白銀の交わるときⅡ
「動かないでくださいねー、少年達は人質ですよ」
達という複数系の理由は人質が凪だけでなく槐も含まれていたからだ。倒れた槐の頭を蹴って殺す事くらい七汐には朝飯前だ。
「てめぇ、俺が黙って言いなりになると思うなよ」
「だから、動いたらやりますって。君を人質に取ったのはそこの権能様を動けなくするのと、君を動けなくする狙いもある、君は隣の少年を殺してまで私を攻撃出来ますか?」
「お前がそいつを殺すのと、俺がお前を殺すのどっちが早いだろうな」
「もう、ああ言えばこう言うですね、大人しく倒れている少年の方を人質にすればよかった」
「誤ったな。俺はお前に首を折られてでもお前を刺すぜ」
「ほんとに……威勢のいい」
七汐は困り顔で腕を捻った。両腕に首を挟まれた凪が苦しそうに喘鳴する。手にはナイフ、凪の服の中にはいくらでもナイフが入っている。二夜で自殺した時からずっと隠されている、懐かしいミズガレの調理ナイフも、真新しい、買ったばかりの見知らぬナイフも。
「それ以上やったら、刺す……」
「それ以下の時に刺さなかったあたり、多少この少年に人質の価値があったというわけですね」
これでは手詰まりだ、なにせ誰も動けない、神流は凪が人質で、凪は槐が人質で、七汐も動きを見せれば凪に刺される。
凪は難しい顔をしている、神流は恐らく動ける。神流はいつもマイペースだ、一度だって意思疎通したり呼吸が合ったりなんて事はない。今も凪を守りながら七汐を撃退する術くらい手札に持っている。それでいてやらない。二夜でも一番居て欲しいタイミングで消えた、わざとやっているとも思える。
「凪、教えてあげるね。七汐の真の狙いは時間稼ぎだよ、時間を稼げれば僕の背後から」
その瞬間、神流の立っていた場所が爆発した。
「かんなッ」
「人使いが荒いなぁ、探しに行くってんなら最後まで一人でやれよ」
神流は爆発に巻き込まれた筈だが、全くの無傷で再び美しい姿を表す。そして、悪態をつきながら現れたのは紫の髪に赤紫の瞳、黒いコートを翻し火薬の異能を奮った男。槐が苦い顔をする、それが三世で一番強力な異能を持っているとされる音羽だと気が付いたからだ、そして、それが勝率を甚だしく引き下げる要因になった事も推測し終わっていた。
「少年の裏手に何か居ると思ったので援軍を呼んでおきました、たった一人で頼りないですけどね」
七汐は前以て神流の出現を予期し、その時点で音羽に連絡を行っていたのだ。その連絡方法は不明だが、七汐はまんまと援軍を手に入れた。
音羽は白い髪に空色の瞳、それから赤い髪に金の瞳の少年にも驚いたが、爆破しておいてなんだが、地に着く程の長い銀髪、この世の人間とは思い難い、存在そのものが神秘のような神流という人物にも駭然とした。
どうやら天使とはこの銀髪の人物の事で、少年は二人のうちどちらかなのだろう。
音羽は改める。
「天使ってか、権能様だし……」
「ですね、銀髪に青い瞳は権能家の証です、こうして間近に拝めるなんて奇跡のようですね」
「すげーな、これが権能か」
どこにもないような銀の色は青く白く輝いている。しばし見惚れていたが、それは立像でも絵画でもない為に口を開く。聞かされた言葉は神の天罰のように打ち付ける。
「掛かってくるなら」凪流に、それか神流を凪が真似たのか。「潰すけれど」
「恐れ多い、だがしかし、天使様と戦える機会もそうそうないもので」
神仏を敬わぬ音羽の瞳は鋭く細くなる。神流は向かってくる腹積もりの哀れな小人を戒めるように青い本を取り出した。
「二人は立ち去る、もう後数分もすればね」
凪のよく知る本の内容は外れない。己が見聞きしない事柄だろうと記されている。
それは、凪の推測では未来予知、或いは予言であると結論付ける。
「私達は"視えているのではない、知っているのだ"」
故に、外れはない――。
「殺す気でいかないとどうなるか解りませんよ」
「んなに強いの? 天使様は」
「未知の力を使ってきます、可視化出来ぬ物体と予測を超えた完全な予知能力」
「異能なんてそんなもんだろ、何が起こるかわかんねー」
音羽は神流の周りに爆薬を生み出す、直ぐ様爆発、神流の足元が盛り上がり煙が天高く舞い上がる。音羽は追撃を止めず、煙で見えなくなった神流の立ち位置に更に固めた火薬を投げ込む。
「かんなッ!」
「大丈夫」
爆音をすり抜け神流の声が水のように流れる。風で黒煙を払い神流を助け出す凪、長い銀髪を見付け安堵する。
「すご、水鶏の火薬の異能を二倍くらいに調整して爆ざしたんだけど」
「天使様は沖之助さんが言っていたように見えない何かに守られています、単に破壊力で攻めても無駄でしょう」
音羽と七汐は殺し合う約束をしていてもその当日までは仲間だった、不思議な事に、仲間や戦友なんかより、かつて殺し合った二人の方が確実に信頼し合っていた。その信頼と自信がどこから来るか二人にはわからない、共に過ごした時間と敵ながらに相互理解を有する事実を、二人はさほど嫌っていなかった。羽鳥含め、三人はいつでも三人だった。
「あれでいく」
「はいわかりました」
このように合図だけで連携が取れる。音羽は異能を発動し、七汐は体術で神流に勝負を挑む。
「神流俺も!」
「凪はいいよ、それよりその子を連れてお帰り」
七汐の蹴りを軽く避けながら神流が指を指す。アジトへ帰る道行きだった。
「僕が無責任で要領よく動くのは知っているでしょう? 僕はどうにもならない、いつでも凪の傍に居るよ」
「天使様は音羽さんの"異能封じ"すら無効化するんですね!」
神流がこちらを見もせず蹴りを躱しているのがどうしようもなく実力差を痛感させる。音羽が異能封じを中止し精神崩壊へシフトするも、神流は異能一切の関与を受け付けない。二人は知らないが、神流はオウサマの月の洗脳をも弾き返している、流石にあれには多少参ったが、それでも二夜最強を退けた事実に間違いはない。
凪は神流がペンと本の異能で全てを決定している事を知っていた。神流の異能は異能を受けない事でも攻撃を防御する事でもない、それより更に上位で、未曾有で、アンノウンだ。
神流の異能は――
「凪、ほら早く、どうせあの子達は去るよ」
神流の預言は外れない。
「わかった、また、呼ぶから」
「うん、呼んで」
凪は槐を肩に担ぐ、二人はのろのろと撤退する。
「見逃すものか! と、言いたいところですが天使様は強すぎる、私達が少年を追っても天使様に阻まれた挙句戦闘不能にされるんでしょうね」
メイスも体術も使い果たし息を切らす七汐は立っているだけで体力を消耗している状態だった。音羽は様々な遠距離型異能を駆使してみるが全て神流に打ち消される。お手上げだった、このような人物が存在するとは……まるであの
「桐生カゲリのようだ――」
「桐生カゲリは今どこに?」
神流が問う。音羽以外は桐生カゲリという人物について知っているようだった。音羽は七汐に詳細を求める
「ああなったら、もう人間とは呼べないのですよ……」
珍しく七汐が笑みを止めた。腕を抱く、その意味が予想もつかない。
「私達はまだ人であるから罪を犯す、信念を持つ、正義と信じたものに付き従える」
「人を止めた者に、それはない」
「人でないが故に桐生カゲリは誰よりも強い」
三人は戦いを止め地の底を見遣る。
「桐生カゲリは――今何処に」




