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風已みて  作者: 秋風
埋もれ逝く世界の中で
38/82

帰郷

生死とは即ち、何の感傷にも値しない。


 白い花びらの舞う、やがて埋もれゆく世界で冷たく問い掛ける。

 死とはなにか。

 恐怖の腕に抱かれる無情か、衆生の忌避すべきものなのか。

 それとも、全てのものに等しく頒布される、永久の安らぎなのか。

 死とは対角線上にあり、向かい来るものなのか、それとも歩み近付くものなのか。

 死とは、概念だ。考えても恐れても実態はない。

 私は思う、死とは生と同系列にあると、生ある限り死は手放せない、ならば死は生と同等であると。

 同等であるとするなら、生とは死と同じく人の概念と言うことになる。人とは概念なのか、この世は概念の中にあるのか。

 

 全ては神の脳のうちに存在する想像なのかもしれない。私達は生まれてもいないのかもしれない、死んでもいないのかもしれない。

 私達は誰かの脳の中で紡がれる、その世界もまた、誰かの脳の中で紡がれる。

 宇宙とは人の脳であり、私達は誰かの意識中に構築されている。


 以上からして、


「生死とは即ち、何の感傷にも値しない」


 ――これは、そういう考えの話だ。



***


 手にメモ帳を持ち、室内を落ち着きなく回る女が居た。灰色の背広をきっちりと着こなし、気合を入れて整えた髪を今日何度目か手鏡で確認する。その様子を椅子に腰掛けた男か見ていた。男も女と同じように背広に身を包んでいる、ただ女とは違って冷静に努めていた。


「少しは落ち着いてくださいよ」


 女の徘徊が永久ループに入りそうになった頃、見兼ねて男が言った。女は反論する。


「落ち着いてられないって。華矜院家の、副社長の独占インタビューを私等がするんだよ?」


 女は数日前から興奮と緊張がぐるぐる体内を循環しているらしく、目に熱が集結していた。

 男はその熱の理由を冷静に口に出してみる。


「華族の、しかも華矜院の副社長に生で合えるってのは僕も驚きですけど」

「いい? 私達みたいな小さな会社の独占インタビューに答えてくれるなんて大ニュースですよ! あぁ緊張するわ、ちゃんとインタビューできるかしら。貴方は冷静で、度胸のある男よね」

「いや、内心揺れてますよ、なんたって華族の、華矜院の副社長が相手なんですから。僕達なんて一生側ではお目にかかれないような相手がもうすぐ現実に拝覧出来る。この建物に入った時からめっちゃ緊張してますって」

「緊張してるなら表に出しなさいよ〜。私なんか手、手震えてるから!」

「とりあえず落ち着きましょうって、まだ時間はありますから、もう一度流れの確認をしましょう?」


 女は男に言われて椅子を引く。「全く私はいい後輩を持ったわ」と男を褒め称えながら腰を下ろす。

 客人用に出された水を喉に流す、頭が冷えてクリアになった。


「まずは生い立ちについて聞いてみましょう。私達の知る限り、華矜院の副社長、華矜院湊(かきょういんみなと)は現社長、華矜院シズが父を亡くし、弱冠十四歳で社長となった時から副社長の任に着いていた。父を失い、幼いながらに華族の威厳と残された企業を双肩に担ぐ事となったシズ様の右腕として、彼はシズ様と共に企業を育てたと言っても過言ではない」

「凄いですよね、僕なんか彼の歳になる頃に何か偉大な実績を成し遂げているとは思えません」

「シズ様は湊氏など有能な部下に支えられながら健気に会社を守り続けた。そしてシズ様が二十歳になる頃には『華矜院のお陰で人間の寿命が十年伸びた』と謳われる程の偉業を世界に残していた」

「華矜院は病気を研究したり、病院経営もしたりもしてますからね。名医の名にも揃って華矜院が連なります」

「今や店に並ぶ食品の半分も華矜院の製品だっていうんだから凄いわよね」

「僕、華矜院の健康食品食べてますよ」

「私も美容サプリは全部華矜院のものを使ってる」


 二人は華矜院の偉大さに感服しながら話を進める。


「欲張りかもしれないけど出来るだけたくさん話をしたい。華矜院家の業績について聞くのもいいけど、華矜院湊自身の特集を組むのもいいのよね」

「潔癖な華とまで呼称される高貴な一族に切り込めるチャンスは二度とないですからね」

「私達は幸運だった。梳理にバックアップされた他の通信会社では今回の独占インタビューは実現しなかった。梳理を嫌う華矜院だからこそ、小さくても地道に進めてきた私達にチャンスを与えてくれた」

「人前には絶対に現れない華矜院シズ様とは違い、華矜院湊氏は報道陣の前に姿を表したりはしますが、間近で対面し、独占インタビューに到ったのは僕等が初めてです」

「天上の聖人に会えるような千載一遇のチャンス、絶対にいい記事を書かなければ。写真は禁じられているけれど、生の声を聞かせて貰えるだけ奇跡なのよ」


 ――コンコン。

 丁度話の切れ目でノックの音がした。女は手元にあった水を飲み干す。


「いくわよ、気合いいれて!」

「先輩こそ緊張してカタコトにならないでくださいよ」

「大丈夫! 頑張ろう」


 女は男の肩を叩いた。

 二人は華矜院の案内人に続いて部屋から出ていった。



***


 この世は平和だ。

 平凡で、危難も御難もございませんからに。今日も今日とて日常に懐柔された世界が綺麗な青い空に包まれている。

 水面下に潜む危機は迫りくる、対策も講じず、危機に瀕してから先人の手を真似ればいいと楽観的な貴族。平和ボケたまま死ぬのは王族や華族、民衆全て。滑稽な終幕としてはお似合いだ。

 ある人物は歩いていた。

 白いフードの付いたケープを羽織り、ワンポイントに白と黒のストライプのリボンが可愛らしさを演出する。袖にはさり気なくカフスが足されており、この人物のお洒落感が伺える。

 年齢や性別はわからない、素性も名前もわからない、全てが白い、髪も服も靴も、全身が白だ。

 白の中にある頭部に嵌った両の目だけが怖ろしく真っ黒で巨大だった、怪物のようだった。それはしかし、サングラスというのだが。


 一巡では快晴の続いた夏季も涼しい風となって去り、木々の色が変わり始めようとしていた。

 白い人物は人と待ちあわせの為に動いていた。

 街中にあるお洒落なカフェに入る、テーブルに着きコーヒーを注文する。コーヒーは好きではないが、届いたら口に含み、やはり好みではないとテーブルに置く。

 白い人物はコーヒーを飲むのは止めて待ち人を待った。

 退屈で窓から外を眺める、特に何も面白いものがなくて顔を戻す、すると目の前に見知らぬ男が座っていた。


「誰?」

「私ですよ、私」


 私という男は透き通るような金の髪に、白いシャツの上から青いロングジャケットを羽織っただけのシンプルな格好をしていた。整った顔には大きな丸い眼鏡、白い人物もコーディネートに見当違いなサングラスであったが、この人物の眼鏡も顔を不格好に見せる間違いをわざと装っているようだった。

 それにしても、白い人物は訝しむ。久しぶりに連絡を寄越した知り合いが別人になっているとは予想もしていない、以前はこんなではなかった、ツンと尖った金髪に切れ長の目、不敵に笑う口元に様変わりした洋服の趣味。いつからこんな男になった? 誰かに乗っ取られた末路ではないのか、有りえない想像すら起こさせる程白い人物は目の前の男を信じられなかった。

 男は構わず注文を取りに来た店員にメニューを見ながら応えていく。

 注文を聞く女性店員がちらちらと男を気にしていた。そのルックスなら女性の気を引くのも容易い事なのだろう。不格好な眼鏡のお陰で遠目には気付かないが、近くで見るとレンズの先の瞳に恍惚としてしまう。

 白い人物は思った、面倒くさいから眼鏡は絶対に外させないようにしようと、そしてサングラスと交換しようと。

 店員の女性が名残惜しそうに去っていく、男が口を開く。


「俺もおんなじコーヒー頼んじゃった」

「一々言わなくていいし」

「暫く見ねぇうちに変わっちまったな、この店も昔はなかったし、大通りが出来てるし」

「ねぇ、何その喋り方」

「なに? 気に入らねぇ?」

「気持ち悪い、何になりきってるの」

「俺は指名手配犯みたいなもんなんだぜ? この外見でこの口調ならバレねぇだろうし問題ねぇかと思った」

「戻して、違和感あり過ぎて爆笑なんだけど。誰もおまえくんの事なんて覚えちゃいないよ、身内にだって忘れ去られ……ていうか身内なんていないか」

「たった一人を除いて、いねぇな」

「とにかくそれ止めて」


 青いジャケットの男は仕方なく命令を聞いてやる事にする。可愛い可愛い知人が不機嫌だ、機嫌を損ねたら後々損をする事もあるしで。


「一巡はもうすぐ秋だね」

「私の居た地域もこれくらいの気候でしたね、貴方のところは……常に大雪警報発令の冬ですっけ」

「そう。雪、止まないからね」


 白い人物は一巡の人の服装に対しいくらか厚着に見える。極寒の大地出身故の癖なのであろう。


「コーヒーでは腹が膨れませんね、何処かでしっかりした食事をとりましょう。もちろん、奢ってくれますよね? 今の私は無一文なんですよ。ほら、何もない」


 青いジャケットの人物はポケットの中身を開示し、サイフすら所持していない哀れさを演出する。


「最初からメシ目的で僕のとこ来たんでしょ? おまえくんには僕くらいしか頼る相手いないもんね」

「家に放逐され、新しい住居からも飛び出してしまい、あぁ! 悲しき私には何も残されていないのですよ」

「はいはい、悲劇の人お芝居はいいから、殺していい?」

「何故殺しに繋がりますか」

「何も生み出そうとしないおまえくんに価値はないから、価値のない者に与えられる財産はない、死ぬべき」

「いや、価値なき者にも価値を与えてやるのが持てる者の役割ではないのですか? 貴方は何も不自由していないから弱者の気持ちが解らぬのでしょう! あぁ悲しや、生まれながらの満悦者には低民にある遍満たる劣等感も猜疑心も、この世に対する不満も苛立ちも憤りも解らぬのでしょう。初めから光の道を歩み、与えられた人生があり、進むべき未来が見えている。何も生み出せず、努力しても報われず、犯罪でしか己を誇示出来ない愚者の気持ちが貴方にはわからぬでしょう。故に、金のない私の悲しみも、誰かに頼らねば生きられぬ辛さも貴方にはわからない」

「そうやってわかった気になってるおまえくんの方がよっぽど義憤に値するんじゃない? 低民とやらの価値観的に。で、生死の価値すらない傲慢な人間を一匹殺していい?」

「貴方の殺すは視界からのゴミ掃除となんら変わりないので私はご遠慮したい所存です」

「なんだ、てっきり喜ぶかと思ったのに」

「第二の故郷を捨ててまで帰ってきたのにそれはないですよ。さ、何処に行きましょうか? 高級料理店でも一流レストランでも私は一向に構いませんよ?」

「傲岸さを知れ、そして死ね。そんな食べ飽きたもん食べたくないし、僕は立ち食いや買い食いってのをしてみたいな」

「あぁっ、それでは私の目論見が」

「他人の財産を食い潰す害虫が居るらしいけど、どこかな? あ、ここだ」

「ちょっと、今何か掠めましたよ?」

「久しぶりに帰ってきたんだ、僕の友達に合う前に少しは付き合え」


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