それぞれの道
今宵もまた書は刻む。
自動で綴られていく文字は黒、インクが一文字一文字形を浮かび上がらせ、下に進むに連れ全体像を顕にしていく。
『この戦は救世主による予――』そこで本を閉じる。
読まなくても解っていた。
凪が異質だと踏んでいるように神流の本は実のところ異能ではない、異能ではないが、言葉として書かれた事象は現実となる。予言書、と言うにも実は曖昧で、その理由として本当は
"神流自身が文字を書いているのかもしれないのだから"
『白い花に埋もれ逝く世界。やがて、滅びる、冷たく、美しく、誰もいなくなった地に、最後の人間が眠る――』
神流は綴る。誰のものかも知らぬ黒い文字を。
と、そこで隣から声がした。神流は振り向いた。
「寒くないの?」
白く長い髪が解かれ月に照らされていた。神流は答える。
「寒くはないよ、君こそこんな雪の中薄着でいたら寒いでしょう」
「うん、確かに寒い」
寒いと言うように肩を震わせながらもわざわざ人目を忍んで会いに来てくれたらしい。短い付き合いだが、話し相手としてはよく場を設けていた。神流は瓦礫の椅子の隣を空け、おいでと手を動かす。
「どうしたの?」
「ん、いよいよなんだなって思ったら」
「君でも怖いって思うんだ」
「うん、怖いよ」
そう言って隣に着く。こうして弱音を吐くのは非常に珍しい。どれだけ他人の親切があろうと内面を吐露するような性格ではないのだ、気丈と冷淡の中で何かに迷い、迷うような決断が近付いたからこうしてけじめをつけに来たのかもしれない。
「もうすぐ華矜院と戦うんだって」
「そう、それが怖いの?」
「違う、怖いというのも違うかもしれない。もしかしたらもっといい未来があったんじゃないかという、未練、たくさんの選択の中から、"一番いい未来"を選べなかったかもしれない、自分が怖い」
「……やめる?」
「やめない、殺すよ」
「やっぱり決めたんだね」
「ううん、最初から決めていたよ、二夜にいる時から殺したかった。約束したでしょ? 殺すよ、殺すように――なっているって貴方は知っているように」
神流を揺さぶるろうとしているかのような言葉も、神流の横を通り抜けるだけ。
「殺す人を教えてくれてありがとう」
変わらない神流の顔に微笑む。神流も笑う。
孤独に進む、これは、人から糾弾される二人が決めた、我儘な道だから。
***
凪は一人考えた。平和になればそれが終わりになる。穏やかな世界が続く前に親しい人はいなくなるだろう。
神流の言った通り二夜の先には三世があった。まだ三世を知らない頃から、神流は二夜には復讐相手は居ないと言っていた、事実だった。初めて凪が殺した一巡の人間も、神流がそう言ったから何も考えずに殺した。事実確認なんてしなくてよかった、だって神流の言う事なら外れはないのだから。
よって両親を殺したものは二夜から三世へと渡ったのだと確信出来た。もっと先、と神流が言ったように世界を超えて今こそそれを実行するのだ。
果たして両親を殺したのは誰か――。
憎くて憎くて仕方ないのなら、"顔を見た事がなくても嫌っていても不自然ではないのだ"。
あの日病院で天使は言った『復讐、したいだろう?』
「俺は……恐らく犯人を知っている」
第六感が告げた、お前は、犯人の顔を忘れているだけなのだと――。
***
水涸は寿に会っていた。彼を前にすると懐かしい感じがした。当たり前だ、色々あったのだから、それは死にたいとか、そういうマイナスな方向にではなく、ちゃんと生きていきたいというプラスになるような、思い出を作ってくれた人の一人だからだ。
「何故シズと和解出来ないのですか?」
黙り、一呼吸置くと寿は無理に重くなった口を開く。
「無駄だよ、私は嫌われている」
「嫌われる理由がない」
「殺されても仕方ない事をしてしまったんだよ」
「なら、シズとは華矜院や楽園の人々の持つ確執関係なしに、個人的な因縁があるわけですね」
「だね……」
嫌なところを見抜かれてしまったなと同時に、今のが水涸の誘いであった事に勘付く。
「なら謝ればいいじゃないですか、そうすれば澪が居なくても貴方ならシズを説得出来る」
「無理だよ……」
何度も否定する度寿は傷付いたような顔になる。深い溝を作ってしまったのは自分なのに、元に戻せなくて辛くなるような。
水涸には分からなかった、桐生寿と華矜院シズは元々仲が良かったのだ、どこで何をして、殺し殺されるような関係になったのか。
今聞くべきか――いや、と水涸は思考を払った。寿程の人物が、無策で諦めだけを口にするものではなかったからだ、色々と試行して、そして諦めたのだろうから。
***
澪は麗の部屋を訪ねていた。彼女を守るためにシズと話をするのだ、水鶏やエイともまた対峙する可能性にも負けたくない。
「澪がシズさんを説得出来れば、それで華矜院はおとなしくなるんだってね」
麗はどうしてか冷たく感じる時がある、今もそれだ、優しい彼女は彼の模倣。
「なるかもしれないし、ならないかもしれない。華矜院シズは周りに崇拝されている、神の言葉のように何の疑問も持たず人は従うかもしれない。けれど自分達の城も、身分も、優位な立場も奪われるかもしれない神の声を無償で聞くわけも、またない。そしたら華矜院シズは周りを皆殺しにする、その殺戮を自分が作り出してしまうのが怖い」
「服従か死か、か。相手がやっていた事と何も変わりないじゃない、殺したら殺される、それと変わりない。支配をしていた者が排除される、歴史上にも珍しくないよ」
「麗ちゃんは華矜院を殺してしまっても構わないって思ってるんだね。あのお兄さんは」
「ミズガレはなるべく人を救おうとするね。自分の犯してきた罪を償うように献身するよ。そういう人を私はもう一人知っている。そういう人は、どんな相手ともなるべくよい道を探そうとする。言ったって無駄だよって事を、それでもするんだから」
珍しく冷たい麗の方が悲しい口元を象った。
「あのお兄さんは華矜院相手でも悲しんでくれるんだね」
「だね、今も寿さんに話に行ってるかも。もう溝は埋まらないのに、分かってるのに探そうとする。きっと彼は澪についていって、シズさんと話をしようと行き着くよ、それが出来る範囲で一番最善の手だろうから」
「じゃあ」
澪は勘付いて麗の手を取った。
「麗ちゃんはボクと一緒に来てくれるんだね」
水涸が澪についていくにあたって一番心残りなのは麗の存在だ。水涸を迷わせないために、麗の取る行動は一つ。
「寿さんもこうなる算段があったろうから、当日私達は一緒に行動するよう説明されるよ。だから、宜しくね、澪」
「うん」
麗がついてきてくれるなら心強い。それだけで澪は勇気づけられるのだ――誰かの、意図の元。
***
「ッ!」
酷い汗と共に寿ははっとして目覚めた。暗い部屋、悪夢を見た後の煩い心臓を止めようと胸の周りを握りしめる。
「また……、か」
終わらない夢に苦しみ、いつものように助けを求め額を抑える。もうこれで何年目か……、いつもいつもあの日からずっと見続ける。
大切な人を守るためにと判断した、結果他人の命の消失となって背に伸し掛かった。何人もの命が自分の所為でなくなった。
あんなもの見なければ、あんなものさえなければと、ずっと後悔している……。
寿は耐えられぬ苦しみに拳を握りしめ、いつものように強い心で自身を律した。
こんなにも苦しい、けれどやらなければならないのだ。
巨大なワニのような大口に噛み砕かれる夢、いつも見る。爬虫類のような大口に襲われる。食われる――という瞬間に目を覚ます。
「人を救いたい――」
唱えるのだ。
「人を救いたい」
そうする事で、彼の呪いが一層重くなる。気付かない、誰も彼が孤独だなんて聞かせてくれないのだから。




