↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
7/12

第7話 近所のおっさんは動かない

「やらん」


村人を集めた説明会。


説明を始めて十分。


近所の農夫、ガルムのおっさんは即答した。


「なぜ?」


「なぜも何もあるか。俺は二十五年、このやり方で畑をやっとる」


「でも父さんの畑は、二年前より収穫量が三十五パーセント増えた」


「リアムんところは土地がいい」


「隣だよ」


「家族が違う」


「作業方法を揃えれば――」


「やらん」


理解不能。


俺は木板を指した。


収穫量。


廃棄量。


作業時間。


実際にアルヴァ家で取った数字だ。


実績もある。


必要な費用もほとんどない。


やることも難しくない。


なのに。


なぜ動かない。


数字を見せれば理解する。


成果を見せれば動く。


正しいことだと説明すれば、人は合理的に判断できるはずだ。


だが。


無能な人間には、その価値が理解できないのか?


◇◇◇


前世。


何度も見た。


『この商品は売れません』


なぜ?


『過去に売れなかったからです』


いつ?


『五年前です』


今も?


『多分』


『この地域では広告は効きません』


なぜ?


『昔やったからです』


結果は?


『覚えてません』


『若手に大口顧客は任せられません』


なぜ?


『経験がないからです』


経験させなければ。


永遠に経験は増えない。


思い込み。


固定観念。


過去の成功体験。


人間は。


自分が正しいと思っていることを。


疑うのが苦手だ。


俺は。


そういう社員を。


何人も切った。


変化できない人間は。


組織の成長を邪魔する。


だから。


外す。


それでいい。


前世なら。


だが。


ここは会社ではない。


ガルムは俺の部下ではない。


◇◇◇


「合理的じゃない」


帰り道で言うと、マリアが笑った。


「レオンは、人がみんな合理的に動くと思ってるの?」


「損する方を選ぶ理由がない」


「あるわよ」


「何?」


「怖いの」


俺は足を止めた。


「何が?」


「変えることが」


「でも、今より良くなる」


「レオンには分かってるんでしょうね」


「数字で出てる」


「ガルムさんには?」


言葉が止まる。


「説明した」


「説明したことと、納得したことは違うわ」


母さんは、何でもないことのように言った。


方針を説明した。


だから理解したはずだ。


制度を説明した。


だから納得したはずだ。


目標を説明した。


だから動くはずだ。


動かなければ。


本人のやる気の問題。


そう処理していた。


「じゃあ、どうすればいい?」


俺が聞くと。


マリアは少し考えた。


「話を聞けば?」


「昨日聞いた」


「レオンが話したんでしょ?」


「……」


「それは、聞いたって言わないわ」


◇◇◇


翌朝。


俺とマリアは。


ガルムの家へ向かった。


玄関を叩く。


「はーい」


奥さんのエルナが出る。


「あら、マリア。レオンも」


「ガルムさんいる?」


「畑よ」


向かう。


いた。


一人で。


小麦畑の端に。


しゃがんでいる。


「ガルムさん!」


マリアが呼ぶ。


ガルムが振り返る。


「何だ?」


「ちょっといい?」


「何だよ」


俺は。


黙って。


後ろに立つ。


観察。


分析。


マリアが。


何をするのか。


「ガルムさん」


「おう」


「今年の畑、どう?」


「普通だ」


「去年より?」


「まだ分からんな」


「そっか」


終わり?


何だ。


この会話。


「腰は?」


「もう平気だ」


「よかった」


「おう」


また。


関係ない。


「エルナが心配してたよ」


「大げさなんだよ、あいつは」


ガルムが。


少し笑う。


マリアも。


笑う。


俺は。


待つ。


いつ。


交渉が始まる?


「ガルムさん」


「何だ」


「レオンのやり方」


来た。


「嫌?」


ガルムが。


俺を見る。


そして。


言った。


「嫌だな」


俺は。


反射的に口を開きそうになる。


マリアが。


俺の手を握る。


黙れ。


そういうことだろう。


分かっている。


「どうして?」


マリアが聞く。


ガルムは。


しばらく。


黙った。


「……親父だ」


「お父さん?」


「ああ」


初めて。


聞く話だった。


「この畑」


ガルムが。


土を握る。


「親父から教わったんだ」


マリアは。


何も言わない。


「種の撒き方も」


「うん」


「水の引き方も」


「うん」


「小麦の刈り方も」


「うん」


「全部」


ガルムが。


畑を見る。


「ガキの頃からな」


俺は。


黙って聞く。


「親父は」


ガルムが言う。


「厳しい奴だった」


「そうなんだ」


「何回も怒鳴られた」


少し笑う。


「でも」


手の中の土を見る。


「死ぬ前まで、畑の心配してた」


風が。


小麦を揺らす。


「だから」


ガルムが言う。


「やり方変えるってのが」


言葉が止まる。


「何か」


また。


止まる。


「親父のやり方が間違ってたって言ってるみたいでな」


俺は。


初めて。


何も言えなかった。


連作負荷。


地力低下。


収穫量。


合理性。


そんな話では。


なかった。


この畑には。


数字以外のものが。


あった。


俺には。


見えていなかったものが。


◇◇◇


《解析眼(アナライズ)》。


―――――――――――


【ガルムの畑】


土壌状態:普


排水状態:悪


生育状態:普


生育均一性:悪


―――――――――――


見える。


畑の状態は。


でも。


ガルムが父親から何を教わったのか。


その時間をどう思っているのか。


なぜ変えることが怖いのか。


そんなものは。


どこにも表示されない。


以前も。


母さんの愛情は見えなかった。


父さんが損得を捨ててまで守ろうとしたものも、数字にはならなかった。


そして今。


ガルムが動かない理由も。


《解析眼》には映らない。


能力が足りないわけではない。


やる気が足りないわけでもない。


理由は。


人の中にある。


「ガルムさん」


俺は口を開いた。


「全部、変えなくていい」


ガルムが俺を見る。


「何?」


「今までのやり方を捨てなくていい」


自分で言いながら。


少し不思議だった。


前世の俺なら。


非効率な方法は捨てろ。


そう言ったはずだ。


「畑の端だけ貸して」


俺は指を差した。


「ほんの少しでいい」


「何する気だ」


「ガルムさんのやり方と、俺のやり方を両方やる」


「比べるのか?」


「うん」


「俺の方が良かったら?」


「そのままでいい」


ガルムが眉を上げる。


「お前の方が良かったら?」


俺は少し考えた。


「その時、一緒に考える」


ガルムはしばらく黙っていた。


やがて。


大きく息を吐く。


「端っこだけだぞ」


「十分」


「勝手に全部変えるなよ」


「変えない」


「親父のやり方も残す」


「残す」


ガルムは俺をじっと見る。


「……なら、やってみろ」


許可が出た。


昨日。


村人を集めて。


数字を並べて。


正しい方法を説明しても。


誰も動かなかった。


今日は。


畑の端の。


ほんの小さな区画だけ。


それでも。


一人が動いた。


俺が動かしたんじゃない。


ガルムが。


自分で決めたのだ。


◇◇◇


帰り道。


「分かった?」


マリアが聞いた。


「何が?」


「人を動かす方法」


俺は考える。


数字。


実績。


合理性。


それだけでは足りない。


「まず、相手が何を大事にしてるか知る」


「うん」


「それから、いきなり全部変えない」


「うん」


「小さく試す」


「うん」


「最後は本人に決めてもらう」


マリアが笑った。


「難しく考えるわね」


「違うの?」


「私は、ちゃんと話を聞けばいいって言っただけよ」


それでは再現性がない。


そう言いかけて。


やめた。


たぶん。


母さんの方が正しい。


◇◇◇


数週間後。


ガルムの畑の端に。


二つの区画が並んだ。


ガルムのやり方。


俺の提案を一部取り入れたやり方。


まだ。


結果は出ていない。


それでも。


村人が何人か。


畑の前で足を止めるようになった。


「何やってるんだ?」


「ガルムが新しいことやってるぞ」


「ガルムが?」


それだけで。


昨日の説明会とは。


反応が違う。


俺が百回説明するより。


二十五年間やり方を変えなかった男が。


一度試してみる。


その事実の方が。


村人には大きいらしい。


俺は二つの区画を見る。


もし。


ここで結果が出れば。


次は一軒。


その次は数軒。


誰がやっても同じ結果が出る形にする。


そうすれば。


村全体へ広げられる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。