白の華族
「ようこそ。今日はまぁ宜しくしてください」
華矜院湊は微笑みを湛えながら記者二人を会社の一室へ招き入れた。
白い高級背広に金糸の刺繍、指の至るところにリングの輝き、首元のタイを留める宝石はどんな汚れも寄せ付けない至高の透明。華矜院一族の特徴である白い髪は短く切られ、金の瞳は大企業を支え続けてきた手腕の眼光を宿していた。
華矜院湊の後ろには老執事の姿もあった。華矜院流光、彼は今は亡き社長が生まれたばかりの息子の世話を任せたとされる。彼はずっと社長を守り、時には休ませ、憩いの存在となってきた影の功績者といえる。
記者二人は大物二人に萎縮しながらも、誘導されるまま対談用の最高級のソファに座した。湊も同じく向かいのソファに沈む。
女記者は尻をつけた瞬間包み込むような柔らかさのソファに驚き、男記者も冷静な顔を崩して座った事もない至高の座り心地に心奪われていた。
女がいち早くソファから現実に戻り、心中で喝を入れながら湊に視線を合わせる。
女は質問を始めた。このような場を設けてもらい、華矜院のトップ二、湊に直接問いを掛けられるのは今の彼女達くらいしかいない。一巡の王家に連なる四つの最高貴族、そのうちの一家の重役となど、今後死ぬまで一対一で会う事は不可能であると確信出来る。
メモ帳にペンの震えが伝わる。女は質問し、湊は応えていく。女の執念がメモ帳に湊という存在を余すことなく記録していく。
「で、では湊様。ここまでやってこられたのは何故だと思われますか?」
「それは優秀な部下の、社員の存在ではないですか?」
「なる程、では次は、華矜院家は昔から桐生家とは仲がよろしいそうですよね」
「はい、両者は昔から互いを支え合い、互いを信頼して共に歩んできました」
「では次はあまり話題に上がらない権能家との関係は?」
「そうですね、権能とは一度場を設けて話し合ってみたいとは思いますが」
「やはり梳理の存在でしょうか」
「あぁ、梳理ですね……」
「梳理当主もあまり表には顔を出されませんが、」
「梳理についてはもういいでしょう。核心に切り込んでくる貴女には感服しますが、私としても梳理との関係はこれ以上掻き回したくないので」
両者は沈黙に陥る。
湊は時を動かそうと首元のタイの乱れを直す。
「タイをお留めになっているのは、綺麗な宝飾品ですね、さぞお値段のするものなのでは?」
「はは」
民衆の好きそうな話題に向かった事で湊や女記者からピリピリした雰囲気が消える。
こうして、記者と湊の対談は終わりを迎えて行った。記者はメモ帳いっぱいのコメントを大切に抱えビルを後にする。
「ふわ〜華矜院湊、凄い威圧だった。まさに高潔な白の貴族だわ」
「僕も汗凄かったです、終始緊張しっぱなしで……」
「大貴族で華族、四家の中でも潔癖なる程の尊さと傲慢なる程の財産を持つ、私達なんて、彼等に比べたら虫みたいなものかしら」
「虫でもやりましたよ、これが記事になれば世間は注目します。会社も先輩の評価もあがりますよ」
「会社も私も注目、か」
女記者は暗い表情になる。ある女性が脳裏に浮かぶ、途端に苦しくなる。
「先輩……、あの事件の事思い出してます?」
「うん」
女記者は重い口を開く。
「新人だった私を、この世界で生きられるように指導してくれた先輩。何故先輩達夫婦が殺されねばならなかったのか、悔しい」
凄惨な事件だった。
平凡な家庭、何の罪もない穏やかな夫婦が理由もなく猟奇殺人の被害者となった。唯一生き残った子供も行方不明になってしまった。女記者は嘆いた、恩師である女性の子供を、天涯孤独なその子を引き取ろうとまでしていた矢先だ。
夫婦の殺人事件は一時は話題になったが、一ヶ月もすれば民衆の頭の隅に追いやられ忘れられた。取材や報道陣が詰めかけた会社も女記者も、今となれば小さな通信会社に、そこに務める一人の女。
「先輩に、ありがとうって言わなきゃ。今日のインタビューが成功したのも、先輩が私を育ててくれたお陰なんだから」
***
白と青、二人は商店街の方へと歩き出す。
変装が裏目に出て逆に人目を引いている気がするが、ある意味この結果こそが新たなカモフラージュになるのかもしれない。
あからさまにおかしいという事が逆に不審でないという謎の理論を手に入れた二人は適当に温かいものを買い占める。
商店街を抜ける。手には串焼きや揚げ物、甘味に飲み物がぎっしり抱えられていた。
「うん、おいひいねこれ」
白い服の人物は買ったばかりのコロッケを歩きながら口に含む。青いジャケットの人物はそれを横から見ている。
「手がベタベタになりますよ? 何故紙を取ってしまったのですか」
「なに?」
「いや、普通紙の上から持って食べません?」
白い服の人物はコロッケに直接触れながら食べていた。常識知らず、というより住む世界が違うからこその無知だ。青いジャケットの人物は改めて溜息を吐かされる。
「一つ聞いておきたいのですが」
青いジャケットの人物は話題を変える。
「貴方は此処でも幻術を使えますか? 今からやってみて下さい」
「え」
「ほら、ちゃんと聞きますよ」
青いジャケットの人物は自分の耳をピンピンと指し笑顔で受け入れる意思を示す。
白い服の人物は無言になる、驚いていた。
「なんで知ってる」
青いジャケットの人物は誰にも話した事もない秘密を平然と共有していた。情報の漏洩という話ではない、本人の中でしか存在しない秘密でも全部見ている。その証拠に幻術を見るのではなく聞こうとしている。
昔からそうだ、気持ち悪い。透視の存在から白い服の人物は距離を取る。
「見えちゃうんですよね、キミのナカまで」
「見えるなら、今から見なくていいじゃん」
「直接受けてみたかったのですがねぇ」
サングラスを外し青い瞳がこちらを見る。深い泉のような目に白い服の人物は吸い込まれそうになる、このまま見ていたら何か大切なものまで盗み取られてしまう。
「で、いつ行くの?」
白い服の人物は空気を無理やり曲げた。
「ええと、しばらくはこの辺りを見て周ります、あまり直ぐに現地に到着しては勿体無いですし」
やりたい事があった、やらなければならない事で、その日の為に他人を犠牲にもした。
青いジャケットの人物の真意を知る白い服の人物は憐れむ。
「何でも見える癖にそんな生き方選ぶなんて、やっぱりおかしな存在だよ」
「貴方こそおかしな存在ですよ。貴方の大切な友達に殺人予告を送った犯人に食べ物を買ってくださるんですから。貴方の行動原理はなんですか?」
白い服の人物は問い掛けに対し間を開ける。
それは考えるでもない、答えを鈍るわけでもない間。ただ時が流れ足が前に進むだけの間。
「なにもない」
それが、この白い人物の空虚さで歪みなのだと、青いジャケットの人物は思った。




