滅びの詩
欲しいと思った。
だってエンジュにそうしたいと思ったんだ。
綺麗だと思った、だから奪った。血に塗れる事なく、十字の墓標に掛けられていたそれを目にした時、欲しいと思った。風に吹かれ音を鳴らしていたそれは、死ぬ前に見る青い海の色だったからだ。
チリン――チリン――と鳴いていた、それは、いなくなってしまった人を思う、寂寥な儚さを抱えていて、ほんとうに綺麗だった。
槐の首に手を掛け交差を結ぶ、温かい、生きている喉に手を掛ける。
この海の色を――。
「これって……」
「――王様の遺品」
凪が二夜の空から飛び降りた時、そうしようと思う一歩前に見えたものは青いペンダントだった。王から溢れ墓標に掛かった青色は、風に鳴かされチリンと揺れていた。
槐のストールは王を思わせる。だからこの海の色も似合わない赤に掛けたかった。凪は槐に王のペンダントを括り付けた。
「あの人はおかしな人だった」槐がペンダントを握りながら想う。「死にゆく世界の最後を見たいと言っていた、絶望に染まる預言に抗う事の出来ぬ人を、見たいと言っていた。清浄な世界に帰るその時に、自分がどれ程異物であったか知りたかったと言っていた」
「なんの話だ?」
「一つ、水は半年も持たない。二つ、食糧はそれより持たない。三つ、死病の蔓延が確実のものとなった」
「それは、ここの話か?」
「いいや、違うよ。一つ、世界は業を逃れようとした人が造ったものでしかない。二つ、目視叶わぬ最も高き塔の中に真実がある。三つ、世界に端があるのは世界が平面だから。四つ、禍神は既に二つ生まれている。五つ、近い内に世界人口の半分が死ぬ」
そして六つ――。
覚えておいてくれ――。
これは黄金に輝くあの草原に我らが帰結する為の道のりだ。
暗夜に沈みて、白花に埋れ尚高邁であり、蒼海の彼方に標を視たなら。
全てのものは涅槃に微笑み、彼の子は空へと繋げた梯子を跨ぐ。
時の流れに忘れられし最果にて弥終在り、糾え。
呪を寿を寧を綯え。
風已みて、凪の地に、水は穏やかに、麗らかな世界よ、神の元へ流れよ。
笑いたまへ。
――世界よ、あるべき姿に還れ。
「それ、は……」
「色のない君よ、どうか覚えておいてくれ」
アガミが言った。エンジュが言った。
色のない者へ。
それは、貴方の事なのだ、ナギ――。
槐は安らいだように笑った。
――ナギの心が、打ち震えた。
「見つけた、さあ、殺し合いをしよう!」
金の瞳が場を狂わせる。獲物が捉えられたら、後は食われるしかない。華矜院エイに見咎められた者は、帯の中の、悲しみの目と同じ末路を辿ることにしかならない。
エイは目の前の数人の人間に最早歪んだ形相を隠そうともせず見せつけた。興奮に顔を赤くし舌なめずりをする。秀麗な顔が崩れ、恍惚で酔っている。血が、悲鳴が聞けるのだ。女のものでなくてもいい、傷付け、己に許しを乞う弱者を踏みにじりたい。切りつけたい、殴りたい、殺してしまいたい!
エイの隣には一人の人物。先程合流した白い髪の人間。金の瞳に、横に切りそろえられた長い髪、腰まであるそれは後ろで一つに纏め結われている。エイも見てくれは良いが、この人物も高貴な雰囲気を隠すことが出来ぬように、一般的な人間とは一線を画していた。エイが整った顔立ちの美男子なら、この人物はまさに白の貴族華矜院、といった尊さや輝きがあった、ただそれをひけらかすことない落ち着いた態度が、表情から見て取れた。
「で、どうするのですか」
「殺すに決まっているよ」
エイは我慢してきた。『我慢』がこれ程快楽を生むことなど知らなかった。鬱憤を溜めれば溜める程期待と開放感が計り知れなくなるのだ。快感を最高の状態で昇華させる。性交にも勝る、その喜びようと言ったら。
早く傷つけたい。狂った瞳が狙いを定める――、殺してしまいたい、数人の人間の中の――白い髪の人間に目を留める。同じ色というそれだけで理由は十分だろう。エイは欲を解き放つように帯をその人物に向けて放った。
血にまみれ、悲鳴を上げるがいい。
「ナギ」
「え?」
「危ない」
神流が突如現れる。くるりと回って何もない空間から銀の長い髪が顕現する。突然の銀色に周りの仲間が悲鳴に近い声を上げる。天使――或いは化け物、そう顔に書いて絶句する。神流はそのような事に構わず、ナギの目線を指先に集める、それを指し示す。その先には、誰もいない。ただ言葉だけが紡がれる。
『ウルワが、またいく』




