第3話 目の見えない姉
俺には姉がいる。
グレース・アルヴァ。
六歳。
俺より三つ上。
そして――生まれつき、目が見えない。
「レオン、そこにいる?」
「いる」
「やっぱり」
「なんで分かった?」
「歩く音」
そしてグレースはいつもの様に笑った。
なぜいつも笑う?
俺には理解できない。
家族は誰も、彼女を腫れ物のように扱わない。
父は普通に仕事を頼む。
母は普通に叱る。
だが前世の知識で考えれば、この世界で視覚障害を持って生きることは簡単ではない。
福祉制度もない。
点字もない。
専門教育もない。
俺は無意識に考えていた。
――将来的な就労可能性は低い。家族の負担になる可能性が高いだろう。
その考えが変わったのは、種芋の選別の手伝いをしていた時だった。
「これは駄目」
グレースが一つを脇へ置く。
「こっちは大丈夫」
俺には見た目の違いが分からない。
《解析眼》
――――――――――
【種芋】
表面状態:良
硬度:良
鮮度:最高
水分状態:良
総合状態:良
――――――――――
俺は、グレースが「大丈夫」と判断した種芋を見つめた。
見た目だけなら、他の種芋とほとんど変わらない。
だが、《解析眼》で確認すれば状態の違いは明確だった。
「どうやって分かった?」
「触れば分かるよ」
「触るだけで?」
「匂いも少し違う」
俺は黙った。
次に袋の中へ十個入れ、試した。
十個正解。
偶然ではない。
◇◇◇
俺はグレースを観察した。
足音だけで家族を判別する。
野菜の匂いで状態を判断する。
手触りで種の品質を見分ける。
一度聞いた場所をほとんど忘れない。
そして人の声色の変化に敏感だ。
俺は改めてグレースへ意識を向けた。
《解析眼》
――――――――――
【グレース・アルヴァ】
種族:人間
年齢:六歳
健康状態:良好
視覚:F
体力:E
筋力:F
農作業:E
料理:F
裁縫:E
魔法適性:F
判断力:D
――――――――――
「……低いな」
表示された能力を途中まで確認したところで、思わず心の中で呟いた。
前世の俺なら。
ここまでのステータスを見た時点で、重要な仕事を任せる対象から外していた。
だが。
この家では違う。
グレースは毎日、家の仕事に貢献している。
目が見えないにもかかわらず。
種芋を選別し。
野菜の状態を確認し。
家の中では、自分にできる仕事を見つけて動いている。
「……おかしいな」
能力ステータスは低い。
なのに、仕事ができる。
俺はもう一度、表示された項目を見る。
視覚――F。
体力――E。
筋力――F。
農作業――E。
ん?
よく見ると、表示はまだ下に続いていた。
触覚識別――A。
嗅覚識別――B。
聴覚識別――B。
そこで、ようやく気づいた。
そういうことか。
グレースは、すべての能力が低いわけじゃない。
できないことが多いだけだ。
そして。
その中に、明確に高い能力がある。
目が見えないからこそ。
触った感触。
わずかな匂い。
小さな音。
そういった情報を使って、周囲の状況を判断している。
それを毎日繰り返してきた。
そして種芋の選別という仕事では。
視力よりも。
触覚と嗅覚の方が重要なのだ。
つまり。
グレースは「種芋の選別」においては仕事ができるのだ。
今まで俺は。
「できないこと」の方を見ていた。
前世の会社でも、似たようなことをしていた。
社員の評価表を作り。
不足している能力を洗い出し。
上司に指導させ、高額な外部研修を受けさせ。
弱点を改善させる。
それが育成だと思っていた。
《叡智庫》を開く。
人事制度。
人員配置。
スキルマップ。
適材適所。
良い組織を作るには、その人の強みが成果につながる場所へ配置する――。
前世の俺も知識としては知っていた。
だが。
すぐにその部署で成果が出ない人間を「能力がない」と切り捨てていた。
「姉さん」
「なに?」
「父さんより上手い」
「それ、お父さんに言ったら怒るよ」
「事実だ」
後ろから低い声がした。
「聞こえてるぞ」
リアムだった。
グレースが笑う。
俺は真顔で答えた。
「じゃあ比較しよう」
「何をだ」
「父さんと姉さん。百個ずつ選別して、発芽率を見る」
「お前は三歳で何を言ってるんだ……」
◇◇◇
結果は明確だった。
グレースが選んだ種の方が、発芽率が高かった。
リアムは腕を組んで唸った。
「参ったな」
グレースはいつも以上に笑顔で言った。
「私、役に立てたね」
その言葉に。
なぜか胸が引っかかった。
グレースは笑っている。
その笑顔を見ながら俺は思った。
人を見る時。
できないことよりも。
何ができるのか。
何が得意なのか。
強みを見ることも重要なのかもしれない。
転生して三年目の俺には、まだそこまでしか理解できなかった。




