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第8話 俺は、この世界でも勝てる

ガルムの畑で始めた小さな実験。


結果が出たのは、二か月後だった。


「……本当に増えてるな」


ガルムが腕を組んだまま、二つの区画を見比べている。


父親から教わったやり方で育てた区画。


俺の提案を一部取り入れた区画。


見た目だけでも差はあった。


俺は木板に数字を書いた。


収穫量。


傷んだ作物の数。


作業にかかった時間。


「こっちの方が、収穫が多い」


ガルムが言う。


「うん」


「傷んだのも少ない」


「うん」


「時間も短い」


「そうだね」


ガルムが黙る。


俺は何も言わなかった。


しばらくして。


ガルムが口を開いた。


「……全部じゃないぞ」


「何が?」


「親父のやり方も残す」


「うん」


「でも、使えるところは使う」


俺は頷いた。


「それでいい」


ガルムが自分で決めた。


それで十分だった。


◇◇◇


ガルムが変わると。


村人の反応も変わった。


「うちでもやってみたい」


「種の選び方、教えてくれ」


「水やりはどうするんだ?」


一軒。


三軒。


五軒。


試す農家が増えていった。


俺は少し驚いた。


説明会では、ほとんど誰も動かなかった。


だが。


ガルムが始めると。


一気に動き始めた。


俺の説明より。


村人同士の信頼の方が強い。


少し気に入らない。


だが。


使えるものは使えばいい。


問題は。


その次だった。


◇◇◇


俺は木板を作った。


一枚目。


種の選び方。


二枚目。


種を撒く間隔。


三枚目。


水をやる量とタイミング。


四枚目。


収穫後の乾燥と保管。


文字だけでは伝わりにくい。


だから。


絵も描いた。


良い種。


悪い種。


適切な間隔。


水の量。


道具の置き場所。


誰が見ても。


同じようにできる形にする。


前世なら。


標準作業。


マニュアル。


チェックリスト。


そんな言葉を使っていた。


だが。


この村に必要なのは。


難しい言葉ではない。


「これを見てやればいい」


それだけでいい。


◇◇◇


最初に覚えてもらったのは。


ガルムだった。


「何で俺なんだ」


「一番最初に試したから」


「お前の父親じゃ駄目なのか?」


「父さんは説明が下手」


「おい」


後ろでリアムが言った。


事実だ。


俺はガルムに木板を渡した。


「これを見て、隣の畑を確認して」


「俺が?」


「うん」


「何でだよ」


「俺と同じところを見られるようになってほしい」


ガルムが嫌そうな顔をする。


だが。


断らなかった。


数日後。


ガルムは隣の農家に言った。


「水が多い」


「そうか?」


「ほら、ここ見ろ」


木板を指す。


「このくらいだ」


俺は少し離れた場所から見ていた。


次の日。


その農家が。


別の農家に教えていた。


俺がいなくても。


改善が広がっていく。


その光景を見た瞬間。


前世で何度も聞いた言葉が浮かんだ。


仕組み化。


属人化をなくす。


標準化。


横展開。


言葉としては。


知っていた。


何百回も使った。


だが。


もしかすると。


今の俺は。


前世よりもうまく使えているのかもしれない。


◇◇◇


それから。


村では月に一度。


農家が集まるようになった。


長い会議はしない。


見るのは三つだけ。


何が良くなったか。


何がうまくいかなかったか。


次に何を試すか。


数字も残す。


収穫量。


廃棄量。


作業時間。


販売価格。


うまくいった方法は。


木板に追加する。


うまくいかなかった方法は。


やめる。


前世なら。


PDCA。


ここでは。


そんな名前は必要ない。


村人は。


「今月の畑の話」


と呼んでいた。


◇◇◇


一年後。


村の景色は変わっていた。


畑の作物は。


以前より揃って育つようになった。


収穫後に捨てる量も減った。


作業時間も短くなった。


そして。


量と品質が揃い始めたことで。


商人との交渉も変わった。


「この量を、毎回用意できるのか?」


商人が聞く。


「できる」


俺は答えた。


「品質も?」


「揃える」


「……なら、少し高く買ってもいい」


少し。


俺は眉をひそめる。


「少しじゃ足りない」


「お前本当に六歳児か?」


商人が呆れる。


後ろでガルムが笑った。


リアムも笑う。


交渉の末。


以前より高い価格で売れることになった。


目標には。


まだ届かない。


それでも。


一軒の畑で始めた改善が。


村へ広がった。


人が変わった。


やり方が揃った。


数字が変わった。


そして。


暮らしが少し変わった。


冬の食卓に。


以前より多くの料理が並ぶ。


壊れた農具を。


無理して使い続けなくてもよくなった家もある。


子どもに新しい靴を買った家もある。


俺にとっては。


所得の改善。


だが。


それだけではない。


数字が変われば。


生活が変わる。


生活が変われば。


人の顔も変わる。


少しだけ。


分かるようになった。


◇◇◇


夕方。


俺は村を見下ろせる丘に立っていた。


六歳の身体には。


まだ大きすぎる世界。


それでも。


俺は変えた。


《解析眼(アナライズ)》。


《叡智庫(アーカイブ)》。


そして。


この世界で覚え始めた。


人との向き合い方。


村一つで終わらせない。


町。


領地。


国。


その先までいく。


胸の奥に。


久しぶりの感覚があった。


会社を立ち上げた頃。


売上が初めて一億を超えた時。


競合を抜いた時。


あの感覚。


勝てる。


俺は小さく笑った。


「俺は、この世界でも勝てる」


誰に聞かせるでもなく。


そう呟いた。


自分の能力が証明されたことが嬉しかった。


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