第19話 頂点の先に
静かになった。
ダンジョンの中に。
少年の泣き声だけが。
残っている。
アレンは。
まだ。
少年の背中を。
ゆっくり叩いていた。
俺は。
倒れている男たちを見る。
四人。
全員。
動かない。
死んではいない。
気を失っているだけだ。
たぶん。
「……帰るぞ」
俺が言うと。
アレンが。
ようやく。
こちらを見た。
「うん」
額には。
まだ。
細い血の跡がある。
本当に。
何を考えているんだ。
俺たちは。
少年を連れて。
来た道を。
戻り始めた。
大人たちに。
知らせる必要がある。
それに。
こいつらを。
引き渡す必要もある。
少年は。
アレンの服を。
掴んだまま。
離さない。
アレンも。
何も言わず。
その歩幅に。
合わせている。
俺は。
二人の少し前を。
歩く。
外の光が見えた。
出口だ。
あと少し。
そう思った。
その時だった。
みし。
足元で。
音がした。
俺は。
止まる。
「待て」
アレンも。
足を止める。
少年が。
俺を見る。
もう一度。
みし。
嫌な音。
《解析眼》。
【地面】
状態:悪
亀裂:多数
安定性:低
「走れ!」
叫んだ瞬間。
地面が。
沈んだ。
「レオン!」
岩が。
崩れる。
足場が。
消える。
出口側。
ほんの。
数メートル。
少年が。
転びそうになる。
俺は。
腕を掴んだ。
「行け!」
「え?」
「出口まで走れ!」
背中を。
押す。
少年が。
よろめきながら。
前へ走る。
「大人に伝えろ!」
「早く!」
少年が。
出口へ走る。
その瞬間。
地面が。
大きく割れた。
「レオン!」
アレンの手が。
伸びる。
俺も。
手を伸ばす。
届かない。
身体が。
落ちる。
暗闇へ。
二人で。
落ちていった。
◇◇◇
痛い。
最初に。
そう思った。
背中。
肩。
左腕。
全身が。
痛む。
だが。
動く。
骨は。
たぶん。
折れていない。
目を開ける。
暗い。
何も。
見えない。
「……アレン」
返事がない。
「アレン!」
「……うん」
少し離れた場所から。
声。
「無事か?」
「たぶん」
「たぶんじゃ分からない」
「じゃあ、大丈夫」
こんな時まで。
こいつは。
俺は。
身体を起こす。
暗闇の中。
石が。
転がる音。
「ちょっと待って」
アレンの声。
次の瞬間。
ぼっ。
小さな炎が。
アレンの手の上に。
灯った。
攻撃するための。
火じゃない。
小さな炎を。
一定の大きさで。
維持している。
……器用だな。
周囲が。
橙色に。
照らされる。
広い空間。
岩壁。
高い天井。
落ちてきた穴は。
はるか上。
暗くて。
ほとんど見えない。
「登るのは」
「無理そうだね」
「見れば分かる」
俺は。
壁にもたれる。
アレンも。
隣に座った。
「少し休む」
「うん」
身体が。
まだ。
痛い。
落下の衝撃が。
残っている。
焦って動く方が。
危険だ。
それに。
少年は。
外へ出た。
大人に。
伝える。
父さんも。
アレンの護衛も。
探している。
そのうち。
助けは来る。
今は。
体力を。
戻すべきだ。
しばらく。
何も。
話さなかった。
炎が。
小さく揺れる。
俺は。
横を見る。
アレンの額。
さっきの傷。
血は。
止まっている。
思い出す。
男の剣。
アレンの額。
一歩。
間違えば。
死んでいた。
「なあ」
「ん?」
「なんで逃げなかった」
アレンが。
俺を見る。
「さっきだ」
「剣を向けられた時」
「避けることも」
「下がることもできただろ」
「……ああ」
アレンは。
少し考えて。
炎を見る。
「あの人」
「人を殺す勇気は」
「持ってなかった」
「は?」
「怒ってたけど」
「それ以上に」
「自分が捕まることを」
「怖がってただけ」
俺は。
眉を寄せる。
何を根拠に。
そう判断した。
そう聞こうとして。
アレンが。
続けた。
「それに」
「レオンがいたから」
「……俺?」
「うん」
アレンが。
当たり前みたいに。
笑う。
「レオンなら」
「絶対に」
「助ける方法を考えてくれると思った」
「……」
言葉が。
出ない。
こいつは。
何を言っている。
俺が。
失敗する可能性は。
考えなかったのか。
岩が。
落ちなかったら。
魔法を。
外していたら。
男が。
先に剣を振っていたら。
結果は。
違っていた。
「馬鹿か」
「そうかな?」
「そうだ」
アレンは。
笑っている。
俺は。
それ以上。
何も言わなかった。
また。
沈黙。
炎が。
揺れる。
しばらくして。
アレンが。
口を開いた。
「ねえ、レオン」
「なんだ」
「レオンは」
「将来、何がしたい?」
「……」
俺は。
答えない。
将来。
この世界で。
何をするか。
それは。
決めている。
力をつける。
金を稼ぐ。
知識を得る。
地位を得る。
そして。
世界の頂点を目指す。
そのために。
俺は。
動いている。
だが。
アレンに。
何がしたい。
そう聞かれると。
なぜか。
言葉が。
出てこない。
「アレン」
「お前は?」
「決まってるよ」
即答だった。
アレンが。
笑う。
「僕は」
「誰もが幸せに暮らせる世界を作りたい」
「……は?」
思わず。
顔を見る。
アレンは。
真面目な顔をしている。
「誰もが?」
「うん」
「全員?」
「うん」
「何を言ってる」
「そんなことは無理だ」
アレンが。
首を傾げる。
「どうして?」
どうして。
説明する必要がある。
俺は。
小さく息を吐く。
「人間は」
「全員が同じものを望んでるわけじゃない」
「金が欲しい奴もいる」
「地位が欲しい奴もいる」
「自由が欲しい奴もいる」
「他人より上に立ちたい奴もいる」
「誰かの幸せが」
「別の誰かの不利益になることもある」
アレンは。
黙って聞いている。
「国が違えば」
「利益も違う」
「土地」
「食料」
「水」
「資源」
「全部」
「限りがある」
「奪い合いはなくならない」
「それに」
「幸せの基準なんて」
「人によって違う」
「全員を幸せにするなんて」
「目標として成立してない」
言い切る。
当然だ。
前の世界でも。
会社ですら。
千人程度の人間を。
同じ方向へ向かせるのは。
簡単じゃなかった。
世界の。
全員を。
幸せにする。
無理に。
決まっている。
だが。
なぜ。
こんな話を。
こいつ相手に。
ここまで。
むきになって。
説明しているのか。
自分でも。
分からなかった。
「なるほど」
アレンが。
頷く。
「分かったか」
「うん」
「でも」
「僕は」
「誰もが幸せに暮らせる世界を作りたい」
「……は?」
アレンは。
また。
笑った。
「難しいってことは分かった」
「それでも」
「僕は」
「必ず実現したいんだ」
「……」
こいつ。
話を。
聞いていたのか。
無理だと。
ここまで。
説明した。
なのに。
笑っている。
やっぱり。
馬鹿だ。
「それで」
アレンが。
俺を見る。
「レオンは?」
「将来」
「何がしたいの?」
また。
その質問。
俺は。
炎を見る。
今度は。
言葉に出した。
「俺は」
「世界の頂点を目指す」
そう。
答えた。
「すごいね」
「レオンならできそう」
アレンは。
笑った。
「でも」
アレンは。
今度は真面目な顔で。
聞いてきた。
「なぜ、世界の頂点を目指すの?」
なぜ。
俺が。
世界の頂点を目指すのか。
そんなこと。
考えたことが。
あっただろうか。
前の人生では。
会社を大きくする。
売上を増やす。
利益を増やす。
勝つ。
結果を出す。
それが全てだった。
そして。
この世界では。
頂点を目指す。
そう。
決めている。
でも。
その先に。
何がある。
俺は――。
ごっ。
奥から。
音がした。
俺とアレンが。
同時に。
顔を上げる。
ごっ。
ごっ。
重い。
何かが。
地面を。
叩く音。
炎の向こう。
暗闇。
何かが。
動いている。
大きい。
「……何だ」
アレンが。
炎を。
前へ向ける。
光が。
届く。
岩。
いや。
岩の塊。
腕。
脚。
胴体。
人の形。
巨大な。
石の身体。
「ゴーレム……」
父さんから。
聞いたことがある。
岩の身体を持つ。
中級の魔物。
俺は。
立ち上がる。
まずい。
ここは。
下層。
浅い場所とは。
違う。
逃げる。
それが。
最優先。
周囲を見る。
通路。
後ろ。
右。
左。
どこへ。
逃げる。
考えろ。
「レオン」
アレンの声。
見る。
アレンが。
木剣を。
握っている。
そして。
笑っている。
「一緒に倒そう」
「……は?」
ゴーレムが。
一歩。
近づく。
地面が。
揺れる。
俺は。
アレンを見る。
こいつ。
とんでもない。
馬鹿だ――。




