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風已みて  作者: 秋風
埋もれ逝く世界の中で
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オリジナルの少女

「やっと見つけました、天使さん――」


 その少女は、天使と呼ばれるに相応しい白、確かに周りとは違って一種の精霊が存在しているようにも思えた。それが期待からの幻想であったとしても、美化にしても、確かに彼女は綺麗だった。


 探していた天使、それは彼女だと信じて疑わなかった。



 麗と水涸と澪の前に現れたのは、華矜院七汐だった。


「七汐さん……」


 黒い髪の、少年か少女か曖昧な澪が呼び掛けてきたのを無視し、七汐は天使だけに視線を注いだ。居心地が悪そうに彼女は足を引いた。


「君がオウサマを殺した少女ですか?」

「……」


 聞いてみる、彼女は答えない。不躾な質問であるし、答える義理もない。だが黙り込むというのは時に肯定となる、違うなら早々に違うと言えば済む。


 ――いてもたってもいられなくなった。七汐は天使(うるわ)を殺そうと突然踏み出した。

 一瞬だった。澪も水涸も対応出来ない、本当に呼吸をする暇もなくて、庇いに出る事すら間に合わなかった。

 麗は力に抗えず雪の上に押し倒される、冷たいと感じる間もなく七汐が上に跨り、逃がすまいと顔を近付ける。水涸や澪に寄るな! と放つ。寄れば彼女に何をするか分からないと脅し、静かになると、両腕を付いた間にある彼女の内面を真剣に詮索する。


「君……人を殺したか?」


 逆光に遮られた中にある金の瞳は訊ねた。少し近づけば触れてしまえそうな程近くにあるその声に力強さを感じ頭が熱くなる。答えねばならない――そう判断した少女は口を開く。


「……殺しました」

「ほんとうに? 私からすれば君は綺麗なままだ。本当の事を言ってみてください」

「王様を殺しました」

「一巡では?」

「一巡では……」


 澪が不謹慎ながらも答えを見守る、水涸は何を口にするのか分かっているらしく表情を歪めた。



 ――七汐はかつてこう言った。


『私は貴方達みたいな人殺しが大嫌いです、だから犯罪行為を行った者は全て死ねばいいと思っています。それだから、私は私の天使を探している、"人を  した事のない人間を探している"』


 人を 殺したことのない人間を探していた


 ――探していたのだ、この世に落ちた誰よりも美しい人を。天使を。


 それは限りなくゼロに近い、人を殺さなければ落ちる事が出来ない世界に人を殺したことのない人間が来られるわけがない。

 だが、来たのだ、それが彼女。

 たった一つだけある、世界を超える隠された方法で


「私は、自殺しました――」


 天使となった。


 他人を殺した事の無い無実の白が、だからこそ七汐には精霊のように映った。


 自殺者が二夜に居たという情報は現存していた二夜の時代にあっても一つも出ては来なかった、人殺しの中に自殺者など居なかったのだ、自殺してもそのまま死ぬ人間だけだ、だから二夜に落ちるにはただ単に自殺するだけでは駄目で、ある一定の条件を満たした者だけが二夜に渡り、一命を取り留める事が出来たのだ。

 その少女ただ一人がクリアした条件。

 その条件は常人には満たせない。

 その条件とは――誰も知らない。


「やっと、会えましたね――」


 七汐は愛しくなる。探していた天使が存在した、彼女の頬に手を寄せそっと撫でる。


「聞かせてよ、自殺した理由を」


 人殺しの国の中で人を殺していない唯一の、綺麗な彼女をずっと見ていたい、ずっと話を聞いていたい。雪の冷たさに震える彼女の背の下に腕を差し入れ抱き起こす、抱きしめる。

 二夜や三世で生まれた子供は確かに人を殺したことはない、けれど薄汚れている、血の中からもう腐敗している。

 だがオリジナルの彼女は違う、一巡で生まれた、人を殺したことのない彼女は誰よりも綺麗だ――。


「さあ、教えて?」

「……私は」


 話すしか開放されないだろう、ならばと麗は抱きしめられた状態で口を開く。


「私は病院でずっと寝ていました、体が弱くて、学校にも行けず、家にも帰れず、白い部屋の、四角く切り取られた窓の外だけが私の世界でした」


 麗の世界を、七汐は想像する。


「それでも、私にはお父さんやお母さん、お兄ちゃんが居た、仕事の帰りに、学校の帰りに会いに来て話を聞かせてくれる、だから私は生きていられた。でもある日言われたんです、何れ目が見えなくなると。ただ怖かった、お父さんやお母さん、お兄ちゃんの顔がもう二度と見れなくなるなんて……それだけは耐えられなかった」


 七汐は麗の瞳の包帯を取る、現れた真っ赤な色に一瞬戸惑うが、七汐は赤を嫌う華矜院ではないので、その瞳すら愛しく感じた。


「辛かったの。怖い……それだけが頭を支配して……だから私は」


 七汐はもう言わなくていい、と頷いた。


「二夜では?」

「二夜では人を殺しました……」

「オウサマをね、どうやって?」

「刺して……」

「それから?」


 威圧をかける。


「刺してからは……何も」


 彼女に言わせなければならな事がある、彼女はしらを切っている。


「いや、君がした行動ですよ」

「刺してから……飛び降りました、初めて人を殺したのが怖く――「嘘つきちゃんですね!」


 七汐は麗の話を断ち切った。


「オウサマは刺しても死なない人だ、どんな致命傷だってなかったように再生しますよ。それが君のような少女に刺されたくらいで本気で死ぬなんてありえません。――君は何を考えているのかな。"オウサマがまだ生きていると知り、飛び降り自殺をしてまでここへ来たんだ。"全てを知っていてね」


 ――水涸は息を呑んだ、麗は、一体何をしようとしているのだ。



***


 華矜院シズは左手を差し出した。その仕草は幾度か相手を切りつけたのと同じ、手を翳した時に丁度良い位置にあるからとそれだけの理由で首を狙う、人の命を摘むのに抵抗のない合図。事例があるからこそ未然に避けられる、羽鳥が体をずらすと、見えない力は羽鳥の体を過ぎ去り背後の壁にぶつかった。壁は拳程の広さで崩れ、欠片がぽろぽろと落ちた。


 華矜院シズには勝てない、それでもいいか――?


 勝ち目のない戦いだと言ったのに、音羽は聞かなかった。

 羽鳥は白衣を翻し反撃に出る、憎しみを込め、こちらも手を出しシズの体を握りしめるよう指を閉じる。羽鳥の手の中のシズは防ごうとも退こうともしない。


「そんなもの当たりませんよ」


 羽鳥は言葉を否定するようにぐっと腕を引く。破壊の異能はシズを砕く筈が全く別の方向にずらされ壁に激突する。巨大な音と共に瓦礫が城の外に飛び出る、憎しみに比例するよう空いた穴は縦横に1メートルはあろうかという大きさ。羽鳥は初めから本気しか出していない、出し惜しみすること無く、シズを殺す為なら何でもするような気迫で迫る。

 音羽は自分の出る幕は今ではないと探る、シズの異能の解析に頭を回す。シズの異能は解明されていない、首を切るのが異能なのか、攻撃を反らすのが異能なのか。得体の知れない異能を攻略しなければ必ずピンチが訪れる。


「貴方が医者になったのは親の存在があったからですか?」


 ――これから鞭を使います。と言うのと同時に質問する、どちらか一つにするのが普通だが、シズに普通は通用しない。


「そうかもしれないし、それが天職だったのかもしれない」


 シズは鞭を振るう、羽鳥が躱すと、黒く長い革製のそれは小気味の良い音を立てて床を叩く。優雅な花は更に鞭を振るう、獲物を捉えようと風を切って流れる。床に傷が付き、壁に亀裂を入れ周りを破壊する。一振りで建物が切断されるなど鞭では有り得ない破壊力だ、羽鳥が鞭に触れ白衣が切れたのを音羽は見てしまう、動揺しないと決める、解析の目を動かす。

 一つ。

 ――何かを透明にしておく異能。

 シズは今まで鞭など持っていなかった、突然現れたのだ。見えない何かを飛ばす力も、事実見えないようにしたものが飛ばされていたのかもしれない。

 音羽は最初に砕かれた壁に走る、銃弾のように証拠が残っていないか探すが徒労に終わる。


「なにをしているのですか?」

「いやね、貴方の異能が透明にするものなんじゃないかって」

「大嫌いな人間と同じ異能だったら、反吐が出ますね」


 シズが微笑みを模る。

 羽鳥が指を引く、またしてもシズに当たらないと虚仮にされ見当違いの場所に穴を空ける。


「ぐっ」


 羽鳥が苦鳴を上げる。音羽は冷静に解析を続ける。シズの鞭が羽鳥の左腕を掠めたのか血が流れている、かなり深く切れたらしく白衣を真っ赤に染めながら床に転げる。痛みに顔を歪めながらも膝を震わせ立ち上がる。あまりにも青ざめた顔、押さえた腕。


「っ!」

「……大丈夫さ」

「……」

「大丈夫だって」


 怪我をした本人より音羽が焦っているのが可笑しくて羽鳥は笑った。瞬間、ぼとりと腕が落ちた。


「ハトリッ!」


 たまらなくなり音羽は駆け寄る。


「君、やっぱりなんで人を殺したかわからないな」

「何言ってんだ!」

「君は、凄く」


 優しいな――、そう言おうとした時、シズの鞭が振るわれた。



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