↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
風已みて  作者: 秋風
埋もれ逝く世界の中で
76/82

白い城への帰還

澪は華矜院の城に帰ってきた。

 何日も前、自ずからの足で遠ざかったその場所。

 門前で顔を上げる、高くそびえ建つ白壁の城に、更に上の遥か上空から雪が降り掛かっていた。今日も天は突き抜けない、青はどこにもない。

 首を下ろし門を潜る、美しい細工の装飾が刻まれた玄関口に白い衣を着た兵が数人並んでいた、水鶏はいなかった、安心するように白い息を吐いた澪は寒さで震えているわけではない体をなんとか叱咤した。


「澪?」

「はい」

「それと、あ、貴方は……」

「お帰りになられたのですか?」


 見知らぬ華矜院に対して兵達はおずおずといったように問い掛けた。見知らぬ華矜院は彼らと同じ白い髪と金の瞳で応えた。


「このような状況ですから、仕方なく帰郷いたしました。澪をシズ様に会わせたいのですが」

「はい、お通りください」


 入り口がすんなりと開く、華矜院と澪を門番は城内へと招き入れる。

 閉じた扉の向こうで話し出す。


「異質な衣装を着ておられるが、一度正装をなされれば、あの方こそ誰よりも華矜院らしい」


 と。



 澪は懐かしさもあったが怖いという感情を表に出し廊下を歩いた。シズの部屋は上階である、道すがら水鶏に鉢合わせる確率は限りなく高い。

 恐ろしい中にも二つの心強さがあった、一つは麗の存在、もう一つは隣の見知らぬ華矜院。こうして並んで歩いているわけだが、この人物が誰だか澪には記憶にない。白い髪、長いそれは後ろで一纏めにしてある。白く美しい衣装は、パーティー等に相応しいと言えるような設え。過去を探るも、記憶のどこにもこの華矜院の姿は映っていない。


「私は用があるので、後は一人で行きなさい」

「え、あ、はい……」


 突如見知らぬ華矜院は自分の用事があるからと澪と別の方角へ視線をやる。着いてきてというのは些か我儘であろうか、弱虫な澪にぴったりの未練がましさに、澪自身自分を変えなければと言葉は既で飲み込んだ。水鶏に一対一で睨まれるよりは全然心持ちが違ったのに、けれども澪は見知らぬ華矜院に手を振った。


「あぁ」


 華矜院は何かを渡すために振り返る。


「これを持っているといいですよ」


 澪の両手に乗せられたのは短剣であった、戦いに使えるものというよりは、護身用として身につけているのが用途のようであった。銀色の鞘に収まった短剣は見ているだけで引き込まれそうな繊細な細工であった。


 華矜院は次こそ澪に背を向けた。何か香りがした。それは異質な、どこかで嗅いだことのある匂いだった。


 城の中にたった一人で取り残された澪の中には、もう麗への強い思いしか残されていなかった。

 歩いた。

 上って、歩いて、また歩いた。



「帰ってきてしまったのね」


 ぴくっと、澪は一瞬にして硬直した。その声は、その姿は、澪が最も恐れる女のものだったからだ。


「恨んでいる? 私のこと」


 白いドレス調の衣装に同じ色の長い髪、美しい彼女は手すりに手を添え優雅に階段を下る。近寄られる度、澪の胸は恐怖に塗りたくられていく。

 声が出ない。


「い、え……」

「そう、じゃあ今度こそ恨んでもいいわ」

「っ!」

「シズ様は私達に何も期待なされていない、音がするの、羽鳥と音羽がシズ様の部屋に入ってから。それでね、私は思うの、彼女等はもう死んでしまったのではないかって」

「……」

「羽鳥にはお世話になったものね、色々思うところはあるわよ私も。音羽も、あれはあれで、寂しいものがあるわね」


 無口な医師、いつもやる気のなさそうな男、二人は澪に厳しくしなかった、何故なら二人も華矜院ではなかったからだ。だから、悲しい、素直にそう思った。親しき人の死でなくとも、悲しいのだ。


「ただ、私が煮え切らないのはそこではないのよ、シズ様は、一人で十分だというように羽鳥を誘ったわ、私なんて必要ないのよ、あの方には何も見えていない、――貴方以外はね」


 澪は一気に足を引いた、そうしなければ死んでいたからだ――。澪の足元に穴が空いた、女の投げた塊は澪を壊そうとするように、代わりに床を破壊した。


「ボクは、ボクはっ」


 怖い、水鶏が、目の前の女が怖い。体が拒絶する、シズに会いに行かなければならないという、楽園の人々の願いを無視してでも逃げ出したい、この思いに打ち勝つ方法が見当たらない。足が震え、心が挫ける、水鶏が怖い――ただそれだけなのだ。

 発汗を通り越して涙が出そうになる。新しい塊が水鶏の手に現れた時、澪は走り出した。


「馬鹿な子……城には地雷がたくさんよ」


 水鶏は目を閉じて異能に指示する。

 ――そこで爆ぜろ。

 走る澪は気付かない、走っている最中に突如左の壁が爆発し、爆風に巻き込まれ瓦礫と共に吹き飛ぶ。

 生きている、澪は丸まりながら粉塵に咳をする。水鶏は殺す気なく澪を追い詰めている。


「しずちゃん、しずちゃんたすけて……」

「いないわよ」


 水鶏がゆらりと現れる。転がる澪を金の瞳で見下ろす、感情は見受けられない。


「いないの、いつも、シズ様はどこにもいない」


 例えば、今この短剣で水鶏を刺せば助かるだろうか。丸まりながら胸を抑える、その下には短剣がある。あるけれど、澪はきっと刺せない。澪は命の危険に晒されても、相手を傷付ける勇気がなかったからだ。どこまでも弱虫だった、水鶏とは正反対で、だからこそシズという油が注がれることによって、互いの関係に火が回った。


 陽動は失敗、晶氷と犬は消えた、麗と水涸は――。


 何もかも上手くいかない、華矜院がこのまま三世を支配するのだろう、澪の死んだ未来に、水鶏はシズと共に君臨する。


「やだ……嫌だよ」


 そうなれば、澪の大切な人は居場所を失う。

 麗を、槐を、寿を……彼等は殺すだろう。

 殺すくらいなら、――お前たちが滅びろ。


 初めて、澪の中に憎悪が回った。

 気持ち悪い、華矜院が、白が気持ち悪い。


 澪は短剣を握りしめた、その手を――。


「そう、逃げるなら逃げたらいいわ」


 水鶏は呟いた、走る澪は聞かなかった。



 麗は瞳を開く。

 赤い目が現れる、可憐な彼女の色白な顔の真ん中に薔薇の色が目を覚ます。

 隠していてはもう駄目なのだ、強くなると決めた、"終わりに近付くのだと"そういう気持ちで瞳から解かれた布ははらりと廊下の上に落ちた。

 ボケた視界の中を澪と麗は逃げた。麗は短剣ごと澪を引っ張り、逃げるように走り出した。水鶏の仕掛けた爆発物の爆ぜる音がして頭がくらっとしても、耳を塞ごうとせずただ逃げた。

 澪が引きずられながらも外へ出る方向を口で指示する、それに従い麗は角を曲がり、階段を下り、多数の華矜院とすれ違いながらも、その時は瞳を閉じ、白い髪を武器に攻撃される事なく出口へ向かった。


 いつかに白い部屋から抜け出したあの時のように、その扉はひっそりと待っていた。手を掛けて開くと、外は城内とは違い冷気と風に満ちていた。


「雪の匂いだね、今はその色も見えているけれど」


 麗が振り向くと、そこには赤い目があった。あぁ、これが彼女の呪いなんだ――と。

 澪は自身の髪を一房掴んだ。


 綺麗だ


「ボクは綺麗だ――」


 白い髪でなくてほんとうに美しい――。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。