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風已みて  作者: 秋風
埋もれ逝く世界の中で
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暖かな悲鳴

「あれ? 凪と槐はどこ行った?」

「さあ、さみいからな、あれだ、直ぐ戻ってくんだろ」

「か。にしてもさっきの銀色の、あれは」

「権能(けんのう)家のお人だ、あんな……」

「……勝利の女神が見えたってんなら、いいんだけどな」


 北側、陽動作戦の部隊はいよいよ作戦を開始する事にした。女や老齢の者、強い異能持ちは南に行った。こちらは陽動部隊なので、派手に暴れ目立つ者が多い方がいい、馬鹿でも役立てる適材適所な配置だ。

 いよいよ――楽園の人々は蜂起した街の人々と組んで華矜院に反旗を翻す――筈だった。

 けれど、それは一抹の夢と散った。


「なんで、だよ」


 本来ならば街の者の助力により見張りが抑え込まれ、城への進路が確保されている筈だった。なのに、北側の城壁を守護していたのは楽園の人々を迎え入れる仲間ではなかった。

 街人は安らかな暮らしに釣られ回収され、華矜院の軍隊だけが楽園の人々の前に立ち塞がっていた。

 間者により情報が漏洩していた。陽動作戦、なんてものはとっくに壊されていただけだ。


「大人しく縛に付け、そうすれば危害は加えん」


 華矜院の軍隊の中から武装していない白い衣の役人が前に出る、形式的にこちらに降伏を求める。由奈と真を心配していた中年組含め、周りの仲間はその申し出を拒否した。

 だってそうだろう――?

 数は同じくらい、こちらは健康的な者が多く、戦えば勝ち目があるかもしれない。陽動作戦でなくなったなら、白兵戦を仕掛ければいい。

 それで、良かったんだろう――?

 万が一、なんてものに保険を掛けていたなら、それが今で、今それをしなければならないという事。あくまで、これは自分達の意志であると唱えた。死を以て、死を。

 ――後は任せます。

 誰かが空に投げた。投げ出された言葉は雪となり大地に落ちた。

 ――引けば終わり、ならば突撃せよ。命を掛け殺されに走れ、仲間のため、無異能でも、馬鹿でも出来る適材適所――。


 桐生寿は言っていた。


「一人殺せ、そうすれば次の世界に逃げられる。殺せないなら殺されろ、そして死の間際にこう言え『人殺し』と」


 寿は優しかった、が、その裏で、何を考えているか解らない闇があった。知っていた。

 死なばもろとも。その提示の通り。

 ――行こうか。

 人々は申し出を唱えた役人を切り裂いた。

 もう、戻れないな。そんなから笑い、誰も幸せになんてなれなかった。



***


 東側、そこには晶氷も犬も居なかった。みな消えた。寿の計画は全て台無しになったのだ、残るものなんて何もない。



***


 南側、凍土の楽園の頭である寿は異能者や使える人間を引き連れ城へ向かっていた。

 北が兵を引きつけてくれている間に、こちらは城を素早く制圧する。それだけの計画だった、なのにそれだけの計画は破られた。

 寿が苦い顔をする、出来ればこうなる展開は生まれてほしくなかった。目の前に羅列された白い衣、手には槍、統率された軍隊に異能の部隊。

 やはり、街の人間は信用ならなかったな。

 苦味を齎す己の分析は時既に遅しなんて事は明白であった。

 ただ、軍隊の数はこちらに並行している、戦えば勝ち目がない、とは言い切れない。乱戦になってでも城へ向かうか、或いは、澪がシズにこう言うのを待つか。

『華矜院を皆殺しにしてください』と。その言葉が、楽に勝つ方法だ、手を汚さなくても、口だけで終わらせてしまえる。


 力よりも言葉の方が使える。寿でない者は、そう信じて疑わない。


 さあ、気付くか?


 私が何故、"      としたのか"を



***


「水涸クンが僕を? 出来るものか」


 非戦闘員の、一般人如きに何が出来る? 見れば武器も持っていない、黒服の、紳士調の青年が丸腰で立っているだけではないか。エイは視線をとりあえず水涸に固定したまま、七汐を抱き上げ羽交い締めにした。


「もし出来るなら、ほら来るといい。この子ごと殺すつもりじゃないと僕には届かないよ」

「ゲスが、今すぐ殺してやる」

「君は今はお黙り」


 少しきつく腕に力を込めてやると、衰弱した七汐はすぐに大人しくなった。エイの瞳は静かになった事で水涸に向く、かつて学生時代、一巡で共に勉学を学んだ友人。とりわけ仲の良かったといえる人物、運命とはわからないものだ。


「ウルワ、ごめん、私は優しくなんてなれなかったよ」

「優しさは慈しむ事だけが全てではない、貴方なりの優しさで、人を傷付ければいい」

「ありがとう、ウルワ――」


 水涸は力を使った――。ウルワの肌がかつての叫びを聞く。雪はざわめき、水となって流れ出し、火がなくとも、水涸の前に冷たさは存在できないのだと知らしめる。

 土が雪解けを迎えるように焼けていく、泣き叫んでいく、花々を咲かせる春を迎えるように、何十年として顔を見せることのなかった大地の根がざわめく。

 庭が出来る、雪のなくなった大地に花が咲き、さくらの色に世界が怯える。

 二夜で、水の中に飛び込めば楽になれると促し、壊れた人々を救ったのは水涸だった。死とは救いであると信じていた。

 救いであるならば、今自分が一番欲しいものはそれだ、しかし、水涸は死ねなかった。死に疎まれていた。


「私はウルワの居る世界を必要としている、二人して死ねるように、穏やかな世界を」

「ちっ、何を言っている!」


 エイが焦燥の剣幕で帯を放つ、何に怯えているのか、地が、雪が割れ冷気が慟哭したからか。白い世界が開かれて消えていくからか。否、そんな事で自分が畏れを抱くはずはないのだ。

 帯が操者の動揺を受け取り芯が撓む、水涸が力を放つと、帯の中の目が消えていく。


「キァァァ――!」


 死は幸せだ、暖かな春の訪れが来たように、瞳達の凍えた時も融解したのだ。

 帯から人のパーツがなくなっていく、解き放たれ、地へと染み込んでいく。水涸の微笑みが死者に手向けられる、安らぎの風が吹き、彼等は在るべき場所へ還る。

 人々が消えると、真っ黒な帯のみになったそれが先端から灰になっていく。血の滲んだ虐殺の異能が、春の暖かさのなか崩れていく。


「馬鹿な、君は一体何なんだ!」


 エイがこれ以上帯を灰にされまいと引き戻す、同時に――七汐はエイの顔を懇親の力を込めぶん殴った。二人は反対の方へ吹き飛ぶ、七汐は傷付いた腕を使い物にならなくしてでも己の手でエイを殴り倒したのだ。


「っはは、ざまあみろですね」


 使える足でエイを蹴る。反動で自分の血が飛んでいく、エイに降りかかる。


「貴方はきっととても残酷な死に方をするでしょう、その時に、惨めな悲鳴を上げて死になさい」

「はっ、形勢逆転で図に乗ったか!」

「っ、ふふ、貴方にやられたこの腕はもう二度と上がらない、けれど構いません、私の夢はもう叶ったのですから。天使は、天使は存在したのだ、人を殺したことの無い、オリジナルの少女だ」

「お前はわかりやすく狂っていたよ、僕が騙されるとでも思ったか!? 僕はお前を追って来たんだ、"お前こそが裏切り者だったのだからな"!」

「っ、はは」


 気付いていたか。嗤う。そう、七汐が、七汐こそが黒い外套を羽織り、あの日楽園の人間と会合していた間者だったのだ。それだけなら構わなかった、楽園の人々の情報を間者である七汐が華矜院に持って来ればよかったのだから。だが、根本的に違ったのだ。街の人間がいくら楽園の人々の計画を華矜院側である七汐に密告しようが、初めから無意味だったのだ。既にそこから番狂わせは敷かれていた。誰が何を密告しようが"元々七汐は楽園の人々の味方だったのだから"、行動パターンを情報として提供されようが、その情報は楽園の味方である七汐が華矜院に運ぶだけ、華矜院には間違ったように使われるに決まっている。


「普通気が付くだろう! 不正と犯罪を何より嫌う華矜院七汐が、最も悪辣な華矜院を標的にしない筈はない。馬鹿共めだ! 何も知らず踊らされて」

「貴方はお利口さんでしたね、私が華矜院を裏切ると知ってこの西側まで一人で来たのだから。一人で、何でも出来ると思っていたお利口な大うつけさん!」

「お前もやはり大概だ、性格が悪いよ」

「私だって怒りますよ、こんな目に合わされたらね」

「犬に殺させていたものが何を言う」


 エイは立ち上がった。


「今は退く、だが、次は殺す、例え僕が次の世界へ消えようとも、明確な殺意を以て」

「はは、会えたらね」


 灰になり軽くなった帯を絡める、誰も追い打ちはしない、憤怒の恨みに染まった金の瞳でエイは去った。


「ミズガレ、ごめんなさい、貴方の友達だったんでしょう? 私の言葉が、貴方に悪意を持たせた」

「違うよ、私はこれでいいと思ったからやった。さあ、澪を追いかけよう」

「……」


 七汐は黙っていた、少女に触れたくて、けれど腕が上がらなくて。


「これは私達がこちらの人々の憎しみを知らないから言えることだ、助けてくれてありがとう」


 麗は頭を下げた。楽園の人々が憎む七汐に、そして、瞳を開く、もう見えなくなってしまったんじゃないかという視界はまだ、薄ぼんやりだが目の前にあった。

 麗が視力がなくなる最後の日より既に前に、瞳を閉じている理由は怖いからだ。自主的に瞳を閉ざせば、まだ見えているから、という希望が残る。それに縋っていた、目の前から消えていくものを見ることもしないで、視界には、まだ生きた、大切な人々が居たのに。


「赤い瞳だ、華矜院は白い髪に赤い瞳だけは許さない。いかないで、君は殺されてしまう」


 七汐は麗の背に合わせて膝を折る。麗は七汐の頬に手を添える。


「貴方は私の目を見ても殺さないの?」


 血より、薔薇より赤い瞳が七汐を捉える。


「殺さない、愛しいから、私は……」

「貴方は、犯罪を嫌うと聞いた、殺人者を最も許せないと」

「そうです、私は一巡で見ました、家族を、大切な人を殺された者の悲しみを。悲しくて、心が空になってしまった人も居たのに、殺人者はのうのうと生きていた。許せなかった。許せなくて、殺した、たくさん、殺した」

「知っているんだね、貴方は貴方の痛み」

「……」

「ミズガレを憎まないで、彼も貴方と同じなんだよ、苦しんだんだよ」


 七汐は水涸を見上げる、優しそうな、温和な表情は先に見た、春の暖かさに似ていた。


「誰を、亡くしたのですか」


 殺した――ではなく亡くしたと聞いた意味。水涸は、目を閉じてから答える。


「親友を、亡くしました、殺した――そう言えるだろうけれど、彼は笑っていました、彼女も笑っていました、私に与えられる死で、幸せだと、笑っていた」

「死は幸せ、か」


 殺すことに正義はない、死んだものに幸もない。けれど


「ウルワ」

「はい」

「この汚れた世界でただ一人、人を殺した事のない君に会えた――私はもう、死んでもいいですよ」


 急がなきゃ。

 急がなきゃ、ほらもう、世界の終わりはそこにあるのだから。



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