半分だけ
一九四五年五月八日 午前八時三十五分
ワシントンD.C. ホワイトハウス
ハリー・トルーマンは、六十一歳になった。
その朝、ドイツの降伏を世界へ発表することになった。
誕生日としては、少々大きすぎた。
大統領執務室には、人が入りきらないほど集まっていた。
閣僚や議員に加えて、陸海軍の将官たちが机の周りを囲んでいる。
ベスとマーガレットもいた。
ハリーは部屋を見回した。
二十六日前まで、副大統領だった。
重要なことは新聞で知っていた。
今日は、その新聞の一面を自分が作るらしい。
「まず、一つ約束してもらいたい」
記者たちが静かになった。
九時までは、ここで聞いたことを外へ出さないこと。
新聞も、ラジオも。
時計を見る記者がいた。
ハリーは原稿を持ち上げた。
「心配しなくていい。七分ほどで終わる。まだ時間はある」
部屋に笑いが起きた。
ハリーは読み始めた。
ドイツ軍が降伏した。
ヨーロッパに自由の旗が戻った。
そして、途中で顔を上げた。
「そういえば、今日は私の誕生日でもある」
一拍遅れて、声が飛んだ。
「おめでとうございます、大統領!」
また笑いが起きた。
ハリーも笑った。
六十一歳。
大統領になって二十六日。
誕生日にドイツ降伏を発表する人間は、そう多くないだろう。
ベスも笑っている。
マーガレットも笑っている。
悪くない。
大統領になってからというもの、机に運ばれてくるのは厄介なものばかりだった。
戦況。
外交。
秘密文書。
一発で都市を破壊できるという兵器まで来た。
ようやく一つ、文句なしにいい知らせが来た。
しかも誕生日に。
六十一年生きてきたが、これほど景気のいい誕生日は初めてだった。
ハリーは原稿へ戻った。
喜ぶだけでは終われない。
戦争で死んだ者がいる。
家族を失った者がいる。
そして、まだ仕事が残っている。
もっと働かなければならない。
なぜなら――
勝利は、まだ半分だからだ。
ハリーは顔を上げた。
「ここは、何度でも言っておきたい」
さっきまで笑っていた記者たちの鉛筆が、また動き始めた。
「まだ半分だ」
ヨーロッパでは終わった。
太平洋では終わっていない。
ハリーは部屋の中へ目をやった。
マーシャルがいた。
キングがいた。
リーヒがいた。
三人とも、さっきまでの笑いに加わっていた。
だが、その顔を見れば十分だった。
日本軍はまだ戦っている。
アメリカ兵も、まだ死んでいる。
今日くらい、国民は喜んでいい。
酒を開けてもいい。
踊ってもいい。
だが、この部屋にいる人間まで戦争が終わったつもりになるわけにはいかなかった。
ハリーは別の紙を手に取った。
「それから、日本についても声明がある」
笑いは、そこで終わった。
ドイツが降伏した、その同じ朝。
アメリカは日本へ、改めて降伏を迫る。
戦争を続けるなら、攻撃はさらに激しくなる。
要求するのは、日本軍の無条件降伏。
ただし、それは日本人を絶滅させることではない。
奴隷にすることでもない。
戦争を終わらせる。
軍人を家族のもとへ帰す。
戦争へ導いた軍の指導者たちの影響を終わらせる。
ハリーは紙から顔を上げた。
無条件降伏。
ドイツは、それを受け入れた。
次は日本だった。
だが、日本に同じ言葉を突きつけた時、何が起きるのか。
その言葉を、日本人は何だと思うのか。
政府は。
軍は。
天皇は。
声明には、その先までは書かれていなかった。
会見は続いた。
西で得た勝利を、今度は東でも得なければならない。
最後の日本軍が降伏するまで、戦う仕事は終わらない。
途中、原稿にあった「かつてアメリカを弱いと笑った独裁者たち」というくだりを読み、ハリーは顔を上げた。
「ドイツ人が今、どう思っているのか聞いてみたいものだ」
また少し笑いが起きた。
まだ笑える。
今日は、勝った日なのだから。
だが笑ったあとには、必ず日本が残った。
やがて、時間を気にする声が出た。
ハリーは最後の文書を急いで片づけた。
九時が近い。
今度は、この部屋の記者に話すのではない。
国中へ話す番だった。
午前九時。
ラジオ室。
マイクの向こうに、アメリカ国民がいた。
ハリーは原稿を開いた。
最初の数行を見た。
ここでは、さっきのように誕生日の話はしなかった。
笑いもいらなかった。
ハリーは話し始めた。
厳粛で、栄光ある時だった。
そして、すぐにフランクリン・ルーズベルトの名を出した。
この日を見るまで、生きていてくれればよかった。
ハリーは読み続けた。
この勝利を作ったのは、自分ではない。
ノルマンディーを決めたのも自分ではない。
アイゼンハワーに戦争を任せたのも自分ではない。
何年もかけて、この国をここまで運んできたのはフランクリンだった。
自分に回ってきたのは、最後の発表だった。
西では勝った。
だが東では、まだ戦争が続いている。
そこでは今も兵士が戦っている。
最後の日本軍が降伏するまで、仕事は終わらない。
二十六日前なら、その続きを考えるのはルーズベルトだった。
今日は違う。
ドイツが降伏した。
アメリカ中が祝っている。
自分の六十一歳の誕生日でもある。
数十分前まで、自分も記者たちと笑っていた。
大統領になってから初めて、机の上の仕事が一つ終わった日だった。
だが、大統領の机には勝利だけが届くわけではない。
ドイツ降伏という誕生日プレゼントを開けたら、
その下に、
次の仕事が入っていた。
日本だった。




