最後の仲間2
一つ、凪には疑問が生まれた。麗も幸乃も由奈もそうだったが、晶氷もとても人を殺したようには見えない。大人しく奥ゆかしい佇まいは華矜院でありながら桐生家のように落ち着いていて、白い着物と腰まである長い髪が中性的な美しさを醸し出す。動物を慈しむ瞳は優しく、交渉の最中も意見を押しつけたりせず逆に穏便に迎え入れてくれた。
つい聞いてしまう、貴方は一体誰を殺したんだと。晶氷の隣の狼が唸る、晶氷が頭を撫でて宥める。
「お主は七汐を知っておるか? それと同じ事だよ」
七汐という、犯罪者を嫌う白い血族の存在はよく知っていた、何せ最近戦ったのだから。だがそれと同じ、という殺意の理由までは知り及んでいない。聞く、聞いていけと言っているように思えたからだ。
凪は頷く、晶氷は狼を撫でながら語る。
「七汐は犯罪者が嫌いだ、極度の正義感と潔癖さが、奴を殺戮者にした。奴は一巡で大量殺人を行った、穴の中に閉じ込められた重罪人共の頭上から、毒を落としたのだよ」
「それは」
「もがき苦しみ、死にゆく犯罪者共を奴は笑って見下ろした、消える事等、奴の正義感と達成感の前では些細な事だったのだろう。今の奴は、その日の薄ら笑いを浮かべたままの悪魔だよ」
「その、悪魔と同じって事はあんたもよっぽど……」
「いや、ワタシが殺したのは二人だけじゃ、二夜と三世へ渡る分だけのな」
晶氷は狼の頭の毛に埋まっていた指を退かす。
「ワタシが人を殺した理由は至極単純、仕返しの結末じゃよ」
恨み、憎しみ、悲しみ、怒り、復讐という連鎖は最も単純な古来からの法則だ。それは晶氷の心にも凪の心にも悪意として収まっている。
「ワタシはこの通り犬や猫、狼であれ動物が好きであった。一巡で一時期動物に酷い仕打ちをする事件が相次いで起こった、あんな可愛らしいものを痛めつける人間を、ワタシは本気で殺してやりたいと思ったよ」
「だからそいつを殺したのか」
「いや、そいつは殺さんかった。そいつは探し出して罰を与えてやった」
晶氷が何か不快なものを見たような顔になる、記憶の中の殺したい程殺意を抱く相手を思い出したのだと、凪はその時は理解した、だがその理解は次の話で誤りであったと気が付く。
「尻尾を切られた動物の事件を覚えておるか?」
「ああ、一時期話題になっていたが、そのうちぽつりと聞かなくなった、あんたが罰を与えていたからなんだな」
「ああ。犯行現場を抑え、そのまま犯人を連れ去ったよ、華矜院の力を使い、監禁して、ゆっくり罰を与えてやった。尻尾を切り取るならば、ワタシもこいつの尻尾を切り取ってやろうと思った、最初はそれだけじゃった、だが、後にワタシは罪人に罰を与える事に愉悦になっていたのかもしれない」
「それが、七汐と同じって意味か」
「尻尾の犯人には、尻尾がなかったからの、性器を切り落としてやった。切り落とした男の性器を、男の口元に押し付けた、逃げることも出来ぬよう縛り上げていた為、口を閉ざして必死に拒んでおった。ワタシはペンチで肉を引っ張ってやった、悲鳴を上げおるから、その間に性器を口の中に突っ込んでやった。自分の切り取られた性器を咥え、酷く屈辱的な顔をしておった。屈辱的なだけなら、まだ生きている、それだから、ワタシは食えと言ったのだ、それを食わねばペンチで肉を引き千切ると言った。うんうん頷きながら僅かな顎の動きで誤魔化しよるから、本当に肉を引き千切ってやった。奴は叫んで性器の先を食った。写真も撮った、男の性器を咥える写真じゃ、それをばらまいてからそいつも逃がした」
凪は言葉を失う。被害に遭った動物と同じ痛みを与えようとしただけ、それが無残で酷くて、また報われなくて、やった方もやられた方も、被害にあった動物も全てが虚しく思えた。
犯人の命まで奪わなかったのは、晶氷が七汐とは違い人を殺してはならないという、人としての一線だけは超えるつもりがなかったからだろう、いくら殺意を抱いたとしても、痛み以上の報復まではしなかった。七汐は人の道を外した、そこが二人の違い。
「火をつけた奴には同じ様に顔に火を点け頭髪も全て焼いてから医者へ送った。金槌で殴った奴には同じ様に腕を指先から叩いて肩まで渡った」
そうして、仕返しをしている間に晶氷は愉悦を感じた。痛みを与えるうちに麻痺してしまった。
そんな中晶氷にはどうしても許せなかった事がある。動物を虐待し、そのまま殺してしまった者達だ。同じ痛みとは死を示す、それだけは出来なかった。悔しくて監禁して拷問したが、気分は晴れなかった。
ならば晶氷は一体誰を殺したのか。
「いつの日か、こうなるのは分かっておったのだ。今まで仕返しをして来た者達が、同じ様にワタシに仕返しをしにやって来た。そして殺した、殺してしまったんだ、事故であってもな」
それが、晶氷の動機と殺人の真相だった。




