第36話 帰る場所
一年が。
終わった。
王立学園にも。
春の休みが。
やってきた。
二回生が。
始まるまで。
しばらく。
授業はない。
俺は。
荷物を。
まとめた。
「レオン」
「本当に帰るの?」
アレンが。
寮の廊下で。
聞いてきた。
お前は。
本当に。
よく会いに来るな。
「ああ」
「そう、じゃあ」
「お母様とお父様によろしくね!」
「なんでお前がよろしくなんだよ」
「いろいろとお世話になったから」
なんだそれ。
「一応、伝えておく」
俺は。
鞄を。
肩にかける。
一年。
村には。
帰っていない。
父と。
母と。
姉さん。
別に。
寂しかったわけではない。
ただ。
帰れるなら。
帰る。
それだけだ。
「じゃあ」
「休みが終わったら」
「またね」
「ああ」
アレンが。
笑った。
「村の話」
「聞かせてよ」
俺は。
答えずに。
歩き出した。
◇◇◇
王都を。
出る。
馬車を。
乗り継ぐ。
見慣れた。
景色が。
少しずつ。
増えていく。
石造りの。
大きな建物は。
減った。
道も。
狭くなる。
畑。
森。
小さな川。
遠くに。
山が見える。
……。
帰ってきた。
そう。
思った。
不思議だった。
前世では。
家に帰るという言葉に。
こんな感覚は。
なかった。
家は。
寝る場所だった。
会社から。
戻る場所。
それだけだった。
今は。
違う。
馬車を降り。
村へ向かって。
歩く。
畑で。
作業をしていた男が。
俺に気づいた。
「お?」
「レオンじゃないか!」
声が。
飛ぶ。
別の人間も。
振り返る。
「帰ってきたのか!」
「王立学園はどうだ!」
「我が村の天才のお帰りだ」
「背、伸びたんじゃないか?」
うるさい。
俺は。
軽く。
手を上げた。
それだけで。
何人かが。
笑った。
……。
相変わらずだ。
この村は。
◇◇◇
家が。
見えた。
畑の向こう。
見慣れた。
小さな家。
扉の前に。
人影がある。
母さんだった。
俺を見る。
一瞬。
止まる。
そして。
走ってきた。
「レオン!」
「ただいま」
言い終わる前に。
抱きしめられた。
「ちょっ……」
「おかえり!」
「苦しい」
「一年も帰ってこないんだもの!」
「学園にいたんだから仕方ないだろ」
「手紙も少ないし!」
「必要なことは書いた」
「必要なことしか書いてないのよ!」
意味が。
分からない。
少し離れたところで。
父さんが。
笑っていた。
「おかえり、レオン」
「ああ」
「顔つきが変わったな」
「そうか?」
「ああ」
父さんが。
俺の肩を。
軽く叩く。
以前より。
少し。
小さく見えた。
「レオン?」
家の中から。
声がした。
俺は。
そちらを見る。
姉さんが。
扉に。
手を添えて。
立っていた。
「姉さん」
「本当にレオン?」
「ああ」
俺が。
近づく。
姉さんの手が。
伸びる。
俺の。
肩に触れ。
顔に触れる。
「……大きくなった」
「分かるのか?」
「分かるよ」
姉さんが。
笑った。
「声も少し変わった」
「そうか」
「うん」
その笑顔は。
何も。
変わっていなかった。
俺は。
なぜか。
少しだけ。
安心した。
◇◇◇
翌朝。
家の外へ。
出ると。
父さんが。
剣を。
振っていた。
木剣。
昔から。
使っているものだ。
「レオン」
「何?」
「久しぶりに」
「やるか?」
父さんが。
そう言って。
もう一本の。
木剣を。
俺に。
投げる。
受け取る。
……。
懐かしい。
王立学園に。
入る前。
何度も。
父さんと。
剣を。
振った。
一度も。
勝てなかった。
「いつでもいいぞ」
俺は。
木剣を。
構えた。
父さんが。
少し。
笑う。
「ほう」
「何だ」
「いや」
父さんも。
構える。
「構えが」
「変わったな」
「そうか?」
「ああ」
父さんの。
目が。
少しだけ。
鋭くなる。
「じゃあ」
「見せてもらうか」
次の瞬間。
父さんが。
踏み込んだ。
速い。
だが。
見える。
以前は。
気づいた時には。
目の前に。
木剣が。
あった。
今は。
違う。
右。
俺は。
木剣を。
合わせる。
ガッ。
乾いた音。
重い。
そのまま。
押し込まれる。
俺は。
一歩。
下がる。
父さんの。
二撃目。
受ける。
三撃目。
かわす。
四撃目。
――ここだ。
俺は。
踏み込む。
父さんの。
脇へ。
木剣を。
振る。
ガッ。
止められた。
「おっ」
父さんの。
声。
そのまま。
剣が。
返ってくる。
俺は。
身体を。
ひねる。
木剣が。
目の前を。
通り過ぎた。
以前なら。
ここで。
終わっていた。
俺は。
さらに。
踏み込む。
一撃。
二撃。
三撃。
父さんが。
受ける。
だが。
崩れない。
……。
強い。
学園で。
一年。
剣術も。
毎日。
鍛えた。
アイアンクラスとはいえ。
剣術は。
四位。
それでも。
父さんには。
届かない。
「はっ!」
父さんの。
剣が。
下から。
跳ね上がる。
俺の。
木剣が。
弾かれた。
しまった。
次の瞬間。
首元に。
木剣が。
止まる。
……。
父さんが。
剣を。
下ろした。
「まだ」
「俺の勝ちだな」
「……ああ」
悔しい。
一年。
鍛えた。
それでも。
勝てない。
俺は。
地面に落ちた。
木剣を。
拾う。
「もう一回」
「待て待て」
父さんが。
笑った。
「少しくらい」
「休ませろ」
父さんが。
ため息を。
つく。
だが。
その顔は。
笑っていた。
「それにしても」
父さんが。
俺を見る。
「強くなったな」
「レオン」
……。
「まだ」
「負けた」
「そういう意味じゃない」
父さんが。
木剣を。
肩に乗せる。
「大分」
「強くなった」
その言葉を。
聞いて。
俺は。
自分の手にある。
木剣を見る。
一年前の。
俺よりは。
確実に。
強くなっている。
……。
「父さん」
「ん?」
「もう一回」
父さんが。
呆れながら。
もう一度。
木剣を。
構えた。
◇◇◇
その日の。
夕食。
母さんが。
いつもより。
多く料理を。
並べた。
「多すぎるだろ」
「一年ぶりなんだからいいの」
「食べきれない」
「リアムが食べるわ」
「俺か?」
父さんが。
困った顔をする。
姉さんが。
笑う。
俺も。
食べる。
決して。
豪華ではない。
珍しいものも。
ない。
それでも。
妙に。
うまかった。
「それで?」
母さんが。
身を乗り出す。
「学園はどうだったの?」
「普通だ」
「普通じゃ分からないわよ」
「授業を受けて、訓練した」
「友達は?」
「いる」
「何人?」
「知らん」
「仲のいい子は?」
「……」
アレン。
カイル。
リナ。
何人かの顔が。
浮かんだ。
「別に」
「遊びに行ってるわけじゃない」
そう答えたが。
「そう」
母さんが。
嬉しそうに。
笑った。
なぜ。
母さんが。
喜ぶ。
俺には。
よく分からない。
「成績は?」
父さんが。
聞いた。
「四位」
「四位?」
「ああ」
「すごいじゃない」
母さんが。
言う。
アイアンクラスで。
そう。
付け加えようとしたが。
やめた。
「一位じゃない」
「四位でも十分よ」
「十分じゃない」
父さんが。
笑った。
「変わってないところもあるな」
何がだ。
そう。
言おうとした時だった。
姉さんが。
「あのね」
と。
声を出した。
少し。
いつもと違う。
母さんと。
父さんが。
顔を見合わせる。
……。
何だ。
「レオンに」
「話したいことがあるの」
姉さんが。
言った。
「何?」
少し。
間があった。
「私」
「結婚することになったの」
……。
俺の手が。
止まった。
「は?」
◇◇◇
結婚。
姉さんが。
結婚。
俺は。
姉さんを見る。
頬が。
少し。
赤い。
「誰と」
「エドと」
「エド?」
当然。
知っている。
村の。
青年だ。
父親と一緒に。
木工や。
家の修繕を。
している。
俺より。
五つ上。
昔から。
家にも。
何度か。
来ていた。
「いつからだ」
「何が?」
「いつからそんな話になっていた」
姉さんが。
困ったように。
笑う。
「うーん」
「レオンが学園に行ってから」
「聞いてない」
「今、話してるよ」
「手紙に書けただろ」
「直接言いたかったの」
……。
そういうものか。
俺には。
分からない。
「結婚はいつだ」
「レオンが」
「休みの間」
「は?」
母さんが。
笑う。
「レオンが帰ってくるのを待ってたのよ」
俺が。
帰るのを。
待っていた。
その言葉に。
少しだけ。
胸の奥が。
変な感じになった。
「……そうか」
それしか。
言えなかった。
◇◇◇
翌日。
俺は。
エドを。
見つけた。
村の端で。
壊れた柵を。
直していた。
「エド」
「ん?」
振り返る。
俺を見て。
笑った。
「レオンか」
「帰ってたんだな」
「ああ」
俺は。
エドを見る。
《潜在解析》
【個体名:エド・ハーラン】
【年齢:十九歳】
【身体能力:C+/潜在B】
【木工技術:B/潜在B+】
【生活技能:B+/潜在A-】
【状況判断:C+/潜在B】
……。
能力は。
悪くない。
が。
突出した。
能力もない。
ただ。
生活する上では。
十分だろう。
「姉さんと結婚するらしいな」
エドの手が。
止まった。
「ああ」
少し。
照れたように。
頭を掻く。
「これから」
「よろしくな」
「何が」
「弟だろ」
「そうだ」
「だから、よろしく」
俺は。
エドを見る。
聞きたいことが。
あった。
「姉さんは」
「目が見えない」
エドの表情が。
少し。
変わった。
「ああ」
「できないことも多い」
「ああ」
「エドがやらないといけないことも増える」
「ああ」
「それでも結婚するのか」
エドは。
しばらく。
俺を見た。
そして。
笑った。
「もちろん」
「するよ」
「なぜだ」
「一緒にいたいと思ってるから」
エドは。
即答した。
……。
直しかけの柵に。
手を置く。
「グレースは」
「見えないから」
「俺がやることもある」
「でも」
「俺ができないことを」
「グレースがやってくれることもある」
……。
「それに」
エドが。
続ける。
「できるとか」
「できないとか」
「それだけで一緒になるわけじゃない」
……。
「俺は」
「家族想いで」
「優しいグレースが好きだ」
「困っている人がいたら」
「目が見えなくても」
「助けようとする」
「グレースが大好きなんだ」
「だから」
「グレースと一緒にいたい」
「グレースも」
「俺と一緒にいたいって言ってくれた」
「だから結婚する」
単純だ。
論理的ではない。
なのに。
エドは。
迷っていなかった。
「……そうか」
俺は。
それしか。
言葉が出なかった。
「必ず」
「グレースを幸せにする」
「悲しい思いは」
「させない」
「レオン」
「お前とも」
「約束するよ」
エドは。
真顔で。
俺を。
見て。
言った。
幸せにするーー。
『玲司にとって、会社と家族、どっちが大切なの?』
前世の。
香里の言葉が。
頭に浮かぶ。
「エド」
「ん?」
「姉さんのこと」
「頼む」
……。
自分でも。
少し。
意外だった。
こんな言葉を。
俺が。
口にするとは。
エドは。
一瞬。
驚いた顔をした。
それから。
「ああ」
と。
笑った。
「任せろ」
◇◇◇
その夜。
俺は。
家の外に。
出た。
空には。
星が。
見えていた。
「レオン?」
後ろから。
姉さんの。
声がした。
「姉さん」
姉さんが。
ゆっくり。
俺の隣まで。
歩いてくる。
「眠れないの?」
「別に」
「そう」
姉さんが。
笑う。
少し。
沈黙が。
続いた。
「姉さん」
「何?」
「エドと」
「結婚して」
「幸せになれると」
「思ってるのか?」
姉さんは。
すぐには。
答えなかった。
「分からないよ」
「分からない?」
「うん」
姉さんが。
空を。
見上げるように。
顔を上げた。
「これから先のことなんて」
「誰にも分からないもの」
……。
「でも」
姉さんが。
続ける。
「エドと一緒に」
「幸せになりたいとは」
「思ってる」
……。
なれるか。
ではない。
なりたい、か。
「レオンは?」
「何が」
「好きな人いるの?」
「いない」
「ふふ」
「何だ」
「レオンらしいなって」
意味が。
分からない。
姉さんは。
しばらく。
黙っていた。
そして。
「私ね」
「明日が楽しみなの」
そう言った。
その声は。
いつもより。
少しだけ。
弾んでいた。
俺には。
未来は。
見えない。
《解析眼》でも。
《叡智庫》でも。
姉さんが。
幸せになるかは。
分からない。
それでも。
姉さんは。
笑っていた。
……。
「そうか」
俺は。
それだけ。
答えた。
◇◇◇
結婚の日。
村の人間が。
集まった。
大きな式ではない。
豪華な。
衣装もない。
村の広場に。
長い机を。
並べる。
料理を。
持ち寄る。
花を。
飾る。
それだけだ。
それでも。
朝から。
村中が。
騒がしかった。
母さんは。
何度も。
泣いていた。
「まだ始まってないだろ」
「だって……」
「泣くなら終わってからにしろ」
「レオンには分からないの」
また。
それだ。
父さんは。
平静な顔を。
していた。
だが。
さっきから。
同じ場所を。
何度も。
掃いている。
「父さん」
「何だ」
「そこ、もう綺麗だ」
「……そうか」
父さんも。
落ち着いていないらしい。
家の中では。
姉さんが。
母さんに。
髪を。
整えてもらっていた。
白い。
簡素な服。
村の女たちが。
少しずつ。
布を持ち寄って。
作ったらしい。
「レオン?」
姉さんが。
俺の足音に。
気づいた。
「ああ」
「どう?」
「何が」
「似合ってる?」
姉さんが。
笑う。
……。
母さんが。
俺を睨んだ。
俺は。
姉さんを見る。
「悪くない」
「ふふ」
「ありがとう」
なぜ。
それだけで。
そんなに。
嬉しそうにする。
◇◇◇
式が。
始まる。
エドが。
姉さんの前に。
立つ。
姉さんは。
エドの腕に。
手を添えている。
村の人間が。
二人を。
囲む。
難しい。
誓いの言葉はない。
村の年長者が。
二人に。
尋ねる。
これから。
共に。
暮らすか。
支え合うか。
家族になるか。
二人とも。
「はい」
と。
答えた。
それだけだった。
拍手が。
起きる。
母さんが。
また。
泣く。
父さんも。
少しだけ。
目を伏せた。
俺は。
姉さんを。
見ていた。
見えない目で。
前を向いている。
その顔は。
今まで見た中で。
一番。
幸せそうだった。
……。
幸せ。
前世の俺は。
そんなものを。
考えたことが。
あっただろうか。
会社を。
大きくする。
売上を。
伸ばす。
利益を。
増やす。
勝つ。
一番になる。
そればかりだった。
自分や。
家族の。
幸せなんて。
考えていなかった。
姉さんは。
何かで。
一番になったわけではない。
何かを。
成し遂げたわけでもない。
それでも。
今。
エドの。
隣で。
あんな顔で。
笑っている。
……。
分からない。
俺には。
まだ。
分からない。
ただーー。
「グレース姉さん」
「おめでとう」
そう。
言った瞬間。
視界が。
少しだけ。
滲んだ。
……。
何だ。
これは。
俺は。
何も言わず。
目元を。
拭った。
◇◇◇
夜。
宴が。
終わった。
姉さんは。
今日から。
エドの家で。
暮らす。
と言っても。
同じ村だ。
歩いて。
少し。
離れているだけ。
「じゃあね」
姉さんが。
言った。
「また明日も会うだろ」
「そうだけど」
「じゃあ、別にいいだろ」
「もう」
姉さんが。
笑う。
そして。
俺の頭に。
手を置いた。
「何だ」
「レオンも」
「学園、頑張ってね」
「言われなくてもやる」
「うん」
「知ってる」
手が。
離れる。
エドが。
姉さんの隣に。
立つ。
「じゃあな、レオン」
「ああ」
二人が。
歩いていく。
姉さんの手を。
エドが。
取る。
姉さんは。
迷わず。
その手を。
握った。
俺は。
二人の背中を。
しばらく。
見ていた。
◇◇◇
休みは。
あっという間に。
過ぎた。
父さんの。
畑を手伝った。
母さんの。
買い物にも。
付き合わされた。
村の子供たちに。
王都の話を。
何度も。
聞かれた。
姉さんと。
エドの家にも。
行った。
姉さんは。
変わらず。
笑っていた。
俺は。
訓練も。
続けた。
休みだからと。
止める理由はない。
四年後。
七国武競祭。
ヴァルガの。
あの少年。
忘れていない。
だが。
学園にいる時とは。
少しだけ。
時間の流れが。
違った。
朝。
畑の匂いで。
目が覚める。
母さんの。
声がする。
父さんが。
外で。
作業をしている。
少し離れた家には。
姉さんがいる。
何も。
競わない。
何も。
順位がつかない。
……。
こういう時間も。
悪くない。
そう思った。
◇◇◇
王都へ。
戻る朝。
母さんが。
大量の。
荷物を。
渡してきた。
「多い」
「みんなで食べなさい」
「誰と」
「お友達と」
「……」
「分かった」
母さんが。
笑う。
父さんが。
言った。
「二回生も頑張れ」
「それと」
「人には、負けても良い」
「でも」
「自分が自分を嫌いになるようなことは、するな」
「ああ」
「知ってる」
俺は。
そう答えた。
姉さんと。
エドも。
見送りに。
来ていた。
「レオン」
姉さんが。
俺を呼ぶ。
「何だ」
「また帰ってきてね」
俺は。
少しだけ。
黙った。
前なら。
帰る必要があれば。
帰る。
そう。
答えていたかもしれない。
「……ああ」
「また、帰ってくる」
姉さんが。
笑った。
俺は。
村を出る。
振り返る。
父さん。
母さん。
姉さん。
村の景色。
俺には。
目指すものがある。
世界の頂点だ。
その気持ちは。
変わらない。
だが。
それだけではないものも。
少しずつ。
増えている。
まだ。
それが。
何なのか。
うまく。
言葉には。
できない。
俺は。
前を向いた。




