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風已みて  作者: 秋風
埋もれ逝く世界の中で
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最後の仲間1

 いよいよ蜂起の日はやってくる。

 着実に準備を整え華矜院に戦いを挑もうという凍土の人々は武器を握る。勝利を勝ち取り、街を手に入れ、全ての人が追い出されることの無い平穏な街へと改革する。

 誰かは死ぬかもしれない、互いに殺せない立場とはいえ武器を握れば誰かを傷付ける。だが限りある資源と埋もれ行く楽園をもう見て見ぬふりは出来ない、犠牲の上に平和を立ててでも成し遂げねばならない事がある。雪が確実に楽園の領土を奪っていっているのは明確、その先に自分達が住まう場所がなくなる事実は周知。刻々と差し迫る死を回避するにはこうするしかない。これは生死を掛けた戦いなのだ。

 凪もそれに協力する所存に落ち着いた。正直なところ華矜院の犬になろうが働かされようが麗や水涸に被害がないなら何でも構わなかった、もし円滑な生活が約束されるなら寿についていかなくても華矜院の元で働けばいい。だが、麗が殺され掛けた事実が凪を決定的に華矜院側から離反させた。

 気が付けばこうして寿と共にとある重要人物を説得しに向かっている。その人物は楽園の人々とある因縁がある、とてもデリケートな問題の中心人物であると寿は説明した。

 寿は迷う事なく雪原を進んだ、雪が斜めに叩き付ける中を続いて凪も進む。やがてある洞窟の前に立つ、ぽっかりと口を開けた暗闇を前に凪は思い留まる。


「やっぱ無謀じゃねぇの?」

「大丈夫だ、話はつけてある、いきなり襲われるという事はない」


 とは言われても凪は半信半疑に暗闇を覗く。


「相手も人間だ、話は通じるよ」


 隣から声を掛けたのは水涸だった。彼が言うなら何故か安心してしまう凪。珍しく同行を命じられた水涸は麗を子供達に預け、だからこそ気兼ねなく寿と共に同行した。

 グルルルル――。

 獣の唸り声がしたような気がした。凪はビクッと反応する、あの惨劇を思い出した、暗闇の中にあいつらがいるのかもしれない、恐ろしい牙を持つやつらが……。

 足を下げる凪の傍らを寿が抜ける、異能も使わず暗闇に飛び込むそれは正気の沙汰とは思えないが、凪も意を決して足を踏み出す。

 洞窟の中は狭く二人並んで歩くのが精一杯だった。明かりのない黒の空間を寿が用意した小さな蝋燭の導きで進む。靴音の反響する音と風の音。天井には氷柱、気を付けてと寿に注意を受け凪は屈む。冒険心に火がつくという事はなく、むしろ真逆の冷えた思いで心臓がやかましく騒いでいた。襲われるのではないかという不安、もし、今闇の先から獣の奇襲を受ければ助からないだろう、一発で押し倒され牙を突き立てられる。想像すると怖い、由奈や真の死を必死に振り払い、駄目だ駄目だと凪は弱気な自分を叱咤する。水涸の裾を掴みたいが見栄を張る、見栄を張っていた経験が近い過去のうちにもあった気がする。

 やがて、ぽうっと凪達の前方から蝋燭の明かりが人魂のように揺らめき近付いて来るのが見えた。


「ッ――」


 凪は異能を構え気を張り詰める。

 火のゆらめきは上下に動いて手にしていた人物が静止すると水平に安定する。灯りが洞窟内部の四人の顔をそれぞれ映す。

 向こうはこちら三人を、凪は、最初に印象付けられた長いまつげから顔の作りを確認した。

「よくきたの」声は伏せられた瞳と同じ様に中性的で物静かであった。「奥へゆこうか」言葉の終わりにその人が翻えしたのは、一巡の桐生家が好む着物という衣装の袖。真横に切り揃えられた前髪の下でもう一度おいでと目と口が動く。案内人として蝋燭立てを目印としながらその人は先頭を進む。長い後ろ髪が着物に掛かり、火のオレンジを美しく反射する。このような反射の仕方は恐らく白い色の髪であったからだろう。


 

 凪達が案内人について行くと細い通路から一転して広い空間に出た。案内人は部屋に帰ってきたように暗闇の中でも構造を理解しているらしく、蝋燭立てを腰までの高さの突き出た岩の上に乗せ、もう一つ蝋燭立てに火を移す。強くなった二つの照明が辺りを一気に映し出す。

 ――瞬間、凪は悲鳴を上げかけた。

 体中から汗が吹き出すような恐怖、心臓が跳ね上がり、逃げなければ! と反射神経が極大に喚く。異能を発動し、風をまとわりつかせ水涸を守る。二人の周りには無数の光る金色が点在していた。光るその玉の中には鋭い瞳孔があり、それが凪達を集団で捉えている、群がるように、互いを温め合うように腹這いになり脚を弛めている無数の塊、地面をところ狭しと塗りつぶす毛玉の群れ。

 ――犬だった。

 三世で怖れられている、人を襲う野犬の巣窟に二人は立っていた。

 中には野犬より体が一回りも二回りも巨大な獣が二頭存在した、神々しいまでに立派な毛並みと雄々しい顔の造りは、凪にとっては図鑑でしか目にした事のない、狼だった。


「華矜院晶氷(かきょういんしょうひ)、見ての通り獣と共に生きるものだよ」


 怯えきった凪に説明する寿の声は獣を刺激しないよう抑え込まれていた。


「私達は野犬に何人もの仲間を殺されている、だから、デリケートな相手だと言ったんだよ」

「……」


 由奈や真の最後が目に焼き付いている。犬に食われ、無残に死に果てた。二人の肉が目の前の犬の腹の中にあると思うと血が凍りつく。このような思いがやがて怒りを呼び起こすだろう、だからこそ寿は楽園ではまだ仲間意識の薄い凪や水涸を連れてきたのだ。


「生きるためだ、彼等に襲われるのは仕方がないと私は思っているよ」

「ああ……」


 凪は寿が言わずとも相手が犬だから許した、許すしかなかった。人間だったら絶対に許してはいなかっただろう。知恵がある者は考えて行動する、だから人を殺すならそれは悪意、同じ知恵からなる感情で憎しみを抱き、わかり合うことは二度とない。だが犬は知恵ある人間ではない、獣としての本能で餌を求めているに過ぎない。

 こういう心理が働くことを見抜いていたからこそ寿は交渉に踏み切った。仲間が野犬に襲われたとしても、その悲劇を野生の生存本能と思わせ、思うしかないように狂わせ、晶氷と手を組む。楽園の仲間は割り切るしかなくなる、相手は動物だ、だから殺さず憎しみの気持ちを強引に押し込み、協力する。

 そこまでは交渉相手の晶氷も読めていた、だがその先に――もし人間側が犬を憎むあまり殺してしまっても、事を成し遂げた後になら犬の命くらい軽く片付けられると寿が算段していた事は、穏やかな顔からは予測出来なかった。

 晶氷は「ワタシが居る限りこの子らはそちらに危害を加えることはない、さあ座りなさい」と話を切り出す様子を見せる。そろそろ交渉を始めようと、晶氷も二頭の狼が寄り添う間に自らの体を埋もれさせた。


「華矜院であるワタシに華矜院を抑える手伝いをしろと申します、その見返りは?」

「私達が街を制圧した暁には、獣達との共存を約束する」


 いよいよ晶氷と寿の交渉が始まった、凪と水涸は黙って聞き入る。


「許せるのか? 仲間を食い殺した犬達を」

「許すしかないようにする。憎しみの払拭は難しい、だが私は犬に手を出した者は厳しく裁く、逆に人に危害を加える犬にもそれなりの罰を与える」

「では具体的にどう共存する?」

「まずは獣専用の区域を用意する、そしてゆくゆくは飼い犬のように一つの家庭で一匹を養うようにする」

「出来るわけねーだろ」


 話の腰を折ったのは無意識に反応してしまった凪。寿の痛い視線が刺さり、横から水涸が「こら」と叱り、凪はあっと気が付いて申し訳なさそうに体を縮める。


「"出来るわけがない、しかし不可能ではない事"を唱えねば新しい未来は開けない」

「そりゃ、そうだけど。ペットみたいに懐くと思うか?」

「安心しなさい、可愛いものじゃよ」


 晶氷は晶氷だからこそ可能とする犬を撫でる手付きと共に愛おしそうに犬を見詰める。それは犬が、動物が愛しくて可愛くてたまらないといった、一巡のペットを家族とする者達と全く同じだった。


「可愛いっても……そんな簡単に受け入れる事はできねぇよ」

「この子達は餌が欲しいだけだ、人間が餌をくれると知れば人間を襲うことはなくなる。躾ければ覚える、頭の良い子達じゃよ」

「そっちはまぁ、そうかもしれないが、人間の方の気持ちの問題だよ」

「それは人間が妥協するしかない部分であり我慢するしかない部分でもある、いずれ変わっていけるというなら、ワタシ等は信頼しあえる可能性に賭けて最低限譲歩するよ」

「んー……」

「君は案外人の心情を重きに考えるのだね」


 寿の意外だといった分析に凪は頭を掻く。


「二夜でもオウサマに向こうの国とも仲良くしろって言ったけど、別に人の為じゃないよ」

「それでも嬉しいことだよ、他人の事まで考えてくれているのはね」

「いや」


 凪は照れくさくなったのか反論が面倒くさくなったのか寿に言わせるまま終わらせた。


「冬が、厳しくなるのう」


 ぽつりと漏らしたのは晶氷だった。


「永遠の冬眠をする前に、ワタシ等も人と生きたいのだよ、クソの華矜院を引きずり落とし、過ごしやすいよう変わりたいのだよ。憎たらしい男も城におるしでの」

「憎たらしい?」

「こちらの事情だよ。ワタシは御覧の通り華矜院であるが、まぁ気にするな、そちらがその気なら、共にゆこうか」


 どうやら、最初から晶氷は華矜院制圧と楽園の人々に協力を惜しまない所存であるようだ。晶氷が賛成するからには周りの犬達も? と凪は何故か気持ちの通じない犬の答えまで想像してしまうが、不思議と犬からも晶氷に異論はないと唱えているように感じた。

 交渉等と難しい駆け引きをせずとも共存は選べるようであった、決起の日にちと計画を寿は晶氷に伝え、晶氷と犬と狼は凪達の味方についた。


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