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トルーマン ~蚊帳の外の男が大統領になったら、原爆もソ連も全部回ってきた~  作者: 人知るミシル


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自分を信じろ

一九四五年五月二十六日 メリーランド州ベセスダ


ホワイトハウスを出ると、街の気配が少しずつ遠ざかっていった。


大統領になってから、初めてホワイトハウスを離れて過ごす夜だった。


行き先は、バーニング・ツリー・クラブ。


ワシントン郊外の、男ばかりの私設ゴルフクラブだった。


夕食が終わり、食器が下げられる。


そのあとを待っていたように、カードが出た。


ジェームズ・M・バーンズ――皆がジムと呼ぶ元下院議員――が、カードを切りながらハリーを見た。


今はホワイトハウスでハリーを助けている男だった。


「ハリー、大統領はどうした?」


「置いてきた」


ジムの手が止まった。


「どこに?」


向かいにいたクリントン・アンダーソンが聞いた。


「ホワイトハウスだ。あいつは仕事ばかりでつまらん」


一瞬の沈黙のあと、卓を囲んだ男たちが笑った。


ハリー・トルーマンも笑った。


現職の議員もいれば、もう議席を離れた男もいる。


大統領になったからといって、急に知らない人間になったわけではなかった。


少なくとも、この卓では。


世界地図も、軍事報告もない。


スターリンも日本軍も、今夜ばかりはここに座っていない。


卓上にあるのは、カードとチップだった。


「レイズ」


アンダーソンが目を細めた。


「待て。大統領権限を使う気じゃないだろうな」


「使えるなら、とっくにお前のカードを没収してる」


ジムが言った。


「横暴だな」


「議会で止めろ」


アンダーソンがすぐ返した。


「ここに議会を持ち込むな」


また笑いが起きた。


ジムがカードを配り直しながら、ハリーを見た。


「しかし、妙なもんだな」


「何が?」


「お前が大統領だ」


「それは俺もそう思う」


「まだか?」


「まだだ」


「一月以上経ってるぞ」


「一月で慣れる肩書じゃないだろう」


ハリーはカードを一枚捨て、新しい一枚を取った。


悪くない。


アンダーソンがその顔を見た。


「それにしても、お前、今日は妙にツイてるな」


「今日だけみたいに言うな」


「政治でもツイてるじゃないか」


「そっちは俺の腕だ」


ジムが鼻で笑った。


「よく言う」


ハリーも笑った。


冗談だった。


たぶん。


ドイツは降伏した。


議会は思っていたより協力的だった。


ルーズベルトの閣僚も、軍人たちも、まだ自分のところへ来てくれる。


今のところ、国は動いている。


「ほら」


ジムが札を開いた。


ハリーも手札を見せた。


また勝っていた。


アンダーソンが椅子の背にもたれた。


「おい」


「何だ」


「大統領は置いてきたんじゃなかったのか?」


「置いてきたよ」


「じゃあ、その運も置いてこい」


ハリーは卓の中央からチップを自分の方へ引き寄せた。


「そいつは俺のだ」


また笑いが起きた。


今夜、彼らが笑っている相手は大統領だった。


同時に、昔から知っているハリーでもあった。


*


五月二十七日


日曜日のホワイトハウスは静かだった。


前夜とは違って、人の出入りが少ない。


廊下を急ぐ靴音も、扉の開閉も、平日より遠かった。


ハリーは家族と一日を過ごした。


食卓を囲み、新聞を読み、しばらく何もしない時間があった。


ベスがいる。


マーガレットがいる。


大統領になってから一月半。


それでも、家族と食事をしている時の自分まで別人になったわけではなかった。


やがてハリーは机に向かった。


昨日のカードのことを書こうと思った。


昔から、賭け事では妙に運がいい。


そう書いて、少し考えた。


政治でも。


昨夜は笑った。


だが、大統領になってからの一月半を振り返ると、本当に妙だった。


何も知らないまま放り込まれた。


それでも議会で話し、モロトフと向き合い、ドイツの降伏を自分の口で国民へ伝えた。


分からなければ、人を呼んだ。


必要なら、人を送った。


それでも国は動いていた。


大統領になったばかりの頃、バークリーに言われたことを思い出した。


自分で自分を信用しなければ、国民がお前を信用できるはずがない。


そして、もう一つ。


神がこの席へお前を置いたのなら、その神を少しくらい信用しろ。


あの時は、励ましてくれているのだと思った。


今は少し違って聞こえた。


ハリーは紙へ目を戻した。


自分ほど幸運な男はいない。


大統領になってから、物事は驚くほどうまく進んでいる。


なぜなのか、自分でも分からない。


ペン先が止まった。


家の中は静かだった。


遠くで、誰かが廊下を歩く音がした。


それから、続きを書いた。


神が導いてくれているのだろう。


しばらく眺めた。


消さなかった。


*


五月二十八日


月曜日になると、ホワイトハウスへ人が戻ってきた。


政治家が来た。


官僚が来た。


軍人が来た。


机の上には、また紙が積み上がった。


十一時には、サム・レイバーン、ケネス・マッケラー、アルベン・バークリー、ジョン・マコーマックがそろって入ってきた。


上院議員だった頃から見慣れた顔が、大統領になった自分の机を挟んで並んでいる。


用件を片づける。


彼らが出ていく。


次の人間が来る。


十二時三十五分。


ジョセフ・グルー。


国務長官代理。


その隣には、サミュエル・ローゼンマン。


グルーは書類を持っていた。


ハリーは時計を見た。


「昼飯まで二十五分だ」


ローゼンマンが言った。


「足りませんか?」


「君たち国務省の話なら、一週間あっても足りん」


ローゼンマンが少し笑った。


グルーは紙を開いた。


「大統領。日本についてです」


「やっぱり足りんな」


ハリーは椅子へ深く座り直した。


「どうぞ」


「まず、我々の目的について確認したいと思います」


「日本を降伏させる」


「それだけではありません」


グルーは静かに答えた。


「日本の戦争遂行能力を破壊し、再び世界の平和を脅かせない状態にすることです」


ハリーは頷いた。


「そこは変わらん」


「はい。私も変えるべきではないと思います」


グルーは続けた。


「問題は、その目的を達成するための言葉です」


「言葉?」


「無条件降伏です」


ハリーの視線が戻った。


五月八日にも、その言葉を使った。


短く、分かりやすい言葉だった。


「我々が、その言葉で何を意味しているか」


グルーが言った。


「それと、日本側が何を意味すると受け取るかは、必ずしも同じではありません」


ハリーは黙って聞いた。


「日本の指導層の中には、無条件降伏とは天皇と皇室制度の完全な破壊を意味すると考えている者がいます」


「それが?」


「降伏への大きな障害になっている可能性があります」


「可能性?」


「確実とは申しません」


グルーはすぐ答えた。


「ですが、日本を再び戦争のできない国にすることと、皇室制度を必ず破壊することは同じではありません」


ハリーは机の上で指を組んだ。


五月八日から引っかかっていたものがあった。


日本軍の無条件降伏。


だが、日本国民を絶滅させるわけではない。


奴隷にするわけでもない。


では、どこまでなのか。


グルーが続けた。


「もし我々が、日本人自身が最終的な政治制度を決定できる可能性を示せば、彼らが戦争を終えるための障害を一つ取り除けるかもしれません」


「つまり、天皇を残すと約束するのか?」


「そこまでは申し上げていません」


グルーは首を振った。


「我々の目的を変える必要はありません。ただ、必要としていないものまで要求していると受け取らせる必要もありません」


ハリーの眉が少し上がった。


「それで、日本は降伏すると思うか?」


「分かりません」


即答だった。


ハリーの口元が少し緩んだ。


「ずいぶん正直だな」


「日本に長くいても、未来までは分かりません」


「それなら、俺にはもっと分からんな」


ローゼンマンが笑った。


グルーも少しだけ表情を緩めた。


「ただし、大統領。一つだけ申し上げられます」


「何だ?」


「一つの表現を変えることで戦争が短くなる可能性があり、しかも我々の目的を損なわないのであれば、検討せずに捨てる理由はないと思います」


ハリーは返事をしなかった。


グルーの話を、頭の中でもう一度転がした。


妙だった。


ここしばらく、自分の中にあったものとよく似ていた。


ハリーは顔を上げた。


「グルー」


「はい」


少し間を置いた。


「俺も、似たようなことを考えていた」


グルーの顔が、わずかに動いた。


ハリーはそれを見た。


ほんの少しだけ、胸の奥が軽くなった。


「よし」


ハリーは椅子を引いた。


「他にも聞こう」


「他に、ですか」


「陸軍と海軍だ。スティムソン、フォレスタル、マーシャル、キング」


グルーの表情が戻った。


「この問題について協議を?」


「そうだ」


「承知しました」


ハリーは机の紙を指で叩いた。


「俺の考えと君の考えが同じだからって、二人で正解にしてしまうのは早い」


グルーが頷いた。


「反対する奴がいるなら、その理由も聞きたい」


「明日にでも集めます」


「頼む」


ローゼンマンが草稿を持ち上げた。


「文章はこちらで整理しましょう」


「それは任せる」


ハリーは時計を見た。


「昼飯が逃げたな」


「申し訳ありません」


グルーが言った。


「日本が先に逃げてくれれば助かるんだが」


ローゼンマンが吹き出した。


グルーは一拍遅れて笑った。


ハリーも笑った。


二人が立ち上がる。


扉まで行き、グルーが振り返った。


「大統領」


「何だ?」


「明日、ご報告します」


「ああ」


扉が閉まった。


ハリーはグルーの残した紙へ目を落とした。


それから、呼び出しのボタンに手を伸ばした。


午後二時十五分。


次に来るのは、ジョージ・マーシャルだった。



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