現れ始めた。水鶏と部下たちは逃げ切った。
そして――そこには楽園の者達が水鶏達を待っていた。
「ふふ、ははは、全ては、筋書き通りというわけか……」
絶望した。逃げ切ったと思った先に先回りがあったとは。どこまでもこちらを掌握してくる頭脳に恐怖と諦めが混ざり、から笑いを起こさせた。四方八方を恨みの目に絡まれ、狂気を内包した今の彼等の判断力は単純。殺す、以外の方法は頭にない。
これで華矜院は滅びる、長く支配を続けていた者の最後の一団が今民衆に抹消される。滅ぼされる。
――そんな簡単に終わらせはしない。水鶏は総ての人間を殺してでも、生きることにした。手には火薬。何もかも終わる、築いてきた華矜院の栄光も、白亜の城にドレスを着て過ごす日々も。
死ぬくらいなら壊してしまえ、ゼロになろうとも、水鶏は人を殺して次の世界の生を取る。
一人の男が、そんな水鶏をよそに言った。
「私が突破口を作ります、水鶏様はそこからお逃げください」
沖之助は水鶏にありがとうございましたと言った。
槍を振るう。気迫と共に、周りの全ての人間を殺すつもりで特攻する。文字通り、死の特攻だ。長年水鶏に仕えてきた者の最後の忠誠だった。
「うおぁぁぁぁ!」
槍の先が次々人々を刺していく。貫き、突いては引き抜いて、鬼神の如く大衆を殺していくその姿は壮絶だった。血が吹き飛び、鬼神の顔に掛かる。水鶏は逃げる、他の部下も沖之助に続く、民衆も反撃する。
怒号の舞う戦い、血を流す戦争。その最中を、一騎当千のように英雄の豪胆な闘志が、最後に赤く燃え放っていた。
沖之助の心臓に――槍が刺さった。それを皮切りにもう一本、もう一本と次々槍が沖之助を貫いた。数多の槍を体に交差させ、それでも沖之助は叫んだ。
「うぉぁぁぁぁ!!!」
天に手を伸ばし、そして、絶命した。
静寂――。
誰かの荒い呼吸の音。
そして、血は残りの白を殺していく。
水鶏はたった一人になった、城から離れ雪の中を駆け抜ける。
「何故私が!? こんなところで、どうして!?」
桐生寿の策を読めず、煙を窓を閉鎖する手段で遮断しようとした。火はこの世界ではか弱く多くあるものではない、城を焼くなど到底不可能で、燃え尽きるまで待てば良いと考えた。小賢しい混乱を引き起こすためだけの小細工。だがまんまとその小細工に足元を掬われた、――由奈の火はこの日の為に生きていた。
「くそっ」
予測できなかった。"煙は空へと昇らない等と"、何故なら外には寿の異能で透明な壁が張り巡らされていたのだ。逃げない煙はいつまでも箱の中に充満し、城の隙間から入り込んで、二酸化炭素中毒で意識を奪っていく。
桐生寿は悪魔だ、『例えば何人かを殺しても構わなかった』
水鶏は腹が立っていた、自分から地位を、生活を奪った。惨めに逃げる道を選ばされた、自尊心の亀裂に激しい怒りが染み込む。成すすべがないのが余計に悔しい、怒りに任せ民衆を殺し尽くした先には灰しか残らない、そこにもどこにも、白い血族の高潔な支配は存在しない。
華矜院は白く気高い華、常に下等な民を足元に降し、美しく咲いていなければならない。
ならなかった。
華矜院は誰よりも尊い。美しい。
「美しくなければならないのよ! それが当然でしょう!?」
同じ四家の中でも王家に最も近い権能、そしてその次には華矜院が在らねばならない、華矜院は白なのだ、権能よりも王家よりも遥かに尊い存在にやがてなるのだ。美しい天上の華だ!
煮えたぎる偶像の頂点の、白い華である彼が居ればいい。彼が居れば華矜院は再び力を取り戻す。
水鶏の意識は目の前に向く。みるみるうちに水鶏の顔色に希望が灯る。幻想ではなく、目の前に白い華が立っている。
水鶏は華矜院シズに飛び付く。
「あぁ! 貴方がいればまた華矜院は生まれます」「貴方は華矜院の華、白く気高い華です」「貴方は望まれて生まれてきたのです! 白の血族として、愚民共を滅ぼしましょう!」
「――クイナは僕を愛しているんでしょう?」
返ってきた問いに水鶏は一瞬言葉を失う、今の告白はどういう意味だろう? あの華矜院シズが人の目をみてまともな愛を語っている。いや、だがそれこそが水鶏という人間がシズに望まれている唯一の証なのではないか、華矜院の華に必要とされている水鶏だけに向けた言葉。
水鶏は確信した。やっと、やっとシズが澪より自分を取った、水鶏は勝ち誇ったように心の底から長年の思いの丈を吐き出した。
「ええ、愛していますわ! ずっとずっと、私は貴方だけを愛していましたわ! 誰にも負けない、私はシズ様をずっとずっと見てきた! シズ様は私の全て、私の誇りです! 愛していますッ!」
「クイナ」
水鶏はシズの胸に抱きつこうとして――出来なかった。
「な、何故……何故!?」
狼狽える、彼女は見る筈のないものを見てしまっていた。
「それは、それは下劣な目だ! 何故!? 何故シズ様が"赤い目をしている"――ッ貴方は白い華ではなかったので――」
「貴方は華矜院が好きなだけだ、華矜院である自分への自己愛と、その自己愛に快楽を得る為に更に陶酔出来る何かを求めた。貴方は僕に完成された姿を求め、それに妄信し、自分に酔った。華矜院水鶏という高貴な存在に酔った。貴方は僕なんて見ていない、その証拠に今貴方は僕から距離を取った、もう貴方は僕を憎んでいる、僕が白い華でないなら、もう愛する意味はないと」
「くッ」
「僕は生まれながらに『赤い目』だ、赤い目は最も罪深い色だ、白い髪に赤い目の組み合わせは、生まれた時より憎まれ殺される定めを決められている。この色だけは生まれてはならない、嫌われ、忌々しいとされ、そうして殺されて来た。僕は初めから完全無欠な白ではなかった、貴方の偶像崇拝は初めから、全部異端だった」
「シズ様……いや、シズ!」
「僕は一つだけ貴方に好きなところがあったよ、それは僕の意思に反して澪を殺そうとした事、そして実際に殺した事。何でも言う事を聞くくだらない人間の中で、貴方は唯一偽僕の命令に背いた。それが好きだったよ」
「貴方は澪が死んでもなんとも思わないのね、貴方の顔は最初から冷たいわ、ええ、最初から何も愛してないものねッ!」
水鶏は爆弾をシズに投げる――投げようとして、首から血が吹き出しているのに気が付いた。気が付いた時にはもう断面から雨を振らせ、驚いた顔のまま、首が転がり落ちていた。
体が残りの血を吹き出し、重心を崩し雪に倒れ込む。首のない女が、肉から湯気を上げ横たわる。
「僕は華矜院が嫌いだ、水鶏もエイも澪も初めから愛してなんていない。誰も僕を愛してなんかいない、愛しているのは華矜院だ、いつだってそうだ! だから、僕が愛しているのはこの世にたった一人だけだ、僕はそろそろ帰る、"一巡に――"」
さようなら、長いごっこ遊びの、埋もれ逝く世界よ。




