真珠湾からの急報
一九四一年十二月七日、ミズーリ州コロンビア。
ペナント・ホテルの部屋で電話のベルが鳴り響いたのは、午後三時をまわった頃だった。
前夜の公聴会で遅くなったハリーは、朝のうちに妻ベスへの手紙を書き終え、ワシントンへ戻る前のわずかな合間を縫って、再びベッドへ潜り込もうとしていたところだった。
受話器を取り上げると、相手は副連邦保安官だった。
「上院議員、大変です。日本軍がホノルルを攻撃した模様です」
ハリーはすぐに返事をすることができなかった。一瞬、受話器から流れてきた言葉が頭の中で像を結ばなかった。
「……もう一度言ってくれ」
「日本軍がハワイを攻撃しました」
被害を受けた艦船の数も、死傷者の規模もわからない。攻撃がすでに終わったのか、それともまだ続いているのかさえ不明だった。
ただ一つだけ確かなことがある。
合衆国が攻撃された。
受話器を置く暇もなく、再びベルが鳴った。
今度はベスだった。
「ハリー、聞いた?」
「ああ」
「ワシントンへ戻るんでしょう」
質問というより確認だった。
「戻る」
「飛行機は?」
「これから取る」
「じゃあ、先にそれをしなさい」
いつものベスだった。
大変ね、とも、心配だわ、とも言わない。必要なことを先に片づけさせる。
「明日、議会だそうだ」
「でしょうね」
「合同会議になる」
「だったら、なおさら戻らないと」
「ああ」
ほんの少し間があった。
「ベス」
「なに?」
「心配するな」
電話の向こうで、短く息を吐く気配がした。
「そう言う時のあなたは、大抵心配した方がいいのよ」
ハリーは、思わず口元を緩めた。
「今回は大丈夫だ」
「それも、あまり当てにならないわね」
「ひどいな」
「飛行機を取りなさい、ハリー」
「はいはい」
受話器を置く。
ほんの数十秒前まで、世界がひっくり返ったように感じていた。それでもベスと話している間だけは、自分がいつものハリー・トルーマンに戻っていた。
ハリーは急いで航空便を手配し、セントルイスへ向かった。そこから深夜の便で東へ飛ぶ。
暗闇を進む機内では、ラジオの速報が途切れることなく流れ続けていた。
真珠湾が攻撃された。
太平洋艦隊が大きな損害を受けた。
フィリピンも攻撃された。
新たな情報が入るたびに数字は変わり、地名が増えた。確認された事実と、まだ確かめられていない情報が入り混じったまま、次々と乗客の耳へ飛び込んでくる。
ハリーは眠れなかった。
窓の外には何も見えない。ただ黒い大地の上を、旅客機だけが東へ向かって進んでいる。
第一次世界大戦の時とは違った。
あのとき戦争は、大西洋の向こう側にあった。自分たちが輸送船に乗り、フランスまで渡らなければ届かなかった。
今度は向こうから来た。
太平洋を越え、日曜日の朝に、アメリカ軍がいる場所まで。
ハリーは座席に深く背を沈めた。
自分は一度、戦争へ行った。第129野戦砲兵連隊D中隊の兵士たちとフランスへ渡り、砲撃を受け、砲撃を返し、部下を率いた。
だが今度は違う。
自分は上院議員だった。
夜明けが近づく頃、窓の下にワシントンの街並みが浮かび上がってきた。
ほとんど眠っていなかったが、眠気はなかった。
首都へ戻ると、新聞売り場には朝刊や号外が並んでいた。ハリーはその一部を買い、歩きながら紙面を開いた。
昨夜までラジオから断片的に流れていた言葉が、活字になって一つにつながっていた。
戦争だった。
掲載された写真に目が止まった。黒煙が空へ立ち上り、その下で艦が炎に包まれている。
ハリーは記事を追ったが、読めば読むほどわからないことも増えた。正確な死傷者数も、沈没した艦の数もまだ定まっていない。
昨日までワシントンでは、日本との外交交渉が続いていた。
その同じ時間に、日本の艦隊はハワイへ向かっていた。
新聞を握る指に力が入った。
昨日まで外交を報じていた紙面が、今日は戦争を報じている。
ハリーは新聞を硬く折りたたみ、議事堂へ向かった。
正午を過ぎる頃には、上下両院の議員たちが議場へ集まり始めていた。
新聞を読んできた者もいれば、ラジオを聞いてきた者もいる。政府高官から直接連絡を受けた者もいた。
誰もが何かを知っている。
だが、誰も全貌を知らなかった。
やがて、フランクリン・D・ルーズベルト大統領が入場してきた。
ハリーはその姿を見つめた。
昨日、日本軍が真珠湾を攻撃した。
今度は、その事実を合衆国大統領が国家の言葉にする。
ルーズベルトが演説を始めた。
1941年12月7日。
不名誉とともに記憶される日だ。
議場が静まり返った。
ハリーは黙って聞いた。
電話で聞いた。
ラジオで聞いた。
新聞で読んだ。
だが今は違った。
速報ではない。
合衆国大統領が、議会に向かって戦争を語っている。
演説が終わった。
採決が始まった。
ハリー・S・トルーマン。
「賛成」
その一言を口にしたあと、ハリーは席に座った。
第一次世界大戦では、自分が戦場へ行った。
今度は違う。
自分はここに座り、若い男たちを戦場へ送る側にいる。
その事実だけが、胸の中に残った。
議場を出ても、気持ちは静まらなかった。
日本への怒りだけではない。
なぜこれほどの艦隊をハワイの近くまで許したのか。なぜ日曜日の朝まで気づかなかったのか。頭の中では、答えのない疑問と苛立ちが何度も同じ場所を回っていた。
そして、そのたびに別の考えが割り込んできた。
自分はここで何をしている。
自分にはまだ軍籍がある。
砲兵だった。D中隊を率いて、フランスで戦った。
若い兵士たちに戦場へ行けという票を投じておきながら、自分だけがワシントンに残っていていいのか。
答えは、ほとんど決まっていた。
マーシャルに会う。
現役復帰を願い出る。
言うことは、もう決まっていた。
――私を、現役へ戻してください。




