第9話 負けても怒られない
さらに一年が経った。
俺は七歳になった。
村の畑は。
去年よりもさらに収穫量を増やしていた。
一年前は。
俺が中心だった。
だが今は違う。
「今年は、こっちの畑でも試してみよう」
「去年の記録だと、その方がいいな」
「ガルム、あっちの水の量見てくれ」
俺が言わなくても。
村人たちが勝手に話している。
俺がいなくても。
回り始めている。
組織とは。
こうであるべきだ。
そして。
今年。
村では。
三年ぶりに。
収穫祭が開かれることになった。
◇◇◇
「レオン!」
「早く!」
グレースが俺を呼んでいる。
村の中央広場には。
朝から人が集まっていた。
長い木の机。
焼いた肉。
野菜のスープ。
焼きたてのパン。
果物。
酒。
子どもたちが走り回り。
大人たちが笑っている。
三年前。
収穫量が落ち。
冬を越すだけで精一杯になった。
今年は違う。
グレースが言う。
「みんな、楽しそう」
収穫量が増えた。
廃棄量が減った。
販売価格も上がった。
所得が増えた。
大切なのは結果だ。
努力ではなく成果なのだ。
だから。
祭りができる。
「レオンのおかげだね」
グレースが言った。
「俺だけじゃない」
言ってから。
少し驚く。
前世なら。
俺が作った会社だ。
俺が決めた。
俺が成長させた。
そう思っていた。
今は。
少し違う。
俺一人では。
ここまではできなかったと思っている。
「レオン!」
遠くから声がした。
振り返る。
父親のリアムが。
手を振っている。
「そろそろ始まるぞ!」
「何が?」
「かけっこだ!」
知らない。
◇◇◇
収穫祭には。
昔から恒例の行事があるらしい。
子どものかけっこ大会。
今回参加するのは。
全部で八人。
そして。
俺も参加することになった。
「別に出なくてもいいんだけど」
俺が言うと。
「何言ってるの!」
母親のマリアが笑った。
「こういうのは参加するから楽しいのよ」
理解できない。
競争なら。
勝つためにやるものだ。
参加することに価値がある。
前世でも。
何度も聞いた。
負けた人間が言う言葉だ。
「……」
その時。
一瞬だけ。
昔の光景が浮かんだ。
運動会。
かけっこ。
母親の顔。
胸の奥が。
少しだけ重くなる。
勝負なら。
勝てばいい。
いつもなら。
それだけのはずなのに。
「レオン?」
母さんが俺を見る。
「何でもない」
俺は。
参加者を見る。
六歳。
二人。
七歳。
俺を含め三人。
八歳。
二人。
九歳。
一人。
年齢差がある。
普通に走れば。
九歳が有利だ。
だが。
勝負である以上。
やるなら勝つ。
《解析眼》。
一人ずつ。
見る。
脚力。
体力。
瞬発力。
身体のバランス。
八人の中で。
俺の身体能力の位置はどれくらいだ?
自分自身へ意識を向ける。
――何も表示されない。
そうだった。
《解析眼》は、自分自身には使えない。
だが。
勝つ必要がある。
九歳の少年。
脚力が高い。
八歳の一人も。
瞬発力が高い。
俺より速いのか。
遅いのか。
分からない。
なら。
少しでも勝率を上げる。
工夫する。
《叡智庫》。
短距離走。
スタート姿勢。
重心。
腕の振り。
歩幅。
呼吸。
前世で読んだ知識が。
頭の中に浮かぶ。
七歳児のかけっこだろうと。
勝負だ。
勝つ。
◇◇◇
「レオン」
隣から声がした。
同じ七歳の少年だった。
茶色い髪。
日に焼けた顔。
よく笑う。
村の子だから。
顔は知っている。
何度か話したこともある。
「勝つからな!」
「…」
「絶対負けないぞ!」
「うん」
「何だよ、その反応」
少年が笑う。
「位置について!」
大人の声。
俺は。
腰を落とす。
重心。
前へ。
最初の一歩。
大きくしすぎない。
腕を振る。
視線は前。
「よーい!」
勝つ。
「始め!」
地面を蹴った。
◇◇◇
最初の数歩。
成功。
悪くない。
俺は。
《叡智庫》から引き出した知識を。
一つずつ。
身体に反映する。
あと半分。
今何位だ?
わからない。
最後。
俺は。
地面を蹴った。
ゴール。
「おおおお!」
歓声。
俺は。
すぐ横を見る。
九歳の少年が。
先に立っていた。
ほんの少し。
「二着、レオン!」
二位。
負けた。
また負けた。
胸の奥が。
冷たくなった。
◇◇◇
――二位?
昔。
聞いた声。
「二位だったの?」
前世の。
母親。
小学生の頃。
運動会。
俺は。
かけっこで。
二位だった。
家に帰るのが嫌だった。
結果を伝えるのが怖かった。
母親は。
返ってきた俺を見て、すぐに結果を聞いた。
「何位だった?」
「二位」
「二位?二位だったの?一位じゃないの?」
いつもの顔だった。
「何で一位になれないの?」
「……」
頬が熱くなった。
叩かれたからだ。
「あなたまで私をがっかりさせないで」
そう言って、その日は目を合わせてくれなかった。
一位でなければ。
意味がない。
結果を出さなければ。
価値はない。
◇◇◇
「レオン!」
声がした。
意識が戻る。
母さん。
マリアが。
こっちへ走ってくる。
「二位だった」
そう言って。
俺は覚悟した。
母さんが。
俺の前でしゃがむ。
「うん!」
笑顔。
「すごかった!」
予想外の言葉が返ってきた。
俺は。
もう一度結果を伝えた。
「負けた」
「そうね」
母さんは。
笑ったままだ。
怒らない。
母さんの手が。
俺の頭に乗る。
「最後まで一生懸命走ってた」
「でも」
言葉が出る。
「一位じゃない」
母さんは。
俺の髪をくしゃくしゃにする。
「ふふっ」
母さんが笑う。
「じゃあ、次は勝てるといいね」
それだけだった。
◇◇◇
「レオン!」
さっき隣にいた。
七歳の少年が走ってきた。
「お前すごいな!」
「……何が?」
「九歳の兄ちゃんと、ほとんど同じだったじゃん!」
少年は。
本気で感心している。
自分が負けた相手を。
褒めている。
理解できない。
「次は俺が勝つ!」
笑う。
変な奴だ。
◇◇◇
夕方。
収穫祭は。
まだ続いていた。
歌う人。
酒を飲む人。
走り回る子ども。
笑う声。
俺は。
少し離れたところから。
それを見ていた。
今年の収穫量。
去年より増加。
廃棄率。
低下。
作業時間。
短縮。
販売単価。
上昇。
村の所得。
増加。
成果は出ている。
俺は。
結果を出した。
それなのに。
今日。
一番頭に残っているのは。
そんな数字ではなかった。
二位だった俺に。
母さんが言った。
「すごかった」
俺に負けた少年が。
言った。
「お前すごいな」
勝っていない。
一番でもない。
それでも。
褒められた。
前世では。
一位でなければ。
価値がないと思っていた。
結果を出さなければ。
認められないと思っていた。
だから。
結果を出し続けた。
会社を大きくした。
金を稼いだ。
誰にも負けないようにした。
でも。
二位でも。
負けても。
母さんは。
怒らなかった。
そのことが。
俺の中に強く残っていた。




