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風已みて  作者: 秋風
埋もれ逝く世界の中で
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けれど明日は

七汐が目覚めて台所に出た時には二人は既に居なかった。

 羽鳥と音羽の話が耳に残る。全て聞いていたわけではないが、聞き耳を立てずとも静寂は音を運んできた。

 三人がよく談笑するテーブル、そこに手を添える、ここで羽鳥が音羽と約束した。

 こんなくだらない理由の為に――と、激情を吐き出し、音羽が答え、そのまま静かになった。羽鳥の復讐先の人物を七汐は守ろうとは思わない、例え同じ白い髪を持とうとも。

 指定位置に椅子を引いて腰掛ける。そろそろ自分の行き先についても検討しなければと思う。

 天使の存在、反乱分子の掃除そして対立、雪は止まずこの世はやがて白に埋もれる、滅び。


「おはよーさん」

「おはようございます」


 思考の最中とは知らず音羽が七汐に気怠い挨拶を放つ。七汐は挨拶を返してから音羽に思考の一端を握らせる。


「この世界はいつまで保つと思いますか」

「あ? 朝からなんだそれ」

「答えてください」

「……あと数年。そしたら雪に覆い尽くされて誰も住めなくなる」

「私達は待っていました、雪を消せる都合のいい異能を持った誰かを、それだけが埋もれゆく世界での唯一の希望だった。だが、数年のうちにその誰かは現れるのか、又は人の力に関係なく世界が気分を変えてくれるのか。私は、そのどちらも有り得ないと最近思います。そろそろ死ぬのです」


 誰も考えたくない事を七汐は口にしてしまった。こう言ってしまえば死からは逃れられない。


「だから――おれや羽鳥を殺そうってか」

「違います、逃げればいいのです、貴方は一番よーく逃げ方を知っているでしょう?」


 瞬時に音羽に殺意が宿る、厳しい顔になったのを見て七汐は雰囲気を壊す。

 

「美味しいもの食べましょ!」

「は?」

「美味しいものを食べて、お腹が膨れたらトランプゲームしましょ。三人で――」

「現実逃避かよ」

「……私はただ貴方達と一緒に居たいだけです。音羽さん、ハトさんを起こしてきてください、くれぐれも寝起きを見たりしたらいけませんよ? 私達よりしっかりしているハトさんが未だに白衣に着替えていないなら、それなりの事があったのです」


 身に覚えのある音羽はふざけたりせずハト呼ばわりもしない。


「羽鳥が仕事に行くと言い出したら?」

「駄目です、今日は医者の勤務はなしにしてもらってください。私は街に食材を見に行ってきます、敵意のない私にならきっと凍えた大地採れたての野菜をくださいますよ。肉は貴重ですが、少し分けていただきましょう、他には」

「無駄にはりきってんな」

「はい、だって料理対決しますから、貴方達二人を今度も負かしてさしあげますよ」

「え〜またあれやんの? おれ料理とか得意じゃないしハトちゃんもその辺まるっきり駄目だからさぁ」

「そんなんじゃ二人になった時どうするんですか? 今日日料理も洗濯も育児も出来ないなんて」

「何故育児が入る!?」

「お父さんだって育児を手伝わなきゃ」

「いや、おれ育児とかぜんっぜん関係ねーし予定もねーから!」

「なんの騒ぎだ……」


 音羽の背後から白衣の医師がゆったりと現れた。七汐が心配するように軟な玉ではなかったようだ、羽鳥は何事も無く指定位置である七汐の隣に腰掛け、音羽に飲み物を出すように頼み、音羽は文句も言わずカップを取り出す。七汐には二人のこの先変わらぬ勢力図が展開出来た。


「育児と言っていたが、お前達子供を産むのか?」

「アホか! 誰が子供産むか!」

「そうか、産まないか」

「産まねーよ、ハトちゃんこそ」

「無理だよ、私みたいなのが命を授かっていいわけがない。私が診るのは他人の命だけだ」

「生まれ変わりって信じますか?」


 突然の七汐の問い。羽鳥は間を置かず答える。


「信じない。生まれ変わって今できなかった事を次はしようとは考えない、考えられない、まだ『人生をやり直せるなら』という主題の方が身近だろう。そしてやり直せるなら私は医者にはならない、華矜院にも仕えたくない。――お前たちにも会いたくない」

「会わない方の未来を、お前は取るんだな」

「当たり前だ、会う未来は即ち誰かの死の繰り返し。私は戻るなら子供にまで戻るよ、私という人格が形成される以前に」

「なにがあった?」

「それは私だけの思い出だ、言う必要はない」


 羽鳥は動きを止めてしまった音羽から飲み物を奪う。


「突っ立っていないで渡してくださる?」

「あぁ……」


 寒い部屋、朝から沈んだ空気に変えてしまった当人である七汐は闇色の防寒具を羽織り仕切り直す。


「では私は街に行ってきます」


 飲み物を一口飲んで羽鳥は立ち上がる、音羽も玄関まで送り出しに向かう。

 二人は七汐を見送る、七汐は手を振って行ってきますと玄関を開け外の景色を広げる。冷たい風が遠慮なく室内に入ってくる、肩を震わせ羽鳥は背中を向けた、音羽も同じく七汐を背にした――そして七汐はいたずらっぽくにやっと笑った。


「えーい!」


 七汐の腕が軽やかに音羽の背中を押す、音羽はドミノ倒しのように「うわっ」と声を上げ前に倒れる、第二のドミノである羽鳥を巻き込み二人は転倒、しばらくの間沈黙、そして音羽が目を覚ます。


「いってぇ! ……っのやろうッ!」


 怒りと共に右手に巨大な違和感を覚える、そして極大の悪寒。音羽の手が何か、何か柔らかいものを握っている。頭が呑気に状況と現実を予想する、顔は笑っていない。眼下には羽鳥の歪んだ表情、羽鳥に見られながら恐る恐る下の方へと視線を動かしていくと、めくれた白衣、その下にあるものを鷲掴む自分の手、状況に理解が追いついた時、音羽は苦し紛れに苦笑いする――瞬間、音羽の顔面に横殴りの衝撃が走った。音羽は一撃をもってして天へと旅立った。


「大成功♪」


 ぺろっと舌を出してウインクした七汐は笑顔ですたこらさっさと逃げていく、背後から追いかけるように巨大な破壊音が響く。


「後ろは見ちゃダメ♪」


 ああ玄関の扉よそして音羽よ。七汐は決して振り向いてはならないのだ――二人の尊い犠牲の為にも。


「帰ったら三人でお料理しましょうね〜、楽しみだなぁ――」


 その願いが、叶えられることはついぞないが。






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