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風已みて  作者: 秋風
埋もれ逝く世界の中で
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小さなふれあい、大きな謎

急がなければ。

 日々降雪量が多くなっている、除雪作業が降雪量に追いついていなく、一日ずつ着実に雪の面積が広くなっている。このままでは凍土の楽園は深い雪の底に埋もれ人は住めなくなる。そうなれば死、だ。

 二夜に有限が備わっていたように三世にも終わりの日が設定されている、二夜が滅びたなら、次は三世が滅ぶ番。

 天使をつれた少年、王を殺した少女、水涸と呼ばれる青年。彼等が滅びた二夜から三世に降りたタイミングが偶然ではないなら、彼等が、恐らく彼らのうち誰かが――。



「雪、いっぱい降ってるね」


 と、窓辺の澪。ベッドに横になる槐と目の見えない麗は澪の言葉で世界の景色を想像する。だがどうせしんしんと雪が降り積もっているだけかと思うと何の感想も湧いてこない。

 凍り付いて冷えた窓ガラスを澪の指が滑り「冷たい」と零される。「雪、いつ止むのかな」と麗、「止まないんじゃないかな」とまた澪。


「ボクが三世に来た数年前からずっと止んでないし、しずちゃんが三世に来た十数年前からも変わらず降っていたみたい」

「シズさんってそんなに前から三世に居るんだね、オウサマも確かそれくらい昔から居たんだって」

「しずちゃんとオウサマは知り合いだよ、二人はボク達と同じ……ううん、ボク達より若い頃に人を殺している、それからもずっと殺している」

「人を殺すことは日常なのだろうか」


 槐も会話に口を挟む、自分のとある考えをシズに近しい者に話してみようと思い立つ。


「澪。シズ様は頭がいいのにわざと無能に見せている節がある、腐っても異能持ちである人間を追いやり、不満の街の中に押し込めるなんて危険だ。いつ反乱が起こるか解らない、もし彼らが暴走すれば華矜院といえど鎮圧する事は難しいだろう。それなのにシズ様は反感を買うことばかり……自分ではしていないみたいだけど、血族は続けている、血族の横暴を黙認しているシズ様の行動は、こちらや街の民の暴走を促しているようにとれるんだ」


 澪はシズという人物をよく知っているので、槐の深読みは残念ながらハズレと告げる。


「しずちゃんは思ったより子供っぽいよ、華矜院のみんなは知らないかもしれない、というか、白く冷たい華だとしか知らないだろうけど。ボクとお風呂に入ったり、ボクと寝たりする時は子供みたいに甘えてくる、可愛いくらいだよ」


 可愛い、あの華矜院シズが。

 幾度か寿と共に華矜院シズと相まみえる機会があった、槐ですら今の澪の話は俄には信じられない、ならば尚更華矜院家の者には信じられない事実だろう。


「子供っぽいから深く考えていないと思う」

「いや、子供っぽく見せるのが澪を懐柔する為だとして」

「ボクなんかをしずちゃんが贔屓目にする理由がないよ」

「好きだから、傍に置いておきたいと思ったのではないのか?」

「ボクを手に入れたいから普段とは違う、甘えた一面を見せていたという事? しずちゃんが……」


 澪は笑う。


「可愛い可愛いと言われて、お風呂で抱きしめられた事もあるけれど、しずちゃんは何もしてこなかったよ。ボクが好きなら何か起こっていたはずだ」


 言い終えてから澪はちょっぴり恥ずかしくなる、ほんのり朱色に染まる頬を長い前髪に隠す。もじもじする。


「と、とにかくしずちゃんがボクを好きではないのは確かだし、だけどボクを可愛がっていたのも事実だよ。可愛がる時、決まって抱きしめてくる甘えや子供っぽさが、しずちゃん自身だって事も」

「そうか、シズ様もオウサマもよく分からないな」


 槐は一拍置く。


「そこのストールはオウサマに貰ったんだ」


 棒に引っ掛けられた青と白のストールは、確かにオウサマが好んで身に着けていそうな色とデザインだ。二夜から持ってきた王の私物だ。


「人を殺した……時に持っていたものは持ってこれるものね、ボクも一巡で着ていた服を今も持っているよ、お城にあるのだけど」

「私も着ていた服は一緒に二夜や三世に持ってこられたな、凪はナイフを持ってきたのだって」


 二人が言うように人を殺した時点で着用していた衣服やアクセサリー、手にしていた持ち物や凶器等は人体と共に世界を超える事が全ての人間に証明されている。その持ち物が唯一、一巡に生きていた証となり、郷愁を思い起こさせる悲しい繋がりともなる。


「そういえばしずちゃんはたくさん一巡の物を持っていたかも。服とか何着もあったし、帽子とか、リボンとか、毛布とか、自分のカップもあったし、お菓子をくれた事もある……」


 と、そこで澪は妙な数字を思い出す。


「そういえば、あのお菓子……賞味期限が切れてなかった」

「普通だよ?」

「あのお菓子は一巡のお菓子だよ、有名なお菓子会社の商品だったから……」


 麗の一般的な回答とは違い槐は違和感に気が付く。


「妙だね、一巡にしかない筈のお菓子をシズ様は手にしていた、なのに賞味期限は切れていない……。十年も前に三世に来たシズ様が、賞味期限の切れていないお菓子を持っているなんてあり得ない」

「そっか、シズさんは今は三世に居るものね、一巡のお菓子を持ってるわけないよね。……じゃあ、日持ちするお菓子だったとか」

「十年も? シズ様は十年間もそのお菓子を食べず、最近になって澪に渡した?」

「変だね」

「いや……変だが、うん……変じゃない説も、ある。最近三世に来た人に貰ったとか」

「……」


 腑に落ちない。提言した槐ですらその説の不可解さに頭を悩ませている。


「変な事ならここにもあるよ、この楽園の建物は誰が建てたの? 今居る人達じゃないよね、昔の人? それにしても文明の日々発展している一巡でも最先端の技術とされるような、あんな高いビルの残骸があるのが不思議だね」

「時間の、逆行……?」


 時とは、普通は過去から未来へ流れるもの。シズのお菓子の賞味期限も、一巡の最先端の技術で建てられた三世の朽ちたビルも、時の流れが歪まされている。

 そこで槐が頭を抱え、痛みを訴える。


「あ、大丈夫?」

「……大丈夫、考え事してたらズキッとしただけ」

「頭に怪我をしているから、難しい事考えちゃダメだよ」


 澪はズレた掛け布団を槐の首まで持ち上げる。


「そもそも三世は、人が住んでいたのか人ではないものが住んでいたのか」

「考え事はダメだってば」

「異世界? だとしたら一巡より文明水準が高くてもおかしくない。なら何故先住民は尽く滅びたのだろうか、天変地異か? 神の怒りか?」

「……むぅ〜」

「しかし廃ビルといい住宅といい、一巡にあるものと殆ど相違ない、寧ろコピーだ。間違いなく一巡の技術と同じものが使われているし、寸分の違いも無く同じ造形に意匠されているようだから、現代の我等の歴史や美とするところをしっかりと備えた建築物だよ。……しかし、それはあり得ない事だ。傷み具合からして十年前には既に廃ビルの群れだったろう、仮説として例えば五十年前に建てられたものとするなら、一巡の人間が五十年前には既に人を殺して三世に居たという事になる、五十年前の人物達に、果たして今の最先端の技術を用いたビルが組み立てられる?」

「これ、ダメだ」

「だね」


 頭を怪我しているのに頭を回転させている。どうしようもない患者の傷を治す気のなさに澪と麗は肩をすくめて笑う。


「どうして笑う?」

「だって怪我をしているのに難しい事ばっかり考えて、変なんだもん」

「ふふっ、熱心なんですね」

「昔から考え出すと止まらないんだ」

「ナギが聞いたらすぐに怒り出しそうですね」

「確かに、念仏唱えてんじゃねぇ! とか言いそうだ」

「槐さんナギの事よくわかってる」

「友達になったから」

「わ、良かったです」

「うん」

「ナギに友達が出来て!」

「そっちなんだ」


 麗の純粋さに隠された他人への揶揄が復活する、かつての家族が聞けば懐かしいと言っただろう。


「麗ちゃんはたまに黒いね、ボクもちょっと心ないこと言われた」

「嘘言っても仕方ないから」

「本心からってコトは、ホントに思ってるんだ、黒い天使ちゃんって名前付けよ?」

「黒くなんてないもん」


 麗はぷぅ〜っと膨れて見せる。


「ふふっ、なんか楽しいね」


 槐が意図せず表情を綻ばせていた、三世に来てから一度も笑ったところを見なかった槐が表情を和らげている。それが心の毒を抜く一つの安らぎの証なら、凪のお陰であろう。


「楽しい、かな。ボクも友達いなかったから……ちょっとこういうの、初めてで……」

「私達、変なもの同士だもんね」

「あ、これかな? 赤い髪に金の瞳、黒い髪に金の瞳、白い髪に……」


 麗の瞳の情報を下さいと、澪と槐の視線が麗の目の上の布に注がれる。


「これはちょっと見せられないの、ごめんね……」

「いいよ、気にしないで」


 信頼していない訳ではない、だが赤い目だという事を三世では広めたくない。

 麗が情報提供を拒んだ事で会話は途切れる、だが嫌な切れ方ではなかった為、少年少女達はそれを終わりの皮切りにする。澪と麗は「考え事は駄目だよ」と釘を差し槐の部屋を後にした。



 澪は、兼ねてから気になっていた事を槐が聞いていない状況になった事で尋ねた。


「麗ちゃんは、華矜院だよね?」

「ううん、華矜院ではないよ」


 そんな口の動き一つでは澪は納得しない、それなりの理由と予測と、そして確信があるから彼女を華矜院と呼んだのだ。

 澪は少し遠慮をしてからゆるゆると麗の肩に触れた、そこは薙刀が刃を埋めた場所だった、普通なら刃が深く刺さった部分を傷が治ったにしろ触られれば何かしら反応を示すだろう、だが麗はけろっとしている、まるで怪我なんてなかったように、何度も"消えてきて慣れたように"


「華矜院には治癒の力がある」


 澪は確信を言葉に表す。


「白の血族には、傷を癒やす力の有るものが稀に存在する。キミは、それだ」

「……」


 麗は肯定せず、同時に否定も重ねない。


「肩の傷はもう治っているんだね、治るから、ボクの前に立ったんだね?」


 澪を庇い麗が薙刀を肩に受けた白い部屋での出来事を澪は忘れられない、忘れられない痛みのはずが、麗にはもうない。麗は厚着の為肩を捲って見せるという真似は出来なかったが、澪の手を強くそこに押し当て擦り、もう痛くないことを証明した。証明するのに使った腕も、砕けていなくて数日のうちに関節が滑らかに曲がるようになっていた。


「痛みが消えるからといって、痛いのは怖いに決まっている」


 低めの、それでも高い少女の声は、白い部屋の中で冷たく世を見据えていた彼女が生まれた合図だった。澪は知っている、麗の本心はこちらにあると。


「肩の傷が治ると知っていても、腕が折れても再生すると知っていても、痛いのは嫌に決まっている。私がそうしたのは、私がそうしたいと思える模倣先があったからだよ」

「模倣……あのお兄さんの、真似」

「そう、私はミズガレみたいに優しくありたい、だから人が傷付くなら、私が代わりに傷付く」

「痛いのは嫌なのに?」

「私はミズガレの優しさを愛している、そして私自身もそうしたいと思う」

「つまりは、自己犠牲は麗ちゃんの本心でもある、いくら模倣と言っても振り下ろされる薙刀の前に簡単に出てこられるわけはない」


 澪は俯く。


「麗ちゃんは強いよ、模倣の優しさでもそう在りたいと願いそう行動できるならそれは凄いよ。ボクは駄目だよ……しずちゃんに話をつけろと言われても本心は怖いんだよ、水鶏さんに会いたくない、しずちゃんにも受け入れてもらえないかもしれない」

「受け入れられないなら、私が手を引いてあげる。逃げるなら共に逃げよう、目の見えない私なんて足手まといかもしれないけれど」

「ううん」


 澪は一つ己の心に変化が起こったのに気がつく。


「麗ちゃんは足手まといなんかじゃない、後ろから勇気をくれる、守らなきゃって気持ちが、男の子みたいに湧いてくる」

「そう、なの?」

「うん、水涸さんを模倣する麗ちゃんは蛮勇に等しい優しさを持っている、蛮勇さではなく、単なる言葉と慈しみで優しくできるように、ボクは守りたい。麗ちゃんの為にガンバる、ガンバりたい……。しずちゃんにもちゃんと伝えたい、華矜院をどうか裏切ってくださいと」

「それが、澪の決意なんだね?」

「うん、ボクは華矜院よりこちらにつくよ。いつか、エイさんが言っていたみたいに、華矜院に復讐しに行く」


 ――そしてもしも寿が華矜院を制し王になったら、盤上から邪魔な者は消え去ろう。綺麗な状態に戻る為に、二つの異物は、必要ない。



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