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風已みて  作者: 秋風
埋もれ逝く世界の中で
69/82

終わっていく一つ一つの欠片

麗と水涸の事が気になって仕方ないまま凪は陽動作戦の任に出発した。麗達と一緒に行きたいという願いは計ったように寿に制された。「ならば槐は一人きりだな」という言葉に凪は抗えなかった。


 かつて由奈や真が亡くなった場所を抜け、初めて街を背にしたのと逆に進む。人の街に戻っていく。

 神流は背後におらず、気配もないのでどこかに行っているようだ。二夜の時のように肝心な所は一人でやれと放任主義を決め込んだらしい。この戦いが終わったら聞かなければならない事がある、ゆっくりと、時間を掛けて問い詰めなければならない。あの本に書いてある、両親を殺した相手を知る為に。

 さて、今の凪の隣には由奈や真を助けに行った時の中年組三人と槐が居る。槐の傷は生活に支障がないくらい回復しており、黒い突起を鞄の中に確かめ作戦決行の時を待っている。白地に青い模様のあの似合わないストールを纏った姿に、凪は一言言いたくなる。凪はファッションには気を使うので槐の雰囲気に合わないこんな色は――……と、そうではない、このような色合いのファッションをとやかく言う前に、その色を好む王が二夜に居た事を話してみたかったのだ。

 ――でも止めた。それより確認をしよう。凪は頭を切り替える。

 凪は数日前から槐と話し合い密かに訓練をした、同じ投擲の技術を持つ二人は的を狙い、立ち回りや連携を陰ながら練習した。

 凪の中に嫌な思い出が蘇る、思い出すのが苦痛だというように不快な感情が槐との訓練で呼び起こされた。以前より強く槐を意識するようになったそれに対し凪は『俺は槐が嫌いではない』と自己に植え付けるも、不快な感情は消えてはくれなかった。守りたい者であるはずの槐に、憎悪等抱こうはずもないのに。

 もしかしたら何か――本当に何か不快な相手ではないのか――


「そろそろだぜ」


 思考を中断させる声に振り返る。凪が命名したおっさん1(由奈と真を助けに行った時の仲間)が背後から声を掛けてきた。


「緊張するな」

「ああ」

「泰然自若な凪でも緊張するか」

「おっさんも声が硬いぜ」

「まあな、一世一代の大仕事だ」


 一世一代の大仕事は殺人だろ? と言う皮肉はあまりにも場違いなので仕舞っておいた。己の無神経さに、たまに凪自身も困ったりする。そして困った様子は見せず風の異能を使う、雪が開け音は静まった。


「エンジュ……離れんなよ」

「はい」


 次こそは守る。

 作戦開始の合図と共に、凪は不快を拭うように槐の首に手を掛けた。


***


 エイは歩く。黒い帯を巻き付け、自分の配属された方向へと雪を踏む。部下もつけない、己の身一つだ。

 やっとこの詰まらない世界に刺激がやって来た。

 少し前、エイはシズと話をした。


「こちらに、裏切り者が居る」

「知っていますよ」


 ならばよろしいと、物分りのいい生徒に満足するようにエイはシズを見定めた。そして口元が自然と横に釣り上がった。一気に高貴な男の顔が邪悪に染まる、歪な笑みを貼り付けたその形相はシズでさえ手中に収めるかのような暗黒の笑みだった。


「裏切り者が誰か、貴方なら知っていますよね?」


 エイは最早自分の邪悪さを隠そうともせずシズと対話する。意見を押し付け事実を引き出し、その事実に対してこの手を下したい。下種な思いにうち震える中には、オウサマや七汐に類似した、誰かを殺して快感を得たいという面影が孕まれていた。


「知っている、だったら何だ? まるでこれから殺すとでも言うような顔で」


 シズの目も鋭くなる。

 シズはよく城から居なくなる、居なくなるというより留守にしている時間の方が圧倒的に長い。雪の被らないコート、帽子、それらをエイは記憶している。シズは外ではなくどこか屋内に居る。エイは例えシズが華矜院を統べるものだとしても自身の傲慢さは無くさない。さあ、正体を現せ、そのように挑発し、煽るように視線を固定する。

 シズが一つ呼吸を置く、手を前に出す、この仕草は殺す予兆。一秒後、冷たいシズの瞳の中で血飛沫が上がる。――だから、エイは帯を取り出さなかった。

 最後まで自分の殺気は偽物で遊びだったからだ。


「はいシズ様終わり。すいませんでした、責任を持って裏切り者は僕が排除しますよ」


 初めから言葉の遊びでした、そんな風に邪悪さの抜けた笑みでエイはシズに誓いを立てた。シズもやはり殺意は最初からなく、好きにしろといった態度でエイから視線を反らした。


 エイに睨まれたものは不幸である、生きたまま、帯に食われて中で永遠に生きていかねばならないのだから。人殺しに抵抗のないエイは大量虐殺も厭わない。殺せない、などと言う世界の奇怪に縛られる事などエイにはないのだ。

 雪の中、済ました顔に舌なめずり。溜まっていた鬱憤やストレスが人間を食らう事によって発散出来る。こんなイベントを待っていた、エイはニコニコしながら帯を出す。

 まずは遊ぼう。

 エイが担当する区域は北側。

 北側は、今頃陽動作戦が展開されているだろう。



***


 西。ここには麗と水涸と澪が一番華矜院の目が少ないという理由で配属された。寿はこの時、実に奇妙で予言めいた言葉を付け加えた。『西側に行けば必ず良い事が訪れる――』と。

 根拠もなく出されたそれは策ではなくまるで占い師だ。言う相手が寿でなければ戦前の景気づけとも捉えられた、だが理知的な寿が占い師になったつもりで未来を幸運に任せる事など軽はずみにするはずが無い。何かある、水涸は不審に思い、しかし口を挟む事が出来ず不穏だけが残った。


「寿さんは何を考えているんだ……」


 つい空へと吐き出してしまう。澪と、澪の手を繋いだ麗が振り向いた。


「前も言っていましたね、水涸さんは寿さんが気に入らないですか? あんなに優しいのに、亡霊って言ったり、何故なんですか?」


 澪が聞く。


「あの人はここに存在してはいけない人なんだ……」

「どうして?」

「あの人は俺の親の友人だった。けれど……」


 水涸は言いにくそうに押し黙った、澪にはその続きがなんだか嫌な予感がする。ひやりとした悪寒が背筋を伝ってくるのだ、 口では言えない、何か霊的なものが隣を過ぎっていく似たような気持ち悪さ。やはり言わなくていいと止めようとした澪に対し、水涸はもう言葉を出した後だった。


「あの人はもう」


『――十年以上前に死んでいる。』



「……死んで、いる」


 澪と麗の繋いだ手が解けた、だらりと垂れ下がる。本当に霊的なものだった、予感が的中した事が余計に澪の神経をひやりとさせた。


「桐生寿さんは十年以上前に自殺した。もう生きているはずがないんだ……」

「じゃああの人は……!?」

「亡霊だ、死者が居るんだよ。若い頃のあの人と今のあの人は同じだ、笑い方も、優しそうで、だけど知的な顔も。歳をとっているから亡霊とは少し違うのかもしれない……けれどあれは確かに寿さんなんだ、死んだはずの彼なんだよ。俺は見ているんだ、彼の亡骸を、だから……わけがわからない、あの頃と同じように接してくる寿さんがわからない」

「なにかの、異能……?」

「異能は一巡にはない、寿さんは一巡で亡くなった。誰かが寿さんを蘇らせたのだとしても、何故、今この場所であるのかが腑に落ちない……」

「じゃあ、彼は何なの……? 何を考えて人々を導いているの?」


 水涸には答えられない。答えられっこない。


「生きている頃、彼には遊んでもらったりした、ある兄弟と一緒に」

「兄弟が居たんですか?」

「ああ、それは」


 またしても水涸は澪を驚かしてきた。

 それはまさかの名前。


「華矜院、シズ――!?」

「ああ、華矜院シズと俺は兄弟のように育った。同じ父親の元、本当の子供ではない者同士で」


 驚愕の事実だった。華矜院シズは三世の王、人を殺すに躊躇いのない白い華が水涸と暮らしていた事があった。澪も聞いたことがなかった、そして、水涸の口からは澪の評価を裏付ける証言も伺える。


「シズは俺と同い年なのにいつまで経っても子供っぽかった。10歳より前には既に一緒だったがな、それから14歳にもなったのに、白くてフリルの付いた可愛い服を着てな、フードに付いたミミをぴょこぴょこさせながら義父や親友のユウヒにべったりくっついていた。俺が義父と親しくするとぷーっと膨れて遠目から見ていたんだ、嫉妬しているんだなと思ったら可愛くて、なるべく義父を取らないようにと心配性な義父の親心を全て断っておいた」

「しずちゃんってやっぱり子供っぽくて嫉妬深いんだ」

「だな、今噂されている華矜院シズは俺からすればそれこそ別人だ。兄弟として一緒に居たからわかる、あの子は可愛い子だ、愛情も知っている。だから、当時義父の親友であった寿さんを憎悪する理由も解らない、あんなに遊んでもらったのに……。全ては、ある日を境に壊れたのかもしれない」

「ある日って?」

「それは、俺の口からは言えない。正直、だから今のシズには会いたくない、14歳で別れて、居なくなって、今やっと「大きくなったね」なんて言えないよ」


 それに、水涸には恐怖があった。赤い目の麗を絶対に華矜院には見せてはならない。赤い目は、白い髪に赤い目だけは華矜院は許さない。殺される、いや、瞳をくり抜いてから殺される。或いは殺さず目だけ潰して拷問するかもしれない。

 槐もそれだから赤い髪を隠している。

 だから水涸はシズより寿につくしかない、安全な場所はどこかと考えると、死者であっても寿の傍らに定着するしかないのだ。


 ――その時人の気配がする。三人は話を止め身構える。

 死者の予言、それは果たして――幸運をもたらすのか。



***


 七汐は帰ってこなかった。野菜を買いに行って、そのまま城に連れていかれ決戦の日まで情報を吸い尽くされた。だから三人の家には音羽と羽鳥しか居ない日が続いた。そして、続かないものもあった。


「物悲しいな」

「ああ」


 二人は片付けを終えダイニングに集まった。もう直ぐ誰もいなくなる。生きた証を全て拭い取られたように空になった部屋に扉が被さり、この家であった出来事が全て過去になった。今生の別れという言葉が、二人の傍らに寄り添っていた。


「あいつのものはどうした?」

「そのままだよ、なんだかよくわからない紙もそのまま」

「そうか、なら、行こうか」


 音羽がコートを羽織り、羽鳥が廊下を出て、二人して玄関を出て、寒い息を吐きながら外から鍵を支ける。静寂。鍵を仕舞い歩き出せば、もう戻れる場所は無い。

 三人の家は視界から外れる。今日この日がずっと脳裏にあった。反乱が起き、どちらかが勝って負ける運命の日に自分たちの別れも重ねることを、羽鳥は望んだ。

 音羽がある物を羽鳥の白衣のポケットに入れる。固くて冷たい、願いを叶える道具だった。


「いいのか? これはお前の切り札だ」

「いい、お前に使ってほしい」


 羽鳥は彼の思いに強く頷くと、こぼれ落ちないようにしっかりとそれを奥に忍ばせた。

 ――七汐、お前の望みは叶えられない。

 二人は横に並ぶ。

 ――何故なら、お前の集めた名前から先に自分達は消えるからだ。


「あ、ホワイトボードの名前消し忘れた」

「いいさ、それくらいは自分で消すだろうよ」


 「だな」そう言った音羽と、無言の羽鳥は笑った。雪の中へ消えていく二人の会話は何時までも続いた。


 全てのものが、長くは続かないのだと、そういうように終わりへと向かっていく。

 


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