王の唱えるそのうたは
終わりの時が来る。
白い悪魔は銀の王に聞く。
世界はもうすぐ滅びるよ。
「ああ、そう」
だから、何――?
***
白い悪魔と呼ばれるものが居るとしたら彼の事だろう。
白い髪、金色の瞳。白い衣を着て、白い肌を雪で冷たく濡らしている。
彼は風の鳴く谷の底に足を付けていた。澪を巻き込んだ雪崩が落ちて積もり、山のようになっている。その中の一点に白い悪魔はしゃがみ込む、引きずり出したのは澪の遺体。冷たく死に抱かれ、呼吸をしない澪。
雪が剥がされぼろぼろ溢れ、澪の体は抱き上げられる。顔はシワだらけになり、手と足は骨と皮になり、目の周りが窪み、だらし無く垂れ下がった口元に雪が溜まっている。
黒い髪は真っ白に塗り変わり、頭髪が所々抜け落ち頭皮を晒している。
醜悪な老人の顔に白い悪魔は唇を寄せる。
「ミオの願いはなんですか――?」
耳を近づけ応えを求める。
「あぁ、そうですね、ミオならそう言いますよね」
会話をする。冷たくなって、死んだ澪と。
***
「ウルワは消えた」
その声は水涸の隣から発せられた。
ついに痺れを切らす。
現れたのは――神流だった。
神流は今までもそうしていたかのように水涸に近付き、親しそうに囁きかける。
「ぐずぐずしていたからだ」
「そんな……」
「早く誰か殺しなよ」
水涸は悔やむ。どうしてウルワは"毎回先に消えてしまうのかと"
「そうだ、俺は"ウルワに人を殺させたいんだ"そうすれば」
約束が果たされる。二夜に居た時から繋がっていた、神流と話せたのは凪だけではない、凪はむしろ神流について何も知りはしないだろう。一番傍に居ながら、何も聞かされていない、まさに利用されていただけなのだ、それで依存関係が成り立っていたなら、水涸は何も言わなかった、現に言わなかった。
麗の事も、神流の事も、そして水涸の事も何も知りはしない、凪、君は何を成すというのだろう。
ユキノを殺した時みたいに、追いかけないと――。
水涸は、人の居る場所を思い出した。
既に決着はついていた。
最も華矜院らしい華矜院と言われた晶氷は血に塗れ転がっていた、隣には槍を杖代わりに、なんとか膝をつくのを堪えるエイ。
「人って、簡単に死ぬものだな」
整った顔に荒い息を乗せ、満身創痍とは程遠いが、脇腹辺りを槍が掠ったのか白い衣装が赤く染まっている。エイは水涸を見上げるように笑った、隣の神流に驚く気力もない、消える寸前の消滅していく感覚は三度目で、意識が異世界へと巻かれていく。
「君はこれからも人を殺すのか?」
「殺すのかもしれないな、僕は僕が神となる日まで殺し続けるかもしれない。次の世界では王だ、オウサマやシズがそうなったように、次は僕が支配する世界、違うのなら、また人を殺す、力を得て、また次の世界で王に」
「殺していいよ」
横槍を入れる。その神流の声色には嫌悪も悪意も含まれていない。眠そうに睫毛の影が落ちるその目同様に穏やか、なんの害意もないのだ。なんの害意もなく神流は人を殺す決定権を口にできる。
「この人間はまともじゃないよ、殺しても罪悪は残らない」
水涸を救うのはいつも計算された甘い言葉。
「親友を、ユキノさんを眠らせてあげた時もそうだったでしょう? 理由があれば怖くない。僕の言うとおりにすればいい、あなたは悪くない、救いは必要だ、裁きも必要」
「それは、誰かのためになるのか」
「あなたの親友があなたに笑ったように、ユキノさんが安らかに謝礼を言ったように、死は幸せ――。また、諸悪の根源を滅ぼす事により、大衆が守られるのも事実」
「何を言っている」
エイは訳の分からないものを見る目で神流を捉える。頭がイカれているのか、死が幸せと言って人を殺しているのだ。そして妄言に惑わされ、罪を罪ではないと言い聞かされる、信じる哀れな弱者。
果たして、人殺しのクズと、独自の幸福感を押し付ける者のどちらが害悪なのだろう――?
水涸はエイに向かって歩き出した、得体の知れない幸福論を身に孕んだ黒い紳士に寒気がした。
「早く消えろ!」
エイが自分の体に怒鳴った瞬間、水涸はあの力を使った。
「あ"あ"あ"あぁぁぁぐ」
エイの体が湯気を上げる、慌てる、手で湯気を払うも熱くなった体から止めどなく溢れる。血が沸騰し赤く爆ぜる、痛い! 肉を破り泡が湧き上がる、自分の腕から、皮が内部から破られ、裂け目から血が泡を吹いて煮え立つ。赤く斑に染まる。
怖い、熱い、熱い熱い熱い!
エイは激痛で転げ回る、不快感と痛みに全身を掻きむしる。
とても人間が耐えられる痛みではなかった。体が沸騰する、エイは熱さに耐えられず芋虫のように転げ回った。
「あぁぁぁぁぁァァァ!!!!」
美しさの欠片もなく、血が爆ぜ心臓が裂け、やがて絶命した。急速に冷えた体は萎んでいった。白く美しかった面影はなく、骨に皮が吸着し、枯れたミイラのようになっていた。
「殺した」
水涸は零す。
「これでウルワのところに行けるね」
「うん、また出会い、次こそ彼女に人を殺させるといい」
「俺は生きていてはいけないんだ」
水涸は酷く悲しい顔をしていた。
「わかっている、あなたの甘言に惑わされてなんていない、私は明確に人を殺した、理由なんて弁解になりやしない、私は私が理由をつけて人を殺したのを理解している」
ウルワに会いたいために
「死は幸せ、それはとんだ暴論だ。私は私を否定する、そして貴方も。それで尚私は死を幸せと掲げる」
「欺瞞だね」
「私は総ての人間よりウルワ一人を選ぶ! 人を助けたい私は欺瞞なんだ」
笑った。優しさは嘘ではないのに、彼はウルワに壊されていくのだ。
「また会おう、次の世で」
神流は銀の髪を振り消える。取り残された水涸の背後と前方から人がやってくる。
「うぐっ」
前方の華矜院の兵は槍に貫かれた晶氷と、そして醜い屍となって変わり果てたエイを見て口を押さえた。対して水涸の背面、そこに向かって直ぐ様敬礼をする。
「久しぶり、穏雅」
「覚えていたのか――シズ」
水涸が背後に目をやると、そこには華矜院シズが立っていた。シズは澪を抱いていた、エイのように干乾び、醜い死体となった澪を、お姫様を抱くように。
「澪……」
水涸は心の底から悲しんだ。偽りの悲しみではない、これが彼の本来の性格で、本当なら人を慈しみ、優しさで救い、自己犠牲で身を削る姿なのだ。
麗に勇気を貰った澪、麗と一緒なら頑張れるとぎゅっと掌を握りしめた澪。哀悼を抱き、水涸は瞳を伏せる。
「で、お兄さんはなんの用?」
「私は……シズに」
言えない。もう口が開かないのだ。
消えていく、声も、意識も。
「言わないの。……ところで、だれ? ミオに城に来いと言ったのは――」
誰か、とも水涸は言えない。言えたにしろ、言わない。言えばその先どうなるか予想が簡単についたからだ。
「そう、桐生寿だね」
焦った。何も言っていないのにシズは言い当ててしまう。水涸は言い訳や身代わりを必死に探す。いない、自分以外には
「それ、は」
俺だ――、と言える口はなかった。
水涸は世界から消え去った。
「……」
シズは澪の遺体を床に寝かせる。
華矜院の兵がぞろぞろと集まる、三世の王の元に陳列する。
王の言葉を仰ぐ。王は告げる。
「華矜院を皆殺しにしろと、ミオは言ったのでみんな死んでください」
そして王は、うたを唱えた。




