第12話 もう一人の主人公
人の心が読める。
それは。
幸せなことなのだろうか。
僕には。
分からない。
僕には。
誰にも言っていない。
秘密がある。
《読心眼》。
人の心が。
見える。
正確には。
言葉として。
浮かんでくる。
――緊張している。
――怖い。
――嬉しい。
――帰りたい。
――認められたい。
相手を見ると。
そんな感情や欲求が。
文字のように。
頭の中へ流れ込んでくる。
相手が今。
何を感じているのか。
何を望んでいるのか。
それが。
見える。
だから。
僕は。
知りたくないことまで。
知ってしまう。
◇◇◇
「アレン殿下」
教師が。
笑顔で言う。
「本日の剣術も、素晴らしゅうございました」
頭の中には。
別の言葉が見える。
――機嫌を損ねないように、褒めておくか。
「ありがとうございます」
僕は。
笑う。
別の日。
貴族が。
父上に言った。
「第一王子殿下は、将来必ず名君になられるでしょう」
――今のうちに取り入っておきたい。
「ありがとうございます」
僕は。
また笑う。
使用人が。
「殿下、お食事をお持ちしました」
――口に合わなかったら、怒られる。
「ありがとう」
僕は。
笑って返事をした。
人は。
口で言っていることと。
心の中で思っていることが。
違う。
最初は。
それが面白かった。
でも。
すぐに。
嫌になった。
褒められても。
本当にそう思っているのか。
分かってしまう。
笑われても。
本当は怖がられていることが。
分かってしまう。
優しくされても。
その理由が。
分かってしまう。
僕は。
人を。
信じることが。
少しずつ。
難しくなっていった。
◇◇◇
ただ。
一人だけ。
違う人がいた。
母上。
オウレリア・アルセリア。
「アレン」
母上が。
僕を抱きしめる。
「今日も頑張ったのね」
母上を見る。
――この子が幸せでいてほしい。
いつも。
同じだった。
僕が。
剣術で勝っても。
負けても。
勉強ができても。
できなくても。
母上の中にあるものは。
変わらない。
――アレンが幸せでいてほしい。
母上は。
同じことを思っていた。
幸せでいてほしい。
ただ。
それだけ。
だから。
僕は。
母上のそばが。
好きだった。
心を読んでも。
嫌なものが。
何も見えないから。
◇◇◇
僕が。
五歳の頃。
城の外へ出たことがある。
視察だった。
父上と。
母上と。
護衛。
大勢の貴族。
僕は。
馬車の窓から。
町を見ていた。
王都。
アルセリア王国で。
最も豊かな町。
そう。
教えられていた。
でも。
路地の奥に。
子供がいた。
僕と。
同じくらいの年齢。
裸足だった。
服も。
汚れている。
その子を見る。
――お腹が空いた。
それだけだった。
僕は。
馬車の中にある。
菓子を見た。
「母上」
「どうしたの?」
「あの子に、これをあげてもいい?」
母上は。
窓の外を見た。
少し。
悲しそうな顔をした。
「ええ」
馬車を止めた。
菓子を渡した。
子供は。
何度も。
頭を下げた。
「ありがとうございます!」
その子を見る。
――食べられる。
――嬉しい。
僕も。
嬉しかった。
一人。
助けた。
そう思った。
でも。
周りを見る。
別の子供。
――お腹が空いた。
その向こうにも。
――寒い。
さらに。
別の場所。
――仕事がほしい。
――薬が買えない。
――今日の食事がない。
見える。
見える。
見える。
僕には。
全部。
見えてしまう。
「母上」
「なあに?」
「どうして、みんなに食べ物をあげないの?」
母上は。
すぐには。
答えなかった。
「難しいの」
「どうして?」
「食べ物を渡すだけでは、明日も同じだから」
僕は。
意味が分からなかった。
「じゃあ、毎日あげればいい」
母上は。
困ったように笑った。
「そうできたらいいわね」
その心を見る。
――この国から、苦しむ人がいなくなればいい。
母上も。
同じだった。
助けたい。
でも。
できない。
◇◇◇
僕が。
六歳になった年。
王都で。
病が流行った。
最初は。
城下町だった。
それから。
城の中でも。
病人が出た。
母上も。
倒れた。
元々。
身体が。
強い人ではなかった。
「母上」
ベッドの上で。
母上が。
笑う。
「大丈夫よ」
嘘だった。
僕には。
分かる。
――苦しい。
――怖い。
それでも。
母上は。
笑っていた。
「すぐ治るわ」
――アレンを不安にさせたくない。
やめて。
そう思った。
でも。
母上は。
僕たちの前では。
ずっと笑っていた。
◇◇◇
医者が。
部屋から出てくる。
父上が聞く。
「どうなのだ」
「できる限りのことはしております」
医者を見る。
――治るかどうか、分からない。
別の医者。
「新しい薬を試しております」
――効いてほしいが、難しいだろう。
神官。
「女神アステリアの御加護があれば」
――どうか助かってくれ。
全員。
助けようとしている。
なのに。
誰も。
助け方を。
知らない。
心が読める。
だから何だ。
どうすれば。
母上を助けられるのか。
それが。
分からない。
◇◇◇
「アレン」
ある夜。
母上に。
呼ばれた。
部屋には。
僕と。
母上だけだった。
「はい」
僕は。
ベッドの横に座る。
母上の手を。
握った。
細い。
以前より。
ずっと。
細くなっている。
「あなたは、優しい子ね」
「違います」
「どうして?」
「僕は、何もできない」
母上が。
僕を見る。
「そんなことないわ」
「何もできません」
「母上が苦しいことも分かる」
「みんなが母上を助けたいと思っていることも分かる」
「でも」
声が。
震えた。
「どうすればいいかが、分からないんです」
母上は。
黙って。
僕を見ていた。
「分かるのに」
「僕は、何もできない」
涙が。
出た。
母上が。
僕の手を。
握った。
弱い力だった。
「アレン」
「はい」
「分かることは、とても大切なことよ」
「でも」
母上は。
少し。
息を整えた。
「一人で、全部できる必要はないの」
僕は。
母上を見る。
「できないことは」
「できる人に」
「助けてもらえばいいのよ」
「そして……」
「あなたも、その人を助けてあげて」
母上は。
少しだけ。
笑った。
「アレン」
「はい」
「幸せに……なってね」
それが。
母上が僕に残した。
最後の言葉だった。
◇◇◇
その日の夜。
母上は。
亡くなった。
◇◇◇
葬儀には。
大勢の人が来た。
みんな。
泣いていた。
僕には。
その心が。
見えた。
――悲しい。
――もっと生きてほしかった。
――優しい方だった。
――助けてもらった。
――信じられない。
母上は。
本当に。
多くの人から。
愛されていた。
僕は。
棺を見た。
母上の心は。
もう。
見えなかった。
何も。
表示されない。
初めてだった。
母上を見ても。
何も分からない。
「母上」
返事はない。
当たり前だ。
僕は。
母上を。
助けられなかった。
心が読めても。
助けられなかった。
僕には。
何の力もなかった。
◇◇◇
母上が亡くなってから。
僕は。
城の外を見るようになった。
前より。
ずっと。
多く。
町へ出た。
貧しい人。
病気の人。
仕事がない人。
差別されている人。
人間。
エルフ。
獣人。
ドワーフ。
種族が違う。
生まれた場所が違う。
家が違う。
それだけで。
人生が変わる。
ある日。
獣人の子供が。
人間の子供たちに。
石を投げられていた。
「獣臭いんだよ!」
獣人の子を見る。
――怖い。
石を投げている子を見る。
――みんながやっている。
止めた。
別の日。
店の前で。
老人が。
頭を下げていた。
――仕事がほしい。
商人を見る。
――年寄りは役に立たない。
また。
別の日。
農民が。
役人に訴えていた。
「今年は不作なんです!」
農民。
――このままでは家族が食べられない。
役人。
――規則だから仕方ない。
税を払えない。
病気を治せない。
仕事につけない。
種族だけで。
嫌われる。
僕には。
全部。
見える。
なぜ苦しいのか。
何を望んでいるのか。
見える。
でも。
解決する方法が。
分からない。
◇◇◇
僕は。
父上に聞いた。
「父上」
「どうした、アレン」
「どうすれば、みんな幸せになれますか?」
父上は。
驚いた顔をした。
しばらく。
黙った。
「難しい質問だな」
「国王でも分からないのですか?」
「分からん」
意外だった。
父上は。
何でも知っていると思っていた。
「だが」
父上が言う。
「だから考えるのだ」
「考える?」
「国を治めるというのは、答えのない問いを考え続けることなのかもしれん」
父上を見る。
――この子に、重いものを背負わせたくない。
まただ。
みんな。
僕を守ろうとする。
母上も。
父上も。
でも。
守られているだけでは。
何も変わらない。
◇◇◇
その夜。
僕は。
母上の部屋へ行った。
誰も。
使っていない。
母上が座っていた椅子。
読んでいた本。
窓際の花。
ほとんど。
そのままだった。
椅子に。
座る。
母上の言葉を。
思い出す。
――この国から、苦しむ人がいなくなればいい。
そして。
最後に。
母上が。
何度も思っていたこと。
――この子たちが幸せでいてほしい。
そして。
最後に聞いた。
母上の言葉。
――幸せに……なってね。
僕が。
幸せになる。
それが。
母上の願いだった。
幸せ。
僕は。
窓から。
王都を見る。
灯りが。
いくつも見える。
あの灯りの下に。
人がいる。
笑っている人。
泣いている人。
苦しんでいる人。
明日を。
怖がっている人。
僕には。
それが見える。
母上は。
僕の幸せを。
願ってくれた。
でも。
僕だけが。
幸せなら。
それでいいのだろうか。
なら。
僕が。
やるべきことは。
一つなのかもしれない。
「僕は」
誰もいない部屋で。
呟いた。
「誰もが」
「幸せに暮らせる国を作りたい」
違う。
国だけでは。
足りない。
国境の向こうにも。
人はいる。
アルセリアだけが。
幸せでも。
戦争が起きれば。
また。
誰かが苦しむ。
なら。
「誰もが」
「幸せに暮らせる世の中を作りたい」
それが。
初めて。
僕自身が。
決めたことだった。
でも。
すぐに。
一つの問題に気づいた。
――どうやって?
貧困。
飢え。
病気。
差別。
戦争。
僕には。
苦しんでいる人が見える。
何を望んでいるのかも。
分かる。
でも。
どうすれば。
それを解決できるのか。
分からない。
母上を。
救えなかった時と。
同じだった。
◇◇◇
それから。
二年。
僕は。
答えを。
探し続けた。
本を読んだ。
学者に聞いた。
騎士に聞いた。
商人に聞いた。
役人に聞いた。
どうすれば。
国は豊かになる。
どうすれば。
飢える人を減らせる。
どうすれば。
争いを減らせる。
どうすれば。
違う種族が。
一緒に暮らせる。
答えは。
たくさんあった。
でも。
人によって。
その答えは違った。
税を下げればいい。
国が助ければいい。
軍を強くすればいい。
戦争を避ければいい。
貴族を強くすればいい。
王権を強くすればいい。
商人を自由にすればいい。
心を読んでも。
答えは出ない。
学者に聞いても。
答えは違う。
父上でさえ。
答えを持っていない。
僕には。
理想はある。
でも。
その理想を。
現実に変える力がない。
どうやって。
解決すればいいのか。
僕には。
やっぱり。
分からなかった。
◇◇◇
八歳になった。
ある日。
城へ来た商人たちが。
話していた。
「そういえば、聞いたか?」
「何を?」
「西の村に、天才がいるらしい」
僕は。
本を読んでいた。
気にしていなかった。
「七つか八つくらいの子供らしいんだが」
「子供?」
「村の収穫量を増やしたらしい」
手が。
止まった。
「それだけじゃない」
商人が続ける。
「近くの村でも、農業の問題を解決したとか」
問題を。
解決した?
僕は。
顔を上げた。
「しかも、固有スキルを二つ持っているらしい」
「二つ?」
「そんな馬鹿な」
「天授の儀で、本当に出たらしいぞ」
別の商人が笑う。
「何て名前だ?」
「確か――」
少し。
間があった。
「レオン」
「レオン・アルヴァ」
僕は。
その名前を。
頭の中で繰り返した。
レオン・アルヴァ。
村の問題を。
解決した少年。
その時。
母上の言葉が。
頭の中に。
浮かんだ。
――一人で、全部できる必要はないの。
――できないことは、できる人に助けてもらえばいいのよ。
レオン・アルヴァ。
本当に。
僕にない力を。
持っているのだろうか。
「会ってみたい」
そう思った。




